第1章 孤独な目覚め
プロローグ
また新たな一日が始まりました。
起きたばかりでまだ頭がぼーっとしています。先ほど窓を眺めやった時、寝起き一番でさんさんと輝くお日様を見たからかもしれません。
今日も良いお天気ですわね。
さて、もう起きましょうか。
わたくしは、いつものように一日の始まりの楽しさに突き動かされて、上半身を起こしながらお布団をめくりました。
まだ眠い目を軽く指先でこすりながら床へ足を付けようとした瞬間、ものすごい違和感がありました。
何かしら? いつもとベッドが違う……?
そんなことをなんとなく思いつつ、ベッドの方を眺め渡すと、その「いつもと違う感じ」は間違いではないのだと分かりました。
そして、ちらと左側を見て、そこに広がる空間を見ました。
わたくしは思わずはっと息を呑みました。
「何ですの……これは……?」
そう呟きながら、わたくしは全く自分の目を疑いました。
目の前の光景を受け入れることができなかったのです。
わたくしが毎日、朝起きたらまず最初に見るはずの景色が、そこにはありません。見たこともない色々のものがお部屋中に敷き詰められ、わたくしは見覚えのない、薄いピンク色のベッドで寝ていたのです。
そこでわたくしは、はっと我に返り、
そうですわ……。これはきっと夢なんですわ。そうに決まってますわ。
と思うことにしました。
そしてわたくしはとっさにもう一度ベッドに身を横たえて目つぶり、両手ですっかり顔を覆いました。
夢なんでしょう? 夢ならすぐに覚めますわ……!
しばらく経ちました。
そして、意を決して再び自分が囲まれているこの部屋を、布団から目だけを出して眺めてみました。
何も変わりません。
そこには相変わらず、変わった色合いの机と見たこともない柄のカーペット、壁側に立てかけてあるように見える謎の真っ黒い、綺麗な光沢のある一枚板、そして何の装飾もない真っ白の壁紙に覆われているこの小さなお部屋。このお部屋にあるもの全てが不思議なもので出来上がっているかのようでした。
「一体……これはどういうことなんでしょう」
掠れたような、声にならない声でまたわたくしは呟きました。
いよいよわたくしの鼓動は早まりました。今にも気が触れておかしくなってしまいそうでした。
朝起きたら、そこはいつものわたくしのお部屋ではなく、見たことも聞いたこともないものばかりに囲まれていたのですから――。
わたくしは知らない世界に目覚めてしまったのでしょうか……!
第1章
この世界の人は、なんだか不思議な生活をしているのね。このお家は二部屋か三部屋くらいしかなくて、とても広いとは言えないし、お飾りとかも豪華とは言えないけれど、それでもこうやって温かいシャワーが浴びられるし、たっぷりとお湯がたまった湯船に浸かってくつろげる。貧乏なのだか裕福なのだか分かりませんわ。
こうしてシャワーを浴びていると、とりあえずはほっとしますわ。心が落ち着きます。
わたくしがこの不思議な世界で目覚めてもう数日が経つかしら。まだこの世界に慣れそうにありませんわ。あまりに違いすぎるもの、わたくしが数日前まで住んでいた世界と。
確かにわたくしはこの間まであのお屋敷で、あのピンク色の部屋着で、いつものように習い事をしたり、読書をしたり、チェスをしたりしていたんだわ。それにお屋敷にはわたくし以外にもお母様やお父様がいたし、それからメイもいた。全部がいつも通りだったはず。それがなぜ、突然こんなことになってしまったのでしょう。急に別の世界に行ってしまうなんてこと、そんなことあるわけないですわ。ずっと夢だと思っていましたけれど、中々覚める様子もない。もし夢だとするならば、長い夢だこと!
