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手紙

作者: 冴あき

 10年前に、名前の無い手紙が届いた。

 開封せずに10年が経った今、開封しようと思う。この手紙は多分誰から届いたものか分かっていた。10年前私は出会い頭の交通事故に会った。毎日看病に来てくれていた恋人。私を優しく介抱する姿に、この人を失いたく無いと思った日々だったが、私のわがままで、結局彼女は私の元を去って行った。


 あれから10年彼女は何をしているのだろうか?

 あれから10年。私はその10年間かかり、寝たきりの生活から脱出する事が出来た。日の光を浴び、外を歩ける様にもなった。だが、未だに仕事という仕事は出来ていない。どうやって食いつないでいるのかと言えば、


 それは、10年以上前にやっていた事業だ。いわば実業家だった。年収は有に5億はあっただろうか。でもそれは出会い頭の事故で何もかも失った。それは、我が社とのM&A契約の打ち合わせの帰り際だった。


「社長!ちょっと強引な取り纏めではなかったですか?」

「あぁ?そうか?これぐらいいかんと親会社にはなれんぞ?」

「はぁ…そうですか?」


 雨の降る夜のこと…。


 社員の一人がタクシーを拾いますからと国道脇でしばしタクシーが来るのを待っていた。丁度その頃、社員の一人から電話があり、近くにいるので迎えに出れますと連絡があった。白のカローラワゴンだと聞かされていた。

 私は、その車を待った。今思えばタクシーを拾えば良かったのかも知れないが、その日はゆったりと帰りたいものだと、社員にお願いをした。白のバンが右の方から近づいてくるのが見えた。


 私は思わず国道沿いに手で合図をしたんだ。自分も悪かった。止まってくれるはずの車が止まらなかったのだから…。


 一瞬、空が見えた後私の記憶はない。気づけば病院のベッドの上だった。大腿骨骨折に、車いす生活。リハビリに励むが一向に良くならないこの足。周りの人間に支えられているものだと思っていた。社員も駆けつけてくれていた。日替わりで、部署の部長連中がお見舞いに来てくれていた。


「社長!お加減は?」と毎日心配のお見舞いだと思っていた。


 部長連中の中に混じって、一人の女性。それが最初の出会いだった。社員の名前ぐらいは覚えているはずだったが、彼女の名前は知らなかった。顔も名前も、しかし彼女は毎日お見舞いに来てくれる。次第に部長や社員は来る事は無くなったが、彼女だけが毎日の様に通ってくれていた。


 養生をとっても良くならない足に、手術を決断した。しかし手術の後のリハビリが耐えきれないぐらい辛かった。彼女はそのリハビリの日は必ずと言って来てくれ、先生と共に終わるまで見守ってくれていたものだった。毎日の献身的な看病に心は引かれて行った。そんな折り、右腕だった専務が突然病院を訪ねて来た。


「復帰できますかな?社長…」

「わたしは、そのつもりではいるが、まだ掛かりそうだ。すまんが、もう少し頼んでもいいかな?」

「はぁ…それでしたら、仕方ありませんな。しかしー社長。復帰の目処が経たないのであれば、一度いっその事、辞意を表明しては如何なものでしょうか?」

「何!?どういう意味だ!」

「いやぁ、社長の今代行を勤めている先崎は知っておられよう…」

「あぁ、それがどうした?」

「いや、社長が代行になってからというこの半年で、今までの業績マイナス分が改善されておりましてな?それに株主からも、社長交代の意見が出て来とる次第なんですわ」

「クッ!」


 だが、突然の事故により、長期の入院と退院の繰り返し。最初は、心配する様に社員など駆けつけてくれていた。だが、手術をしても一向に良くならない体に、もう限界が来ていた。そして社長の座を降ろされた。事業は右腕だった人物に引き継がれた。その事故のせいで私は何もかも失った。その後、社員の一言の噂で事故は、私の右腕だった人物の側近により起こされたものだと後々聞かされた。


