第9話 ダンジョンと少女2
ダンジョンに行くことをギルマスのサウタージさんに話せないまま、グロスさんと約束した日が来た。
サウタージさんは、親戚の結婚式があるとかで、ギルドを留守にしていた。
夜が明ける頃、西門に行くと、すでに四人の若い女性が待っていた。
「新米のくせに遅いねえ」
「一体、なにしてたんだい?」
「男と一緒だったんじゃないか?」
幼い頃に受けたいじめの記憶がよみがえり、私は身体がすくんでしまった。
「あんたたち、おやめ!」
私をダンジョンに誘ったグロスというリーダーが、仲間を止めてくれた。
「メグミ、よく来たわね。
今日、ここに来ることを誰かに話したかい?」
「いえ、ギルマスが留守にしていたので話せませんでした」
「そうかい、そうかい」
そう言うと、グロスさんは、なぜかニヤリと笑った。
「さあ、それじゃ、行くよ」
「あの、どんなダンジョンに行くんですか?」
「ああ、鉄ランクのダンジョンさ」
ギルドのランクは、鉄、銅、銀、金と上がっていく。
自分のランクより一つ上のダンジョンまでしか選べない決まりがあった。
鉄ランクのダンジョンなら、一番下だし、何とかなるだろう。
「分かりました」
用意されていた馬車は森を抜け、二時間ほどで目的地である山岳地帯に着いた。
馬車を停めたところから三十分ほど山道を歩いた先には、山肌に人の背丈ほどの穴が口を開いていた。
入り口横の大きな岩には、赤い塗料で大きくバツ印が付けてあった。
「さあ、入るよ」
私は、『赤い棘』の四人に囲まれ、ダンジョンの中に入っていった。
パーティの一人が手にしたカゴからは、ツンとした匂いの煙が立ちのぼっている。
私たちは、洞窟を奥へ奥へと入って行った。
ダンジョンは、壁がうっすらと光っているので灯りは必要なかった。
私たちは、やがて広い空間にでた。
入ってきたもののほかに、数か所に穴がある。
リーダーのグロスさんは、迷いなくその一つに向かった。
「一旦、ここで休むよ」
グロスさんが選んだ穴は、奥に続いていない小部屋だった。
まだそんなに歩いていないけど、もう休むのかしら。
「あんた、ちゃんと武器を持ってきてるかい?」
グロスさんが、私に尋ねる。
「はい、これです」
私は、腰につけた小さな盾と剣を見せた。
「ほう、金持ちだけあって、なかなかのものを持ってるね」
二つとも、おじさんたちに勧められて買ったものだ。
「さて、そろそろ出発するかな」
グロスさんが、私の剣と盾を持ったまま立ちあがる。
私も立ちあがったけれど、自分のカバンが無いことに気づいた。
部屋を見まわすと、なぜか奥の方にカバンがある。
「ほれ、早く取ってきな。
これは私が持っててやるよ」
「ありがとう」
みんなを待たせてもいけないから、私は急いでカバンに駆けよった。
カバンまであと一歩というところで、突然足元が光りだした。
そこには、ダレーヤさんの小屋で見たことがある、魔法陣があった。
「ははははは、永遠にさようならだ、メグミ。
私らを差しおき銀ランクだって?
男にチヤホヤされやがって!
最高難度のダンジョンで、モンスターのエサになりなっ!」
振りむくと、『赤い棘』の四人が、お腹を抱えて笑っている。
私は手を伸ばし、自分のカバンをつかんだ。
だって、それにはお弁当とお茶が入ってるんだもん。
カバンを手にすると同時に、魔法陣の光が強くなり、何も見えなくなった。
◇
周囲が再び見えるようになると、私は自分がさっきまでと違う部屋にいることに気づいた。
壁が白っぽく滑らかで、さっきの部屋より明るい。
魔法陣から出ると、とりあえずお弁当を食べることにした。
昨日夜、キッチン担当のおじさんが作ってくれたそれは、すごく美味しかった。
私が好きな卵料理や、干し肉を焼いたものが薄く焼いた生地に包まれていて、それに香ばしいソースが掛かっている。
二つあるランチの片方を食べおえたとき、部屋の隅に動くものがあるのに気づいた。
コウモリ? カラス?
翼があるその生き物は、ピクピク身体を震わせていた。
近よってよく見ると、それは映画で見たドラゴンの形をしていた。
でも、その大きさは、私が抱えられるくらいしかない。
片方の翼に大きな傷があり、血がじくじくと湧きだしていた。
私は、胸の内ポケットから筒を取りだした。これは、お母さんが治ったお礼にルエラン君がくれたエリクサーだ。昨日、彼がギルドまで届けてくれた。
薬をこぼさないよう慎重に筒の蓋を開けると、ほんのわずかをドラゴンの傷に垂らした。
傷から白い煙があがる。煙が消えた時、傷は薄いピンク色の皮膚を残し消えていた。
ちっちゃなドラゴンは、それでも元気が戻ったようには、見えなかった。
そのごつごつした体を両手で持ち、そっと裏返してみた。
お腹にも何かが突きささったような穴があった。私は、三つあるお腹の傷にもエリクサーを少しずつ垂らした。
傷が全部治ったドラゴンは、寝息を立てて丸まった。
それが余りにも気持ちよさそうだったから、私もその姿勢をまねてみる。そのまま、いつのまにか眠りに落ちていた。
顔を何かにくすぐられて目が覚める。
それは、あの小さなドラゴンだった。
『やっと起きたね』
えっ!?
何か聞こえたようだけど、気のせいかしら。
『気のせいじゃないよ、ボクだよ』
小さなドラゴンがくるりと身体を回す。
「あなたなの?」
『言葉にしなくても伝わるよ』
『あなたは誰?』
『ボクはドラゴン』
『それは、分かってる。
どうして、そんなに小さいの?』
『自分に魔法を掛けたんだ』
『どうして?』
『父さんが若いころ挑戦したダンジョンに、ボクも来てみたかったの』
『きっと、もう少し大きくなってから挑戦したんでしょうね』
『ど、どうして分かるの?』
『だって、さっきまで傷だらけで死にそうだったじゃない』
『……そ、それは言わないで』
小さなドラゴンが、翼で自分の顔を隠している。
すごくかわいい。
『そうだわ。
もう少し大きくなるように、もう一度魔法を掛けるといいんじゃない?』
『それが、ダメなんだ。
一度かかるとしばらく解けない魔法なの』
『バカねえ』
『ふ、ふんっ!』
『ところで、あなた何という名前?
私はメグミ』
『メグミ、ボクの命を助けてくれてありがとう。
ボクの名前は、$%&'#』
『それじゃ、私には発音できないわね。
そうねえ、あなたはピーちゃん』
『ど、どうして、そんな名前になっちゃうの?』
『あなた、さっき寝てたでしょ。
そのとき、ピーピー寝息たててたの』
『そ、そんなあ。
なんか、もっとカッコいい名前ないの?
ボク、ドラゴンだよ!』
『もう決まった名前だから諦めなさい』
『えー、そんなー!』
小さなドラゴンは泣きそうな表情で訴えている。
『ピーピーうるさいから、やっぱりピーちゃんね』
『くうっ。
命の恩人じゃなかったら、食べちゃうのに!』
『なんですって!
ピーちゃん、ピーちゃん、ピーーーちゃん!』
『ご、ごめんなさい、もう言いません!』
こうして、私はドラゴンのピーちゃんと友達になった。




