【書籍版】41話 修羅場(女性2名男性1名)
これまでも、ケシーに服を着せようという試みが何度かあった。
そのために、俺はトイガラスなどの玩具屋を巡って衣服が着脱可能なタイプの人形を買ったり、ネット通販でドールやフィギュア用のミニチュア服を何着か買ったことがあったのだが……。
「ぐわー! チクチクしますー! これめっちゃチクる! チクチクパナイんですけどー!!」
……という様に、どうやら人形サイズで裁縫された衣服は着心地までは考慮されていないようで。ケシーが満足して着られるものが、今までどうにも用意できていなかった。
しかし、今回。REAのキャロルらが、俺の知らない伝手へと特別にかけあってくれて、ケシー用の衣服を製造してくれたらしい。それがちょうど、今日に届いたのであった。
「ワオー! すっごーい!」
小さなケースに納められていた服を手に取って、テーブルの上でケシーがそんな声をあげる。
「ほえー。すっごいなー」
「すごいですー! わあ! これ、私貰っちゃっていいんですかー!?」
世界でお前以外に着れないからな。
ケシー専用の服は、人が普通に着る衣服というよりは、SF映画の未来人が着ているようなピッチリとしたスーツだった。伸縮性のある生地で作られており、微妙に伸び縮みしているのがわかる。
スッポリと着てみると、そのサイズはケシーにぴったりだった。どこもかしこもピッチリ決まっており、そのせいかシルエット自体は裸の状態と変わらない。
「オオーッ! めっちゃ良いですわこれ! すんごく良いです!」
そりゃ良かった。その服、一着作るのに結構なお金かかったらしいからな。
まあ前回のダンジョン探索におけるぶっちぎりのMVPは、ナビに通信に連携にトドメにと小さな身体で活躍しまくったケシーであったわけだから。俺としてはこれでもまだ、彼女に対するご褒美は足りていないのではないかとも思える。このスーツと、『木曜どうでしょう』のDVDボックスだけだからな。それでもケシーが何かを欲しがったら、基本買うようにはしているのだが。
このスーツのより実用的な目的としては、妖精であるケシーは肌が常に薄く発光しているため、一応はそれを隠すための意味合いもあった。スーツを着込んでいる部分しか隠せないわけではあるが、いくらかは良いだろう。
さてと。俺は腕時計を見て、時間を確認する。
10時20分……そろそろのはずだ。
あのドラゴンにそろそろ電池を届けてやりたい俺は、キャロルと一緒にオオモリ・ダンジョンにもう一度潜ることになっていた。申請を出してから、やっと予約を取れたのが今日の12時。ダンジョンを管理する建物さえ完全に建設されてしまえば、もっと手続きが簡単になるのだが。今はちょっとややこしい。
とにかく、今日は俺の家に集まってから車で移動する手はずになっているので、そろそろキャロルが来るはずだ。
そんなことを考えていると、ピンポンというチャイムの音が鳴った。
来たみたいだな。玄関の方へと歩いて行き、扉をガチャンと開ける。
部屋の前に立っていたのは、キャロルではなく詩のぶだった。いつものようにパーカーを着込んでいる詩のぶは、コンビニのタピオカドリンクを飲みながら片手で挨拶する。
「おっす。水樹さん」
「……お、おう。詩のぶ。どうした」
「Lainなかなか返してくれないんで、来ちゃいました」
主に詩のぶからやたらLainが届くので、通知を切っているのだ。別にガン無視しているわけではないのだが、全てに返すわけではない。
「お邪魔でした?」
「いや……そうじゃないけど。お前、今日学校は?」
もう停学は解けて、学校に通っているという話を聞いていたのだが。というかこいつ、パーカーの下に妙なTシャツ着てるな。首元が大きく開いた、胸の辺りを露出するような奴だ。
「今日は臨時休校です」
「そうか。あー……」
「ゲームでもしません? Stitch持って来たんですけど」
「ええとな。悪いけど俺、これから用事あるんだよね」
「あら、本当ですか。残念です。どんな用事ですか?」
「いや、普通に……」
「“普通”っていう用事は存在しませんよ」
…………。
こいつ、わりと追求型だからな……。
そんなことを考えていると、アパートの階段を上がってくる足音が聞こえて来た。
今度こそキャロルだった。
「ミズキー。着いたぞー? 車で待って……」
そんな声を上げながら階段を上がって来たキャロルは、部屋の前に立つ詩のぶのことを見つけた。パーカー胸開きTシャツの詩のぶと、軽装甲冑ダンジョン装備のキャロルが対峙し、互いに見つめ合う。
あれ? と俺は思った。もしかして、これって微妙に変な状況なのか?
詩のぶとキャロルはしばし見つめ合うと、二人で同時に口を開いた。
「ミズキ。行くぞ」
「この人誰ですか、水樹さん」
「ああと……こいつは詩のぶで、こっちはキャロルだ」
詩のぶが、キャロルのことをじとりとした目で見た。彼女はタピオカドリンクに突き刺している太いストローをズズッと吸い込むと、俺にちらりと視線を向ける。
「用事って、この人と、ってことですか?」
「そうだ」
嘘を言ったって仕方ない。
「どうしたミズキ、行くぞ」
キャロルの催促が続いた。
こいつは……こういう奴か。あまりそういうのは眼中に入らないタイプか。しかし、詩のぶは……こういうの滅茶苦茶気にしそうだよな……いや、俺は悪くないはずなのだが……うん? もしかして悪いのか? どうなんだ?
そんな気まずい思いをしていると、隣人の部屋がガチャリと開いた。
「ミズキ。教えてほしいことがあるんだが、時間はあるか?」
お隣の外国人、ヒースさんだ。お前もここに乱入するのか。
何だか、状況がにわかにややこしくなってきた。いや? むしろこの状況で、このノリのヒースが乱入してくれたのはありがたいのか?
「あー……すまん、ヒース。ちょっとこれから、用事があってな」
「そうか。帰ってきたら時間はあるか?」
「何を教えてほしいんだ?」
「アメリカの国防総省? っていう所のセキュリティを調べたいのだが……グーグル検索? がよくわからないんだ」
何に興味を持っているんだ。
ググっても多分わからねえよ。というかこの人、本当に何をして食べてる人なんだ。
「ミズキ、行くぞ」
「へー。なるほどー。なるほどー? 水樹さん、その人と用事があるんですねー」
「ミズキ、帰ってきたらグーグル検索って奴を教えてくれよ。これってお金はかかるのか?」
ううむ……何だか、にわかに周りが騒がしくなってきたような気がする。
しかし何というか、とりあえず。何かが一旦は落ち着いたということだろうか。ひとまずハッキリしているのは、俺はこれから大変お待たせしている氷雪系の鱗肌の顧客に、お望みの物を届けに行かなきゃいけないということだ。
そんなこんなでヒースと詩のぶをいなした後、俺はキャロルと共にオオモリ・ダンジョンへと向かった。