 言わば私は降ろされるべくして降ろされたのだと…。損害賠償や裁判沙汰にもしようとも考えた。しかし…。


 その時付き合っていた恋人に止められた。

「そんな事をして何になるの?」確かに保険は降り、慰謝料の請求も通った。それだけで十分ではないかと…。私は周りの人間が信じれなくなった。


 この女もグルではないかと…。寝たきりの生活にも嫌気が指し、私は彼女に当たり散らした。リハビリから、ベッドでの世話、下の世話までさせた私だったのに。

入院生活がほとんどで、どこにもデートなんてした事も無かった私達。こんな私に優しく介抱してくれていた人物に対してだ。


「あなたは何も間違った事はしていないわ。右腕だった人も本当の所なんてあなたを心配してたはずよ!」

「うるさい!俺の事業だった。俺の!俺は奴らに騙されていたんだ!」

「もう!どうしたの?悟さんらしく無いです。以前の悟さんなら、社員の言う事だからと信じていたじゃないですか?」

「信じる?信じた結果、会社を取られたんだぞ!その上俺は、ベッドから起き上がる事が出来ない!お前もこんな奴にいつまでも付き合ってないで、どっか他にいい男でも見つけろよ!」

「何て事いうのですか?悟さん!本当のあなたはもっと優しくて、頼りがいがあったはず!どうしてしまったの?悟さん!」

「うるさい!出て行けぇ!もう顔も見たく無い!」


 出て行けと告げたあの日から、彼女は私の元に来なくなった。いや、私が来させなかったのかも知れない。その後も彼女は毎日通ったり、電話もしてくれていた。しかし私は電話にも出ない。呼び鈴が鳴ろうとも、お手伝いさんには無視しろと言ってあったからだ。


 そんな折り、一通の手紙が届いた。多分彼女からの手紙だとすぐに気づいた。だが、私は開封する事無く、10年の月日が流れた。


 何故今、開封する気になったのか。多分それは彼女が去った後、彼女の優しさが身にしみた10年だったからだ。お手伝いさんにも横暴な態度を取った時期もあり、結局一人なった。私は結局わがままな人間だったんだと。だから事業も成功は修めたものの、他の人間に渡ってしまった事。事故を起こった事も、私のわがままな性格のせいで周りの人間に煙たがられていたからだ。唯一人彼女だけは違ったのに、その彼女に対しても同じ事をした。


 10年が経ち、ようやく自分に起きた事の整理が付けられた。失ったものは多いが、これからが本当の時が始まるのだと。だから10年前の手紙を拝見しようと思う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ー悟さんへー


 病状はどうですか?以前とおかわりは無いですか?突然ですが、お手紙失礼します。あなたと会えなくなって、私はどうして良いものか凄く迷いましたが、手紙にて、私の思いとこれまでの経緯を書きたいと思います。私はあなたの事をずっと見守る義務がありました。今は私と会う事は非常に厳しい気持ちをお持ちなんでしょうね?多分それは、私が事故の当人だと気づいたからではないでしょうか?

 あの事故は、私が起こしたもので、それをあなた会社の社員が身代わりになってくれたんです。そして、私はあなたの元で一生添い遂げる事で、何とか事故の償いをしたいと思ったものです。ただ、最初はそんなつもりで始めたお付き合いだったのですが、あなたの男気ある態度や、会社の社員を思う態度に私は引き込まれました。

 確かに、裁判沙汰にしようと言った時はびっくりしましたが、あなたの言いたい事も分かるような気がします。だって、ひとりで全部抱え込む人ですからね?だから今度は私があなたの支えとなり、サポートをさせていただけませんでしょうか?


 ずっと、ずっと私はあなたの事をお待ちしております。もう会ってはくれないかもしれませんが、私はこの先何年もずっとあなたを待っています。


                                   詩織

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 なんと言うことだろう…。私は…。全てを失ったと私は思っていた。

でも君だけは違っていたのか…。何処かで気づくべきだった。社員の顔は覚えていたはず。顔も名前も知らない人物が現れた時点で。これは自分の横暴さで仕事を失った男に、君という人間を与えてくれたんだと…。私は君の事を愛していたはずだったのに…。わたしは馬鹿なことをした…。


 そして、私は彼女の実家に行った。すると…。


「悟さん…」

「詩織…」

「もうお加減よろしいのですか?」

「君の介抱のお陰もあって、治る事が出来たよ。体も心もね」

 彼女の実家の庭先には伊沢コーポと書かれた看板が立てかけてあった。


 あぁ…。これはM&Aで取ろうとした会社の看板だった。

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