22話 パソコンをお探しですか? それなら、このゾニーの23.8型オールインワンPCがオススメ!
ヒースの部屋にお邪魔してみると、ほとんど何も無い殺風景な居間に、開封された大きな段ボール箱が置いてあった。
「こいつなんだが、君なら使い方がわかると思ってな」
「えっと、パソコンのセットアップがわからないってことです?」
「全てだ」
「全て?」
「聞く所によると、このパソコンとやらはこの世界の必需品らしいじゃないか。だから買ってきたんだ。タナカ電機というデカい店でな」
「もしかして……パソコン、触ったこともないんすか?」
「もちろん。無い」
ヒースはなぜか、誇らしげにそう言った。
俺も、自分の無知をこれくらい堂々と宣言できるようになりたいものだ。
「商人さんは、『らくらく開封サービス』? っていうのを付けてくれるって言ってくれたんですけどぉー」
そう言いながらキッチンから出てきたのは、以前に彼の隣で見かけたマチルダという外国人の女の子だった。どうやら料理の途中だったようで、エプロンを身に着けている。
「この人が、「大丈夫だ。持って帰ればわかる」とか言って、断っちゃったんですよぉ」
「わかると思ったんだが、予想以上にわからなかったんだ」
二人のそんな会話を聞きながら、俺は開けられた箱の中身を確認した。
おそらく、店員に勧められるままに買ったのだろう。
箱の中に入っていたのは、日本製のバカ高そうな大型一体型パソコンだった。家電量販店によくある、値段ばっかり高くて要らないソフトがウジャウジャ入ってそうな奴。
しかしまあ、この人はガチの機械音痴っぽいから、こういう機種を選んでくれたのは好都合だったのかもしれない。
「どこに置きます?」
「その辺りだ」
ヒースはそう言って、居間の何も無いスペースを指差した。
「……床に?」
「床だ」
「テーブルとか、デスクとか……無いんですか?」
「敬語は良いと言ったろ」
「無いの?」
「無い。必要なのか?」
「なくても大丈夫だけど、死ぬほど使いづらいと思うぜ」
「そうか。明日買って来よう」
どうやら、マジでパソコンを触ったことが無いタイプの人らしいな。
というか、パソコンという概念自体を知らないようにも見える。
この現代に、そんな原始人じみた人間が存在しているとは驚きだ。アフリカの部族だってスマホで電話している時代だぞ。優秀そうな人なのに、一体どうやって育ったらこうなるんだ? もしかして本当にどこかの王族とか、そういう人なのか?
コードを繋いだりなんだりして、二十万円はしそうな高級大型一体型パソコンを床に設置する。
ヒースはその様子を、俺の隣で楽しそうに眺めていた。
完全に何もわかっていなさそうなので、ついでにOSのセットアップもしてやる。ファストフード店の支払いを肩代わりしただけで、数千万円は下らないスキルを譲ってもらったのだ。これくらいの親切は必要だろう。
セッティングが終わると、隣でずっとその作業を見ていたヒースは俺に拍手した。
「いやはや、ありがとう。とても助かったよ」
「まあ、これくらいは。前にえらい物を貰ったんで」
「君はパソコンの大先生なんだな」
「それ、あんまり良い意味じゃないからね」
俺がそう返すと、ヒースは自分のステータスを出した。
「お礼をしなくちゃならん。また何か、スキルでも一つ貰ってくれ」
「いや、それは。あんまり貰ってばかりだと悪いんで」
「それじゃあ、僕が君の好意を貰いっ放しになるじゃないか」
「前に貰ったスキルで十分だよ。というか貰いすぎた」
そこまで言って、俺は聞かなければならないことに気付く。
「ヒースって、冒険者なのか?」
「いいや? 違うが」
「いやでも、あんな高価なスキルを……何をしている人なんだ?」
「特に何をしているというわけではないが、強いて言うなら追放者だな」
◆◆◆◆◆◆
「やっぱ変な人だな」
レベルやスキルの情報サイトを眺めながら、俺はそう呟いた。
「あのヒースって人ですかー?」
「そう。パソコンの使い方も教えようかと思ったんだが、「あとは使えばわかる」って言われてな」
