第9話『最後の砦』
日が沈み、夜が訪れた。ダンジョン地下五階層山林。月明かりが葉の隙間を縫って、竹林をうっすらと照らす。その急峻な山林には、独自に発展した動植物が生息している。その地形に対応して、動物類は皆、地面に身体を固定し、斜面を転がり落ちる生物を捕獲するトラップを張る。日夜、地面に擬態し、滅多に移動をしない。ダンジョン地下五階層山林にのみ生息する、動物と植物の間のような生命体『セネゴレア』だ。四足と長大な鋏角を持ち、地面に四足を突き刺して身体を固定、竹のような鋏角をまっすぐ突き立てて、獲物が引っかかるのを待つ。立ち並ぶ林木は植物に加えてセネゴレアたちの捕食姿勢が作り出しているのだ。
そんな危険極まりない夜の山中を私、狐火木ノ葉と弟子のエシは、狼獣人に案内されながら進んでいた。狼獣人は、負傷者の獣人、スティルを背負い、目安のない険しい山林を汗一つかくことなく進んでいく。傾斜のきつい山中、ついていくのだけで必死だ。セネゴレアの脅威は狼獣人が全てかい潜ってくれている為、捕食はされずに済んでいる。
「ひぇえ……地下五階なんて初めてだよ」
「この先に、本当に村なんてあるんですかねー」
「獣人の村が簡単に見つけられと思うか? ダンジョンを探索する人間どもに見つかんないよう、工夫されてんだわ」
狼獣人が説明するは、今の今まで、この山林に訪れる人間は幾人かいたが、そのほとんどはセネゴレアのトラップに引っかかって捕食されてしまったらしい。一部は山頂まで辿り着くも、獣人の村の入口は普通には見つけられず、精鋭でも発見は厳しいとの事。万が一、入口を見つけられても、そこには最後の砦を配備している。
「だから、ここで終わりだ」
その言葉は狼獣人とは違う、女性の声。狼獣人は咄嗟に私たち二人の元へ駆け寄ると、目の前に陣取った。斜面かつ、二メートル程の巨躯によって、その背は更に圧迫感が強くなるも、守られる側となると心強く安心感があった。背中に背負われている眠りかけてたスティルが、突然の動きでハッと目を覚ました。
「……先生?」
狼獣人が目を細めて見つめる先、林を縫って一人の人間が斜面を下ってやってきた。その顔は人でなく竜頭。背中に緑の翼を持っている人間の姿だ。背後には細長い尻尾が確認できる。半竜半人と言うのがしっくりとくる姿。恐ろしさとその一方、竜種の美しさも兼ね備えている。一つ気になる点があるとしたら、翼に見合わない小柄さだろうか。見立てでその身長は凡そ150センチ。小学生程の背丈だ。
「人間の引率とは、これ如何に」
「まー、こうなるとは予想してたんだが……」
狼獣人はため息を吐くと、背負っていたスティルを私へと託した。もふもふとした毛並みが背中に乗っかかり、少しばかしの幸せを感じてしまった私は犬が大好き。スティルも、何の抵抗もせずに今度は背負われてくれている。これがまた心開いてくれたのか、嬉しかったりするんですわ。
その前で、狼獣人と竜人が見合う。
「道を空けろ、テディルタ」
「冗談でしょ、断っちゃうね。通りたくば、人間を殺せ」
「んー、俺は別に殺してやっても良いんだが……教え子の頼みは無下にはできないもんでねえ!」
テディルタという名の竜人の提案を払い除け、対立する狼獣人。テディルタはそれを聞いた後、口を大きく開くと、かろうじて聞き取れるかどうかのモスキート音のような、高周波の鳴き声を発した。
「女ッ! スティルをしっかり背負っておけよ!」
狼獣人は私へそう伝えると、突然、側に生えている竹を掴み、無理やりへし折って手にする。そして、手にしたその竹を力の限り投げ飛ばした。明後日へと飛んでいった竹は、こちらへと飛んできていた大岩に突き刺さって対消滅する。テディルタがいる位置とは異なる、どこからか投げ飛ばされた大岩。狼獣人が竹を飛ばした方角、斜め後ろの方角を確認する。しかし、何者もいる気配も姿一つない。
「よぉ、やる気か?」
「いいね、門番は退屈なんだ」
手を伸縮させて、軽く準備運動をし始めたテディルタ。それから、ゆっくりとこちらとの距離を詰め始める。狼獣人は、私たちと戦闘した時のように、息を吸い込んで吐き出し、自身の身体を縮めた。草原で会った時よりも縮んだ背丈は凡そ160センチ程となった。
「『生体縮化』と言ったね? 負担かけ過ぎて脱水症状になっても私は助けないよ?」
「お前相手に三割じゃ釣り合わないからな」
そうして、二点間が二メートルを切った時、狼獣人は地面を蹴って駆け出した。それに合わせ、テディルタは身を翻し、自身の尻尾を狼獣人へと凪いだ。またも、後方に風圧が発生し、私とエシは吹き飛びかける。いや、私は吹き飛んだが、背後の竹に引っかかって滑落せずに済んでいる。
