第16話『帰巣』
集会所内、負傷者たちが犇めき、狭苦しくなった広いホール。カウンターでは今日も目の下にクマを作り、気だるそうに仕事に勤しむ受付嬢がいた。日夜、クエストの受注精算処理、集会所内の負傷者たちの世話をこなす。
そこに数名の見慣れない人物たちがやって来た。集会所に入って早々、ホール内の負傷者たちを見て呆気に取られていた。彼らは隣町から支援物資を運んできた役人たちである。
「忙しい所、失礼」
役人の男は、カウンターで書類を確認している受付嬢に声をかけた。
「あ、はいっス。どちら様っスか?」
ふにゃりと溶けるような笑顔を見せる受付嬢。目に見えて疲労加減が分かる。今にも倒れてしまいそうなその顔付きに、役人は一瞬顔をしかめる。
「街長の件、突然の訃報に驚きました。ご冥福をお祈りします」
礼節を尽くし、役人は被っていた帽子を胸に会釈をした。受付嬢も一拍遅れて頭を下げる。
「被災にあたり、次期街長と今後についての相談を致したい所存ですが、街長の方はいらっしゃいますか?」
「ああ〜……いないんスよね、まだ」
「決められていない、と?」
「はいっス」
ここ数日、被災による影響で一気に仕事が舞い降り、次期街長を決定する評議もままならない状況であった。役人は受付嬢に尋ねる。臨時的に、街長の役割を果たす適任者はいないかと。疲れた頭を回して、受付嬢は考えた末に一人の人間を連れてくる事に。集会所前の大通り、負傷者たちの面倒を受付嬢と共に見てくれていた、とある便利屋の男だ。
「……いや、急に言われてもなぁ。まず、実力者でも何者でもない俺に、街長は務まらないだろうよ。むしろ受付嬢の方が適任と言える」
「えぇ、自分は受付でお腹いっぱいっスよ!」
「じゃあ、アレだ。いるだろう、この街には」
何か宛があるらしい便利屋店員は誰かを呼びに外へ、そして三人組を連れて戻ってきた。フリューゲルでは有名なパーティーで実力者である、フリューゲル三銃士だ。
桃色の髪をした剣士アミグダルス、茶髪メガネの銃士フロン、緑髪の鳥女コロル。
「で、化け物はどこよ?」
アミグダルスはその場で足踏みをしながら、今にも暴れ出しそうにソワソワしていた。それを、フロンが肩を掴んで押さえる。
「落ち着け、戦闘狂」
受付嬢は街長の件をフリューゲル三銃士に説明する。そして、臨時的に街長の役回りを引き受けて貰えないかと嘆願した。
「んん、俺は馬鹿だから無理だぜ?」
「私も難しい事は分かんないや。ここはリーダー、君の出番だねっ!」
コロルはフロンの背を押して前へと突き出す。やれやれと面倒そうな顔でフロンは首を傾げた。
「確かにアミグダルスもコロルも馬鹿だ。必然的に僕に回るだろうけど、僕もまた断らせてもらう。僕達には所用がある」
「所用ってお前、ただの旅こuグッ?!」
フロンはアミグダルスの口を手で押え、言葉を遮った。
「とにかく、街長なんて高尚な役割、僕達には身に余る」
何か所用があるという事で、受付嬢は深くは聞く事はしないが、とにもかくにもフリューゲル三銃士は街長を引き受けはしないようだ。
そこに、
「その役割、俺が引き受けようか?」
話に割って入る男の声。そこには、被災で両足を失った男の姿があった。太ももの切断面には包帯が巻かれて処置はされているが、非常に痛々しい。フリューゲル三銃士は、彼の姿に見覚えがあった。フリューゲル三銃士と呼ばれる以前、アミグダルスとコロルがチームを組んでいた男。
「クイット!! お前、その足は──」
「心配ない、どうせ元々ないと同じ。むしろ身軽になった」
マカ・クイット。かつて共にダンジョン走破に乗り込んでいた戦友。しかし、クエストの最中で両足に重症を負い、動かなくなってしまった。そのタイミングでチームを抜け、フロンを代役に引き入れさせた。
「マカ〜ッ!! 元気そうで何よりぃー!」
「はは、減らず口は健在か、コロル」
