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第28話神樹と少女1

 途中で通りかかった荷馬車に乗せてもらった私は、小さな村へとやってきた。


 村がある方角は、青い玉が示す方角から少しずれていたが、歩くより荷馬車の方が早いから、この村まで来たのだ。

 荷馬車の持ち主は、この村に住むおじさんで、トンベと言う豚のような魔獣を飼って生計を立てているそうだ。


 おじさんは、私を村長の家に案内してくれた。

 この村には宿屋がないから、旅人はみな、村長の家にある離れに泊まるのだそうだ。


 私は、ここのところ、お風呂に入っていなかったので、大きなタライを借り、それに井戸水を張ると、水浴びをした。木窓がカタカタ震えているから、外は風が出てきたのかもしれない。


 さっぱりした私は、体を乾かすため、薄布を体に巻きつけた。


 ◇


 レフとライの二人は、なにかあれば騒ぎを起こす村の問題児だった。彼らは、幼いころから悪童で、隣家の柵を壊し、トンベが村中を走りまわる騒動を起こしたり、魔獣の子を森から拾ってきて、それを探しに来た魔獣の親が村の家々を壊したり、とにかくそういったことが絶えなかった。

 青年になった二人は、そのいたずらもエスカレートしてきた。


 今日、村に帰ってきた荷台車に乗った少女を見た二人は、彼女に興味を持った。なぜなら、それほど美しい女性を見たことがなかったからだ。


「おい、ライ、ホントに大丈夫なんだろうな?」


「ああ、大丈夫だ。

 前にもやったことがある」


「おいっ!

 なぜ、俺を呼ばなかったんだ!」


「そのとき、俺が覗いたのが、どこかのおばあちゃんだとしてもか?」


「……い、いや、もういい」


「いやー、あんときは、驚いたぜ。

 帽子をかぶってたから、年が分からなかったんだよな」


「その点、今回は、まちがいないな」


「ああ、この目で見たからな」


 二人は、村にやってきた少女が泊まっているはずの村長宅にやってきた。

 そっと離れに近づく。

 離れの木窓の外で息を整えると、ライはそっと木窓を押した。そうすることで、木窓にわずかに隙間ができるのだ。

 レフトとライが目にしたものは、この世のものとは思えないほど美しかった。


 少女は、木のタライにつかり、水浴びをしていた。

   

 後ろにある簡素なベッドに置かれた板のようなものが虹色に光っている。

 少女の輪郭が、その光を浴び浮かびあがる。二人は、それほど美しいものを見たことがなかったから、いやらしい気持ちさえ消え、ただ魅せられていた。


 残念なのは、逆光のため、少女の体が細部まで見えない事だ。

 それでも、二人の青年は、心をぎゅっと何かにつかまれるようだった。


 水音を立て、少女が立ちあがったとき、二人はなぜか、しゃがんでしまった。


「お、おい、レフ、どうするんだ」


「お、俺たちは、冒険者になるんだろう。

 これくらいのことができなくてどうする」


「……そ、そうだな」


「じゃ、中に入るぞ、いいな?」


 ライとレフの二人は、表の木戸に回りこんだ。

 ライが懐から、細長い針のようなものを取りだす。


「へへへ、これが、こんな時に役に立つとはな」


 それは、かつて魔獣が村を襲った時、その体から落としていったものだった。

 粗末な掛け金をカチリと外す。

 二人は、顔を見あわすと、部屋の中に踏みこんだ。


 部屋の中には、薄い布を体に巻いただけの美しい少女が立っていた。

 彼女は、満面の笑顔でこう言った。


「嬉しい!

 来てくれたのね!」


 ◇


 水浴びした後、体に布を巻いたタイミングで、ドアが開いた。

 あれ?

 私、カギをかけていたはずだけど。


 そこには、誰かが二人立っていたけど、私はそれが目に入らなかった。

 だって、その後ろにピーちゃんがいたんだもの。


「嬉しい!

 来てくれたのね!」


 ピーちゃんは、私の胸に飛びこんでくる。

 

「メグミっ!」


 ピーちゃんが、顔を私の胸に押しつけてくる。

 私は、彼をぎゅーッって抱きしめた。


「な、なんだよ、そいつは!」

「ま、魔獣なんか持ちこみやがって!」

 

 二人の若者が何か言ったけど、私は聞いてなかったの。


「おいっ、何とか言えよっ!」


 一人が私の肩に手をかけようとした。

 ピーちゃんが、その手をパクリとくわえた。

 若者が、ピーちゃんと目を合わせた。


「ドドドドド、ドラゴーン……」

 

 その人は、白目をむいて倒れちゃった。


「ライ!

