25話 現在彼氏がいるかどうかは……不明です! いかがでしたか?
「お前が、ミズキリョウスケか」
古風な中世の騎士のような恰好をした金髪の少女は、俺に向かってそう尋ねた。
屈強な軍人風の男たちを従える彼女は、堀ノ宮と共にテーブルに着いている俺の隣まで歩み寄ると、装甲のような衣服の金属片をガチャンと言わせて立ち止まる。
「そうだが……日本語が話せるのか?」
「『自動翻訳』スキルだ。そんな知識も無いとは、冒険者としてはたかが知れるな」
その白人系の少女はそう言って、俺のことを見下げた。
彼女の頭には、金色の鷲の意匠が施された、昔の軍隊の指揮官のような仰々しいヘルメットが被せられている。教科書で見た、ドイツの鉄血宰相ビスマルクが被っていたようなヘルだ。頭部の頂点にはスパイクのような突起が伸びていて、そこに赤い羽飾りが付いていた。
「私の名前はキャロル。キャロル・ミドルトン。REAの隊長を務めている」
「君が?」
大げさな恰好をしているが、どう見たって十代の半ば……もしくは後半だ。少なくとも、成人に近い年齢ではない。
「私だと、何か問題でも?」
「いや……別に」
「ダンジョンの攻略は保有するスキルとレベル、それに装備と経験によって決まる。女子だからといって舐められるのは心外だな」
「悪かったよ」
「お前が、オオモリ・ダンジョン浅層の案内人ということでいいのか?」
「まだ決まっちゃいない」
俺はそう言って、堀ノ宮の方を見た。
堀ノ宮は微笑を携えながら、俺の視線を真っすぐ受け止める。
「たしかに、まだ承諾はもらっていない」
堀ノ宮は、穏やかな調子でそう返した。
「しかし……君の素性やレアスキルが、もしも公に知られることになったら。色々と困るのではないかな? 起爆剤も、抱えているようですし」
「…………」
俺は堀ノ宮のことを睨みつけた。
何が、手荒な真似はするつもりがないだって?
俺の側には最初から、拒否権など存在しなかったわけだ。
◆◆◆◆◆◆
後日、ミーティングのためにもう一度集まることになり、その日はそこで解散した。
愛車セラシオのアクセルを、気持ち強めに踏み込みながらアパートまで戻ると、スマホに電話の着信があった。ホルダーに差していたスマホをタップして、ハンズフリーのままで答える。
『キャロルだ。翻訳スキルは正しく機能しているか?』
「機能しないことがあるのかは存じないが、とにかく日本語で聞こえてるよ」
『電話を通すと不具合が生じることもある。これはミズキリョウスケの電話番号で間違いないか?』
「ああ。堀ノ宮から聞いたのか」
『そうだ。以降連絡を取るから、私の番号を登録しておくように。また、何か質問や不安事項などがあれば、この電話にかけるといい』
「親切にどうも」
ブツッ、と通話が切れた。
俺が切ったわけじゃない。伝えることだけ伝えて、向こう側から即座に切られたのだ。
やれやれ……。
アパートの部屋に戻ると、俺の到着に気付いていたケシーが玄関でヒラヒラと飛んで待ち構えていた。どうやら、最近は車のエンジン音と階段を上がる足音で、俺の帰宅がわかるようになったらしい。犬かお前は。
「どうしたんですかー、ズッキーさーん? 大丈夫でしたー?」
「結果的に大丈夫じゃなかったが、まあ大丈夫だ」
「私はズッキーさんが黒塗りの高級車に連れて行かれちゃって、心配で心配でたまりませんでしたよ! 後輩をかばって暴力団員の要求を飲んだんですか!? 示談の交渉は!?」
「妖精が妙なネットミームに影響されるな」
ケシーを肩に止まらせながら、俺はパソコンを立ち上げて検索をかける。
REA……ロイヤル・エグゼクティブ・アームズ。
いくつかの検索結果が表示されて、その大体の内容はこうだった。
REAは、英国籍の冒険者パーティー。
英国で最も実績の豊富な、英国最強の冒険者集団と称されており、メンバーはそのほとんどが元特殊部隊や、元民間軍事会社の上級オペレーターの経歴を持つと噂されている。その隊長とされるキャロルという少女が、日本でも一時期「可愛すぎるイギリスの最強冒険者」としてネットでバズった。
キャロル・ミドルトンで検索をかけてみる。
すると、こんなゴシップサイトが表示された。
『可愛すぎるイギリスの最強冒険者、キャロル・ミドルトンの本名は?彼氏は?身長や年収は?年齢や経歴まとめ!』
Tmitterで100万リツミートされた、可愛すぎる英国冒険者ことキャロルさん!
