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第6話『獣人』

 昼下がりのダンジョン地下四階層草原地帯。近くには煙が薄らと立ち上る活火山が見える。周辺は過去の噴火による火砕流で植生は飲み込まれ、なだらかな岩肌を形成している。その上から、ポツリポツリと新たな植生が生え始めていて、現在は草原の発展途上と言った景色だ。薄毛に悩む三十路後半の頭皮と言えば、君たちには親近感が湧くだろうか。そんな事、言葉にすれば読者の反感を買う事は明々白々である為、この例えは私の中で秘めておく事にした。

 そんな私は狐火木ノ葉。フリューゲル被災の支援に、ダンジョンに乗り込んで薬草類の採集を目的に探索中。

「師匠! そろそろ良いかと思います!」

 金髪の男が私へと声をかける。彼は唐突に私の弟子入りを志願し、ダンジョン探索へと同行中の仲間、エシである。布を継ぎ接ぎして作ったようなカラフル模様のシャツ、長いスカートみたいなズボンを履いていて、絵の具で鮮やかに汚れたカーディガンを羽織っている。視覚に訴えかける鮮やかの権化、明らかな画家の男。頭に被る画家帽がそれを裏付けていた。

 今は昼休憩中である。先に狩ったガイプノッツと言う、豚のような体型をした生物を使って昼食の支度をしていた。環境下、焚き火に使えるような木材はなく、ガイプノッツの表皮とポツポツ生えている植生を利用して簡易的な焚き火を作った。ガイプノッツは表皮に岩を纏っている為、その岩を外して組み上げれば、小さなコンロができる。キャンプなどで、レンガブロックを組んで作られるバーベキューコンロの模倣。レンガブロックのように平らではないので、ガタガタとしてはいるが使えないことは無い。高さ三十センチくらいの、岩のかまくらと言うのがしっくりとくる見た目。そのかまくらの中に植物を突っ込むと、そこに火をつければ鉄板の役割を果たす。ジンギスカンの鍋のようである。岩のかまくらは、素材の無骨さ故に噛み合わせが悪く、所々に穴が空いている為、空気循環には最適で火は良い具合に盛った。擬似ジンギスカン鍋でガイプノッツの肉を焼き、ちょうど今完成した所。以上、そのほとんどをエシが支度した。何せ、動物を捌いた事なんてない。エシが迅速に器用に分解してくれた。

「さすがは我が弟子! 恩に着るよ!」

「師匠、やめてくださいよ。自分は肉を捌いただけです。師匠の火がなければ肉一つ焼けない役立たずなんで!」

 そうして完成したガイプノッツの骨付き肉。漫画やアニメでしか見れなかった光景を目の当たりに、私は謎に感極まっていた。少年たるもの、一度は骨付き肉に憧れを持つものだ。私はそもそも少年ですらないが、心には『友情・努力・勝利』を刻み付けている。故に少年。今の時代、その三原則が生きてるかどうかは知りもしないが、どちらにせよ、目の前のフルーティー芳しい骨付き肉に魅了される事に変わりない。

 だだっ広い草原と頭上を覆う青幕の下で、私とエシの二人は昼食を取る。その圧倒的キャンプらしさに、どこか懐かしい気持ちになった。小川でひと泳ぎしたり、夕暮れの森の中でカブトムシとか探したりしたくなったのは私だけだろうか。そんな事はどうでも良いが、今日も今日とて肉が美味しかった。

「……ん、良い味付けじゃん、エシ」

「いえ、何も付けてないです。恐らく、ガイプノッツの汗成分が塩味を引き出しているのでしょう」

 ……ちょっと食欲が削がれたのは言うまでもある。

「あのさ、エシ」

「はい、なんでしょう?」

「何で筆使いになったん?」

 骨付き肉を食べながら、私はエシに訊ねる。ダンジョン探索には専用職を別で用意出来る。商人職などの非戦闘職につく者が、ダンジョンに乗り込む場合に選択が可能との事。画家のエシは別に、筆使いなんて言う難度の高い職ではなく、剣士や銃士などの汎用性高い職を新たに選ぶ事ができただろう。それでも、筆使いにこだわる理由が気になった。

