103話 おいおいやってるね
タイムズスクエア・ダンジョンの続報を、ニュースは矢継ぎ早に報じ続けている。
『有識者の見解によれば、タイムズスクエア・ダンジョンから発せられている怪電波は、効果範囲内のあらゆる『情報』に影響を及ぼしている可能性が示唆されており……』
ニュースキャスターの様子は戦争でも起こったのではないかというほど緊迫しているし、実際には、これは戦争よりも最悪なのかもしれなかった。総力を上げる民放の電波が我先にと続報を繰り出し続けているが、しかして続々と押し寄せる事態の悪化に追いつきはせず、最新の情報を最短で手に入れるためには、今のところネットの真偽不明な情報を頼るほかない。
『続報です。ええと……これは聖書からの引用になりますが……「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、この女に、まず石を投げなさい」……この有名な一説が、「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、上村専務に、まず石を投げなさい」に変わっていることが発見されたとのこと、です……? あの、これは一体……』
「うわー。なんというか、世界ってこんな感じで終わるんですねー」
リビングでテレビを見ている詩のぶが、ポリポリと煎餅を齧りながらそう呟く。
ここは変わらず、すっかり家というよりは拠点と化した俺の家。
この混乱の中で家に帰ってゆっくりしようと思える者はいないようで、全員俺の家に食糧やら何やらを持ち込んでは、思い思いに居着いてしまっている。
「いくらなんでも嫌すぎる世界の終末だな」
「でもですねーズッキーさん」
そう声を上げたのはケシー。彼女は詩のぶと一緒に煎餅を食べながら、お昼のワイドショーでもながら見している中年主婦のような雰囲気で寝転んでいた。
「スキルワーム? エクスカリバー? を叩くといっても、具体的にどうするんです?」
「今考えてる」
そう返しながら、俺は考えを纏めようとして結局は失敗したメモ紙をグシャリと丸めて、ゴミ箱に放り投げる。
「して、何か思いつきました?」
「何も」
「何か思いついたとしても、アクションスパイ映画並みのアクロバティックなことになりそうですよね」
「アクロバティックだろうとマジカルだろうとミラクルだろうと、とにかく解決策があればいいんだが……っと?」
そこで俺は、ふとスマホの通知が来ていることに気付いた。
ブーッ、ブーッ、とバイブレーションが鳴り続けているスマホを手に取ってみると、待機画面が通知で溢れている。
「……ん?」
何事かと思って開いてみると、主にFacepageアカウントに数千単位の通知。無数のメッセージやフォローを知らせるものだった。それらはほぼ全てが見知らぬ人物からだが、言語は英語がほとんどで、全然内容がわからない。
「……なんだこれ。誰か、これなんて書いてる?」
キャロルの看病をしている隊員に、そのメッセージを読んでもらう。すると彼の表情は、みるみるうちに険しくなった。
「ん? ええと……『ミズキリョウスケ、お前が悪い』『ふざけるな。上村専務に謝罪しろ』『絶対に許さない。悪党め』『今すぐ自首しろ』……なんだこれ? ミズキ、お前一体何をしたんだ?」
「いや……何もしてないが?」
「何もしてないのにSNSは炎上しないだろ」
「それが炎上してるんだ」
「み、水樹さん?」
おどおどとして名前を呼んだのは、同じくスマホでニュースを見ていた多智花さんだ。
「あの……またなんか、またまたヤバいことになってるんですが……!」
「逆にヤバくないことは起きてない昨今なのだが」
「とりあえず、見てください! ヤバさのレベルが違うんですよ!」
多智花さんのスマホを見ていると、そこにはこんなニュースが書かれていた。
『BBCニュース アメリカの白人至上主義団体、KKK等が日本のミズキリョウスケに声明を発表。』
『KKKがミズキリョウスケという人物に対して、この混乱の原因は彼にあるとの声明を発表。彼を殺すことでこの世界の終焉は収まると主張している。』
『同様の意見は現在アメリカ西部を中心に広がっており、SNS上のハッシュタグ#KILL_MIZUKI #HATE_MIZUKIには数万件の投稿が寄せられている。』
「……は?」
その突拍子も無いというかもはや意味不明すぎるニュースに、俺はそんな息を漏らした。
「なんですかこれ……怖くないですか?」
「いや、逆に怖くないわけないだろ」
一体なんだ、これは。
テロとかがわりと比になってない疑惑のある社会不安の中で、わけのわからない思想やら団結やら諸々が勃興してしまうのは、人類の歴史上幾度となく繰り返されてきたアレであるのでまあわかる。同時にこのような意味不明かつよくわからない大事件やら何やらに巻き込まれてしまった人類が、とりあえず打倒すべき悪役を見つけてそいつをボッコボコにしようぜということで一致団結してしまうのも、歴史上飽きるほど繰り返されてきた人類の習性的ソレであるのでまあわかる。
しかし、その対象がどうして俺なのだ?