「とんでもない事になってんですけどぉおお!!!」
「師匠! 何か下から来てます!」
「わっつ?!」
風圧で吹き飛ばされないよう、竹にしがみついているエシが下りを指指す。そこには、薄明かりに照らされて、巨大な影がいくつか見えた。目測で三メートル強の、四足と二本の棘。狼獣人の説明で聞いていた、この山林にのみ生息する捕食者『セネゴレア』だ。しかし、普段は大人しく擬態していて、複数体が一度に歩き出す事はないはずである。
「エシ、動ける?!」
「師匠、自分はもう、インクは出せそうにないです!」
「なんとぉお?!」
物理で倒せそうな相手ではない。エシではなく、私が相手しなければならない。だが、背中のスティルを背負っていては動くに動けない。エシに背負わせるにしても、上の方でやり合っている獣人たちが巻き起こす風圧で、急斜面を歩くのもままならず、エシの元へは行けそうにない。その間も、下からはゆっくりとセネゴレアたちが登ってくる。
「スティル、自力で背中にくっついていられる? ちょーっとお姉さんはアレの相手しなきゃいけないらしいから」
「うん、何とか頑張るよ」
スティルは自力で私の背中にくっつく。負傷者に無理させて申し訳ないが、このままお陀仏する訳にもいかない。私はフリーになった両手で展開した長筆を握る。
狼獣人とテディルタの移動による風圧、その勢いを利用する事にした。風は上から下へと吹き込んでいる。私は長筆に水属性のインクを溜め始めた。数十秒、インクを溜め続けて限界出力で放つ。
「自然の脅威を喰らえ! 幻想色彩・深海激流!」
広範囲を埋めるように長筆を薙ぎ払い、溜めた水属性インクを放出する。それは斜面と風圧を乗せて土砂流となり、セネゴレアを巻き込む。巨体はその激流には抗えず、斜面を転がって視界から消えていった。
「ししょーーーッ!!!」
「一件落着!」
後は、上の方で激戦を繰り広げている二人が収まるまでは、竹にしがみついて滑落から耐えるだけである。
遠目で見て、その次元の違う戦闘に圧倒された。互いに拮抗した実力、攻撃も防御も抜かりない。草原地帯での戦闘は、ほぼお遊びだったと知る。無事に生きて帰れそうにないとは思ってたので、万が一には自力で逃げようとも企んでいたが、これを見てはその策も無謀だと思った。うわぁあああ、帰りてぇえええええ……。
「きっと、みんなも分かってくれない」
背中に張り付いているスティルは、激戦を目の当たりにして弱々しく呟いた。
「お姉さんに会うまでは、人間はみんな悪いやつだって思ってたんだ。でも、違かった。人間にも良い人がいるって。でも、村のみんなは信じてくれない」
さりげなくお姉さん認識になっている事に関して、私としては嬉しいところだが取り上げるべきではないだろう。人種差別、ネイゲル族の件があって、良く理解出来る。獣人族と人間を隔てている壁について。互いが相手を知ろうと一歩でも踏み出す意志が無ければ、外敵という認識止まりである。
「……だから、お姉さん。逃げよう!」
スティルは私へそう提案した。
「先生とテディーが戦ってる今なら逃げれるよ。僕があんな所まで行ったから、二人を巻き込んじゃったんだ。二人なら、きっと僕たちの事は言わないでくれるって信じてるから」
そう言うと、スティルは背中から下りて、竹にしがみつき直した。こちらへ愛想笑いを振ってくれてはいるが、包帯越しに滲む血が痛々しくて、無理しているのは良く伝わった。
「師匠、そいつの案に乗りましょう!」
隣で同じく、竹にしがみついて風圧を凌いでいるエシが風にかき消されないよう叫んだ。選択肢を出されると悩んでしまいがちな私は内心で、どうしようかと右往左往していた。
そうして悩み続けると、竹にしがみついていたスティルの表情が見る見るうちに悪くなっていくのに気づいた。一旦、考えはなしに声をかけようとした瞬間、スティルは手を滑らせて竹を離してしまった。小さな身体は風圧で容易く持ち上げられ、吹き飛ばされる。私は慌てて手を伸ばすも掴みそびれた。
「どぉおおおおりぃゃああああああ!!!」
「っ?! エシ!?」
スティルが吹き飛ぶ様を見て、エシはしがみついていた竹を蹴り、跳躍。滑落するスティルをキャッチした! しかし、跳躍に加えて風圧と急斜面によって加速した勢いを殺す事はできず、エシはスティルを抱き抱える形で斜面を滑落し始めた。
「おおっと、一時休戦だ」
狼獣人と戦闘中のテディルタは、滑落していく二人を目の端で捉えると、両翼を広げて空へと飛び上がった。瞬間、ここ一番の風圧が巻き起こる。狼獣人も地面を鷲掴みにしてその風圧から耐えていた。
