109話 地上波
俺こと水樹了介の顛末について、サクッとお伝えしよう。
超えちゃいけないラインを完全に超える形で世界を一通り滅茶苦茶にしてしまった上村専務あるいはエクスカリバーあるいはスキルワームの騒動に多方の助力を得ながらトドメを刺した俺、もしくは俺たちは、そのまま米軍に保護される運びとなった。上村専務およびエクスカリバーの洗脳が停止したことで、世界各国の政府機能は回復。もはや隠蔽するとかそういう次元ではなかったダンジョン災害の真実はほぼ公のものとなり、そこそこの混乱の余波と大いなる非難と批判を巻き起こしながらも、何もしてないのに炎上した俺の名誉はそこそこに回復した。
ついでにタイムズスクエア跡地上空にて空中戦を繰り広げ続けていた白竜さんも、混乱の終了と共にとりあえずは交戦を中止。戦闘機4機を撃墜した白竜さんは米軍によって完全に包囲されるも、彼は身なりがドラゴンなだけで中身はそこそこ尊大ながらもなかなか気の良い友好的かつ温厚な性格なので、それ以上の被害は出さずに捕獲あるいは同行に応じたらしい。
スキルワームの所持を秘匿していた英国政府は、当然ながらそれなりの批判に晒された。しかしてその責任追及は、今回の騒動の窓口として機能していた小和証券およびこれを裏から操っていた『円卓評議会』なる世界の中二病心くすぐる謎の秘密結社の存在まで公になったことで、こちらへと追及が集中。ついでにスキルワームによる現実改変やら小和証券のスキャンダルやら渦中の上村専務やら何から何まで何やら何でも公になりまくったことで、一体どこからニュースにしたり話題にしたり議論したり問題にしたりすればいいのやらわからなくなってしまった我らが現代文明体は、情報量が多すぎる舞台の裏側に直面しすぎてオーバーヒートして混乱し腐ってしまい、そのおかげで当の事件解決を果たした俺たちこと水樹了介・キャロル・詩のぶ・多智花さんの4名への注目は、解決後わりとすぐに薄れることとなった。
秘密結社のメンバー兼小和証券社長であった比嘉屋誠二は各方で聴取やら何やらで拘束される運びとなり、俺はその捜査の途中で、一度尋問に立ち会った。関係者ではあるが犯罪者なのかフィクサーなのかそれとももっと大きな何かの手駒にすぎないのかすら判然としない比嘉屋は、勾留されている身なれど小綺麗なスーツ姿で、悪くない待遇を受けているようだ。
「よく事態を解決してくれたな」
聴取室で向かい合った比嘉屋は、俺に対してそう言った。
「なんとかね」
そう答えてから、俺は彼に尋ねる。
「しかし、これでよかったのか?」
「もちろん」
彼はそう言って、余裕の笑みを見せた。
「これこそが、我々の存在理由なのだから」
「そうかい」
どうやら世界は複雑らしい。
◆◆◆◆◆◆
しかしてそんな大波乱の大騒動も、喉元過ぎれば熱さがフォーガッタボーみたいな格言があるように。大いなる後処理が終わった後には、テレビのワイドショーは普段通り政治家やら芸能人のスキャンダルの漏洩に精を出し始め、タイムズスクエア・ダンジョンの一件が報道に乗ってくることはついぞ無くなっていった。そこそこの続報がそれなりに語られたりはするが、その主な情報提供元はテレビからネットニュースや細々と活動する都市伝説系YourTuberに引き継がれて、数ヶ月も経って冬が到来すると、この世はあまねく何事も栄枯盛衰というべきか色々と過去になり始めたのである。
それは、俺こと水樹了介にとっても例外ではない。
「でっでっでっでっででででででーーーーーっ!!!??? なーんで断っちゃったんですかーーーーーーー!!!!!?????」
俺の目の前を飛び回るケシーは叫んで錯乱し、きりもみで羽をはためかせた。
いつもの部屋。
劇的ビフォーアフターの再改築が済んだ居間で、俺はソファに座り込みながら答える。
「いや……普通にメリットが無いからな。ギャラも安かったし」
「なーんでなーんでなーんでーーーーー!!!! せっかく松ちゃんと浜ちゃんに会えるチャンスだったのにーっ! なんなら無ギャラでもいっくらいなのにーーー!!! なんでっでっでっでーーーー!!!???」
「いや、出たいならお前だけでも出ていいぞ。向こうに言っておくか?」
「ぅぅぅ……ズッキーさんが出ないなら、ケシーちゃんも出ませーん」
しょんぼりしながらテーブルに戻るケシーを見て、俺は先に相談しておくべきだったと後悔する。
あれから完全に存在が公となったのは、なにも俺たちやドラゴンのみならず。
異世界産の妖精ケシーについても、その実在は全世界的なものとなっていた。
