32話 着信アリ
以下の内容は、俺が後に各方面から聞いた話と、ネット等で得られる情報を総合したものである。
3年前、英国。
当時13歳のキャロル・ミドルトンは、ロンドン大学に勤める研究者夫妻の娘として、ロンドン市内で家族と一緒に暮らしていた。特に目立った特徴も秀でた才能があったわけでもないが、子供ながらに聡明かつ落ち着いた雰囲気のあったキャロルには、家族のみならず近所の人々も成長の期待を寄せていたという。
そして3年前の深夜。
現在でも英国最大規模のダンジョンである、ロンドン・ダンジョンが突如として市内に発生。キャロルのミドルトン家を含む近郊の家々を巻き込みながら生成したダンジョンにより、多くの住民が真夜中に突然、ダンジョン深層部へと引きずりこまれることなった。これによる死傷者は数百人単位であるとされている。
同日。
ロンドン市警と救急隊、および米国から緊急派遣されてきたウォレス・チャンドラーが率いる冒険者パーティーにより、即座にダンジョン対策及び救命を目的としたチームが組織される。しかし、連日に渡るダンジョン内部の捜索によっても、見つかるのはすでにモンスターに襲われて息絶えた、住民たちの遺体だけだった。
ダンジョン生成から3日後。
米国のウォレス・チームが、ダンジョン深層において生存者の少女を発見する。彼女は深層において偶然入手したスキルを使い、独力でモンスターから身を守りながら、救助されるまでの3日間を生き延びていた。発見当初は衰弱状態が激しく、少女は緊急でロンドン病院の集中治療室に送られる。
不思議なことに、彼女は発見された当初から、ダンジョン産と思われる装備のいくつかを着込んでいた。特に少女の右手に強く握りしめられた謎の両刃剣は、意識が無い状態でも、それを彼女の手から離すことはできなかったという。少女のプライバシー保護のため、この件は生存者1名を保護、としか世間には公表されていない。
そしてその少女が、キャロル・ミドルトンであった。
◆◆◆◆◆◆
「事前の予定では、今日は深層部の調査で終了の予定であった。しかしミズキの的確なナビにより、予想よりも探索がかなり進んでいる。これは願ってもいないチャンスである。本日のMVPは、間違いなくミズキであるな」
ダンジョン深層をいくらか進んだところで、キャロルがチームにそう宣言した。
本日の真のMVPであるケシーは、ちょくちょく俺の思考に顔を覗かせて『いやー、それほどでもー』と言っている。
「よって、本日は深層部のボス・クリーチャーの一体を発見・調査。出来ることならば撃破するところまで探索を進めたいと思う。ミーティングで共有している通り、ダンジョンに潜れるのは今日を含めて3日間のみ。以降は不明だが、大守市の警察と自衛隊のスケジュール次第では、次に万全の状態で潜れるのは数ヶ月後か、運が悪ければ1年後ということにもなりかねない」
「今日ここで。行けるところまで行くってことだな、ボス」
「その通りだ。異論のある者はいるか?」
キャロルがそう尋ねたが、彼女に異議を唱えようとする者はいないようだった。
俺は心の中で、ケシーに
『呼びましたかー!?』
まだギリギリ呼んでない。ビックリするから。というかお前、俺の反応で楽しんでるだろ。
――深層のボスってのは、俺たちが会ったようなドラゴンみたいな奴か?
『んなわけないじゃないですか。こんな浅いところでドラゴンなんて出てきたら、みんな一瞬で殺されちゃいますよ』
――それじゃあ、あれよりはずっと格下の奴ってことでいいんだな。
『というかですね。ドラゴンさんが浅層にいるんで、元々浅層にのさばってた奴がここまで逃げてきてる可能性もありますよ。それがどう影響してるかですね』
――ある意味、難易度の逆転状態が起きてる可能性もあるのか。
『ですです』
――とりあえず、ここのボスってどこにいるかわかる?
『お任せあれー! もうビンビン感じてますー!』
◆◆◆◆◆◆
俺の(もとい、ケシーの)ナビにより、キャロルが率いるREAはダンジョン深層部を破竹の勢いで攻略していた。
ずっと後方警戒にあたっている黒人は、俺が入ったこともないはずのダンジョン深層をナビできることに疑問を感じているようだったが、俺のナビを心なしウキウキで聞いているキャロルの手前、余計なことは言わないことに決めたらしい。
『…………? あれっ? アレアレ?』
遭遇するモンスターを出会って十数秒で切り裂き続けているキャロルの後に続いていると、とつぜん、ケシーの戸惑ったような声が脳内に響いた。
――ケシー? どうした?
『いやー……あれー? ちょっと待ってくださいね?』
ケシーが何か、トラブっているようだ。
すると、気持ち上機嫌な様子のキャロルが振り向いて、俺のことを期待の眼差しで見る。
「ミズキ、ミズキ。また分かれ道だぞ。次はどっちだ?」
「えっと……ちょっと待ってくれ」
俺は考え込んでいる振りをしながら、心の中でケシーに聞く。
――ケシー? 一体どうした?
『い、いやあ……急にですね、反応が消えちゃいまして。もう結構近くまで来てたと思うんですけどー……』
――お前でも、そういうときがあるんだな。
『ご、ごめんなさい……もしかしたら私、なにか勘違いしてたのかもしれません……』
――いいよいいよ。ここまでナビしてもらっただけでも大健闘だぜ。あとは適当に、上手いこと言っておく。
ピロリン。
ズボンのポケットに入れていたスマホが、急にバイブ機能を振動させて、着信音を響かせた。
反射的にスマホを取り出して確認してみると、詩のぶから数件のLain着信が入っていた。
そしてちょうど今、スタンプが送られたのだ。
その様子をみて、キャロルが怪訝な表情を浮かべる。
「どうした、ミズキ」
「いや、着信が。仕事中にすまない」
「違う」
キャロルがそう言った。
「なぜ、スマホの電波が通じている」
「……えっ?」
俺は当たり前のように電波を受け取って、着信を知らせたスマホを眺めた。
ダンジョンの深層部で、電波一本を示しているスマホ。
待て。
そういえば、詩のぶの生配信のとき。
なぜあの場所で電波が通じていたのか、結局わからないままだった。
バチリッ
俺たちは不意に、電流が流れるような奇妙な音を聞いた。
それは消えたのではなく、ケシーのレーダーに感知されない状態に姿を変えて、俺たちのすぐ近くへと忍び寄っていた。