こうしてお風呂に入るのだって、いつもはメイがお世話してくれるから、それはもちろん、ここに来て最初は困りましたわ。一人でお風呂に入ったことなどありませんでしたから、どうしたらいいのかが分からなくなって、結局、億劫になって入らずに最初の一日目は過ごしました。初めてですわ、お風呂に入らずに夜を明かしたのは! なんて不潔なことをしてしまったのでしょうと自分でも思いますけれど、それでもやはりこういう状況ですから仕方のないことなのかもしれない、とも思います。
メイがいないと、こんなに寂しいものなのね。髪を洗うために、石鹸なのか、洗剤なのか分かりませんが、どろっとした「シャンプー」と書いてあるものを手にとって(これで本当に髪を洗っていいのか分かりませんが)、なんとなく髪にこすり付け、泡を立ててはみましたが、自分の手を使って洗うのってヘンな感じですわ。自分の指の腹や手の平が頭に当たっているのを感じながらとりあえずはメイの見よう見まねで動かしては見ましたけれど、これで本当に洗えているのかしら。洗えていなかったら大変ですわ。貴族のレディとして、はしたないと思われてしまうかもしれません。でも、わたくしがこの小さなお部屋を出て外に行く時は来るのでしょうか。想像できません。今のところはちっともドアを開けて外へ出る気になれませんわ。そもそも、わたくしはこの世界でもまだ貴族なのでしょうか。もしかしたら、貴族というもの自体、ないのかもしれません。見た所このお部屋にドレスのようなものは一つも見当たりませんし、この世界の人々が着ている普段の服が風変わりすぎてそれが貴族を表しているのかどうかすら分かりません。ともかく文化が違いすぎるのですわ。少しずつでも理解していければいいのですが。
あれ、おかしいですわね。
お湯が止まりませんわ。
これ、どうしたら止まるのでしたかしら。
昨日も同じことになったんでした。
この丸いやつを回すのでしたね……。
右? それとも左?
「あ!」
突然、シャワーから熱いお湯が出てしまい、それがわたくしの腕を一瞬かすめ、わたくしは思わず短い悲鳴を上げてしまいました。
突然のことでわたくしは縮こまり、その場に座り込んでしまいました。
「もう……嫌ですわ」
ここ数日間、あまりにも分からないことやおかしなことばかり続きましたので、つい、わたくしの両目のふちには涙が浮かんできてしまいました。
熱湯を浴びた右腕をさすりながら、わたくしは湯船で体を温めました。
「はぁ……」
思わずため息が出てしまいます。ため息をつくということ自体、これまでの人生でほとんどありませんでしたので、そんな見たことのない新しい一面の自分にも少しびっくりしました。
わたくしはメイがいないとまともにお風呂に入ることも出来ないのですね。メイドの存在がとても大事なものだというのが、これまでちっとも分かっていませんでしたわ。まだこの世界に来て、ベッドで寝たり、お風呂に入ったり、ちょっと食事をしただけですけれど、自分で自分のいろいろなことをして、一人きりで生活するのはこんなにも大変なものなのですね。いつもわたくしがゆったりとお風呂に入ったりできたのはメイが左右の蛇口をちょっとずつひねってきちんとお湯の加減を確かめていてくれていたからなのね。
ああ、いつもみたいにお風呂上りにメイとチェスでもしたいですわ。
目をつぶると、おぼろげに橙色のゆらめきをうけたチェスの駒と盤が見えてきます。部屋にいくつか置かれた小さな炎の灯が、壁一杯に敷き詰められた本棚やアジア風の絨毯、そして目の前の机をぼんやりと照らし出して風呂上りの優しい時間を作っているようです。顔は見えないけれど、わたくしの向かい側には彼女の気配。視界に彼女のメイドの制服の白い部分だけが見えます。一方、わたくしは一心不乱に盤面を見つめて次の手を考えています。次はナイトを動かすべきかしら、それともここはビショップで詰めた方が……?