なぜピンポイントで俺なの?
俺は不意に昔見ていたテレビ番組を思い出す。雑にもほどがある大袈裟で低クオリティにすぎるドッキリを恥ずかしげもなくスタジオで披露してしまうアレ。逆にドッキリだと気づかない方が難しいししかしそれに気づいてしまってはスタッフやら何やらに申し訳ないので敢えて気づかないフリで押し通す芸人魂とスタジオでそれに当然気づきつつも、気づかないふりをしてVTRを楽しむアレの雰囲気。番組に対する悲哀と感服の入り混じった複雑な敬意と落胆を抱かせるソレである。しかしてこれは、なんのドッキリかドッキリではないのだ。
「うわっ。なんか似たようなニュースがたくさん出てきてますよ」
「中東のお国も、水樹さんに懸賞金を懸けたって……」
「…………」
「わお、ズッキーさん人気者」
ケシーが、事態を理解しているのかしていないのかよくわからない感想を漏らす。
とにもかくにも、俺こと水樹了介へのヘイトは実際に全世界的に謎に高まり、何もしていないのに大炎上しているようだった。そんな俺へのヘイトニュースを漁っていると、不意に玄関の扉が開かれる。
「なあミズキ、大変だ!」
玄関へと殴り込んで叫びつけてきたのは、あの隣人外国人ヒースだ。
「いきなりなんだ、ヒース!」
「とにかく大変なんだよ、聞いてくれ」
逆に大変じゃないことがあったら教えて欲しいくらいの昨今である。
俺の部屋のしっちゃかめっちゃか具合と密集具合には露ほども興味を示さない様子のヒースは、玄関から入ってくると真っ直ぐ俺の隣に進み、そのままドカリと座り込んだ。
「ミズキ。また何もしてないのにパソコンが壊れたんだ」
「またか」
「買い直したばかりなのに。直してくれないか」
「前にも言ったが、何もしてないのに壊れるということはない」
「今度は本当に何もしてない」
「だから……」
呆れながらそこまで言いかけたところで、俺はふと思い当たる。
俺こそが、今まさに何もしてないのに世界的に大炎上をかましているのだった。
「……いや、そういうこともありうるか」
「そうだろ?」
ヒースはそう言ってニヤリと笑うと、俺にズイとにじり寄った。こいつにはパーソナルスペース的な距離感は存在していないのだろうか。
「なあミズキ、ニュースを見たか?」
「そこのテレビでな」俺がそう答えると、ヒースは一体何が楽しいのか、ニヤニヤとさらに顔を歪ませる。「何もしてないのに世界がぶち壊れそうだ。こいつは終末だぜ。ハッピーエンドではなさそうだが」
ヒースはさらに口角を上げると、囁くように尋ねる。
「もしかして、僕の力が必要かい?」
「猫の手も借りたいところだが」
「よしきた。力になってあげよう」
◆◆◆◆◆◆
隣室からマチルダさんを呼んできたヒースは、俺から現在の状況をあらかた聞き及ぶと、ふむと頷いた。
「大規模な精神汚染が進行しているもんだなあ」
「ふむふむ。ここまで大規模なものは初めて見ましたねー、ヒース様」
「催眠ではなく、これは意識の改ざんだろうな」
「さすがレガリアといったところでしょうか」
「ああ。そのスキルワームとやらがビンゴなわけだな」
ケシー用に常備してあるお菓子を突いたりパリパリ食べたりしながら、ヒースとマチルダさんはそんな会話を交わしている。
「なあお二人とも」
俺が聞いてみると、二人は揃ってこちらを向いた。
