第4話 幸運と少女
夢も見ず眠った私は、次の日、ダレーヤおばあさんに起こされた。
「あんた、もう起きな」
「ああ、おはようございます」
「あんた、自分が誰か分からないってことだけど、名前も思いだせないのかい?」
「名前は……メグミって呼んでください」
「メグミだね。
不思議な響きを持つ名だね。
あたしが聞いたことない名だから、あんた、どこか遠くから召喚されたのかもね」
「……」
「ああ、そうだよ。
今日は、しなきゃいけないことがあるからね。
さっさと起きて、顔をお洗いよ」
「はい、ダレーヤさん」
おばあさんが部屋から出ていくと、私はベッドから降り、置かれていたローブを羽織った。
なんだか落ちつかないのは、ダレーヤさんが用意してくれた服の中に、下着が無かったからだ。
身に着けているのは、茶色いワンピースとローブだけだ。
ダレーヤさんが置いていった、タライの水で顔を洗う。
タライの横に昨日の鏡が置かれていたから、もう一度手にとる。
そこに映っているのは、やっぱり、すばらしく美しい少女の顔だった。
置いてあった、竹のようなもので編みあげた靴を履き、私は部屋のドアを開けた。
そこは十畳くらいの部屋で、隅にはキッチン用のコーナーらしきものがあり、ダレーヤさんが鍋をかきまぜていた。中央には、四人掛けにしては小さな、テーブルと椅子があった。
「さあさあ、お座りよ」
私が木製のテーブルに着くと、ダレーヤさんも、私と向きあう位置に座った。
彼女がお祈りのようなことをしたので、私も恰好だけマネをした。
「……大精霊のお恵みがあらんことを」
そんな言葉でお祈りが終わると、私たちは、スープだけの食事をした。
具沢山のスープは、見た目よりずっと美味しく、私はお代わりしてしまった。
地球にいた時は、様々な病を抱えていたため、減塩、糖分抜きの食事をしていた。そんな私にとって、そのスープは生きてきて一番美味しいと思える味だった。
「メグミ、泣いてるのかい?」
「ああ、すみません。
このスープが、あまりにも美味しくて」
「ほほほ、このダレーヤの料理を褒める者が現れるとはねえ。
長生きは、するもんだよ」
改めて見ると、ダレーヤおばあさんは、とても穏やかな優しい顔をしていた。
顔も覚えていない母親のことを思い、また涙が出てしまった。
食事が終わると、ダレーヤおばあさんに連れられ、家の外に出た。
地球で見ていたお日様と同じような太陽が、頭上で輝いている。
小さな家の周りは緑の草原で、そこが小さな丘の上だから遠くまで見渡せた。小屋とそこへ続く道の他は、草原が広がっていた。
遠くに森が見えた。
振りむくと、さっきまでいた小さな家があり、その後ろには、さらに小さなかわいい小屋があった。
ダレーヤおばあさんは私をそこに入れると、木窓を開けはなった。
小屋の中が明るくなる。
小屋は作業場のようで、たくさんの壺や見慣れぬ道具が置かれた棚が三つの壁を占めていた。
手前の小さな机の上には、開かれた分厚い本と、すり鉢のようなものが置かれていた。
床には円形の中に何かが書かれた図形があり、それはファンタジー小説の挿絵で見た魔法陣そっくりだった。
ダレーヤおばあさんは、棚の所へ行くと、ごそごそと何かを探していた。
「ああ、あったよ、あったよ」
彼女が棚から取りだし、机の上にごとりと置いたのは、手のひらサイズの透明な玉だった。
水晶かしら?
