105話 全品100%OFF
中継映像を見てオオモリ・ダンジョンの管理施設に直行した俺は、周囲を一面氷雪の世界へと変えている白竜さんの下へと辿り着いた。遠目から陣取ってスクープ映像を撮ろうとしている中継車の合間を抜い、氷のブレスでピカピカ凍った駐車場の上で車体を滑らせ、すぐさま車外へと躍り出る。
「白竜さん! お久しぶりです!」
『オオ、ミズキではないか! 久しいな!』
俺を見るなり、威厳たっぷりに鎮座していた白竜さんは顔を綻ばせた。巨大すぎる白いトカゲといった図体の白竜さんではあるが、意外に表情筋豊かである。
「いやあ、お久しぶりです! 本当に!」
『我が寝入っている間、元気にしておったか。ン……』
白竜さんは目を細めると、頭をグラリとさせて項垂れた。
『先ほどから、なーんか怪電波が頭に刺さるのう。これで起きてしまったのだ。』
「それがですね! 色々と、大変なことになっていまして……!」
『フムフム。大変なこととは?』
白竜さんに大体の経緯を説明すると、彼(?)はフムと頭を頷かせる。
『フムフム、なるほどなるほど。理解理解。なんだか大変なことになったものだのう』
「いやあ本当に、その通りでして……!」
『それにこの怪電波だが、どうやら生物の核部分の情報も抜き出そうとしているな。このままいったら……我のように強固な存在でなければ、みなグッチャグッチャのよくわからん生き物になってしまいそうな気配があるなあ。大変であるなあ。』
世界ピンチすぎだった。色々ラインを超えていらしていた。
「あの……白竜さん! なんとか、なんとか助けていただけませんかね!」
『助ける?』
「いやまあ、色々と! 本当にこちらも大変でして! なんとかお助け頂ければと……!」
『ええ……っ』
俺の懇願に、白竜さんは明らかに嫌そうな顔をして背筋をのけぞらせる。
『ううむ……助けてやりたいのは山々なのだがなあ』
「お願いします! 一生のお願いです!」
『とはいっても、あの怪電波には近づきたくないしなあ。我のように感受性の高い高位存在は、ああいうの敏感なのだよなあ。気が乗らぬなあ』
「そこを、そこを何とか! 何でもしますから!」
『ん? 今何でもするって言ったかの? ミズキよ』
突如巨体をズズイと言わせて詰め寄る白竜さんは、そう言って俺の鼻先まで巨大な頭を近づけた。
「ええ……も、もちろん! 助けて頂ければ、何でもします! 電池もいくらでも……!」
『ふむふむあいわかった。それではのぅ……』
白竜さんは最大限もったいぶるような仕草で首をのっそりと振り、叩きつけるようにして雄叫ぶ。
『デンチだけと言わず……この世界の金銀財宝珍品貴宝の数々! 我に献上して頂こうか!』
◆◆◆◆◆◆
ということで、白竜さんと一緒にオオモリデパートへとやってきた。
つい先日に発生したゴブリン襲撃事件が記憶に新しいオオモリデパートも、まさかゴブリンを超える招かれざる客が来店するとは思うまい。もっといえば、いきなり何の脈絡もなしに、ファンタジーゲームよろしくのドラゴンが城門突破して普通に来店してくるとは思うまい。
世間の混乱の渦中でそもそも人気の少なかったデパートは、白竜さんを連れて来店してしまったことで、特に脅したわけでもないのに蜘蛛の子を散らすように人払いが完了した。まさに白竜さんさまさま。人はバットで殴れば死ぬし、大抵の問題はトラックで突っ込むかロケットランチャーを打ち込めば物理的に解決するが、この世界の問題や障壁は、ドラゴンと一緒に突撃すれば大体解決するのであるという新たな学びが得られた。
そんな白竜さんのご機嫌取りは、一旦多智花さんに任せることとする。
『おほー! これはすごい! これは? これは何というのだタチバナよ!』
「ええとですね、こちらはソーラー電波時計と言いまして! 太陽光で動くやつなんですー!」
