第5話 狼と少女
ダレーヤおばあさんの家を出た私は、ヤポークさんの荷馬車に乗り、町へ向かっていた。
荷馬車と言っても、屋根もついていない素朴なものだ。
ヤポークさんは、荷台に乗った私に、気さくに話しかけてくれた。
「へえ、メグミ嬢ちゃんは、どっから来たか分からねえのかい?」
「はい、そうなんです」
地球の事を説明しても、きっと理解してはもらえないだろう。
「都で誰か知りあいに会えるといいね」
ヤポークさんは、前の御者台で口笛を吹きだした。
その曲は聞いたことがないものだったけれど、なぜか懐かしい気がした。
森の中の一本道は、まっすぐ続いており、青天の下そよ風が吹きとても心地よかった。
だけど、その快適な旅は、突然終わってしまった。
森の中から黒い獣が出てきたのだ。
◇
「ダ、ダークウルフ……」
森から現れたのは、二匹の黒い獣だった。
ほっそりした体は、いかにも俊敏そうだ。
なにより、大きさが二メートル以上はあった。
「な、なんでこんな昼間に……」
御者席に座るヤポークさんの背中が、ブルブル震えている。
「も、もうお終いだ……」
ダークウルフがどれほど恐ろしいか、それをまだ知らなかったから、私は割と落ちついていた。
「ヤポークさん、ダークウルフって?」
「も、森の王とも言われる魔獣なんだ。
昼間に出てくる事は、ねえはずなんだが……」
「なんとかなりそうですか?」
「嬢ちゃん、すまねえ。
こいつに襲われて生きのびたやつは、ほとんどいねえんだ」
私は地球での体験を思いだした。不幸が不幸を呼ぶ、大福恵の人生を。
◇
ロックバードは、巨大な渡り鳥で、空高くを飛ぶことで知られている。
そのロックバードは、一羽だけ群れからずいぶん遅れ、上空を飛んでいた。
仲間の群れは、すでに遥か北を飛んでいる。
この個体は体調を崩し、少し出発が遅れたのだ。
「ケエエッ」
先を急ぐロックバードが、大きな鳴き声をあげる。
そのとき、巨大な鳥のお尻から、一抱えはありそうな石が二つ、ころりころりと出てきた。
ロックバードは、お腹の中に入れた石の間に食べ物をはさみ、すりつぶして消化する。だが、緊急時には、石を体外に排出することもできた。
二つの石は、速度を上げながら、下に広がる森へ落ちていった。
◇
「ひいっ!」
ヤポークさんが悲鳴を上げたのは、二匹の巨大な狼が、彼めがけ飛びかかったからだ。
大きなナイフほどある狼の牙が、まさに彼の体に食いこもうとしたとき、それは起きた。
グシュ ズーン
突然、狼の頭部がはじけた。
ガタガタ震えていたヤポークさんが、やっとその目を開ける。
「な、なんでえこりゃ!?」
馬車の両脇に、襲ってきた巨大な狼が倒れていた。
頭から血を流しているところを見ると、何かがそこに当たったのだろう。
震える足で御者台から降りたヤポークさんが、狼の死体を調べている。
「いってえ、何が起きたってんだ?」
土の道には、クレーターのような穴ができており、大きな石が転がっていた。
しきりに首をかしげていたヤポークさんだが、狼の死体を荷台に引きあげることにしたようだ。
ちょうど積んであった藁のようなものを荷台の床に敷きつめると、その上に二体の狼を積んだ。
私も協力したけれど、すごく重くて腕が痺れてしまった。
私はヤポークさんと並び、御者台に乗ることになった。
青かった顔が普通の色に戻ると、ヤポークさんは大声で歌を歌いだした。
なぜ死にかけたばかりの彼が上機嫌なのか、その理由が分からなかったが、その歌で私が元気づけられたのは確かだ。
◇
私たち二人と獣の死体を乗せた荷馬車は、日が暮れる少し前、街に着いた。
街の周囲は、高い石壁に囲まれている。
きっと、森で私たちを襲った獣のような生き物から、街の住民を守るためだろう。
街に入る門の所には、お役人らしい人がいたが、ヤポークさんをよく知っているのか、彼の顔を見ただけで、すぐに通してくれた。
荷馬車は、門から入ってすぐの、大きな建物の前で停まった。
御者台から降りたヤポークさんが、両開きの扉を押しあけ、中へ駆けこんだ。
建物の中が騒がしくなると、七、八人のおじさんが出てきた。全員たくましい感じの男性で、顔や体に古傷がある人が多かった。
「ヤポーク、俺たちをかついでるんじゃないだろうな?」
「いえ、旦那、とにかく見てくださいよ」
男の人が、狼の死体を載せた荷台を覗きこむ。
「げっ、ダ、ダークウルフ……」
「おいおい、マジか、これ!」
「しかも、二匹……」
みんな呆然と立ちつくしている。
建物の中から、右目に黒い眼帯をつけた、たくましい感じの中年女性が出てくる。
「ギルマスっ!
こいつの言ってるこたあ、本当ですぜ。
本当に、ダークウルフです」
男の人が、眼帯の女性に話しかける。
「あたしゃ、自分の目で見るまで信じないよ」
ギルマスと呼ばれた女性が、ブロンドの髪をかき上げ荷台を確認する。
「……なんてこった。
間違いなく、ダークウルフだよ」
呆れたような女性の声で、男たちから歓声が上がる。
ヤポークさんの背中を、どしどし叩いている人もいる。
「おい、ヤポーク。
こいつは、ギルドで引きとって構わないか」
「ええ、大きな牙を二本だけもらえますか?」
「……いいだろう。
おい、お前たち、運びこめ」
女性の掛け声で、おじさんたちが、巨大な狼を建物の中に運びこんだ。
「あんたは?」
女性が私に話しかける。
「初めまして、メグミといいます」
「そうか、あたしゃ、ここのギルマスでサウダージってんだ。
あんたも、とにかく中に入んな」
「ありがとう」
こうして、私はサウダージさんと知りあった。




