12話 一般通過元凶
「いやあ助かった! すまないな、ミズキ!」
欧米系の外国人……ヒースは、注文したハンバーガーを食べながらそう言った。
ハンバーガー数種類にポテト大、ジュースにナゲットにシェイクにアイス。
なかなかご機嫌なメニューを頼んだものだな。人のお金で。
レジでお金を立て替えてやった俺は、誘われるままに彼らと一緒の席に着いて、番号札をヒラヒラさせながら自分の注文が運ばれてくるのを待っている。
「これはなかなか美味い。作りは雑だが、味が濃くてなかなか僕好みだ」
「美味しいですー」
「うむ、美味……べぇっ! 何だこりゃ。ピクルスが入ってるじゃあねえか」
「それがアクセントになって、美味しいんじゃないですかー」
「嫌いな奴もいるってことをわかって欲しいね」
そんなことを言いながらハンバーガーやらポテトやらジュースやらを頬張る、コスプレ風衣装の外国人二人。
ヒースと……たしかもう一人はマチルダ。
俺は最近にわかに流行り出した、外国人が日本を訪れる系の番組を見ているような気分になった。
しかし日本語が上手なもんだ。目を瞑っていれば、二人がまさか外国人だとは誰も思わないだろう。
「おや。これってハッピーセットって言うらしいですよ、ヒース様」
「ハッピーセット! グハハ、それは良い! ハッピーなメニューだな、気に入った!」
ハッピーなのはお前たちの方だ。
「旅行か何かですか?」
俺がそう聞くと、ヒースはオールバックの髪を手で撫でつけながら、モグモグと口の中の物を咀嚼した。
「うむ。そんなところだよ」
「どうしてわざわざ、こんな辺鄙なところに?」
「ヘンピなところ?」
「いや、だから……どうして北海道に?」
それもド田舎の大守市にな。
もしもツアー会社か何かの言われるままにここまで来たのなら、可哀そうという他ない。
ゴクリ、とハンバーガーを飲み込んだヒースは、人差し指を立てながら聞き返す。
「ここはホッカイドウというのか」
「まあ、そうですけど」
「なるほど。ホッカイドウ。気に入った。技術体系はまるっきり違うが、非常に高度な文明が発達しているみたいだな。人口はちょっとばかし少ないような気もするが、とても広大な都市だ」
なんだか、よくわからない言い回しをする人だ。
「ここはホッカイドウ王国なのか? それとも帝国か?」
「いえ……だから北海“道”ですけど」
北海道を勝手に独立国にするな。
「“ドウ”というのが国の単位なのか? どういう自治国のことだ?」
ヒースは真面目な調子で、そう聞いた。
……本当に何も知らないのか?
それともアニメか何かの台詞や言い回しを真似して、俺を困らせているだけか?
日本のサブカルチャー好きの外国人は、アニメから日本語を学んで変な言葉遣いを覚えることもあると聞くが……。
「あー、ですから、日本“国”の北海“道”ですよ」
「つまり……ここはニホンという国の、一都市ホッカイドウという認識でいいのか?」
「まあそうですね」
一体どうやってここまで来たんだ、お前は。
俺は段々と面倒くさくなってきて、早く注文が運ばれて来ないかなと思い始めていた。
これがハンサムな外人でなければ、適当に理由を付けてすぐに距離を置いているところだ。というより、理由なんて告げないでサッサと逃げている。
「この国で、一番偉い奴はどこにいる?」
「永田町の、国会議事堂か首相官邸でしょうねー」
「ナガタチョウという都市があるんだな」
「正確には、東京の永田町ですけど」
「トーキョーというのが、この国の首都なのか?」
「そうですよ」
「そこに、この国で一番偉い奴がいるわけか。国王か? 帝王か?」
「総理大臣ですよ」
選挙で選ばれる帝王とか、もうよくわからんな。
そういえば厳密には、日本で一番偉いのは天皇陛下ということになるのか。しかしその辺りを訂正しようとすると、またややこしい話になりそうなので黙っておく。一般的にはその認識で問題あるまい。