『ほほー! つまりは太陽神の化身! そのありあまる力で駆動するというわけか! これはこれは大層な物であるなあ!』
多智花さんが地球原産の品々に興味津々な白竜さんをもてなしている間、俺たちは白竜さんが来店したことで強制全品100%OFFセールとなった店内を物色することにした。客も店員もみんな逃げてしまったので、もうやりたい放題で法も何もありはしない。色々問題がある気もするが、その辺について考える余裕は存在しない。
「ええと、このダウンと手袋と……あと帽子か!」
そうして俺はというと、ショッピングカートに防寒着を詰め込んでいる真っ最中。慌ただしく駆けながら、とにかく目についた物をカートに突っ込んでいく。これから白竜さんの背中に乗せてもらい、太平洋を超えてアメリカはニューヨークまで一直線に突撃する予定。そのために、できる限りの防寒対策が必要なのだ。
全員分の防寒着をカートに突っ込んでいると、同じくショッピングカートを押す詩のぶが走ってきて、店前でギャギャッと停止した。
「水樹さん! カイロと石油ストーブ手に入れました! 電池で動くやつです!」
「でかした! あと燃料も買っておいて! 買うわけじゃないけどな!」
「了解でーす!」
石油タンクを調達に行った詩のぶと入れ替わりに、今度は顔色の悪いキャロルがショッピングカートを押して参上する。
「み、ミズキ……テントだが、これでいいか……?」
キャロルが調達してきたのは、ドラゴンさんの背中に立てる用のテント。白竜さんの背中に乗って太平洋を越えるのは飛行機の上にしがみつくようなものなので、テントを張って白竜さんの氷結で固めてもらい、少しでも風をしのぐ作戦だ。
「ええと……4人用だな! よし! これでよし!」
「あと、何買っておけばいい……?」
「ええと、なんだろうな……何かあったら確保しといてくれ! あと、具合悪かったら寝てていいぞ!」
「うむ、わかった……。あっ、アレとかいる? バーベキューセットとか買っておくか?」
「キャンプしに行くわけじゃないからな!? 白竜さんの背中でバーベキューしたら絶対やばいからな!?」
そういうすったもんだがあったものの、白竜さんが地球の物産品を一人で楽しめるようになると、彼についていた多智花さんも物資確保に参戦。ショッピングカートを引っ掛けて来た多智花さんには、一応食料品の調達を頼むことにする。
「何が起きるかわからないので! 当面の食料お願いします!」
「わ、わかりました〜っ!」
食料品店に向かってショッピングカートを押していく多智花さんと分かれる寸前、デパートの二階から、ドンガラガッシャンガチャガチャズガンと何かが致命的に崩落する轟音が鳴り響いた。
『ほほほーう! この透明な宝箱はどうなっているのだ? クレーンゲームと言うのか! んん〜? ヒャクエン? 開けるにはヒャクエンとやらが必要なのか? どこにある?』
百円硬貨を探してゲームセンターから離れたらしい白竜さんは、壁やら何やらを破壊しながら二階を彷徨い始めたようだった。ドラゴンのショッピングを一ミリも想定されていないオオモリデパートは、彼が一歩進んだり翼を広げたりするたびに、壊滅的なダメージを負って轟音と地鳴りを響かせ、倒壊に一歩ずつ近づいていく。
「あの……白竜さん放っておいていいんですか? 全部ぶち壊しながら移動してるみたいですが。二階が全壊しそうな音が聞こえてきますが。誰か付けておかなくて大丈夫ですか?」
「まあ……もう仕方ない。あのドラゴンさんはきっと、一人で遊べるドラゴンさんだから……大丈夫だろ。たぶん。おそらく」
『おーう! ヒャクエンとやら、こんなところにたくさんあるではないか! フムフム、この金庫はレジと言うのか。巧妙な細工が施された金庫であるのう。どれどれ、このヒャクエンとやらで……アグァーッ!? クレーンゲームが踏み潰されておる! 我がやってしまったのか!? オオオ!?』
