11話 金貨ではなく日本円でお支払いください
そんなゴッタゴタな一日の、翌日。
本社に連絡を取ってみると、こんな返答が返って来た。
「あー……大守支店については、もう話は聞いてるよ」
「どうも。話が早くて、助かります」
スマホの調子が相変わらず悪いので、公衆電話から。
家の近くにあって助かった。
小和証券、支店がダンジョン化。
昨日、国内における新たなダンジョンの発生が確認された。
そのダンジョンは、偶然にも小和証券の支店を飲み込む形で発生しており……。
そのニュースは、今朝の報道番組で見たものだった。
「あー……っと。ちょっと本社で対応を考えてるから、君は自宅で待機しておいて」
「わかりました。しかし、自分会社を辞めるつもりなので、そのつもりでお願いします」
「は?」
「上司を通すべきなんでしょうが、今の僕の上司って、一体誰なのかわからなくて」
「こういうことだから、一応……上村になるんじゃないのかね?」
「元々、上村支店長の嫌がらせで転勤してきたので。転勤先も無くなったことですし、この機会に辞めることにします」
「ちょ、ちょっと待て。嫌がらせって何の話だ?」
「退職に必要な手続きや引継ぎなどがあれば、進めさせて頂きますので。そういうことで、人事の方よろしくお願いします」
ガチャンッ。
受話器を落として、俺は公衆電話から立ち去った。
勤務先が消滅した会社を辞めるというのは、ずいぶん気楽で良いものだ。
やり残したことはあるが、このまま会社に居るよりも……外から動いたほうが良さそうだしな。
そのとっかかりは手に入れたわけだ。
やれやれ、さてと。
部屋に戻って来ると、テーブルの上に座り込んだケシーが、テレビを見ながら砕いたクッキーの欠片をポリポリと食べていた。
「おやおや。おかえりなさいですよー」
「ああ、ただいま」
「何してたんです?」
「会社を辞めた。というか辞めるって伝えた」
「カイシャ? ギルドみたいなものですか?」
「大体そんなもんだな」
よいしょっと。
テーブルに座り込むと、ケシーは指についた砂糖の粒を舐めた。
「辞めちゃって大丈夫なんです? 私、しばらくは養ってもらわなきゃいけないですけど」
「何とかなるだろ。貯金はあるし、高額間違いなしのスキルも手に入ったし」
それに、お前そんなお金かかりそうにないし。
そんなことを話していると、ケシーはいつの間にか、テレビのコマーシャルに見入っているようだった。
最初はスマホもテレビも掃除機も何もかもが不思議な様子のケシーだったが、順応性の高い奴である。1日も経った頃には、おおむねの仕組みを理解して、そんなものだと納得した様子だった。昨日の深夜にはすでに、『ヨルトーーク!』の「ダンジョンロケで死にかけた芸人」でケラケラ笑っていたくらいだ。
「あーっ! 見てみて! ズッキーさん!」
ケシーがそう言って、虫並みの力で俺のシャツの袖を引っ張る。
テレビの画面には、有名ファストフード店のコマーシャルが流れていた。
「なにあれー! めっちゃ食べたいんですけど! すごーい!」
「ハンバーガーか。そっちの世界には無かったのか?」
「似たようなのはありましたけど! あーんなボリューミーなの無いですよー! すごいすごーい!」
「でもお前、サイズ的に無理だろ。食えないだろ」
「崩して分ければ何とかなりますよ! ねえねえ、買いに行きましょう!?」
◆◆◆◆◆◆
そんなことがあり、俺はハンバーガー屋に来ていた。
普段はポケットに財布とスマホの手ぶらで出かける俺であるが、今回ばかりは肩掛け鞄を腰元に提げている。自分も行くと言って聞かないケシーを隠すために、彼女には肩掛け鞄の中に入ってもらっているわけだが……どうにもこれから、外出時はずっとこうなるような気がしてならなかった。
「うおー! すごーい! なにこれー! 魔法? どういう動力ー?」
「ただの自動ドアだ。っていうか、あんまり大きな声を出すなよ」
「私の声は、ズッキーさんにしか聞こえて無いんで大丈夫ですよー!」
「そうなのか?」
レジの前の列に並びながら、俺はそう聞いた。