そう、この感じこそわたくしがいた世界ですわ。これは確か、つい最近の光景。なんだかんだでメイに負けてしまって、とても悔しかったですわ。その一週間でわたくしは二勝五敗。メイはとてもチェスが上手ですから、なかなか負けの数が勝ちの数を上回ることがありません。
とにかく、わたくしがいた世界は――まず国が違いましたわ。それだけははっきりと言えます。どうやらわたくしが今住んでいるこの国は「日本」と呼ばれていて、そしてわたくしの故郷は「イギリス」とか「英国」とか言うようです。わたくしが今どの国にいるのかということや、この「日本」という国が、わたくしが元の世界で「ジャパン」と呼んでいた国だと気づいたのはつい昨日のこと。
さらに不思議なことがありますわ。なぜわたくしがこの国の言葉を分かるのかということです。どうやらわたくしは、朝、このお部屋のベッドで目覚めたその時点で、言葉を理解できるようになっていたようです。本棚にある本の表紙や、なんていうのかしら……あの、光る、とても便利で、魔法みたいな小さな板に書いてある文字は瞬時に意味が分かっていました。元の世界では見たこともない言語なのですから普通はおかしなことのはずですが、違和感なく意味を読み取れていました。
まったくもって不思議ですわ。なぜわたくしはこの国の言葉を、こんなにいとも簡単に理解できてしまうのでしょう。
そういえばこのお部屋もなんだか馴染みがあるというか、他の人のお部屋という感じがしませんわ。言葉で説明することは難しいですが、最近までわたくしがこの国の、このお部屋で生活していたような、そんな気がします。
いつもベッドに寝転がっている動物さんのぬいぐるみとか、本棚にある本とか、部屋にあるいろいろなものの色とか、わたくしが選んだもののような気がします。なんとなく、ですけれども……。
記憶ははっきりしているのですわ。元々わたくしがいた世界の記憶ははっきり残っています。その状態で、“新しい他の記憶”……つまりわたくしがこの世界に来るまで普通に生活していた“この方”の記憶がくっついているような感じなのです。本当に不思議としか言いようがありませんけれども、わたくしはどうやら「イギリス」に住んでいた時の記憶はそのままで、この「日本」という国にそれまで普通に生活していた方の体の中に入ってしまったようなのです。それは、つまり、心は「イギリス」に住んでいた頃のままですけれども、体は「日本人」ということになるのです。
どうしてわたくしがこの「日本」という国の言葉が分かるのか、どうしてこの部屋中にある色んな物へ愛着というか親しみがあるのか……それは、今わたくしがお借りしているこの体に宿っている記憶のせいではないかしら。
考えれば考えるほど頭が疲れてしまいますわ。
体中がもう十分に温まったのでもうそろそろお風呂を出ようと扉を開いて、昨日までバスタオルが置いてあった場所を見たとき、わたくしはとあることに気が付きました。
あら? 新しいタオルはどこかしら。
私はすぐにその理由が分かりました。
あ……! そうでしたわ……。
洗濯していないのですから新しいタオルがないのは当たり前ですわね。
わたくしはしぶしぶ、風呂場から出て、裸のまま洗濯機へと向かい、そこから昨日使ったバスタオルを一枚取り出しました。裸でお風呂場の外へ出るなんてレディーとしてはしたないことだと思いますし、とても恥ずかしいことだとも思いますけれども、もはや仕方のないことだと思ってわたくしは思い切ってそうしました。
そして、両手でピンク色のバスタオルを持って、顔を拭く直前で手を止めました。
昨日使ったタオル……。
やっぱり汚いですわよね。
わたくしは当然、これまでの人生において使用済みタオルで体を拭いたことなどは一度もなかったので、これで拭くのはやはり抵抗感がありました。
しかし、わたくしは覚悟を決めて危険な冒険に身を投じるように、そのタオルで全身を拭き始めました。
仕方ないですわ……。洗濯していなかったわたくしが悪いのですから。
そう思いながら、一拭き、一拭き、ゆっくりと腕を動かしました。しかし、さすがに顔を拭くのには勇気が要りました。とても品のないことかもしれませんが、しかめっ面をしながら拭かずにはいられませんでした。どれだけ今の自分の表情が崩れているのかなんとなく気になり、おもしろ半分でふと横の洗面所の鏡を見ました。
その瞬間、心臓が跳ね上がったような心地がしました。
見知らぬ女の子。
目の前の、わたくしがいるはずの場所に、わたくしではない女の子が映っています……。
黒い、髪。
水で濡れてまとまりつつ肩の上まで伸びている、黒い髪の毛。
ぼんやりとした薄い黄色の絵の具を伸ばしたような肌の色。
何度鏡を見ても慣れませんわ。
なぜわたくしの髪の色が黒いのでしょう……! なぜわたくしの肌に色があるのでしょう……! しかもなんだか黄色というか橙色のような色をしていますし……。
そして一番不思議なことは、この真ん中にある顔、この顔に見覚えがあるということです!