「ソウリダイジン。そうか、なるほど」
ヒースはポテトを齧りながら、頬杖をついて何かを考えているようだった。
「うーん! ポテトも塩っ気が強くて美味です! とっても美味しいですね、ヒース様!」
「ああ、美味いなマチルダ。なかなか上等な世界だ。フィオレンツァにも食わせてやりたいな」
そんな風に話す二人は、恋人というには年齢が離れすぎているし、かといって親子ほど離れているわけでもない。髪の色は違うが、兄妹か従兄妹といったところか。
下手に何か詮索したら、また返しのカウンターで質問責めが始まりそうなので黙っておくことにする。
そんな外人二人の姿を眺めていると、俺の頼んだ注文が運ばれてきた。
俺はその紙包みを手にすると、席を立って軽く会釈する。
「それじゃあ、僕はここで。良い旅を」
「ああ、待てミズキ。君には助けてもらったな。礼がしたい」
「いや、そんなんいいですよ」
「そう言うなよ」
ヒースはハンバーガーを頬張りながら立ち上がると、ブオンッ、と空中にステータス画面を表示させた。
「……はい?」
呆気に取られて、俺はそんな声を上げる。
この人……冒険者なのか?
「君もステータスを出せよ」
「えっ……いや、どうして?」
「いいからさ。減るもんじゃあないだろう?」
俺は周囲の視線を気にしながら、しぶしぶ自分のステータス画面を表示させる。
周りの視線が、にわかに俺たちへと降り注いだ。隅の席に座っているマスクをした女子高生なんて、食い入るように見つめてくる。ダンジョンが発生してから数年経つとはいえ、ステータス化した冒険者はそれでも珍しい存在なのだ。
ヒースは自分のステータス画面からスキル欄を呼び出すと、そのリストを操作しながら何かを考えている様子だった。
「うーむ。どうしようかな」
その保有スキルのリストは……俺の見間違いでなければ、1画面には収まりきらず、かなり長いことスクロールしないと全部が見られないほど、無数のスキルで溢れかえっている。
「…………は?」
「そうだ、これをあげよう。なかなか便利なスキルなんだ」
そう言って、ヒースは自分のステータス画面から、とあるスキルをドラッグ&ドロップで俺のステータス画面に移動させた。
ピロリン!という音と共に、俺のスキル欄に『+1』の表示がされる。
「えっ? えっ? いや、いいんですか?」
「いいも何もないさ。僕には要らんから、君にあげるよ」
いやいや。
そんな、「このお菓子食べないからあげるよ」みたいなノリで言われても……。
スキルなんて、最低価格のものでも十万円単位の値段がするのに?
「ありがとうな、ミズキ。また会おう。それとよければ、もう一回ニセンエンを貸してくれないかな?」
◆◆◆◆◆◆
結局……
あのヒースという外人に1万円を貸してやってから、俺は帰路についていた。
「なんだったんだろうなあ、あの人」
海外の、有名な冒険者なのだろうか……それで、大守市に発生した新ダンジョンの視察にやって来た? 昨日の今日で? しかしそういうことなら、彼の色々とおかしな言動に、いくらかの辻褄が合うような気もする。
あれだけ膨大なスキルを保有してるってことは、世界的な有名人の可能性すらあるよな。
帰ったら、ネットで名前を検索してみよう。
というより……あれだけのスキルを持っている人が、この世界に存在したとは。
テレビで見た日本屈指の冒険者だって……保有しているスキルは、せいぜい十個かそれくらいだと聞いていたのに。百以上はあったような気はするぞ、あの人。もしかすると俺が知らないだけで、画面の表示方法とかが違くて、一見してそう見えただけなのかもしれないが。
「……ケシー? さっきから黙りこくって、どうしたんだ?」
「いえ……何でもありませんよ」
「お前が元気ないと調子狂うな」
「いやあ、その……」
ケシーは鞄の中からひょっこり頭を出すと、バツの悪そうな顔をした。
「さっきの人、ちょっと怖くて……」




