第19話ドラゴンと少女5
「はあ、はあ、しんどかった。
こんなに急いだのは生まれて初めて」
どちらかというとのんびりした私の声が、それまで緊張していた場の雰囲気を壊したみたい。
「メグミ……なぜ」
ヒューさんが、とても驚いた顔をしている。
「ああ、遅くなった理由ですか?
あの人の足が遅くて、背中を押してたんです」
私が後ろを指さすと、そこには二人の男がいた。
一人はギルドシェフのダンテさん、もう一人は治療施設の責任者だ。
私が指さしていたのは、治療施設のおじさんだ。
「ジェーン!」
「ダンテ!」
美男美女が抱きあうのって、なんか映画みたい。
私はそんなことを考えていた。
「きさまっ!
ド、ドラゴンの!」
「あなたのやりたい放題もここまでよ、ジェリコ。
ダンテさん、治療施設のおじさんを連れてきてください」
私が呼びかけると、ダンテさんがおじさんの首根っこをつかみ、半ば宙づりにする格好でヒューさんの前まで連れてきた。
「おい、さっき俺たちにしゃべったことを、もう一度ここで言え」
おじさんは、青い顔でぶるぶるふるえているけど、その目はジェリコの方を見ていた。
首を横に振りはじめる。
私は、ピーちゃん袋の蓋を開け、おじさんの前までゆっくり歩いていく。
すでに、一度それを体験しているおじさんは、違う意味で首を左右に振りだした。
「ゆ、許して……もうドラゴンを近づけないでください。
言います、全部言います。
私は町長に言われ、ニコラの治療をおこなっていませんでした。
飲ませていたのは、塩で作った錠剤で、薬ではありません」
治療施設の責任者は、一気にそれだけ言うと、がっくりうなだれた。
「な、なんだって!?
ニコラは、進行性の病気なんだぞ!
これほど長い間治療してないなんて……」
「ははははは!
気がつかないお前が悪いんだ。
まあ、息子がその女と結婚した後なら、誠意をもって頼めば治療してやってもいいぞ」
太った男が、そんなことを言ってる。きっとこいつは、ジェリコのお父さんね。
「そうだね、パパ。
こいつらには、誠意ってもんを見せてもらわないと」
げーっ! あの年で、パパだって。気持ち悪そうなヤツだと思ってたけど、本当に気持ち悪かったんだね。
私は、妙に感心していた。
「さて、思わぬ中断が入ったが、式を続けようか。
司祭、頼むぞ。
誓いのキスがまだだからな」
うわっ、なんて気持ち悪い。
私は思わず引いてしまった。
下を見ると、ピーちゃんまで引いている。
私は、知らないうちに、ピーちゃんの表情が細かい所まで読みとれるようになっていた。
「おい、そこの小娘!
そのドラゴンが少しでも動く気配を見せたら、小僧の足を吹きとばすからな!」
ジェリコが、地面にうずくまった男の子にワンドを向けている。
もしかして、これってかなりやばいんじゃない?
そんなことを考えた時、それは起こった。
◇
長年、雨風にさらされることで、石を組みあわせてつくられた石塔はかなり劣化していた。しかし、造り手が高い技術を持っていたため、古くなっても、その形をとどめ続けてきた。
ただ、さすがに石組みのあちらこちらに、弱いところができていた。
そして、そのバランスを受けとめる、要石ともいえる一つの大きな石があった。
ジェリコが放った魔術がその要石を破壊したため、石塔はいつ崩れてもおかしくなかった。
おりから吹いた強風が塔の上部に当たると、いよいよ崩壊が始まった。
◇
ドンっ
「な、なんだ!?」
町長が、そう叫んだのも分かるわ。自分の足元に握りこぶしくらいの石が落ちてきたんだから。
「おいっ!