「わかりそうです?」
「多分わからんと思う」
そう答えながら、俺は一つ心に決めたことがあった。
サイトを開いたまま、俺はステータス画面を呼び出す。そこからレベルアップの経験値を割り振るところまで進めた。
「おっ? ようやっと能力値上げるんですか?」
「ああ。体力に全振りしておくよ」
そう言って、俺はレベルアップの上昇値を全て体力に割り振った。
「『知能』とかに振った方が良くないですかー?」
「色々調べてみたんだけどさ。あれって、単に頭が良くなるわけじゃなさそうなんだよな」
そう。ステータスに現れる能力値というのは、字面そのままの意味合いでは無いことがわかっている。『知能』を上げたからといって知能指数が高くなるわけではないし、『魅力』を上げたからイケメンになるわけでもない。それはどちらかといえば、各種のスキルに対応する素養のことを差しているのだ。
特に『知能』は、魔法スキルに関わる全般的な素質を司っていることがわかっている。同じ魔法を発動したとしても、『知能』の値に応じて発動速度や持続力が変化し、稀に発生する発動失敗の確率も低くなるらしい。
しかし初期ステータスに限っては、その人本来の能力から計測される。初期ステータスにおける『知能』はそのまま、その人の『知能』の値を表すが、レベルアップによる能力値上昇は、その人の『知能』の上昇を意味しない。
それは一体、どういうことか?
これはつまり、レベルアップにおける能力値の上昇というのは、スキルを使用する際に必要な能力をブーストして、補完する値なのだという。
たとえば、元々の筋力値が『15』の人が居たとして。
この人はレベルを上げて、筋力値に極振りした結果……ステータス上の筋力値は『50』まで上昇したとする。
その場合は、元々の筋力値『15』に、レベルアップ分の能力値『35』を足した状態……つまりは、『筋力値50(15+35)』の状態であるといえる。
元の筋力は15のままで変わらないのだが、スキルなどを使用する際には、追加された35の値がブーストして筋力を補完する。ちなみに筋トレなどをして元の筋力を向上させた場合には、その値もステータスに反映されて能力値が上昇する。これを、「素能力値を加算能力値が補完する」という。
「それで色々と調べてみたんだが、この『体力』は特殊らしくてさ」
「どんなことがです?」
「『体力』ってのはスタミナのことも指してるんだけど、ステータス上のHPとも関係してて。つまりは生命力ともいえるらしいんだよ」
「それで?」
「『体力』を上げておくと、ダンジョン内で怪我とか重傷を負った時に、上昇値分が生命維持を助けてくれるんだって」
これは、ダンジョン内で重傷を負った軍人の事例からわかったものだった。
NY・ダンジョンに潜った海兵隊員が、モンスターとの交戦によって重傷を負った。随伴していた救急救命士資格を持つ衛生兵は、その怪我を見て、この兵士は間違いなくダンジョンから脱出するまでに死亡してしまうと判断したらしい。
しかし、彼は死ななかった。
ダンジョン内においてだけ、彼が上げていた加算分の『体力値』が生命維持を補完して、出血等によるスリップダメージを軽減したのだという。ダンジョンから出た後は通常の出血量に戻ったらしいが、彼は救急搬送されて何とか一命を取り留めた。そこから、困ったらとりあえず『体力』を上げておけというのが、職業冒険者の間では一般的らしい。
今回のレベルアップによる上昇値は3点。
俺はそれを『体力』に全振りした結果、値は16となった。
相関関係にあるHPも15に上がる。やはり命が大事の作戦でいこう。
ポロン! とパソコンが鳴って、画面の右下にポップアップが現れる。
どうやら、メールが届いたようだった。
前の会社からだろうか?
そう思ったが、メールアドレスは登録されていない。
差出人は「堀ノ宮秋広」。
「堀ノ宮……秋広?」
俺はその名前に憶えがあった。
しかし、それは同時に、天地がひっくり返ったところで俺などにメールを送るはずのない名前でもある。
怪訝に思いつつも、俺はそのメールを開いた。