「そういや、どうして日本語を喋ってるのか聞いてなかったな」
「私たち妖精は、人間種みたいな物理的なコミュニケーションを取りませんので! テレパシーみたいなもんなんですよ。それが、ズッキーさんには母国語で聞こえているだけです」
「なるほど」
俺はそう言ってから、これでは一人で喋っている変な奴だな、と思った。
スマホを取り出して電話している風を装いながら、俺は帰りにワイヤレスイヤホンを買おうと思った。音楽を聴く用でも通話用でもなく、ハンズフリーの電話を装ってケシーと話す用として。
「待てよ? テレパシー? それだと、俺の心の中ってお前に筒抜けなのか? それとも、声に出した奴だけ聞こえるのか?」
「声に出してる方も心の中で思ってることも、どっちも聞こえてますけど? あんまり裏表無いですよね、ズッキーさんって」
「うわっ、それヤバくないか? エロいこと考えても、お前にはわかっちゃうの?」
「うーん、私が読み取ろうとしてたらそうなりますねー。会話するとき以外は読んでないですけど」
「これからは、エロいこと考える時はそう言うから。勝手に心を読まないでくれ」
「でも最初に会った時、ズッキーさんが私のお尻ばっか見てたの知ってますけど?」
「わかった。悪かったよ」
「ナンジュウオクエンで売ろうとしてたこともねー」
「悪かったって。これからはエロいことと悪いことを考えるときは、事前にそう言うから」
「それはそれでどうなんです?」
そんなことを話していると、前の客が掃ければ俺の番、というところまで列が進んだ。
そうして待っていると……。
「なに? ニセンエン? ニセンエンってのは、一体どういうことだ?」
「いえ、ですから、二千百円になります……」
「ああと……わかった。わかったぞ。通貨の話か。君はお金の話をしてるんだな」
右のレジに立つ男が、店員とそんな会話をしていた。
彼はコートのポケットに手を突っ込むと、ジャラジャラと小銭を出して、それをレジの上に広げる。
「ほら、好きなだけ貰ってくれ」
「あの……お客様」
「なんだ?」
「日本円は……お持ちでないのですか?」
「無い。だが、これは金貨だぜ。二十枚もある。これだけあれば足りるだろう」
「あ……あのですね……」
なんだなんだ?
覗きこんでみると、レジでトラブっているのは、どうやら外国人のようだった。
それを見て、「おや?」と俺は思った。
流ちょうな日本語で喋っているものだから、てっきり日本人だと思ったのだが。
身長180cm以上はありそうな、長身で肩幅の広い白人。
黒髪はオールバックに撫でつけられており、羽織っているのはどこかの王族のような、金色の刺繍がされた全身真っ黒のコート。日本人にはまずできない中二病ファッションだな、と俺は思う。それでも様になっているのは、さすが外国人というところか。
その隣には、これまた小さな外国人の女の子が立っており、レジでトラぶる男のことを不安そうに見つめている。しかし、彼女の服装がこれまたおかしな衣装で、神官のような、ファンタジーアニメのコスプレか何かのように見える。
もしかすると二人とも、日本にコスプレをしに来た、アニメ好きの外国人なのかもしれない。
しかしわざわざ北海道の、こんなド田舎に?
「ひ、ヒース様ぁ。も、もういいですよぉ。行きましょう?」
「いいや、マチルダ。駄目だ。なあ君、ここじゃあ金は価値が無いのか? なぜ金貨を受け取らない?」
「いえ、あの……そう言われましても……」
「こっちはハラペコなんだ。長いこと彷徨って来たもんでね。ここは飯を出すんだろう? なあ、この金貨はぜんぶ君にあげるからさ」
「どうか……しましたか?」
おせっかいだとは知りつつ、俺はそう声をかけずにはいられなかった。
彼が振り返って、俺のことを見る。
外人補正を抜きにしても、ハンサムな顔立ちだった。
ハリウッド俳優か何かだと言われても納得できる。
もしくはこの二人は、映画か何かの撮影でこんな格好をしているんだろうか。
「よく声をかけてくれた。君の名前は?」
「俺は水樹っていいます」
「僕はヒースだ。良かったら、ニセンエンを貸してくれないかな?」




