4話 妖精の串焼き塩味未遂
原始的な槍のような得物を構えた、3体のゴブリン。
対する俺の武器は、黒ペン一本。ほぼ空手に近い。
しかしこのペンは、たしか5000円くらいした質実剛健のドイツ製だ……くそっ、だからどうした?
ゴブリンの背丈はどれも俺よりも小さく、中学生くらいの子供を思わせた。
しかし、それは背丈だけ。
ほぼ全裸に近いその身体には、ボディビルダーよろしくの丸々とした筋肉がギッシリと搭載されている……。
『【悲報】ゴブリン、俺たちより生物として優秀なことが判明【ゴブリンの最新研究】』
1:20XX/0X/03(日) 10:14:56 ID:w78x5fask0
体力、筋力、視力、嗅覚、どれを取っても人類より上らしい
2:20XX/0X/03(日) 10:15:34 ID:IsEkai5HAreM
ゴブリン始まったな
3:20XX/0X/03(日) 10:15:59 ID:Yom4ga35Id
>>2 お前のID凄くない?
……そんなまとめサイトを読んだことがあった。
「うぉっ!」
一瞬余計なことを考えている隙に、俺の首元を槍の石刃が掠めた。
踏み込んで突き出されたゴブリンの初撃を避けられたのは偶然か、俺が格闘技経験者だったからか。
……といっても、大学時代にちょっとだけ総合格闘技サークルに入っていただけだが。
一回だけ大会に出場して、初戦にあたったムエタイ選手に首相撲でボッコボコにされただけの、栄えある生涯戦績0勝1敗だが。
ええと、たしか! まとめサイトによれば!
ゴブリンの弱点は……!
178:20XX/0X/03(日) 10:35:44.36 ID:td/35jI54/D.net
>>78 ゴブリンは魔法耐性が低いから、魔法が弱点らしいよ
友達の冒険者資格持ってる奴が言ってた
186:20XX/0X/03(日) 10:38:12.04 ID:Kl564a84Aq.net
>>178 俺たちにとっては弱点でもなんでもなくて草
つ、使えねぇー!
魔法とか知らねぇー!
いや違う、他にあったはず……そうだ!
俺は仕舞っていたスマホを咄嗟に取り出すと、そのライトをゴブリンたちに向けた!
「ゴブッ!?」
「リンッ!?」
3体のゴブリンたちが、その強烈な光に怯む。
暗いダンジョンに生息しているゴブリンの目は、強いライトの光に弱い!
たしか、そう書いてあった!
俺は怯んだゴブリンの中へと突っ込むと、彼らを押しのけて丸焼き直前の妖精が縛り付けられた、細い棒きれを拾った。
「うおおー! やったー! ありがとうございます! 命の恩人! めっちゃ恩人ー!」
「揺れるけど頑張れ!」
そのまま、止まらずにダッシュで駆ける!
後ろからゴブリン達が追って来る足音が聞こえたが……その短い脚では、俺の足には追い付けないようだった。
◆◆◆◆◆◆
「ぜぇーっ! ぜえーっ! こ、ここまで走れば追いついて来れないだろ!」
膝に両手をついて、俺は肩で息をしながらそう言った。
ほぼほぼ全力で走って、分かれ道もなにも考えずに選んだ結果、かなり遠くの方へとたどり着いたはずだ。
そんなすでに満身創痍の俺の周囲には、串焼きの仕込み状態から解放された妖精が、嬉しそうに飛び回っている。
「いやー! 感謝感激ですよ! マジで命の恩人様様っていう感じ! 少しでも遅れてたら、私は無残にも丸焼き塩味フェアリーになってましたね!」
「ええと……お前、妖精なのか?」
俺がそう聞くと、その手のひらサイズの妖精は、俺の鼻先でひらりと滞空した。
「そのとーり! フェアリーですよ!」
「あー……名前とかあるのか?」
「ふむふむ。人間ってえのは、とにかく名前を欲しがる生き物ですねえ? 好きに呼んで頂いて構いませんけど、困ったらケシーとでも呼んでくだされば?」
「わかった、ケシーだな。俺は水樹だ」
「イヅキさんですね! よろしくお願いお願いしまーす!」
「いや、ミズキだ」
「ニズキ?」
「ミーズーキー!」
「イーズーキー?」
「ミ!」
「なーんだか言いずらくて窮屈な名前ですねえ。ズッキーで良いです?」
「ああ、それでいいよ」
諦めた俺がそう返すと、その妖精……ケシーは「ズッキー」という響きが気に入ったようで、歌のように口ずさんではケラケラと笑い出した。
「というかお前……話せるのか?」
「そりゃ話せるでしょうよ。愚問ですねーぐもんぐもん! 雨が降ったら濡れるのか! ってくらい頭が悪くて可愛そうな愚問っちーですねえ!」
「いや、でも……」
人間と会話が出来るほど高度な知性を持ったダンジョンの生物は、いまだに発見されていなかったはず。
もしもこのヒラヒラした手のひらサイズの妖精が、極限まで追い詰められた俺の幻覚でないのなら……もしかしてこれって、世界中の研究者が夢見ている、世紀の大発見なのでは?
「あれ、そういえば」
「どうかされました? ズッキーさん」
「なんで、その……日本語が通じてるんだ?」
「よーくぞ聞いてくださいました! ズッキーさんは卑しくも生まれながらに下等で物質世界に縛られた可哀そうな人間種族ですのに、よくぞそこに気付きましたね!」
「お前、一言どころか十言くらい多くない?」
ケシーは蝶のような半透明の羽で飛び回りながら、可笑しそうに笑った。
「ふむふむ。私たち妖精について、波乱万丈吃驚仰天な生態の数々を説明したいのは山々なのですが。ズッキーさんにはそれよりも、急がなければいけない用事があるのでは? ではでは?」
「ああ、たしかに。よくわかったな」
「妖精には、低劣な物質存在の考えていることなんて全てお見通し!」
「お前、悪口を枕詞にしないと会話できないの?」
俺がそう言うと、ケシーはひらりと身を翻して、道の先へと飛翔していった。
「さあ! 命を助けて頂きましたから、お返しにほんのちょびっと導いてあげましょう! 人さんこちら、手の鳴る方へ!」
「お、おう。こっちか! こっちへ行けばいいんだな!?」