クイットは拳を軽く振り抜き、空気を弾丸のように飛ばしてコロルの頭にぶつけた。バチンッと空気がぶつかると、コロルは鈍い声を吐いた。
「ッーーぅ……女の子をぶつなんて最低ーッ!!」
「その辺にしとけ、クイット。詳しい事は後で聞くとして、街長を引き受けると言うのは確かか?」
フロンは、頭を押さえて痛がるコロルの頭に追撃のチョップをお見舞いし、クイットに本題を尋ねる。それを肯定するクイット。
「君は実力もあったし、何より頭が良くキレる。街長として適任だ」
「三銃士の司令塔に認められるなんて光栄だな」
「クイット、君は僕を買い被っている」
「フロン、お前は値打ちを知らないんだろ。そうだ、ちょうどいいから俺の義足のお使いに行ってくれよ。見ての通り、杖じゃ歩けなくなったもんでね」
フロンは言い返そうか一時悩み、一言肯定をして口を閉じた。
そしてフリューゲル臨時街長が決まった。隣町の役人はクイットと今後の話を始める、そんな時、
バァアアアアアアアァァァンッッ!!!!!
集会所の扉が弾けるように開かれると、ホールには打音が響き渡った。それと同時に、
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!! 帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還即時即時即時即時即時即時即時即時即時帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還帰還──」
ズドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!
「困ります!! 困ります!! お師匠!! 困ります!! あーっ!! 困ります!! お師匠!! あーっ!! お師匠!! お師匠!! お師匠困り!! あーっお師匠!! 困りますあーっ!! 困ーっ!! 師匠困ーっ!! 困ります!! 困り師!! あーっ!! お師匠!! 困ります!! 困ります!! 師匠ます!! あーっ!! お師匠!!」
ズドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!
猪突猛進を擬人化したような二名が全速前進で突っ込んできた! 皆、巻き込まれんと自然に道を明け渡し、広がった道を二人は横断すると受付嬢のいるカウンターに衝突する。
「あはっ、狐火さん。こんばんわっス」
カウンターに顔面を乗せ、BPM200くらいの呼吸を繰り返す。ぐしゃぐしゃに荒れた前髪に覆われた顔を向け、彼女は受付嬢に言い放った。
「精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算精算即時精算!!!!!」
そうして薬草の詰まったバッグを受付嬢の前へと突き出す私。後ろでは心配げな顔をして待機するエシ。更に後ろでは皆々様から哀れみの目を向けられている。
「ままま、待ってくださいっスよ! 今やりますから!」
私からバッグを受け取り、採集クエストの精算を慌てて行う受付嬢。この時ばかりは申し訳なかったけれど、この時の私は一刻も早く精算を終わらせたいが為に、理性は機能を失っていた。とにかく仲間の安否を確認したくてどうしようも無かった。容疑者は後になってそう語る。
「師匠、またお時間が良い頃に、ご一緒にダンジョン探索に行きましょう!!」
精算を終わらせ、集会所を出た私とエシはそこで別れる。空は既に暗くなって星が輝き出し、夜風が涼しい時間帯。
私は大通りの負傷者が寝かされているスペースへ。小走りになって、ウィンディーネが寝かされているであろう場所へと行く。バッグには、エシに教わって採取してきた解熱作用を持つ薬草を入れて。
