30話 生まれ持っていない天性のナビゲーションスキル
ダンジョンを攻略する冒険者パーティーといえば、俺のようなそこそこゲームも漫画もアニメも嗜んできた平均的な日本人であれば、戦線を切り開く剣士や彼をサポートする魔法使い、後衛から的確にダメージを稼ぐ弓使いに怪我を癒す神官など、ジャパンRPGよろしくの典型的な光景を想像することだろう。
しかし今日の日本において、本物の職業冒険者パーティーのダンジョン攻略というのは、そんな胸が躍るような代物では全然なかった。
「ゴブッ! ゴゴブッ!」
通路の奥の陰から躍り出て来たゴブリンが、アサルトライフルのバースト射撃によって一瞬にして撃ち殺される。
前衛の二名がアサルトライフルと散弾銃の銃口を常に前方へと向けており、彼らは進行方向にモンスターが現れた瞬間に、威嚇も警告も無しで的確に射殺していく。
前衛の後ろには剣を握ったキャロルと救護担当の小銃持ちが、突発的なアクシデントが発生しても一瞬にして役割を交代できるように準備されている。
最後尾ではひと際体格の大きな1名が常に背後を警戒しており、前衛のメンバーをよほど信頼しているのか、たとえ銃声が響いたとしても後方の警戒を一瞬たりとも解除しない。彼は誰かの火器に故障が発生した際にいつでも武器を交換できるように、背中に余剰の装備を背負い、予備の弾薬も彼に集約されている。
俺の位置はというと、その後方を警戒してくれているガタイの良い後衛さんの、少しだけ前という感じだった。しかも、連携を阻害しないようできるだけ端の方を歩くようにしている。
「REAのダンジョン攻略は如何かな?」
キャロルがそう尋ねた。
「冒険者ってよりは特殊部隊って感じだな」
「そう見えるだろうが、これはまだ探索形態の一つにすぎない」
「探索形態?」
「まあ、見ていればわかる。ところで、深部へはここからどう進めばいいかな」
「あー……」
キャロルにそう聞かれて、俺は頭の中でケシーに呼びかける。
――ケシー! 起きてるかー!
『そりゃ起きてますよー!』
――どっちに向かえばいい? お前、わかるか?
『深い方に向かっていきたいんですよね? それならアッチでーす!』
――……アッチじゃわからん!
俺の思考を読み取っているケシーと頭の中でやり取りしていると、キャロルが振り向いた。
「どうした、ミズキ。どちらへ向かえばいい」
「あ、あーっとね! わかる! わかるんだけどね!」
「なら、早く教えろ。そのために来ているのだろう」
「えーっとねー!」
再度、頭を切り替えて脳内だけで言葉を話す。
――ケシー! わかるように教えてくれ!
『もう送ってるんですけどー! わかりませんかー!?』
――えっ? どういうこと?
そこで、俺は何となくの方角が頭の中に浮かんできたように感じた。
それは、全く知らないわけではないけど地理まではわからない土地で……何となくあっちの方に、こういうのがあったような気がする……みたいな、頼りなくもふわふわとした土地勘のような感覚として現れる。
「あー! あっちの方だ! うん! だから、その分かれ道は右!」
「……わかった、こっちか。しかしどうした、ミズキ。緊張でもしているのか?」
「あ、ああ……そうだな。ちょっと不慣れなもんで」
頭の中で、服の中に隠れている妖精から指示を貰うことがな。
しかし……よくよく考えてみれば。
俺はダンジョンに関わった当初から、このケシーに頼りっぱなしだな。別に積極的に依存していたというわけではないのだが、要所要所でこいつが居ないとどうしようもなくなっていた状況を、こいつが上手いこと調整してくれることを当たり前のように感じてしまっていたのかもしれない。
これは、今回の依頼が終わったら色々とお礼をしなくちゃいけないな、と俺は思った。
『全部聞こえてますよー!』
あと、俺の思考とナチュラルに会話しないでくれ。びっくりするから。新感覚だな。
◆◆◆◆◆◆
俺のポケットの中で常時テレパシーONモードになっているケシーの誘導により、俺がナビゲーターを務めるREAは、すぐに深層入口への到達を果たした。なんというか、本当にあっという間に到達してしまった。