とても親しみがあって、昔から毎日見ていたような。
なんだかわたくしに似ているのです。
目や鼻、口のどれかが似ているというより、なんとなく、鏡で顔を見たときに瞬間的に「あ、似ている」という感じがするのです。
どうしてなんでしょう。なぜこういうことが起きてしまうのでしょうか。
この世界に目覚めて、最初に鏡を見たときはびっくりしましたわ。思わず悲鳴を上げてしまいましたもの。
もう一度、鏡をよく見る。
一筆書きのような細い眉、たくさんの光を集めている大きな眼、すでに口紅を塗っているかのように血色のいい唇、それと、慎ましい繊細なあご。歳はわたくしと同じ十八歳くらいで、まだ若いですわ。
これが、「青海咲」。
数日間、この部屋をしばらく物色していますと、「免許証」というものが出てきました。それによると、どうやら、わたくしの名は(わたくしの名と言い切ってしまっていいのかは分かりませんが)、「青海咲」というのだと分かりました。
その「免許証」という言葉にしても「青海咲」という名前にしても、見慣れない、難しそうな言葉ですのに、一度目にしただけでその一つ一つの言葉の意味まで分かるなんて、本当に不思議ですわ。でも、自分で言うのも少しはしたないことですけれども、いい名前だと思いますわ。
そして、わたくしは何気なくいつもの習慣で前を隠すようにして胸の位置で持っているタオルをどけ、自分の体を見てみることにしました。顔以外にも何か大きく変わっているところがあるかもしれません。この世界に来てはもちろんのこと、今までこんなふうに自分の体を鏡に映してまじまじと見ることなんて、ありませんでした。自分で自分の体を見つめるなんて……なんだか変な感じですわ。
肌の色は変わりましたけれど……体の形は変わっていないかしら……? いえ、少し小柄になったような。お胸の大きさはちっとも変わりません。どうせなら大きくなって欲しかったですわ。
わたくしは恥ずかしくなってタオルでまた前を隠し、風呂場の近くにある引き出しを開け、下着を身に付けました。そして、開け放しになっていた風呂場の扉を閉めようとした時、わたくしが先ほどまで歩いていたそこら中の床に、まるでわたくしの足跡のように水滴が落ちていました。それらの小さな粒たちは、寄り集まって一つの水溜りのようなものを形作っていました。
一日、一日を追うごとになんだか元々いた世界の記憶がどんどんと遠くなっていってしまっているような気がしますが、それでも、自分の名ははっきり覚えていますわ。アンナ。これがわたくしの名前。
今でもお父さんやお母さん、それからメイがこの名前を呼んでくれていた毎日のことを思い出します――。
「アンナー。あまり奥には行かないようにねー」
お屋敷の近くにある、広大な緑をいっぱいに広げている森へ向かうわたくしにお母様は窓際からそう言われました。つい最近のことのはずですのに、なんだかとっても懐かしい感じがします。
「はーい!!」
わたくしは家の周りを散歩するのが大好きで、暇になると森へ入っていき、お花を眺めたり、動物さんたちと戯れるのが日課でした。
曇りなくさんさんとお日様の光りが降り注ぐ、とても気持ちのよい日。お散歩にはぴったりですわ! いつものようにわたくしはピンク色のドレスを着て、一人で短く刈り込まれた緑の絨毯の上を歩いて行きます。足取りは軽やかで、胸はワクワクでいっぱいです!
