29話 貴官の名は。
オオモリ・ダンジョンを管理するための施設は、着々と工事が進められている。
周囲には建物の外枠を構築するための鉄筋が立ち上がり、その姿を見るだけで、完成後のおおよその雰囲気が掴めるようだった。
堀ノ宮が率いるREAと俺は、数台の警察車両と近隣の駐屯地から出動してきた自衛隊車両、及び各々の人員に囲まれながら、その工事中の建物の内部で、ダンジョン侵入のための準備をしている。
キャロルのチームメンバーである数人の男たちが、ラフな格好の上に映画でしか見ないようなチョッキや火器を身に着けて武装していた。最低限の準備を終えた後は空の火器に触れてはならず、ダンジョン内に入るまで装弾してもいけない。持ち込む実弾の数は一発単位で厳しく管理されており、申請した以上の弾数を持ち込むことは許されていないという。
「水樹了介。拳銃一丁。持ち込み弾数21発。マガジン3つ」
冒険者資格の証明カードを確認してもらいながら、小銃を提げる自衛隊員から拳銃を受け取り、空のままでホルダーに差した。
受け取る際に、余計な動作をすることは許されない。弾の入っていない拳銃がホルダーに収まっていることを確認してもらうと、今度は空のマガジンを3つ渡される。その後に21発分の弾薬があることを互いに確認して、担当の自衛隊員に目の前で監視されながら、一発ずつマガジンの中に弾を詰めていく。
そこで初めてマガジンと実弾に触ったもので、うまく弾を込めることができなかった。俺がもたついていると、近くに居た階級が高いらしい自衛官が近寄って来て、弾を込めるのを手伝ってくれる。
「銃を触ったことがないのかい?」
一緒に弾を込めながら、手伝ってくれている自衛官が俺にそう聞いた。
三十台半ばと思われる彼の襟元の階級章は、一つ星の下に太い横線が二本引かれたものだ。おそらく偉いのだろうが、俺には自衛隊の階級はよくわからん。
「僕は、彼らの案内人でして。銃を撃つ予定すらないんですよ」
「撃たなくていいなら、撃たないに越したことはないな」
そう言った彼は、弾を込めたマガジンをチョッキに仕舞うところまで手伝ってくれる。マガジンを入れる場所は色々とあったのだが、彼が三つのマガジンを全て、俺の左の腰あたりのホルダーに集中させた。
「右利きだね?」
「はい」
「なら、たぶんこれでいい」
彼はポンポンと俺の背中を叩くと、もう心配ないと思ったのか、どこかに歩き去ろうとする。
「あの、ありがとうございました」
「いいのさ。気を付けて」
「ええと、お名前は?」
俺は一応、そう聞いておいた。
彼は軍帽の鍔を引いて目深に被ると、口元をニヤリと歪めた。
「第11旅団司令部、火又三佐だ」
それから。
他の連中とは違って準備の少なかった俺は、すぐに手持無沙汰になった。
そこで、チョッキのマガジンポケットの一つに入ってもらっているケシーに、頭の中で言葉を呟いてみる。
――……ああと、ケシー? 聞こえているか?
『聞こえてますよー! ズッキーさん!』
――よし、これでいいみたいだな。
今回ケシーには、他の者には秘密でポケットの中に入ってもらっていた。
正直に言って、一度はいっただけ歩き回ったこのダンジョンといえども、実際のナビゲーションはほとんどこいつ頼みだ。というか、俺が歩き回ったのって発生直後の変動中だからな。案内人と言っても、ほとんど何も知らないに等しい。
ポケットの中で俺とREAにこっそりと同行してくれるケシーは、この作戦中は常にテレパシーをONにして俺の思考を読み取り、脳内でいつでも会話ができるようにしてくれている。俺は他の連中の準備を待っている間、口には出さずに頭の中だけでケシーと話す練習も兼ねて、いくらか彼女と話してみた。
――それじゃあ頼んだぜ、ケシー。
『あいあいさー! ですよ!』
――上手くいったら、『木曜どうでしょう』のDVDボックス買ってやるからな。
『やったー! 一緒に見ましょうねー!』
◆◆◆◆◆◆
今回、ダンジョンに侵入するのはREAから五名、俺を含めると計六名だった。
キャロルを除く4名は、それぞれが小銃か散弾銃で武装し、身に着けたチョッキの前に複数の弾薬を差している。一人だけ装備の雰囲気がまるっきり違う人が居るのだが、彼は救護の役割を担っているらしい。
そして、彼らの中央に立つのはキャロル。
中世の騎士めいた甲冑を身に纏い、頭には赤い羽根飾りのついた金属帽を被った金髪の少女。
その手には、小銃でも散弾銃でも拳銃でもなく、鍔が左右に伸びた古風な両刃剣が一本だけ握られている。
ミーティングで知ったことだが、彼女は16歳ゆえに日本でも英国でも冒険者としての資格を有しておらず、あくまで手続き上は、他の有資格者の同伴保護下でダンジョンに入る一般人という扱いになっているらしい。
ダンジョン侵入予定時間の直前、準備が整った様子の俺たちに、堀ノ宮が近づいてきた。
「それでは、頼みました」
「ええ、ご心配なく。ただし、このオオモリ・ダンジョンを完全に攻略したとしても。お目当ての品が手に入るとは限りませんので」
キャロルがそう返すと、堀ノ宮はいつも携えている微笑が若干崩れて、どこか焦ったような顔つきになる。
「わかっています……ですが、きっと手に入ると、信じています」
「信じるのは勝手ですが、我々は手に入った物を提出するだけです。そういった契約ですから」
キャロルが簡潔にそう返した。
REAのような職業冒険者パーティーは、企業や大資産家と契約し、彼らの支援下でダンジョンを探索する。ダンジョン資源の希少性と高額さを考えてみれば、何もそういったパトロンを通じずに、自分たちだけで探索して拾得物を売り捌けば良いと考える人もいるだろう。
しかし、ダンジョンを探索したからといって必ずしも有用な資源が見つかるとは限らないし、REAほどの規模になれば、一度の探索にかかる準備費用はかなりのものになる。一度の探索でその費用がペイできるとは限らないし、そもそもダンジョンを巡る複雑な法制度の中では、円滑な探索決行のために企業や有力者とのコネクションが欠かせない。
そういった事情もあり、REAのような冒険者パーティーは企業や資産家と契約して、彼らの代理としてダンジョンを探索することにより相応の報酬を受け取るのだ。拾得物のほとんどを依頼主に譲る代わりに、彼らは探索結果の如何に関わらず、一定の報酬を約束されている。そして今回のように、依頼主が特別に欲しているアイテムを見つけた場合には、相応の特別報酬を受け取るように契約する。
堀ノ宮は俺にも声をかけて来た。
「それでは、頼みましたよ。水樹さん」
「ええと……まあ、彼女が言った通りですよ」
「きっと、手に入ります。そうでないと困ります」
堀ノ宮は、どこか追い詰められたようにそう言った。
「これが……ラストチャンスかもしれないのですから」
「……えっと? どういう……」
俺が聞き返そうとすると、やかましい警笛の音が鳴り響き、部外者がダンジョン入り口に近づくことを禁止された。
周囲を囲む自衛隊員たちが銃を構えて、ありったけの火器で武装している俺たちの警戒にあたる。
警察が書面の文章を読み上げた。
「…………10時30分、有資格者REAの4名及び水樹了介、その随伴者キャロル・ミドルトン。オオモリ・ダンジョンへの侵入を、開始してください!」