 ライ!

 どうしたんだ!?」


 倒れた若者にかがみこんだもう一人が視線を上げ、ピーちゃんと目が合った。


「ひっ!

 ドドドドド、ドラゴーン……」


 全く同じセリフを言って気を失うなんて、兄弟かしら?

 なぜか二人とも、股のところが濡れてるわね。

 とにかく、村長さんに報告しておこう。


 私は、マジックバッグからテントの生地を出し、それを二人の上にかけた。

 服を着てから、村長さんの家に向かった。


 ◇


「貴様ら!

 それでも男かっ!」


 黒い口髭を生やした村長さんは、離れに来た二人の若者をすごく叱っていた。

 彼らは、股を濡らしたまま、ヒモで縛られ、母屋の床に転がされている。


「守るべき女性を覗くとは、なんたる下劣!

 しかも、その部屋に押しいるとは、トンベにも劣る奴らだっ!」


 村長が吐きすてるように言う。

 そのとき、家の外が騒がしくなると、数人の男女が入ってきた。


「ライ、これは一体どういうことだ!」


 背の高いおじさんが、縛られている若者の一人に声をかける。おじさんは、こめかみに青筋を立てていた。


「レフ、あんた、このお嬢ちゃんを覗いてたって本当かい!」


 ぽっちゃりした体形のおばさんが、目を吊りあげている。


「ふむ、どうしたもんかのう。

 さすがにワシも、もうかばってやれん。

 騎士の駐屯所に突きだすかの」


 村長が、低い声で唸るように言う。


「とにかく、今日限り、お前とは親子の縁を切る!

 たった今から、親でもなければ子でもない。

 分かったな、ライ!」


 のっぽのおじさんは、青年を許すつもりはないらしい。

 

「あんたも同じだよ。

 もう、家にゃ入れないからね!

 とっとと、どっかに行っておしまいっ!」


 最初、青い顔をしていた青年二人は、とうとう涙を流しはじめた。


「ご、ごめんなさい、もうしません」

「すみません、俺が悪かったです」


「そうだよ、そのセリフに何度もダマされてきた。

 今度という今度は、我慢の限界だよ」


 おぱさんが、持っていたホウキの柄で、かなり強く青年のお尻を叩いた。しかも、何回も。

 この人、今まで、よっぽど悪いことしてきたのね。


「痛いっ!

 痛いっ!

 母ちゃん、許してっ!」


「痛い?

 そうかい。

 女性にとっちゃね、裸を覗かれるのは、痛いどころじゃ済まないんだよ」


 おばさんはそう言うと、ことさら強く青年のお尻をぶった。

 ホウキは、ぽっきり折れてしまった。


 おじさんが持っていたのは、乗馬鞭のようだった。

 それを情け容赦なく、もう一人の青年に振りおろす。


「痛っ!

 痛いっ!

 や、やめ、痛っ!」


 おじさんは、息を切らすまで鞭を振るうと、やっと叩くのをやめた。


「ライ、レフ、お前らは、村から出ていってもらう」


 村長は、きっぱりした口調でそう言った。


「問題は、嬢ちゃんへの償いだが……」


「あのー、ちょっといいですか?」


 私は、思いきって口をはさんだ。


「ん?

 なんだい、嬢ちゃん。

 できる事なら、この二人にさせるから言ってごらん」


「私、今から大事な仕事があるんです。

 この二人にお手伝いしてもらっていいでしょうか?」


 おじさんは、ほんの一瞬考える顔をしたが、すぐに頷いた。


「そりゃいい。

 しかし、こいつらが二人して、嬢ちゃんに悪さしかねんぞ」


「それは、大丈夫です」


 私は、きっぱりと言った。


「そ、そうか?」


 村長さんは、二人を見おろした。 


「本来、駐屯所に突きだして、牢に入れてもらうところだが、嬢ちゃんの頼みなら仕方ない」


「嬢ちゃんいいのかい?」


 おばさんは、私のことが心配みたいだ。


「こいつが何かしたら、ワシに知らせてくれ。

 必ずだぞ、嬢ちゃん」


 おじさんの顔には、懇願するような表情が浮かんでいた。

 この人、本当は自分の息子が心配なのかもしれないわ。


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