えっ? こんなすぐに浅層……いわゆるステージ1終わったの? っていう感じだ。
実際この速度はかなり異常な速さのようで、キャロルをはじめとして他の4名も、驚きを隠せないようである。
「これほど早く、到達してしまうとは……つまり、一度も順路選択を間違えなかったということか」
「浅層のボスクリーチャーとも遭遇しなかった。最適最短の順路だったというわけだな」
「驚異的なナビだ。ダンジョン構造の自動遷移も計算に入っている」
キャロルは自分のパーティーメンバーとそんなことを話し合うと、俺の方にツカツカと歩み寄る。
「ミズキ。決めたぞ」
「えっ。何を?」
「この任務が終わったら、お前は我がREAに来い。レギュラーの探索ナビゲーターとして、言い値で雇おう」
「お、俺を?」
「もちろん。一度徘徊しただけのダンジョンの構造を正確に記録し、時間経過による変動も計算に入れて誘導してくれたのだろう?」
いや、違う。
俺はポケットの中の妖精の言う通りに指示していただけだ。
「稀に、ごく稀に。そういう者がいるのだ。ステータスには現れない天性のナビゲーションスキルのようなもので、電波的とも言える極端な空間把握能力を有し、ダンジョンの一見してはわからないような構造や特徴を一瞬で理解して予測し、最適な順路構築を行える者がな。ミズキが初めて潜ったダンジョンにて遭難したにも関わらず、そこから無事に脱出できたのは……お前のその生まれ持った特性が、お前自身を導いたからに他ならないだろう」
いや、違う。
すごく分析してくれてるけど、違う。
ウチのダウソタウンの番組が好きな妖精が、普通に出口を教えてくれただけだ。
『いーじゃないですか! 勘違いさせたままにしておきましょうよ!』
俺の思考にとつぜん入ってこないでくれ。頭の中にいきなり人が割り込んでくるって、想像以上にビックリしちゃうから。
「ホリノミヤがお前を雇った理由がようやくわかったぞ。うむ。これは大した掘り出しものだ……どれだけ金を積んでも手に入らない特殊体質に、まさかこんな極東の島国で出会えるとは……」
人からこれほどベタ褒めされるのは人生で初めての経験なのだが、全く嬉しくない。
すると軍人風の他のメンバーも、俺のことを見直した様子で声をかけてくる。
「ふっ……。訓練では厳しいことを言っちまったが、俺はお前のことを信じていたぜ」
記憶を捏造するな。お前アップルパイがどうのこうのって言ってただけだろ。
「ここまで育つとは、流石は俺が見込んだだけはあるな」
いつ見込んでいたのか具体的に教えてくれ。
お前ミーティングでめちゃくちゃ俺のこと無視してただろ。
「You are super cute. Do you like art museums? I know a great exhibition in Sapporo. What are your plans on Saturday?」
お前は自動翻訳スキルを買え。
何だか収集が付かなくなってきたので、俺はキャロルに救いを求める。
「まあ、とりあえずな! その話は後にしてさ。まずは依頼を遂行しないか?」
「ああ、そうだったな。私としたことが、柄にもなく興奮してしまったようだ」
キャロルはそう言うと、俺の腕を掴んで前線に立った。
「……キャロル。なぜ俺の腕を掴む?」
「お前はもう私の物だからな。さあ、ここからどう進めばいい?」
「いや、違うだろ」
俺が困惑していると、後衛を張っていたガタイの良いメンバーが、俺の肩を小突いた。
「ボスにえらく気に入られたみたいじゃねえか。日本のヒョロイモンキーかと思ってたが、俺も見直したぜ」
「おうブラザー。REAに入ったら盛大な歓迎会を開いてやるからな。優秀なナビゲーターは大歓迎だぜ」
「Would you be interested in joining me for a movie?」
「…………」
キャロルに腕を掴まれ……というよりもはや腕を抱えられながら、俺はいつのまにかREAの屈強な男たちに囲まれて詰め寄られている。
――ケシー、これどうすりゃいいんだ。
『あいあいさー! ズッキーさんはお困りみたいですから、ここからもこのプリティーな妖精ケシー様が、みなさんを導いてあげましょう!』




