18話 不正な操作です。カードをホルダーに再装填し、もう一度やり直してください
「配信の方はどうなってる!?」
愛車のセラシオを走らせながら、俺はケシーにそう聞いた。
車載ホルダーに置かれたスマホを監視してくれているケシーは、俺の声量に負けじと、小さな身体で叫び返す。
「だ、駄目ですよ! 全然繋がりません! 奥の方に連れて行かれてるみたいです!」
「くそっ!」
パトカーに見つかったら一発で止められること間違いなしの速度で交差点に入りながら、俺は悪態をついた。ブレーキを踏み込んで、通行の無い道路でドリフト気味に車線へと復帰していると、ケシーがまた叫ぶ。
「あっ、あっ!? 待ってください! 配信が再開しましたよ!?」
「本当にか! あいつ、上手いこと逃げられたのか!?」
「いえ! まだ引きずられてるっぽいです!」
「なにぃ?」
ハンドルを操作しながら、俺は思わずそう聞き返した。
「それじゃあ、入り口に向かって引きずられてるのか?」
「そんなわけないじゃないですかぁ」
「なら、なんで電波が戻ってる?」
ダンジョンも普通の洞穴と同じく、入り口付近はかろうじて電波が通じるものの、奥へと入ればすぐに圏外になる。ダンジョンの中には基地局なんてあるはずもないのだから、当たり前だが。
しかし、生配信が再開されているということは……少なくとも、何らかの理由で電波が通っているということなのだが? 一体どうして?
「し、知りませんよー! というか、デンパデンパって何のことなんですかー!?」
「ああもう! 考えたって仕方ねえな! いずれにしたって好都合だ! どこに向かって引きずられてるのか見ててくれ!」
「あいあいさー! ですよ!」
「上手くやってくれたら、『木曜のダウソタウン』のDVDボックス買ってやるからな!」
「やったあー!」
◆◆◆◆◆◆
発生したばかりの大守市ダンジョンの周囲には、一般人が立ち入らないための柵が設けられていた。これから工事が開始されると、ダンジョンの入り口は建物で囲まれ、専用の受付を通ってのみ内部の探索が許されることになる。
大守市にとってダンジョンの発生は寝耳に水の事態であったわけだが、同時に喜ばしいアクシデントであったに違いない。ダンジョンの発生により観光客が増え、周辺の経済が活発化し、さらには各種の助成金や予算が組まれることになるのだから。
しかしそれでも突発的な事態であることには変わりないので、突貫工事の柵で囲まれたダンジョンには、警備員が付いているものの……
「ぐぅ……くかぁ……」
市の職員なのか臨時で雇われたアルバイトかはわからないが、見張りのために付いていた警備員は、狭いプレハブの詰所の中で頬杖を突いて寝入っていた。
彼をスルーして入り口に向かうと、そこにはさらに鉄柵が設けられている。
しかし、鉄柵自体は隙間の狭いきちんとした物であるのだが、その上の方には隙間があった。
柵によじ登って、あの隙間から入ったわけだな。
「要らん根性を発揮しやがって……!」
俺は腰に懐中電灯を差して柵をよじ上ると、上に僅かに空いた隙間に身体をねじ込むようにして、ダンジョンの中へと侵入する。狭い隙間を乗り越える際には、柵とダンジョンの天井に間に腰元が引っかかり、骨盤周辺の皮膚が削られた感じがあった。
「いっで!」
しかしそれでも、いくらかの皮膚を犠牲にして、俺の身体は柵の向こう側へと放り出される。
もうちょっと、ちゃんと封鎖しろ!
柵の向こう側で立ち上がると、俺は即座に懐中電灯を構えて、洞窟の中を小走りで走り出した。
「『スキルブック』!」
走りながら発動させると、本の発現と共にピコン!という通知音が鳴る。
『カード化していないスキルを1個保有しています。カード化しますか?』
この通知、毎回出るのか!?
「ええと、『いいえ』だ! ケシー! どっちに進めばいい!?」
「えーと、えーと! うぉぉおー!」
俺の隣を飛んでいるケシーは、スマホを持ち上げて配信を確認してくれていた。
めちゃくちゃ重いようで、顔が真っ赤になっているが。
しかしさすがは、超薄型軽量が売り文句だっただけはある!
妖精でも持てる! って広告打っても良さそうだ!
「そこ右です! たぶん!」
「たぶんじゃ困るんだぞ!」
「私だって、レーダーを頼りに頑張ってるんですよー! あー! またデンパ? が悪くなったみたいです! 途切れちゃいました!」
ケシーの誘導に従って走りながら、俺はカードホルダーからすぐに『火炎』の魔法カードを抜けるように指をかけていた。詩のぶがやられたみたいに、闇の中で待ち伏せされていたら困る。
「あっ! また映像が見れるようになりました! もうすぐ! そこの角を曲がったところですよー!」
「え? ということは……」
この道……ケシーと最初に会った時の、串焼き塩味未遂の空間に繋がってるところじゃないのか?