そうです、この日は白っぽいお犬さんと出会ったんですわ。そのお犬さんは、わたくしがひとりで石のベンチで脚を休ませていたら、鬱蒼と茂った木と木の間からひょっこりと顔を出して、それからわたくしの方へと興味津々にてくてくと歩いて来ました。そのお犬さんはわたくしの近くまで来ると、かまってほしいのか、鼻や顔を押し付けはじめました。わたくしは、それがとても愛らしく思えて、そのお犬さんの顔を撫でてあげました。そうするとわたくしへ親近感が増したのか、わたくしの胸や首、そして顔を何度もペロペロと舐めてくるのです。それがたまにとてもくすぐったく、思わず声を上げて笑ってしまうほどでした。
そんな風にわたくしとお犬さんでじゃれていたら、気づけば回りにうさぎさんやきつねさん、それから、りすさんがやって来ました。
わたくしは嬉しくなって、興味深そうにこちらを見ているその子たちを近くに呼んで、じゃれ合ったり一緒にお散歩したりしました。こうしてると楽しくて、時間を忘れるのです。この可愛い動物さんたちはもちろん、青々と生い茂っている木々や、生命力を感じる元気いっぱいの雑草、時折その緑の中から顔を見せる可憐なお花。それから空を見上げますと、どこまでも広くて深い水色のお空が見えました。わたくしは、昔からお空を見るのが好きで、こうして見上げるたびに、まるで初めて目にするような感動があります。わたくしにとっては何物にも代えがたい、目を見張るような、世界最高の芸術作品がそこに広がっているような気がするのです。その時、優しい風が心地良さをわたくしの頬に運んで来ました。わたくしは心の中で、そっと自然の美しい調和を感じずにいられませんでした。
わたくしは引き続き、勇敢な冒険物語の主人公になったつもりで緑の中を探検し続けました。こうして前へ前へと歩く度に、まるで本当にその主人公のように物語の中に入り、物語の一部になれるような気持ちが膨らんでいくのです。今にも葉っぱの裏や木々の茂みの中からわたくしを物語の中へ連れて行ってくれる何かが飛び出してくるような気がしてなりません! そのような気分が高揚するような気配が、いたるところから感じられるのです。
そんな胸膨らむ気配を感じてわたくしは噴水の傍へと歩み寄りました。
ここでうっとりと夢を見るように水面を眺めていたら、きっと素敵な王子様がそのわたくしの物憂げな横顔を見て、わたくしに興味を抱いて話しかけて来てくださるに違いないわ。
わたくしはそう思って、噴水の淵に腰掛けて、お日様の光を受けて上から下へと美しく流れるお水を見て、それから、波紋を次から次へと作っている穏やかな水面を眺めやりました。そこにはさんさんと輝くお日様の光りとお水の美しさのために、わたくしのお顔がそのままに映し出されていました。
わたくしの、ふわふわと背中に流れ落ちる金色の髪。
目の上までを優しく覆っている、同じく金色の前髪。
わたくしは普段、そのようなことはあまりしないのですが、この時は不思議と自分のお顔をじっくり眺めていました。
その時のわたくしはなぜかこういった機会は今しかないようなつもりで、軽く右や左を向いたりしてお顔にあるパーツを細かく観察していました。
横を向いた時にそれとなしに意識される、自分のお鼻の高さ。他の方々と比べて、そこまで高い方だと言うわけではありませんが、低い方でもなく、形だけで言えばアルプス山脈のような形の良さの、凛としたお鼻をしていると思います。
そして、お顔を動かしていると一瞬ちらと映る、お母様ゆずりの、青空か宝石の投影のような青い瞳。
これがわたくしアンナの顔。
アンナ・ホワイト。
そうして首元の下には、薄いピンクのお花を身に纏ったような、優しい色合いのドレス。ピンクはわたくしのお気に入りの色。お母様もお父様も、そのことをちゃんと知っていらして、お買い物の時はよくこういう色のお洋服を選んでくださったものですわ。
――これがついこの前までのわたくし。この前までいた世界。
わたくしの国、家、緑、お友達、そしてわたくしの顔、服、身分。
いろいろと断片的にですが、思い出すことはできますけれども、いろいろ違いすぎるということもはっきりと分かってきました。わたくしの故郷とこの世界が。
わたくしの心はそのままで、その違いすぎる世界へと移ってしまい、今、わたくしは見知らぬ女の子の体になってしまっているのです。
どうやら、わたくしの身に起きているこの現象は夢ではないようです。
どうしてこのようなことが起きているのかは分かりません。
でも、ちょっとおもしろそうでもあります。いつものように本を読んでいたら何かの拍子で物語の世界に紛れ込んでしまったのかもしれません。
そうですわ、わたくしはきっと「不思議な旅行」の途中なのです。そう思うことにしましょう。