しかしまあ、未知の知的生命体を政府が秘密の研究所に閉じ込めたり、それを巡って各国が陰謀を巡らせたりというのは、結局は完全にSFフィクションのアレであるようで。普段ならば大ニュース確実であったケシーの存在は、先んじて米空軍と派手に交戦したドラゴンさんが世界に大インパクトを与えていたり、そもそもあのダンジョン災害からのドタ☆バタ復興期にて今さら妖精一匹に驚いている暇は無かったりで、もはや義務的にそこそこ驚愕されながらも今はそれどころではないという具合にほぼほぼスルーされて、そのうちに何だかんだとインパクトも薄れて、どうやらそういうのも居るらしいという風に世間に受け入れられてしまっていた。この世にダンジョンが存在するならば、つまりそういうこともあるのである。国会では今回発見された白竜さんやケシーに代表されるダンジョン産の知的生命体に対するさまざまな法令が整備されているところらしいが、実際にはそれどころではないというのが本音のところ。彼らに対して目下熱心に興味をそそられているのは、今のところ少数の物好きだけである。
それは俺にしても同じことで、個人が保有してはいけない威力のスキルを保有しちゃっている俺こと水樹了介は、その対応が諸所の大混乱の中で半ば忘れられている疑惑があるほど放っておかれている。現在俺たちにちょっかいを出してくるのは、再生数目当てのYourTuberやテレビ局くらい。そんなオファーの一つを断ったところ、それがケシーの好きな芸人がMCを務める番組であったらしく、現代文明代表レベルのテレビっ子であるケシーを傷つけてしまったらしい。
初のテレビ出演を知らぬ間に抹消されて落ち込んでいるらしいケシーは、いじけた様子でポリポリとクッキーを頬張り始めた。
「……いや、悪かった。次はちゃんと相談するから」
「いいですよーうだ。ケシーちゃんとて、裸一巻一匹孤独に地上波へと進出するつもりはないものですからねー」
やけくそ気味にクッキーをバリるケシーは、こちらを見ずに呟く。
「ズッキーさんが出る気ないなら、ケシーちゃんも出ないでいいですよーだ」
「……やっぱり出るか?」
「いいですよーだ」
「なんか出たくなってきたな」
「お気を使われなくても結構でーす」
「やっぱりもう一回電話するわ。出演するけど妖精同伴でいいですかって」
「ほんとに!」
◆◆◆◆◆◆
「さてさて」
さてさて。そんな心の声を口から漏らしながら、俺はオフィスに足を踏み入れる。
大守市にもなけなしに存在する寂しい商業区の、寂れた一角になけなしに存在する商業オフィス。腕は良いが金が無い私立探偵でも事務所を構えていそうなこの賃貸オフィスには、最低限の事務的能力が運び込まれていた。
中古のオフィスチェア、デスク、引き出し諸々、必要最低限かつ客人に対してギリギリ失礼かどうかを常に問い続ける小汚い来客用ソファ、そして大型ではないが小型でもない液晶テレビ。
そんなオフィスの一番奥の席に座り込んだ俺は、ギィと鳴る質が良いとは言えない背もたれに体重を預けて、いわゆる自分の城というやつを眺める。
何を隠そう、このオフィスは俺のもの。
正確には俺のものではないが、まあ、俺のものであると言ってもいいのではないか。
半分くらいは、いや少なくとも三分の一ほどは、俺のものではないのか。
何はともあれ、悪くない気分だ。
そんな軽い悦に浸っていると、オフィスの扉が開かれた。
出会った頃に身に纏っていたような甲冑姿のキャロルは、オフィスを眺めるなり「ふむ」と頷く。
「まあ急ごしらえで用意したわりには、なかなか良いではないか」
「だろ?」
彼女は周囲を見渡しながら、来客用のソファに座り込んだ。中古で取り寄せたソファは中のクッションがかなりへたっているようで、彼女の軽い体は思いのほか沈み込んでしまう。そんな風にややバランスを崩しながらも、彼女は液晶テレビのリモコンを弄りながら呟く。
「とりあえずはこの仮オフィスを拠点として、新生REAを発足しよう。イギリス政府の要人とも会わなければ」
「忙しくなるな」
「忙しいのは良いことだ。そうだろう? 社長よ」
そう言って、キャロルは微笑んだ。
エクスカリバーにまつわる事件を解決(?)した後、必然的にイギリスとの連携を強化した俺たちは、早速新会社の設立に乗り出した。混乱に次ぐ大混乱の中で色々と忘れ去られているような疑惑はあるとはいえ、『スキルブック』を有する俺はいまだに、あの上村による全世界的な洗脳が解けてもなお、なかなかに狙われる身である。むしろこの『スキルブック』の有用性は、あの未曾有のダンジョン災害を一撃の下に解決してしまった結果から、さらに再評価が行われている節もあって静かながらも不吉な風が水面下から絶えず吹き荒んでいる。
そんな諸々と戦うためには、もしくは跳ね除けるためには、組織と拠点が不可欠。
色々と右往左往にさまざまなトラブルとアクシデントに世界を巻き込みながら襲われもしたものだが、俺たちは当初の予定通りのレールへと路線を戻し、このとりあえずの仮オフィスを拠点として、先に計画していた冒険者ビジネスの展開を目指していた。