そうして小一時間ほど全品無料バーゲンセールの店内を回ったところで、全員で集合して物品を確認し始める。全体の指揮を取るは、変異が絶賛進行中で精神的にも肉体的にも不調なキャロルでも、基本ずっとアワアワしている多智花さんでもなく、神経図太くこの状況下でも冷静というか平常運転の詩のぶだった。
「えーっ!? 多智花さんなにこれ!? なんで値引きされたお弁当だけ持ってきたんですかー!?」
「えっ!? まずかったですか!?」
「せっかく100%オフなのにー!」
「あっ!? そうだった……つい貧乏性が!」
「お、お肉と野菜持ってきた……あとバーベキューコンロも……」
「いやバーベキューできないから! なに!? バーベキュー大好きなの!? イギリス人なのに!?」
そんな三人のやりとりを目下に、俺はというと一足先に白竜さんの背中に乗り、その上にテントを張り始めている。白鱗の上で新品のテントの構築に励んでいる間、白竜さんはその大きな手で、楽器屋から拝借してきたと思わしきエレキギターをアンプ無しで弄っていた。
『ほほー。このエレキギタァとやら、良い音が鳴るものだのう。面白いのう』
「白竜さーん! あの、背中の鱗にピン刺していいですか!?」
『おうおう好きにするとよい。でも地肌まで刺すでないぞ』
「えーと、ち、力加減がわからん……え、えいっ!」
『グアー!? ミズキ、貴様ぁ!』
「あーっ! ごめんなさい! やっぱ刺すのやめましょう! 凍らせて固定しましょう!」
そんなすったもんだのすったもんだがありながらも、準備は完了。
白竜さんの背中の上に建てられた4人用のテントは彼の氷結魔法によって背中にガッチリと固定され、歪な形で凍らされて氷の宮殿ならぬ氷のテントになっている。その中にはさらに氷で固定した石油ストーブと椅子が四脚設置され、防寒着を着込んだ俺たちがそれぞれ座った。
『ようよう、ではゆくぞ! 小さき者たち!』
「お願いしまーす!」
「えいえいおーっ!」
オオモリデパートの目の前で白竜さんがバサリと翼を広げると、俺達にそこそこのGをかけながら浮上していく。その中で必死に椅子にしがみつきながらスマホを構える詩のぶは、マップアプリを起動させてニューヨークまでの経路を表示させようとしていた。
「あっ、やっぱ駄目だ! ニューヨークまでの徒歩経路出ないですね! まあ当然ですけど!」
「大体の方向で飛ぼう! アメリカ大陸ってどっちの方角だ!? 詩のぶ、マップアプリだとどうなってる!?」
「いや待てミズキ、太平洋に出たらすぐに電波なんて届かなくなるから! 平面方向で進んだらとんでもないところに着くぞ!」
『んー? おーいミズキよ、我は結局、どっちに向かって飛べばいいのだ?』
オオモリデパート上空で対空し始めたドラゴンさんは、背中でワチャワチャしている俺たちに向かって困惑の声を届けてくる。
「あーえーと、とりあえずハワイとか経由すればいいのでは!? 中間地点として!」
「そのハワイまではどう行けば!?」
「あーそうだ! 方位磁石! 方位磁石忘れてた!」
「私ちょっと飛んで方位磁石取ってきまーす! ちょっとだけ待っててくださーい!」
「任せたケシ―! 頼んだ!」
『なんだか準備が悪いのう。こういうのってテンション下がる奴よのう』
「本当にすいませんー! なにぶん、ドラゴンさんの背中に乗って太平洋横断は初めてなものでしてー! はいー!」
「オルルルロロロロロ」
「み、水樹さーんっ! キャロルさんが吐いてるんですがーっ!」
「なんで!? 大丈夫か!?」
「ひ、飛行機酔いというか、ドラゴン酔い……おぐぇ……」
「うおーっ! 駄目だ! なんか全方位駄目寄りだ! 私がしっかりするしかない! 頑張れ私! 頑張れYourtuber姫川詩のぶ! 検索! 『ドラゴン 方位磁石 飛ぶ方法』! 駄目だ! 出てこない! そりゃそうか! これ本当に大丈夫ですかね!? 水樹さん!? 私たち大丈夫ですかね!?」