お前ら、誰か隠れてるやつが石を投げたな!?」
彼がそう尋ねても、私たちは答えない。なぜなら、石塔に向いて立っている私たちからは、その異変が見えているからだ。
塔の上部がぐらぐら揺れ、小さな石がぽろぽろこぼれ落ちている。
町長の足元に落ちたのは、その一つに過ぎなかった。
「ニコラっ!」
ヒューさんが、息子を助けるため駆けよろうとしたが、それは出来なかった。
なぜなら、巨大な石塔が、その形を大きく変え、崩れはじめたからだ。
石塔内部の形が変わったからか、ついさっき基部に開いた穴から、突風が吹きだした。
そのあまりの勢いに、「ブフォン」という太く低い音が鳴ったくらいだ。
塔は、当たり前のように、ジェリコたちの上に倒れた。
「ニコラっ!」
塔から吹きだした突風にふらついたヒューさんだったが、再び息子の方へ飛びだそうとする。彼を止めようと、その腰にダンテさんが必死でしがみつく。
轟音を立てて石塔が地面に激突した。
巨大な石が、私のすぐそばで地面にめりこむ。
「ああ、ニコラ!
私の坊や!」
地面に転がる大きな石の間を、エマさんがよろよろ歩いていく。
「エマっ!」
ヒューさんが、その後を追った。
二人は、恐らくその下にニコラがいるだろう石の所まで行くと、がっくり膝を着いている。
「ジェーンさん、ダンテさん、そのおじさんを連れて、少し下がっていてください」
私がそう言うと、それまで石塔の崩壊で呆然としていたジェーンさんたち二人が、ぎこちない動きで治療所のおじさんを連れ、広場の端まで移動した。
動けそうにないヒューさんとエマさんは、ピーちゃんが二回に分けて空中を運んだ。
「ピーちゃん、できる?」
『こんなの簡単だよ』
ピーちゃんは、石に爪を食いこませると、巨大な石を持ちあげた。
私が石の下から出てきたものに駆けよる。
それは、ボロボロになったベッドだった。
ベッドは片側二本の足が折れていたが、残り二本は折れずに石を支えていたようだ。
石をどこかに運んだピーちゃんが、ベッドも持ちあげてくれる。
ベッドの下からは、身体を丸めたニコラ君が現れた。
彼は気を失っているようだが、見たところ、かすり傷一つない。
私は彼を背負うと、広場の端にいるエマさんたちの所へ行った。
「ニ、ニコラ!
ああ、私の坊やっ!」
「ニコラ!
ワシは夢を見てるのか?」
エマさんとヒューさんが、二人して息子を抱きしめる。
とても心が温かくなる光景で、両親がいない私は、とてもうらやましかった。
私は、寂しそうな顔をしていたのかもしれない。
ジェーンさんが、心配そうに声をかけてくれた。
「メグミ、あなたは怪我していない?」
「はい、大丈夫です」
「あなたが私たちを助けてくれたのね?」
「えーっと、そのおじさんを連れてきたのは私ですが、塔を倒したのは私じゃありませんよ」
私は、石塔崩壊のショックでぼーっと座りこんでいる治療所のおじさんを指さした。
「えっ!?
そうなの?
私は、また、あなたが魔術か何かで塔を倒したのかと思ったんだけど」
「あははは、私、魔力が無いんですよ」
「えええっ!?
それでよくラストークダンジョンをクリヤできたわね!」
「運が良かったんです」
横にいたダンテさんが、いい声でこう言ってくれた。
「何であろうと、今回のことで、ヒューさんの家族と俺たち二人を救ってくれたのは、メグミ嬢ちゃんだ」
彼は、私の頭を撫でてくれた。
「そうだぞ、メグミ。
ダンテの言うとおりだ。
お前は、今日からウチの娘だ。
ニコラが目を覚ましたら驚くぞ。
こいつは、前から姉さんを欲しがっていたからな」
「ヒューさん……」
「そうよ、メグミ。
今日からあなたは、私の娘よ」
エマさんが、私をぎゅってしてくれる。
みんなの温かさに包まれ、私は目を閉じた。




