27話 Would you like to have some drinks?
「私の主力スキルは、『龍鱗の瞳』。解析系のスキルだ」
『龍鱗の瞳』 ランクS 解析スキル 必要レベル40
視界内の対象に集中することにより、『解析』を行う。
あなたは解析方法に基づいた解析情報を得る。
「他に、戦闘時は近接物理と剣のスキルを複数回している。頭の装備はダンジョン産の『胸甲騎兵の兜』。他の装備と合わせて『フルドレス』という相乗強化を得られるが、詳細は伏せさせて欲しい」
「どうも。色々とわけがわかったよ」
好き好んでそんなコスプレ風の衣装をしているわけではなく、実用的な装備だったわけか。しかし、日常生活からその装備というのはどういうことだろう。ただの趣味だったら申し訳ないので、深くは突っ込まないが。
「先ほどは、移動中に背後から『解析』を行い、向き合った状態で再度『解析』をさせて貰った。併せて、お前のステータス情報とスキル構成を全て抜いたことになる」
「事前に説明は欲しかったが、まあ許そう」
「抵抗されるようであれば、ステータス情報だけを抜いたまま、この情報は伏せておくつもりだった。お前が協力的で全ての情報を得ることができたので、本依頼の円滑な遂行を優先し、私も情報を提供したにすぎない。もちろん、部外秘で頼むぞ」
「了解したよ」
椅子に座るキャロルの雰囲気はまるで、「もしもお前の口からこれくらいの情報が漏洩したところで、我々の優位は揺るがない」とでも言いたげな、絶対的な自信に満ち溢れている。
「身体をベタベタと触って悪かったな。不快な思いをさせたようであれば謝るが」
「いや、それについては謝る必要は無い」
人によってはというか、この世の大体の男にとってはご褒美だろう。
俺も今は緊張もほぐれて落ち着いたので、もう一回やってほしい。冗談だ。
「聞きたいのだが、その『スキルブック』というのはどういうスキルなのだ?」
「ああ、これについては俺も不明な部分が多いんだが……」
俺は『スキルブック』を発動させると、キャロルに現在わかっていることを説明した。
それは、俺よりもずっとダンジョンについて詳しいはずのこの少女が、このスキルについて俺の気付かないようなことを助言してくれるかもしれないと思ったからだ。
「なるほど。必要レベルの踏み倒しが行える可能性のあるスキルということだな」
「そういうことなんだ。だが、いまいち仕様がわからん。持ってるスキルもまだ多くないから、テストのために無駄遣いする気にもなれないし」
「運用方法によっては化ける可能性のある、面白そうなスキルではあるが。現状のお前では、我々の戦力にはなりそうにないな」
キャロルはきっぱりとそう言った。
まあ、英国最強と称される冒険者パーティーと比べられてしまったらな。
ダンジョン産の装備も何もない、せいぜいあと6回ほど本から火が噴けるだけの俺では、戦力外通告を受けても仕方がないだろう。
「しかし、オオモリ・ダンジョンの浅層をかなり歩き回ったことがあるのだな?」
「ちょっと諸事情によりな」
「であれば、ナビゲーターとしてはいくらか役に立つだろう。戦闘は全て我々に任せて、お前は案内人に徹してくれ」
「了解。そうさせてもらうよ」
俺がそう言うと、キャロルはガチャリという金属音を立てて、椅子から立ち上がった。
「それではな、ミズキ。まあ、お前にとってはただ我々に着いて来て、ダンジョンを散歩するだけの簡単な依頼になるだろうが。せいぜい我々の邪魔だけはしないように」
…………ぐっ……。
こいつ、礼儀正しいし話がわかるように見えて、所々トゲがあるな……。
しかしこれも、彼女の芯の部分を構成する絶対的な自信の、素直な現れなのだろうか。
それはどちらかと言えば、俺のことを上から目線で積極的に貶めたいというよりは……率直に思ったままのことを、減らしも増やしもせずにハッキリと口にしているような感じがある。
つまりは、そういう奴なのだろう。