「配信はまだ続いてるんだな!?」
「はい! あーもうやばい! やばいです! 18禁! もう18禁になっちゃいますからー! ヤバイ映像が始まっちゃいますよー!!」
「ケシー! スマホと一緒に俺のポケットに隠れてくれ!」
「あいあいさーでーす!」
ジーンズのポケットにスマホとケシーに入ってもらうと、俺はその先へと突撃しようとして、肝心なことに気が付いた。
あれ……俺、顔隠してないじゃん。
ヤバい、マスクくらいしてくれば良かった。
大事なことは、いつだって後から気が付くものだ。
◆◆◆◆◆◆
岩肌に囲まれて開けた空間の中央付近には、服をビリビリに引き裂かれて半裸に剥かれている詩のぶと、
その肌色の身体に群がって彼女を地面に押さえつける、3体のゴブリンが居た。
あの時の奴ら……まさか、再戦することになるとはね。
裸にひん剥いた詩のぶを組み伏せて興奮しきっている様子のゴブリンは、俺の登場には気付いていない様子だ。
待て待て。
興奮するのはわかるが、もう止まってくれ。
それ以上はマジでヤバイから。YourTubeの規約的にも何もかも、色々とアウトだから。
その生放送が許されるのは、登録した瞬間に数十万円の請求が送られてくるような、海外のヤバイ動画サイトだけだから。
「おい! おーい! お前ら!」
俺がそう叫ぶと、ちょうど事をおっぱじめようとしていた様子のゴブリンが、ビクリとした様子で一斉に振り向いた。
ゴブリンたちは彼女から手を離すと、床に置いていた槍や、刃こぼれした雑な石の剣を握る。
「ゴブ!? ゴブ!」
「ゴゴブ!」
得物を構えて横に並んだゴブリンは、何を言っているかはわからないがとにかく激怒している雰囲気でそんな声を上げた。
その後ろでは、恐怖に顔を引きつらせて泣きじゃくっていた詩のぶが、泣き腫らした目で俺のことを見つめている。
「う、ぅえ、うえぇ……! 水樹ざんん……っ!」
バカ! 俺の名前を呼ぶんじゃない!
YourTubeにて、絶賛生配信中なんだぞ!
そんな風に冷や汗をかいていると、ゴブリンの一匹が突撃してきた!
「ゴブゥ!」
「くそっ! 『火炎』!」
スキルブックからカードを抜き出し、槍で突進してくるゴブリンに向かってカード名を叫ぶ。
すると手元の本から豪快に火炎が噴き出して、そのゴブリンは炎に包まれた。
「ゴゴゴゴ! ブブブブヴヴヴゥ!」
よ、よし!
なんだか掴めた気がするぞ!
このスキルブック、おそらく! 発動させる魔法の指向性を付けることができる!
最初に部屋の中で発動した火炎が、周囲に飛び散るみたいに拡散したのは……おそらくは何の指向性も付けていなかったからか!
「ズッキーさん! また来ます!」
ポケットの中から、ケシーの声が響く。
今度は分厚い槌のような剣を握ったゴブリンが、俺に向かって突撃してきた。
その刹那、俺の頭にふと疑問がよぎる。
指向性を付けられたのは良いとして……何がトリガーになったんだ?
スキル名を叫んだから?
カードを突き付けたから?
それとも、俺の意思で?
「ズッキーさーん!」
ケシーの叫び声が再び聞こえて、俺は思考を遮断した。
ええい! 試している暇はない!
もう一度、全部やってしまえ!
「『火炎』!」
剣を振りかざして襲い掛かるゴブリンに向けて、俺は抜いたままのカードを再び突き付けてそう叫んだ。
しかし、何も起こらない。
「えっ?」
ビーッ! という警告音が鳴って、俺の目の前に赤い文字が現れる。
『不正な操作です。カードをホルダーに再装填し、もう一度やり直してください』
あっ!?
そういう仕組み!?
「ゴブゥ!」
「うぉあっ!」
俺は背後に思いきり仰け反って、ゴブリンの上から叩きつけるような剣刃を躱し、そのまま地面に転がった。
「ぐぁあっ! クソッ!?」
俺は仰向けに倒れて肘を地面に突きながら、閉じてしまったスキルブックを開き直す。
このスキル!
カードを一度発動したらホルダーに入れ直して、もう一度抜かないといけないのか!
クソッ! 少し考えたらわかりそうな仕組みなのに! というか、前にそんなことを考えたことはあったのに! 頭が回ってねえ!
ホルダーに『火炎』のカードを入れ直そうとするが、手が震えて上手く入ってくれない。
カードの縁をガチガチと引っかけながら無理やりねじ込もうとすると、より一層焦って手の震えがひどくなる。
「くそっ! 入れって!」
俺がもたついている間に、剣のゴブリンが追撃を仕掛けるべく襲い掛かって来た。
「ゴブゥ!」
や、ヤバイ!
絶対に間に合わねえ!




