31話 221→122
恋人同士のように俺と腕を組んでダンジョンの深層部へと入っていこうとするキャロルに、散弾銃を持ったガタイの良いメンバーが声をかける。
「待て待て、ボス。さすがにそれはいけないぞ」
「どうしてだ? ミズキは将来のREAのパーティーメンバーだし、もう私の物だ。私たちのことを助けてくれる」
キャロルがそう言った。
いつから俺はお前の所有物になったのだ。
というか物になったのだ。
俺が反論する前に、そのガタイの良い散弾持ちがキャロルに返す。
「それは良いが、陣形が崩れる。ボスも動きづらい」
「私は大丈夫だ」
「そいつは大丈夫じゃない。これまで通り、後衛と後方警戒の間に挟む」
「私の隣が一番安全だ」
「それは若干否定できないが、ミーティング通りでいこう。なあボス。俺たちはREAだし、ここはロンドンでもない」
彼にそう言われると、キャロルは渋々という様子で、俺のことを散弾持ちに引き渡した。
俺は彼に後ろへと引っ張られながら、耳元に小さな声で囁かれる。
「すまないな、ミズキ。ボスはたまにああなるんだ」
「ちょっと、急に様子が違ったような感じだったけど。どうしたんだ?」
「ダンジョンの中で気に入った物を見つけてしまうと、ああなってしまうことがある。たまにクライアントとも揉めちまうんだ。ダンジョンの中で一度気に入ると、手放そうとしない」
「どういうことだ?」
「ちょっと、色々あったんだ。お前を物扱いしたのも、悪気は無い。今はちょっと、そういうモードなんだ」
「モード?」
「俺たちにもハッキリしたことはわからん。推測めいたことはできるが」
◆◆◆◆◆◆
深層に入ってから、キャロルが率いるREAは予告通りに探索形態を変更した。
それまで最前線を張っていた2名が一段背後に下がり、救護担当が後方警戒に加わる。
そして、浅層の危険度を遥かに上回るというダンジョン深層部を進んでいく陣形の最前線には、一名。西洋風の両刃剣を背中の鞘に収めたままのキャロルが、たった一人で最前線を張っている。
つまり陣形は、浅層における前衛・後衛・後方警戒の2・2・1から、1・2・2へと変化した。
「大丈夫なのか?」
後衛と後方警戒の間に挟まれてお茶を濁している俺は、後衛へと下がった散弾銃持ちに聞いた。
「大丈夫って、何がだ?」
「キャロルだよ。前衛が一人ってのは、さすがに……」
「まあ、見てなよ」
彼はどこか嬉しそうな感じで、そう言った。
そして、その直後。
深層部で初めて遭遇するモンスターの姿が見えて、俺は身体を強張らせる。
赤味がかった灰色の肌をした、背丈の高い亜人種。
オーガだ。
ゴブリンとは比較にならないほどの大きな体格と、人間種の限界を超えて筋肉が搭載された太すぎる腕や脚は、どちらかといえば人よりもゴリラなどに近いように見える。額には2つの小さなツノが生えており、その手には石をそのまま削り出したような棍棒が握られていた。
ゴブリンなど、こいつ一人がいれば10匹でも20匹でも、握った棍棒を振るって叩き殺してしまいそうだ。
「オーガを見るのは初めてか?」
後衛の散弾持ちが、前方に銃を構えながらそう聞いた。
「あ、ああ……」
「こいつは人の肉が大好物で、深層のほとんどのモンスターの例に漏れず、物理装甲を持っている。しかも、オーガの物理装甲は平均で4点だ」
「それは……どうなんだ?」
「深層初期にしてはやや高い。ライフル弾の威力をダンジョンのダメージ点数に換算すると、バラツキはあるが3から6点ほどだって話だ。こいつは銃器でもギリギリ倒せるラインだが、削り切るには弾薬を大量に消費することになる」
この散弾持ちは、もうすっかり俺がREAに入るつもりでいるようだ。
その証拠に、口調が物を知らない後輩に何かと世話を焼いてやる先輩みたいになっている。
「お前は先ほど、俺たちのことを特殊部隊みたいだと言ったな。普通の特殊部隊では、せいぜい浅層のゴブリンに無双するのが関の山だ。しかし俺たちにはキャロルがいる。REAの、俺たちのボスがな」
キャロルが、背中の鞘からゆっくりと剣を引き抜いた。
彼女はその剣を構えると、そのままオーガを倒すべく向かっていくわけではなく、その場で立ち止まってじっと待った。
散弾銃を構える後衛に対して、俺が囁き声で尋ねる。
「……ど、どうなるんだ?」
「彼女は、この状況なら自分からは動かない。今、彼女の『龍鱗の瞳』が、オーガに『解析』をかけて個体値を割り出している」
オーガと対峙するキャロルは、落ち着き払った様子で両刃剣を握ったまま、じっと待ち構えて動かない。
そんな状況に焦れたのは、オーガの方だった。
最初はキャロルの様子を伺っていたオーガは、棍棒を肩に回すと、その巨人じみた足でズカズカと近づいてくる。そしてとつぜん、駆け出すように踏み込むと、棍棒を振り上げてキャロルに襲いかかった。
「『返しの光閃』」
その瞬間。
キャロルの握っていた両刃剣が煌めき、彼女の小さな体が爆発したかの如き速度で前方に踏み込んだ。初速から最高速度で振られるカウンターの斬撃が、先に棍棒を振り上げたオーガよりも遥かに素早く攻撃の軌跡を描き、その異常な量の筋肉が搭載された体を胸から真っ二つに切り裂く。
濁った紫色の、グロテスクな血しぶきが辺りに飛び散った。
彼女は振り抜いた剣をそのまま鞘に収めると、叩き斬ったオーガを一瞥して確認しただけで、何事も無かったかのようにスタスタと歩き始める。
俺がその光景を唖然とした様子で見ていると、散弾持ちが肩を小突いた。
「見たか、ミズキ。これがうちのボスだ。今のは、彼女の剣のカウンタースキルを使った」
「あ、ああ……す、凄いな」
「凄いなんてもんじゃあねえぜ。キャロルのレベルは、16歳にして40を越えている。大変動の前は70以上あったんだ」
散弾持ちは彼女の後ろを歩きながら、まるで自分のことを誇るかのようにそう言った。
「俺たちは……ボスと俺たちのREAは! 必ずや世界一の冒険者パーティーになるぞ。米国のウォレス・チームなんて、すぐに追い抜ける。キャロルに足りないのは年齢だけだ。彼女はまだ、成長段階なんだ!」
「なあ……一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
前をスタスタと歩くキャロルの背後で、俺は囁き声で散弾持ちの後衛に尋ねる。
「どうしてキャロルは……こんなに強いんだ? しかも、この年齢で?」
「知らないのか? そうか、ボスから聞いてないんだな」
散弾持ちは意外そうな表情をすると、同じく囁き声で返した。
「彼女は……キャロル・ミドルトンは。3年前のロンドン・ダンジョンの発生に巻き込まれた数百人の犠牲者たちの一人。そして、その唯一の生き残りだ」