「どうした?」
「なんでしょう?」
「その……色々聞きたいことはあるんだがな」
「何でも聞いてみるといい」ヒースが答えた。
「その……聞き覚えのない単語が出てきたんだが、レガリアってのは?」
「どの世界にも、一つはこういう存在があるのさ」ヒースが答えた。「こういうアイテムは大抵剣の形をしているんだが、僕の世界にも、前の世界にもあった。『スキルグラム』と『スキルボックス』って名前だったな。まあ、もうどちらも存在してないわけだが。とにかくそういう奴を、その世界のレガリアっていうんだ」
「あ? ああ……」
「その世界で最も強力なスキル……いや、世界の具現化といった方が正しいか」
話についていけてない俺には構わず、マチルダさんが頷いて続ける。
「この『スキルワーム』の本質は、情報化とその改ざん……いや、改竄できるようにするというのが根本ですかね。種々の現実改変については、その結果というか副産物というか」
「おそらく。そういうことだろう」
「生命体の情報も改竄するようなので、このまま現実改変が続くと……この世界の生態系自体が違くなっちゃいそうな気がしますが」
「うむ。おそらくは、このウエムラ専務って奴が悪くないという概念を基底とした、生態系から何からまで全く異なる異世界に変貌してしまうだろうな。その場合、種を存続するという生命根本の目的まで改竄して、上村を擁護するために種を存続するという形になるかもしれん。この世界ごと異世界転生するのかもな」
絶対に転生したくない異世界だった。
「わかったようなわからないような気分だが、なぜそんなことを知っている?」
「そんなこととは?」
「だからその、レガリアとか何とかという話だ」
俺がそう聞くと、ヒースは頬杖をついて頭をもたげた。
「その辺について説明するのは一昼夜では難しいが、端的に言えば。俺たちはコレを探しにこの世界まで来たわけだ」
「つまり?」
「以前にも言っただろう。僕は追放者だと」
「異世界から来たということでいいのか?」
「そこまで言わないとわからないか?」
「………………」
「………………」
俺たちは3秒ほど見つめ合う。
この男はどうにも、俺の異常への許容度をガバガバにしてくるきらいがあった。
「まあ正直なところ、そんな気はしていた」
「だろう」
普通でいえば衝撃の事実発覚ということで一日ほどじっくり詳しい話を聞きたいところではあるし聞かなければならないところではあるが、あいにく今は隣人の異世界人カミングアウトの優先度をかなり低く見積もらなくてはならない異常の異常事態であるので、話を前に進めることにする。考えてみれば、俺は異世界出身のケシーと同棲しているので隣人も異世界出身だからどうだというのだ。いやおかしいわけだが、キャロルのために許容する。喚いている暇は無い。疑っている暇も余裕も無い。
「それで。異世界出身の情報通らしいヒースとしては、この事態をどう解決できると思う」
「本体を殺せばいい」ヒースはきっぱり答えた。「この改変には、明らかにこのウエムラって奴の意識が介在してる。その意識の根本をスキルワームから分離させれば、少なくともこの大改変は、いったん止まるだろう」
「それはわかってるんだが、どうやって叩くかっていうのが問題なんだ」
俺がそう答えたとき、ニュースで速報が流れる。