彼女について、徹底的に調査してみました!
→本名は?
おそらく、キャロル・ミドルトンが本名だとされています!
→彼氏は?
彼氏は…残念ながら、不明でした!
→身長は?
画像から、大体150cm後半と推測されますね!
→年収は?
英国最強の冒険者パーティーの隊長ですので、年収は何億円という額になるのではないでしょうか!?
→年齢は?
キャロルさんの年齢は…残念ながら、不明でした!
おそらく十代半ばか後半くらい…16歳前後と推測されます!
→経歴は?
キャロルさんの経歴は…不明でした!
きっと、凄い経歴の持ち主なんでしょうね!
いかがでしたか?
謎に包まれた最強冒険者パーティーの隊長、キャロルさん!
彼女の活躍に、これからも目が離せませんね!
…………クソサイトだった。
「いかがでしたか? じゃあねえーっ! つまり、何もわからないってことじゃないですかーっ! 一行目にそう書いておけー! きーっ!」
「落ち着け、ケシー! よくあることだ!」
とにかく、有力な情報は無いみたいだな。
ネットでの情報収集がひと段落したところで、ピンポンというチャイムが鳴った。
妖精からYourTuberから大企業の社長まで、俺の家にはずいぶん色々な人間が集まって来るものだ。
そんなことを思いながら覗き窓を見てみると、そこには詩のぶが立っていた。
ガチャリと鍵を開けて、そのままノブを捻る。
「詩のぶじゃねえか、どうした」
「あ……水樹さん。お久しぶりです」
ペコリと頭を下げたパーカー姿の詩のぶは、手に紙袋を提げていた。
「あの……これ。以前のお礼ということで……」
「菓子折りか? ちったあ礼儀ってもんがわかってきたようだな」
そんな軽口を叩きながら、俺は詩のぶから紙袋を受け取る。
どうやら、北海道名物の『白い片思い』だった。そういや、こっちに来たら食べてみようと思っていたのだが、色々ありすぎて忘れてた。
「ちょうど食べたかった奴だ。ありがとな」
「い、いえ……あの、この前は色々と……本当にすいませんでした」
「あれから調子はどうだ?」
「ああと……色々ゴタゴタしてましたけど、なんとかやれてます。めっちゃ炎上しても、意外と何とかなるもんですね」
「殺されるわけじゃないからな。その年齢で、命さえあれば後は何とかなるって学べたのは……考えようによっちゃあ、結果的に人生プラスかもしれねえぞ」
「はあ、まあ……あの、本当にありがとうございました……」
そう言って、詩のぶはもう一度頭を下げた。
ついこの前に、アパートの前で罵声を浴びせ合ったとは思えないほどしおらしくなったものだ。俺がそう思いたいだけかもしれないが、何となく成長したようにも見える。
「それじゃあ、菓子折りありがとうな。もうこれで十分だから、あんまり気を遣うなよ」
「あ、ぁの……」
「なんだ? まだなんかあるか?」
「あの……その……」
詩のぶはなぜか息を飲んで、一度深呼吸をすると。
俺の目を見据えて、口を開いた。
「あの、付き合ってくれませんか?」