シートの引かれたスペースの、通行用に開けられた道路部を競歩して目的のスペースへと向かうと、そこにウィンディーネの姿はなかった。寝かされていたシートに残る痕跡。すぐさまシートの痕跡を確認する私。ウィンディーネの香りが僅かに、温もりは失われている。もしや、目が覚めたのではないだろうか。思えば、寝かされている負傷者の数が心做しか減っている気がする。私がダンジョンに乗り込んでから二日三日は経った。支援物資を隣町に申請していたらしいが、もしかしなくても支援物資が届き、ウィンディーネは無事に処置されたのではないか。
「狐火さん?」
「ッ?!」
この時をどれ程待ち望んだか。数日であれど、それはまるで数週間、数ヶ月の様に。私の体は声の聞こえる方へ発作のように勝手に動き出すと、全身全霊を込めた脚力によるダッシュでシートがぐしゃりとシワになった。そんな事は気にも止めず、涙目が揺らす青い髪の少女を目掛けて走る。と、突如足が地面の僅かな溝に突っかかり、ダイナミックに顔面スライディングを決めてしまった。
「ッァダダダダダダダダダダダダッ!!!!」
ペシャリと地面にうつ伏せで沈む私。理性がいかに大事か良く分かった。冷静沈着に、何事にも慌てることなかれ。急がば回れとは先人の教えであった。猪突猛進ガールには、一ミリも先人の足は行き届かなかったらしい。私、狐火木ノ葉にはドジっ子属性が付与されている。幼少期、初詣に行った際、財布から五円玉を取り出して賽銭箱に投げ入れようとした私は、間違って反対の手に掴んでいたお年玉全てが詰まった財布を丸ごと賽銭箱に投げ入れてしまった事がある。そして両親の元へと泣きながら駆け出していくと、地面に生えていた苔に足を取られて派手にずっこけ、前日の雨で出来た水溜まりに顔から突っ込んだ。そんな事を思い出してしまう良い顔面スライディングでした。余談ですが、その際に手に持ってた、本来賽銭箱に投げるはずだった五円玉は、転けたタイミングで手から落とし、転がっていって排水溝に落ちて取れなくなってしまった。神よ、私は何か犯したと言うのだろうか。
懐古してナイーブになる私の元に、ふわりと香る馴染みの香り。
「おかえり、狐火さん」
途端にぶわりと涙が溢れた。コノキモチ……コレガ、ココロ……?
すぐさま目の前に立つウィンディーネの足に、そのまますがりついて泣いた。傍目からすると、ウィンディーネに許しを乞う様な形になっているが、そんな事は他人が勝手に思えばいい。
数分後……。
ウィンディーネが寝かされていたシートの上に、二人で座って落ち着く。隣に座るウィンディーネは少し、普段よりも大人しくて文字通り大人っぽく見えた。それは私の心が弱っている証拠だろう。
しばらく無言の時が過ぎる。私はいつ言おうか、タイミングを伺って言い出し切れずにいた。言わなくてはならないが、私以上にショックを受けるに違いない。フィノちゃんの事。
「……ウィンディーネ」
「はい、何ですか?」
真紅の瞳に私が反射する。本題を言おう言おうとするも、口が開いては閉じるだけだった。
「大丈夫ですよ、狐火さん。ルフに全て聞いてます」
気まずくて金魚が如くパクパクを繰り返していた私に、ウィンディーネは察してか、助け舟を出港させた。私の波は緩やかに落ち着き、舟は私の心に無事入港する。
それからフィノちゃんについてを訊ねると、ウィンディーネは小さく頷いた。
「魔法が使えるようになったら……私が必ず助けます。絶対です!」
遠くを見据えるような目に決意を見る。私が思う以上に、ウィンディーネは大人だった。
「子供じゃないです!」
「うわぁ、急に心を読んでくるなぁッ!!」
当然のように心を読まれる主人公。頬を膨らませてプンスカしているウィンディーネのご機嫌を取るために、私はバッグから、採取してきた薬草をウィンディーネへと手渡す。
「そんなにカッカしてたら熱が悪化するよ? ほら、薬草でもお食べ」
「……ヒートソウグラスですね」