飛翔したテディルタはすぐさま山林へ急降下すると、滑落しているエシを見つけてその身体を掴み取った。数十メートルを滑落し、全身土で汚れたエシとスティル。二人の身体を持ち上げたまま空を飛行し、私たちの元へと戻ってきたテディルタ。飛翔から約二十秒、まるで数センチ先にあるリモコンを拾いに行くコタツニートのように、迅速かつ丁寧な救出劇だったが、この度の例え話が全く共感されない件について今度、謝罪会見を開く予定ですのでご来場ください。
そんな会見を無視して、私はエシとスティルの元へ。数秒の滑落でズタボロボンボンになったエシが、ピースを向けていて一安心。
「師匠、無事生還しました!」
「エシィ〜ッ、お前ってやつは良い奴じゃあああん!」
なんて学生ノリでグリグリしたり。エシは照れ恥ずかしそうにはにかんでいた。
「……助けたの私なのだが」
休戦し、トラブル一つ解決して、成り行きで四人が一塊になっての対談になった。
「んで、テディルタ。通してくれよ、なあ?」
なんて狼獣人は、テディルタに肩を組んで冗談めかして言う。それを鬱陶しそうに払い除けるテディルタ。
「人間を信用しない。信用はしないが……身を呈してスティルを守ろうとした、その事実だけは信用に値する。勘違いのないよう、重ねて言わせてもらうが、信用はしない」
テディルタは指を二本突き刺して、口酸っぱく人間へ言い連ねる。
「私の意思はワキガ野郎に託す」
「よぉし、分かった。お前、覚えておけよ」
「人間、君たちが粗相を犯す時、その始末をこいつに任せた。くれぐれも、お気を付けて」
こうして一悶着の後、獣人の村の門番ことテディルタの了承を得た私たちは先へと進む。狼獣人はスティルを背負い、その後を私たちはついていく。テディルタに背後から不意打ちでもされないか、少し進んだ後に一瞬振り向くと、テディルタの鋭い眼光で見つめられて怖気付く私は、足早に先へと登っていく。その表情に何が宿るか、人の心を読めない事に定評のある私にはそれを知る事はできない。少なくとも、まだ人間に対して恨みつらみはあるだろう。本当は今すぐにでも殺したいと、そう思っているのだろうか。そんな答えの見い出せない問いを考えるのはやめよう。
それから山林を少し登った所、切り立つ断崖に当たった。目測、およそ三十メートル。ほぼ垂直で掴み所も少ない断崖は、クライミングを習得した所でどうにもなりそうにない。山頂へ行くには、断崖を迂回して別の道を進む必要がある。
「到着だ」
狼獣人はそう言った。当初予定である目的地『村』の姿も、人け一つもない。周囲を見渡しても後ろに広がるは、林と急斜面だけ。
私は肌寒いものを感じた。狼獣人が背負うスティルの寝顔を見て、ふと脳裏を過った最悪のシナリオ。教え子を思う教師と言った関係性のスティルと狼獣人。教え子の頼みを聞き入れ、私たち二人をここまで生かしてくれた。では、スティルが眠りについた今であれば、私たち二人を殺す事に躊躇いはないのではないか。後に、目を覚ましたスティルには『無事に帰した』などと虚言の一つでも吐いておけば、万事解決ではないかと。情報漏洩を未然に防ぎ、いつも通りの日常を過ごしてゆける。
私はいつでも戦闘体勢に移れるよう、魔納具の展開を準備しておく。真っ当に相手すれば百負ける相手。狼獣人の動作を視察し、タイミングを図る。目の前で背を向ける狼獣人を見ながら、来るかもしれない可能性に、緊張で唾を飲み込んだ。冷や汗が滲み出る。
「んまあ、そう思われても仕方はないんだが……安心しな、今は殺さねぇよ」
狼獣人は振り向き、笑顔でそう言った。……心を読まれてしまった。ここで一句。
『プライバシー、主人公には、ありません』
狐火木ノ葉、心の俳句。
こんにちは、星野夜です。エアコンの効いた部屋でYouTube見ながらダラダラしています。世間は夏休みでフィーバータイムだろうが、ボッチの私には関係ありません。海? 夏祭り? 無縁の人生ですね。ええ、虚しくはありませんよ? 誰がなんと言おうと、僕は虚しくありません。虚しい。
さて、今回は最後の砦テディルタのご登場でした。半竜半人の獣人とかいうハチャメチャなステータスですね。獣人村の門番として、山中の監視を任されているそうです。後書きで説明する話じゃないんですが、竜人族という種族とテディルタは別族になります。細かくは説明を省きますが、彼女はあくまで獣人族です。複雑ですね。判断方法があると言いますが、人間の僕には知らないところですねー。
これ以上、彼女について深堀をすると殺されかねないのでそろそろお暇させて頂きますね。
あぁ……海行きてぇええ。