「まあ、わかったよ。英国最強の冒険者パーティーとやら、せいぜい勉強させてもらうぜ」
「我がREAは、期待を裏切らないだろう」
俺とキャロルは握手を交わした。
手を握り合ってみれば、金属製の手甲に包まれた彼女の手のひらというのは、華奢で柔らかい少女のそれだった。
◆◆◆◆◆◆
ホテルの部屋から出ると、通路の壁に屈強な男たちが背中を預けて並んでいる。
こんなに暑苦しくて嫌すぎる出迎え方をされたのは初めてだ。
「ひよっこ冒険者の癖に、ボスとお楽しみだったのかい?」
「ふん。せいぜい、ダンジョンで足を引っ張らないようにしてくれよ」
「“You’re such a sissy. Bring it.”」
「母さんのアップルパイでも食べてな、少年」
「“Hey, you’re super cute. If you are not busy, would you like to have some drinks in my room tonight?”」
構わずに暑苦しい通路を抜けると、左右からそんな声が投げかけられた。
無視して通り過ぎるが、キャロルの言うところの『自動翻訳』スキルを持っていない奴もいるのだろう。所々英語が聞こえてきたが、ネイティブの速度では何を言っているのかはわからん。良くないことを言われているのは確かだろうがな。
あとはアメリカン……というか外国っぽい罵り方は、翻訳されても日本人にはさほどダメージが無いように思える。文化の違いだろうか。
エレベーターを降りてホテルを出ると、駐車場に愛車を迎えに行った。
エンジンをかけて、家に戻るためにアクセルを踏み込む前に、スマホを確認してみる。
…………Lainの通知が溜まっていた。
俺はスマホの通知というのを放置するのが許せないタイプなのでマメに確認するし、人のスマホをちらりと見て数百件単位の通知が放置されていたら発狂しそうになるのだが……。今回ばかりは、その二十数件の通知を開こうとする指が止まった。
最終通知は、詩のぶの「なにしてますか?」だった。
電話の着信もある。
迷ったが、「後回しにしない」の精神を発動させて、俺は折り返しの電話をかけた。
ワンコール未満で電話が繋がる。
『あっ、どうも。詩のぶです』
「ああ、どうした?」
『どうしたって、水樹さんの方からかけてきたんじゃないですか』
「てめえの着信に折り返したんだよ」
クスクス、と電話口から詩のぶの笑い声が聞こえる。
『いえ。いま何してるのかな、と思って』
「今は……色々だ。話せないこともある」
『そうですよね。冒険者ですもんね』
…………。
一瞬の沈黙が挿し込まれてから、俺が口を開く。
「なあ、詩のぶ。好いてくれるのは嬉しいのだが……まあ、あれだ。お前はまだ高校生だからな。吊り橋効果やら何やらで、脳の恋愛を司る部分が過熱しているだけだと思うぞ。YorTubeも謹慎中でやることが無いだろうし、そういう年頃だからな」
『わたしは本気ですよ』
「それは嬉しいが、とりあえずは学校に行け。それからだ」
『わかりました。停学が解けたら、ちゃんと学校に行きます』
「そうしてくれ」
『ちゃんと学校に行ったら、付き合ってくれますか?』
「いや、そういうことじゃない。ただ学校には行け」
『フェアじゃありませんね』
「そういう問題じゃない」
クスクス、とまた笑い声が聞こえた。
『ねえ、水樹さん?』
「なんだ?」
『わたし、重いかもしれないので。あんまり気にしないでくださいね』
「お前のストーカー気質はわりと怖いから、自分の方で抑えてくれ」
『善処しますよ』
通話を切った。
アクセルを踏み込んで、車を動かす。
カーラジオからは、日本で休みなく所かまわず頻発している事件やニュースの内容が流れている。
『……北海道大守市の銀行の金庫が深夜のうちに何者かに襲われ、数百万円の現金が奪われた事件を受け……警察では特殊なスキルを有した者の犯行であるとの見方で捜査を……』