「ウィンちゃん、熱が凄かったらしいから取ってきたんだけど、じゅうじ……、ま、まあその、色々あって遅くなっちゃったよ、ごめんね」
「いえ、ありがとです。無事で何よりですよ、狐火さん。……ヒーラーが薬草取ってきてもらうなんて、お恥ずかしい」
そう言って、ヒートソウグラスをむしゃむしゃ食べ始めるウィンディーネ。生食オーケーなのか。美味しいのだろうか。いや、この険しい表情……絶対まずい。
ふと、ウィンディーネを観察していると私は、ウィンディーネの変化に気付いた。青い髪が少し、薄暗い色合いになっている。灰色を混ぜて明度の下がった青。イメチェンだろうかと思うも、頭に過ぎる青紫の髪をしたウィンディーネの狂気。
「……あのさ、ウィンディーネ」
「ぅへぇ……は、はい、何ですか?」
苦虫を噛み潰したような顔をしたウィンディーネ。よほど薬草が苦かったと思われる。
「髪色変えた?」
「ん、え? いや、特に何もしてないですよ?」
自分の後ろ髪を確認するウィンディーネ。どうやら染めた訳でもないらしい。
「んー……魔力使い過ぎたからですかね?」
魔力と髪色の関係性、それってなんかデータとかあるんですか? ちょっと嘘つくのやめてもらってもいいですか? なんか魔法陣展開されそうだからここらでやめておきますね、はーい。
「ふふ、私は何色でも愛してあげるわよ、ウィンディーネ」
(作者:嘘つくのやめてもらってもいいですか?)
出たな、黒幕。今日こそ、ここで仕留めてやる! これは私の始めた物語だ!!
(作者:お、やるか? 所詮貴様は作品の一部に過ぎない。そう、この私に生かされているに過ぎないのだ!)
ふっ、それはこちらのセリフ。本当に生かされているのはどっちか。血で血を洗おうじゃないか。
「──狐火さん、狐火さん? 狐火さん!」
「はっ! 私の十二色の暴風弓が!」
今回の勝負はお預けとなるが、作者も読者も狐火木ノ葉すらも、その勝敗はどうでも良かった。単なる尺稼ぎに思われるかもしれない。でも断言しよう、単なる尺稼ぎだ。
「狐火さん、また旅館に泊まりに行きませんか?」
その言葉は私の中でこだました。後光差す彼女の微笑みに、私の心は溶かされる。鮮烈でいて甘美に。天使のお誘いを前に、愚鈍な私の頭はいとも簡単に処理落ちた。数秒を数時間のように拡大して味わう。味落ちのないガムを噛むように、メビウスの輪を辿るように反芻を繰り返した。刹那、脳内CPUが復旧作業を終えて答えを口にする。
「……神よ、感謝致します」
「狐火さん?」
作者の偉大さを知った私は、これからも作者に媚びへつらう事にしようとここに決めるのだったが、そんな事はどうでも良かった。それに尽きる。
どうも、星野夜です。カフェオレが今日も美味しい、星野夜です。
暇が暇をたらしめて、僕は暇を持て余す。暇はいつも忙しさの裏を縫う。なぜ、暇な時に暇であるのか。暇じゃない時は暇では無いのか。暇な時ほど何もできないものである。自分で何言ってるか分からないが、自分で何言ってるか分からないんだ。ただ、暇なのは確かだ。
さあ、ようやくダンジョンを脱出し、ウィンディーネと再会を果たした今回。相変わらず狐火木ノ葉は勝てもしない癖に、僕へと喧嘩を売る事を止めない。君はもっと市場価格を分かってから販売に務めるといい。出ないと、売りたいものも売れないこんな世の中だPOISON。
一方の私は買いたいものも買えないこんな人生。貴様は黙って小説でも執筆していろと言いたげな神様仏様何様有様。それはそれでまあ、悪くは無いんですけども、はい。
なんだその目は! このクソニートは何をほざいていると言いたげな目は! そうだよ、クソニートだよぉッ!
クソニート、この前、小説執筆しようとしていたんだ。そんな時にスマートフォンの通知が入ってな。気がついたら、日が暮れるまでモンストしていたんだ。
カァアアアアアンッ!!!!
「クソニィィィィイイイイトッ!!!!!」




