10話 子供の頃に流行った大人気カードゲーム、遊戯帝
ドサリ、と分厚い本が落っこちた。
それは空中に突然出現して、そのまま床に落下したのだ。
「これが……スキルブック?」
「うーん? 本を発現させるスキル……いや魔法? ですかね?」
ケシーに見守られながら、俺は恐る恐る、その本を手に取ってみる。
その分厚い本はカードホルダーのような作りをしているが、ペラペラとめくってみても、どこにも何のカードも入っていないようだった。
「スキルブックというより……空のカードホルダーか? 懐かしいなあ。小さい頃、遊戯帝っていうカードゲームが流行った時にさ。こういうの持ってたよ」
「……あれ? ストップ! ちょっと、前のページに戻ってくれません!?」
「ん?」
ケシーに言われるがままページをめくり直すと、前の方のページに、一枚だけカードが挟まっていた。
それは『火炎』と書かれた一枚のカードで、表面にはわかりやすくも燃え盛る火の意匠が描かれている。
右端には、赤く光る宝石のような物が10個ほど縦に並んでおり、そういうカードデザインのようだ。さらには子供の頃に流行ったトレーディングカードゲームよろしく、カードの下半分には効果説明のようなテキストが記されている。
『火炎』 ――攻撃魔法 対象に火属性の4点ダメージを与える。スリップダメージ:3(燃焼)
「……なんだ、このカード」
そう呟きながら、そのカードを引き抜いてみると……
ボワッ! という音がして、本から突然巨大な火の柱が噴き出た。
勢いよく噴出した火の粉が周囲に拡散するように飛び散って、火炎があたりに撒き散らされる。
「うわっちゃあ! な、なんだこれ!」
「スキルブック……なるほど! そういうことですか!」
慌ててホルダーの中にカードを戻して、俺は引っ越したての新居が燃えていないかどうか確認する。
幸いにも、どこも焦げたり燃えたりはしていないようだ。
テーブルの上に置いていたカップ麺のつゆは、派手に零れてしまっていたが。
「スキルをカード化して保存する! 保存したスキルは、本から出し入れすることによって自在に発動することができる! なるほど、だからスキルブック!」
「あー……なんとなくわかったけどさ。それだけ?」
「それだけー!? こんな凄いスキルの何が不満なんですか! 大したもんですよ、こいつは!」
ケシーは興奮したように羽をパタパタとさせて、俺にそう言った。
「でもさ、スキルなんて自由に受け渡しできるだろ」
「おそらくですね! この本にカード化して入れてしまえば、スキルの容量もレベルも関係なく、いくらでも保存してどんなスキルでも発動することができるんですよ! それこそ、超高レベルが必要な最高級スキルから……最上級魔法まで! こんな凄いスキル、なかなか無いですよ! レア中のレアレアレアレアレアですよ!」
「なんとなく言いたいことがわかったよ。俺はつまり、ダンジョンガチャでウルトラレアを引いたのか」
「何を言ってるのかちょっとよくわからんですが! そういうことです!」
すごいすごーい! とケシーが飛び跳ねる。
ええと……ケシーの推測が正しいとしたら……
『火炎』はダンジョンから手に入れることができる最もありふれた魔法だが、これが根強い人気と高い価格を保持しているのは、その運用の容易さにある。
スキルや魔法というものには、必要レベルというのが存在するのだ。
つまりはレベルが合っていないと、スキルを手に入れてもそもそも発動しなかったり、全然効果が無かったりする。
その点、『火炎』の必要レベルはかなり低く、子供以外のほとんどの人間が扱うことができる。
だから、冒険者資格を取ったらまずは『火炎』を買えと言われているほど。冒険者を職業としていればいつかは手に入るけど、そのためにはダンジョンに潜らないといけないわけだから……その前に、汎用性の高い戦闘用の魔法を一つくらい持っておけということらしい。
「いやはや、大したスキルを手に入れたもんだな。売ったらいくらくらいになるだろう……」
「はぁーっ!? 売る!? もったいなさすぎますよー!」
「だって、こんなレアスキル売ったら……たぶん、余裕で億とか超えるぜ」
「はーっ! これだから俗物の人間種は! こーんなレアレアスキル売っぱらうなんて、ありえんありえんてぃーですよ!」
俺は必死に抗議するケシーを眺めながら、この妖精も然るべき場所に売ったら、億どころか何十億とかいう値段が付きそうだな、と思った。
「まあ……たしかにそうだな。すぐには売らねえよ。こんなアパート暮らしでこんなヤバイ物を持ってますなんて知られたら、大変なことになっちまうからな」
「将来的には売るつもりなんですね!?」
「セキュリティのめちゃくちゃ高い所に引っ越して、安全に取引できる算段がついたら……」
「わー! ダメダメ! 絶対ダメー! このケシーが許しませーん!」