といっても速報やら続報やらはずっと垂れ流され続けている。
その中でも、特に気になるものが流れ始めたのだ。
『速報です。タイムズスクエア・ダンジョンへの精鋭冒険者の派兵を決定した各国ですが、これに先んじて各国首脳が緊急で会合を開き、『上村専務は本当に悪かったのか』について話し合う……予定? です……すいません、これ本当に合ってますか? あ、はい……』
「…………」
そんな意味不明なニュース速報を苦々しく眺めている俺に対し、ヒースはニヤニヤとして、状況を心底楽しんでいるように見えた。
「着々と精神汚染が広がってるようだな」グハハ、と彼は笑う。「状況はどんどん悪くなっていくぞ。1秒ごとに最悪になっている」
「この世界の政府が機能しなくなるのも、時間の問題ですねー」
マチルダさんは、俺が淹れたコーヒーをズズと啜りながら呟いた。
「日本のツミッターでも、首都圏を中心に#水樹●すがトレンド入りしてますよ……」
スマホでネットニュースを漁っていた多智花さんが、ワナワナと震えた。
「ミズキは、そのウエムラって奴に何かしたのか? 大層恨まれてるみたいだが」
「まあ、心当たりはある」
殺意が芽生えててもおかしくないような経緯は、まああったと言わざるをえない。
「どうやら現実改変に、ウエムラの自己擁護欲と君への殺意が平行して乗っかってるみたいじゃないか。その『スキルワーム』とやらを使って、君への世界的なヘイト電波を送り続けてるんだ。情報と認識が両面から改ざんされている。情報と認識が変わるということは、つまり事実と行動が変わるということだ」
「結果としてどうなる」
「まあ、君が事実誤認の暴徒に囲まれてなぶり殺しにされるまでそんな猶予はないだろうな。こういうのをヘイトクライムっていうのか? ちょっと違うかな」
「…………」
図らずも、俺は着々と世界中から狙われる身になっているようである。
「あ、私魅了対抗スキル使っておきますね」
「多智花さん、頼みます」
「いえいえ。私もちょうど、水樹さんのお顔を見てると不思議と胸がムカムカしてくるのはどうしてだろうと思ってたので」
「マジですか」
多智花さんに魅了対抗スキルを振り撒いてもらってから、俺は頭を抱える。
「えっ、これ、どうすればいいんだ……?」
なんというか、もう手に追えないどころか状況が詰みすぎているような気がした。
キャロルを助けるために上村を叩きに行くと息巻いたは良いが、というかそうするしかないのだが、具体的に一体どうすればいいのか全くわからなさすぎる。
しかも俺は目下世界中のヘイトを一身に集めている最中らしく、らしくというより実際に俺のスマホは俺へのヘイトスピーチ通知で爆発しかけているし、精神汚染はどんどん進んで世界中がわけのわからないことになっている。できれば下手に動き回らない方がいいというか、全力で隠れた方が良い状況。
……詰みすぎでは?
「だ、大丈夫ですか、ズッキーさん……」
なかなかに絶望している様子の俺に、ケシーが声をかけてくれたその瞬間。
ガチャン、と突然窓が割れた。
「きゃっ!?」
「わっ!?」
いきなりの器物破損に驚いていると、リビングに石が転がってきたのが見えた。
そして状況を理解している間もなく、窓にはさらに石が投げ込まれる。
バリン! バリン!