昔どこかで見た占い師のことを、思いだしていた。
「ええと、そうそう、呪文はこんなだったね」
ダレーヤおばあさんが何かぶつぶつ唱えると、球がうっすらと光を帯びた。
「メグミ、これに手を近づけてごらん」
言われるまま、右手を玉に近づける。
透明な玉の中に、青く光る文字のようなものが浮かびあがった。
「あれえ、あんた、魔力が無いねえ……」
おばあさんは、なぜか、すごく驚いたように言った。
「体力 人並、俊敏性 人並、知力 人並……。
あんた、なんでも人並なんだねえ……おやっ」
玉をのぞきこんでいたダレーヤおばあさんが、突然声を上げたので、私はびくっとしてしまった。
「あれ、こりゃどうしたんだい。
おかしいねえ、さっきの呪文でよかったはずだけど……」
私は心配になって尋ねた。
「ダレーヤさん、どうしたの?」
「ほら、ここ見てごらん」
球を覗きこむと、そこには見たこともない言葉らしいものが二つずつ並んでいた。
ダレーヤさんが指さしているのは、その一番下だった。
「幸運だけ、何も書かれていないんだよ。
こんなことは初めてだ。
長いこと使ってなかったから、こいつが壊れてるのかもしれないね」
彼女はそう言うと、長い爪の先で透明な玉をつついた。
チンという澄んだ音がした。
◇
「さて、これからどうするかねえ」
小屋から母屋に戻った私たちは、キッチンがある部屋でお茶を飲んでいる。
「ダレーヤさん、魔力が無いって驚いていましたけど……」
気がかりだったことを尋ねる。
「ああ、どうしようかね。
どうせ分かる事だから、教えておこうかね。
このあたりの国では、魔力がないと、いろいろ具合が悪いことがあるのさ。
例えば、就けない仕事がたくさんあるし、泊まれない宿もある。
国によっては、奴隷のような扱いを受けることもある」
私が不安を顔に浮かべていたからだろう。
ダレーヤおばあさんは、私の右手を優しく両手で包むと、こう言ってくれた。
「あんた、ついてるよ。
多くの国で、魔力がない者は差別されるんだが、ここ『ティーヤム王国』は、例外でね。
魔力が無くても差別されないような法があるんだよ」
「そ、そうですか。
よかった……」
ダレーヤさんの両手に包まれた右手を通し、彼女の暖かさが伝わってくる。
「さて、今後のことだが、ここでじっとしている訳にもいかないから、とにかく都まで出てみるかね」
「都ですか?」
「ああ、あんたの素性を知るには、その方がいいだろう。
もしかすると、知りあいとばったりって事もあるだろうからね」
「分かりました」
「ただねえ、ヤポークの奴が来るのは、水の月だから、まだ二十日ばかり先になるねえ」
私が「ヤポーク」が誰か尋ねようとしたとき、ノックの音と人の声がした。
「ダレーヤさん、こんにちは」
ダレーヤおばあさんがドアを開けると、小柄な中年男性が立っていた。
「おや、ヤポークじゃないか!
あんた、どうしてここにいるんだい?」
「へい、それが、急な頼まれごとで、ダイコ村まで行ってたんで。
ついでだから、何か御用がないかと思って寄ったんでさ」
「そうだねえ、グジーの実はあるかい?」
「ええ、ありやすよ。
一ビンで、かまいやせんか?」
「ああ、十分だよ。
それから、この娘を町まで乗せてくれるかい?」
「ええ、そりゃいいでやすが……この娘さんは?」
「メグミって言ってね、まあ迷子みたいなもんさ」
「へえ、よく無事でしたねえ。
この辺りの森には、魔獣がたくさんいるってのに」
「ああ、とにかく頼んだよ。
これは、グジーの代金と、彼女を町まで乗せてく運賃だよ」
ダレーヤおばあさんは、ローブの中に手を入れると、硬貨を何枚か出した。
「えっ、こんなに!?」
「気にせず受けとりな。
そのかわりと言っちゃなんだが、この子が信頼のおける筋に会えるよう取りはからっておくれ」
「へい、お安いご用です」
「この次来るときに、この娘がどうなったか、必ず知らせるんだよ」
「もちろんでやす」
こうして私は、ヤポークさんの荷馬車に乗り、街へ向かうことになった。
この時、私は知らなかったが、ダレーヤさんがこのグジーの実で作った薬は、ある貴族から大変な金額で買いとられることになる。




