物語の始まり
━━主人公補正って知ってますか?
そう、彼女は言った。
目の前の惨劇を、まるで当たり前のように。落ち着いた口調で言ってのけたのだ。
苦しみだとか悲しみだとかそういう単純な感情を押しのけて、ただ目前にあるのは逃れようもない「恐怖」であった。
朦朧とする意識の中で、彼女の気配が近づいてくるのがはっきりと分かる。
凝縮された恐怖が、明白にそこにはあった。
「動かないでください。そう、そのままじっとして」
倒れたまま動けないでいる俺の目の前で彼女は足を止め、静かにしゃがみ込む。そのまま膝を付け、こちらを覗き込んできた。
俺の顔を真上から眺める彼女は、少しだけ笑っているようにも見える。
俺の頭が持ち上げられ、それと同時に身体中に痛みが迸った。
声にならない呻きを上げ、俯瞰する彼女を睨みつける。透き通るような彼女の瞳が逆光のせいで黒く淀み、まるで吸い寄せられてしまいそうなほどだった。
微かに残る意識の中で、俺の頭が彼女の膝の上に乗せられたことが分かった。
それでも尚彼女は動じず、じっと俺を覗き込む。
何かを確かめるみたいに。
あるいは、何か覚悟を決めるみたいに。
「君には今から━━この物語の主人公になってもらいます」
凛とした声が残響して俺の意識を刈り取って行った。