またREAを母体として共同運営される新会社の社長には、本来ならばキャロルが就任するべきなのだが……彼女はそもそも年齢等の関係でREA本体の法的事務的な代表ですらない。そのためこれからのビジネスにおける中心的機能を果たす予定の俺が、代理で新会社の代表取締役社長に就任する予定……というよりは、書類上はすでに就任していた。つまりは名義上、俺はすでに社長である。社長か。なるほど。悪くない。
そんなことを考えていると、事務所の扉がまた開かれる。
「あ、どうもでーす。あはは…………」
新進気鋭のベンチャーには全く相応しくない覇気の無さで現れたのは、あの多智花さんだ。
いつも通りのスーツ姿である彼女は、辺りをチョロチョロ見回してから、俺にじとりとした笑みを向ける。
「あの……なにかすることありますか?」
「いや……まあ、無いですが」
火又戦以来無職であった多智花さんは、ウチの新会社で事務として勤めてもらう手筈になっていた。しかし事業自体はまだ何も始まっていないというよりこれから始まるという感じの雰囲気が数日後から始まっていく予定というフワフワ感が飽和しきった状態なので、多智花さんに回す系の仕事は現状、当然、一つも存在していない。
「それじゃ……私、今日はもう帰って大丈夫です?」
「まあ、まだやることはないんで。忙しくなったら頼みます」
「任せてください! それであの…………一つお聞きしたいんですが」
「……なんでしょう」
「いやこれってですね、聞きづらいんですけど……」
多智花さんは三拍から四拍ほど置いてから、若干の申し訳なさを擬態的に表現しながら聞く。
「これって、一応今月から、お給料出るんですよね……?」
「まあ、一応は」
「あ……ど、どうも〜……いや、安心しましたぁ……」
安心したというよりは道端に落ちていた一万円でも見つけた具合の幸福感を表情に出した多智花さんは、そのまま後ろ歩きでオフィスから退場していく。
「あ、それでは。今日はまだやることないみたいなので……私はこの辺で〜……どうも〜」
「……お疲れ様です」
「ではでは〜……えへへ〜……」
バタンと扉を閉めた多智花さんは、家に帰り、給与が貰える実質無職生活を今しばらく謳歌するのだろう。しかしまあ多智花さんは、火又戦から今回の上村戦まで出ずっ張りで歌に踊りに戦闘にと活躍していただいたので、特に言うことなしである。これくらいの報酬は与えられて然るべきである。
そんな多智花さんと入れ違いに、もう一人が入ってくる。
「あ、どうも」
「おう、詩のぶ」
小脇にセカンドバッグ的なものを抱えながらオフィスに入ってきた詩のぶは、その中から薄型ノートPCを取り出すと、自分の机の上で広げてパタパタと弄り始めた。
「あ、水樹さん。一つ相談なんですけども」
「なんだ?」
「この立ち上げの諸々、YourTubeで動画にしちゃっていいです?」
「…………なにを動画にするの?」
「色々全部です」
「要相談だな」
「えー、いいじゃないですかー」
「あの一件で、ゴリゴリに再生数と登録者数は稼いだだろ」
「YourTuberは止まると死ぬので」
「サメか」
とまあそんなことで、新会社には高校生ながら詩のぶも参画中であった。職員というよりは早めのインターンというかお手伝いさんではあるが、一応広報WEB担当、もしくはアドバイザーとして、色々と手伝ってもらうつもりではある。まあ詩のぶであれば、他にも色々と任せられるだろう。詩のぶだし。なんだかんだと一番しっかりしていて社会性があるので、問題を抱えた連中が集まりがちな俺の周囲では貴重な常識人枠なのではないかと思えてしまう昨今である。
「そういえば、あのヒースさんって今どうしてるんです?」
「知らんな」
詩のぶに聞かれて、俺はそう答える。
「まあ用があったら、またあっちから来るだろ」
「そういうもんですかね」
「そういうもんだよ」
そう返して、俺はふと息をついた。
一旦は、何かが落ち着いたように思える。
しかし実際には、様々はまだまだこれから。問題やらやらなければならないことやらやりたいこと、ケリをつけなければならないことにケリをつけにくるであろう諸々、そして再び来訪するかもしれない危機やら隣人やら何やらは山積みで全貌はいまだ見えず、しかしそれを少しずつ切削して整理して、片付けていかなければならない。人生の大半とは物探しと片付けに費やされるとは、一体誰の言葉だっただろう。それは他でもない俺の言葉かもしれなかったが、人生というのは、きっと往々にしてそういうものである。
そして来週には、ケシーと一緒にテレビに出ないといけない。
正直出たくはないが、可愛い相方のためなら、まあ仕方ない。




