「00」 プロローグ
「本当に上手くいくと、お思いですか?」
薄暗い部屋の中、一人の少女が唐突に尋ねる。短い髪を後ろで束ね、矮小な姿は、なんとも愛おしく心を奪われる。だが、その可愛らしさとは少し離れ、少女は、隣に腰かけている男に不安の眼差しを向けていた。
男はそんな視線を気にすることなく、手に取った辛口のカクテルを弄んでいる。濡羽色の髪と鋭い眼が、部屋の空気をさらに重くしていた。
「勿論、上手くいくと信じてるよ... 僕は...」
男は単調に呟くと、肘かけに取付けられた淡く光るボタンに手をやった。すると、前方に一人の少年の映像が映し出された。
『邦永高等学校』と刺繍の入った制服を着込み、誰かと話しているのだろうか...愉し気に道を歩いていた。高校生としては、少々小柄で服もだぼだぼ...
「『橘 悠人』、年齢16歳、身長163センチ、体重52キロ、学力偏差値47、運動だけ...人一倍できるようですが、それを除けば、どこにでもいるごく普通の...」
少女が映像に言葉を付け足す。しかし、男は少女の話を遮り、立ち上がると微笑した。
「彼なら大丈夫... 出力調整、記憶摘出と移転、すべて任せる。君の姉たちにも伝えてくれ、花楓...」
「はい...畏まりました...」
普段から話を聞き流されることには慣れているので、そのまま返答する。だが、
「自分は、無駄が多いのだろうか... それとも、ただ面倒臭いのだろうか... 誰からも...嫌われて...いるのだろうか...」
と、結城 花楓はいつも自問している。そして、誰にも話さないよう、知られないよう、辛くても胸の奥底にしまい込む...
直後、男は部屋の入り口へと足を運ばせていた。その姿が目に入って花楓は我に返り呼び止めようとしたが、『不安』が彼女を縛りつける。
硬い氷のような『縛り』は溶けること無く、いつまでも心の中に残り続ける。
機械音と共に扉が閉まり、花楓の初めての思い人...『逸戯 竣』は扉の向こう側に消えていった...
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