「な、なんだ!? おい!」
「何事だ!? 敵襲か!?」
混乱の中でそう叫んだのは、枕元の剣を引き抜いて布団から起き上がったキャロルだ。
「なんだ……!? いきなり!」
恐る恐る窓の外を見た俺は、眼下に広がる光景を見て我が目を疑う。
アパートの前に、人が大勢いたのだ。
俺の部屋に向かって憎悪の目を向ける彼らは、みな思い思いの武器や石を手にしている。
「水樹了介だな! 大人しく出てこい!」
「お前が全部悪いんだろ! おい!」
「ネットでもそう書かれてるぞ!」
「お前が上村専務を嵌めたんだな!」
窓から顔をちらつかせた俺に対してそんな怒号を吐きかける彼らの表情は、もはや半分理性を失っているように見える。そんな俺へのヘイトマックスの群衆は、ゾンビパニック系の映画を思い出させるには十分な凶暴さと憎悪を兼ね備えていた。
「部屋にいるぞ! 水樹了介だ!」
「水樹、出てこい! 上村専務にひどいことしやがって!」
「出てこないならこっちから行ってやるぞ!」
「行くぞ、ぶっ殺してやる!」
暴徒と化した市民は、そう叫んで俺のアパートの階段を駆け上がろうとしてくる。
咄嗟に振り返ると、玄関へとバタバタと走った多智花さんが、ちょうど部屋の錠をガチャリと閉めてくれたところだった。
「や、やばいやばい! やばいですよ!」
多智花さんが玄関の扉を背にして体重を預け、封鎖の姿勢を取る。テーブルの上からノパソを取ってパタンと閉じた詩のぶは、それを小脇に抱えて俺ににじり寄った。
「ど、どうしますか!? あいつら、完全に水樹さんを殺すつもりですよ!」
「……は、は……?」
心配して詰め寄る詩のぶに具体的な何かを返すこともできず、俺はあまりの現実に青ざめて、頭をくらつかせる。
「なんだよこれ……悪い夢か?」
現実逃避にそう呟く間にも、扉からはドンドンとやかましい殴打音が聞こえてくる。
彼らは叫び、俺に対して怒り狂い、扉を破ろうとして殴ったり蹴りつけたりしているのだ。
「うわああ! やばい! 扉をぶち破ろうとしてます!」
「ぴえー! どうしましょうー!」
必死で扉を押さえる多智花さんの悲鳴が聞こえてくる。その傍では、全然助力にならなそうなケシーも扉を押さえていた。そんな光景を前に、俺は完全に思考回路がショートして、呆然としまう。
「…………えっと……」
「ミズキ!」
そう叫んだのは、ベッドから這い出て剣を握ったキャロルだ。彼女は俺の肩を掴むと、俺に青白い顔を向けてきた。
「とりあえず……ここは切り抜けて、逃げるしかない!」
「逃げるっつったって……どこに逃げる!?」俺は叫び返した。「この分だと、みんなあんな風になってるかもしれない! というか、最悪殺し合いになる!」
「そのときはそのときだ! やるしかない!」
「ああっ! マジかよ!」
そこで、俺の肩がバスバスと強く叩かれた。
「ぐあっ!?」
振り返ると、そこにはあのヒース。
彼はこんな状況すらも面白可笑しくて堪らないようで、例えるなら青春真っ盛りの高校生が友達の色恋沙汰を見かけて、「おいおいやってるね」とでも言いたげな感じの笑みを浮かべている。こんな状況ですら楽しいなら、この男が楽しくない状況はこの世には存在しないのだろう。
「おやおや、こいつは大変なんじゃないのかい?」
「逆に大変じゃないと思ったのか?」
「もしかして困ってるかい?」
「逆に困ってないと思ったのか?」
俺がキレ気味にそう返すと、ヒースはチッチッと舌を鳴らす。
「ミズキは今、自分が世界で一番不幸な人間だと思ってるかもしれないな。たしかにこんな状況になったら、誰だって自分の不幸を呪って然るべきだろう」
「何が言いたい?」
「だけど実は、君は世界で一番幸運な奴なんだ」
「お前の意味ありげなセリフに付き合ってる余裕はもうないんだ」
俺がそう返すと、ヒースはそのニヤケ面をさらに近づけてくる。
「以前に言ったよな? 君のことを助けてやるって。たとえ世界が相手だろうと」
「たしかに言った」
「その約束を果たしてあげよう。この場は僕が何とかしてやるよ。なに、恩に着せるつもりはない。これはイチマンエンの恩を返すだけだからな」