第17話ドラゴンと少女3
「おい、腰抜け。
誰か、このジェリコ様の相手をするヤツはいないのか?」
テーブルの上に立ち、ブロンドの長髪を右手でかきあげている若い男の人が部屋を見まわす。
「見ろよ、ジェーン。
こいつら、俺と戦うだけの勇気もないぜ」
ジェリコと名乗った若者が、美人のジェーンお姉さんに話しかけている。
「あんた、そんなことをして恥ずかしくないの?」
怒ったジェーンさんが、言いかえす。
「なんだったら、一人二人、ここで燃やしてやろうか?
ジェリコは、左手に持ったワンドを一人一人の顔に向けていく。
私が以前いた世界なら、さしずめピストルをそうしているわけだから、本当にとんでもないヤツだ。
そのとき、どすどす足音がして、ギルマスのヒューさんがやってきた。
「ジェリコ坊ちゃん、またですか?」
ヒューさんの声に力がない。
もっと、きちんと叱ればいいのに。
「おい、ヒュー。
どうして冒険者ってのは、こうも腰抜けぞろいなんだ?」
ジェーンお姉さんが、ジェリコに跳びかかろうとした。
だけど、ヒューさんが大きな手を伸ばし、彼女を止めた。
「ギルマスっ、こ、こいつは、私たち冒険者を馬鹿にしてるんですよっ!」
「ジェーン、ああ分かってる。
だけど、頼むから我慢してくれ」
ジェリコは、それを聞くと、ニヤニヤと笑いながら机から降りた。
彼は、ジェーンさんに近づくと、ワンドの先でお姉さんの豊かな胸の谷間辺りをツンツンと突いている。
「ジェーン、お前が俺の女になるってんなら、今すぐにもここから出ていくぜ?」
ジェーンさんが、ジェリコにつかみかかろうとするけれど、ヒューさんのがっちりした腕にはばまれてしまう。
「くぅっ」
お姉さんの口からそんな声がもれた。
「あなたは、ジェーンさんに、ふさわしくないわ!」
私は、自分でも知らないうちに、大きな声でそう言っていた。
ジェリコは、すぐに私の方を振りむいた。
「なんだ?
見ねえ顔だな?
誰の娘だ?
おめえの親を消し炭にしてやるぜ」
ジェリコは近づいてくると、私の喉にワンドを突きつけた。
そのとき、袋の蓋がぱらりと開き、ピーちゃんが顔を出す。
ジェリコの視線とピーちゃんの視線が至近距離でぶつかる。
「……ド、ド、ド……」
そんな声をだすと、ジェリコは、まっ青になり震えだした。
ピーちゃんが、頭のすぐ上にある、彼の手をかぷりとくわえる。
ただくわえただけなのは、すぐに分かった。だって、ピーちゃんが普通にかじったら、ジェリコの手はなくなってしまったはずだから。
「……。。。」
ジェリコは、立ったまま白目をむいている。
ズボンから湯気が出ているのは、お漏らししたからだろう。
「汚いわねえ、こいつ」
私がそう言うと、それまで黙っていた冒険者のみんなが一斉に拍手を始めた。
「嬢ちゃん、よくやった!」
「こんなにスカッとしたこたあねえぜ!」
「さすがは金ランクね!」
みんなが、一人一人、私に声をかけてくれる。
私は、ほとんど何もしてないんだけどね。
困ったような顔になったヒューさんだったが、ニッコリ笑うと、大きな手で私の頭を撫でてくれた。
その手は、すごく温かくて、私の父さんが生きていたらと思うと、少し涙が出ちゃった。
ヒューさんは、また困ったような顔に戻ると、ジェリコをお姫様だっこして、ギルドから出ていった。
私は、ジェーンさんに肩を抱かれ、テーブルに着いた。
◇
ジェーンさんがみんなに小声で何か言うと、私たち二人を残し、他の冒険者は外へ出ていった。
「メグミ、さっきはありがとう。
あんなに胸がすいたのは、生まれて初めてよ」
ジェーンさんも私の頭を撫でてくれる。
私は、さっき出かかっていた涙をごまかすためもあって、顔を両手でごしごし拭いた。
「でも、気をつけて。
あいつは、危険なやつよ。
ジェリコの父親は、ここの町長でね。
あいつが無法を働いても、父親がもみ消すの。
それに、なにを間違えたか、神様があいつに魔術の才能を与えちゃってね。
この町で、ヤツにかなう者はいないわ」
「ジェーンさん、ヒューさんは、ジェリコがあんなことしたのに、なんで黙ってたんですか?」
「そうね。
正義感が強いヒューさんが、人一倍我慢してるのよ。
ギルマスとエマねえさんの息子さんは、難しい病気に掛かっててね。
その子は、この町にある大きな治療施設に入ってるんだけど、悪いことにそこを経営してるのがジェリコの父親、つまり町長なのよ」
私は、なぜヒューさんや冒険者たちが、ジェリコの侮辱を我慢していたか、やっと理解した。
「ジェーン」
食堂のカウンターから、すごくいい声が聞こえた。
シェフのダンテさんね。
「どうしたの?」
「その嬢ちゃんにこれを」
ジェーンお姉さんがカウンターから運んできたのは、ジュージュー焼けた鉄板に載っているお肉だった。
鉄板は二枚ある。
「ダンテからプレゼントよ。
こっちは、ピーちゃんにだって」
「うわーっ!」
『いいね!』
それは、アイアンホーンっていう牛のお肉で、私が今まで食べたお肉の中で一番美味しかった。
ピーちゃんなんか、お替りしてたんだから。