「自分、ある画家に憧れて絵を描いているんです。幼少の頃から、父のアトリエで絵をたくさん描いてきました。この帽子も、父からの譲り受けたものです。この画家帽を被っていた人は、筆一本でダンジョンを走破したと聞きました。彼の描く絵は、ダンジョンからインスピレーションを受けて作られた産物で、自分はそんな絵画に感銘を受け、その画家を目指して絵を描いています。だからこそ、同じ境遇を経験したいと、筆使いを選んだんです」

 エシは自分の画家帽を手に、思い出を掘り返すように言った。全身カラフルで金髪で輩臭のするヤリラフィーかと思っていた私だったが、エシの信念を聞いて印象が変わった。もっと単純明快な理由とかを想像していた分、そのギャップに感心してしまったのだった。

 すると、エシは筆を片手に立ち上がった。まだ昼食を食べ始めたばかりで、焼けた肉は余っている。

「師匠! 来ます!」

「え、何が──」

 瞬間、エシへと何かが飛びかかり、エシはそれに合わせて筆を振り下ろして弾く。咄嗟の振り向きざまには、俊敏で何が飛んできたか視認はできなかった。弾かれて、遠くに飛び退いたそれは、四足で草原の上に立っている。私は慌ててエシの背後に回り、その存在を確認した。

 茶色の毛並みと、黄色の眼光。鋭い爪を生やした生物。一目見て理解する。四足で立つ姿には釣り合わない、シャツと上着、そして首輪をしている様。ただの野生生物ではなく、人の骨格が混じった様は獣人の類だ。犬の姿を模したフォルムの獣人。毛を逆立て、牙を剥き出しにしながら喉の奥を鳴らしている。

 エシはその姿を見て、険しい顔付きをしていた。

「……獣人?! 獣人なんているの?!」

「師匠、これは大スクープですよ! 獣人の生き残りがいた! フリューゲルに戻ったら、この事をすぐに報告しなければ! 害獣駆逐は終わってなかった!」

 エシの言葉に、私は引っかかりを覚えた。害獣駆逐、まるで過去に行われていたような物言い。

 目の前の獣人は威嚇しながら、ジリジリとこちらとの距離を詰め始める。エシは長筆を構え、敵の接近に対応。その背後で、私はある事に気づいた。獣人の着る赤色のシャツ、肩から腹部へかけて斜めに切られている事に。シャツは獣人の鮮血で赤色に染まっている。先程のエシとの相対の際にできた傷ではなく、少し前に付けられた傷だ。獣人を襲った何かがいるんだろう。害獣駆逐と言うように、フリューゲルでは獣人を絶滅させようとする動きがあったと思われる。その関係性に私は、ネイゲル族の存在を連想した。

 私は魔納具から長筆を取り出し、エシの前へと出る。獣人は一定距離を保っているらしく、その動きに合わせて少し後ろへと下がった。いつ飛びかかられても良いように警戒はしつつ、私は獣人へと声をかけた。

「話をしよう!」

 獣人の存在について深くは知らないが、服を着る行為に知性が伺える。そこらの野生動物とは違い、話し合いが通ずる相手。無駄な争いは避けて、話し合いで解決が最善だ。

「話す事なんてない!!」

 獣人はそう叫ぶ。しっかりと伝わる言語。声質は幼い少年の、甲高くて頼りない感じだ。背丈を見てもそうだが、明らかに未成年の雰囲気が出ている。

 変わらず喉奥を鳴らし続ける獣人だったが、身体は限界を迎えたのか、その場に突然崩れた。胸の傷による出血が原因か。

「そのまま地獄に落としてやる!!」

 エシはチャンスとばかりに、獣人へと長筆を振ろうとしていたので、私はその行動をすぐ静止させる。

「師匠?」

「エシ、一つ約束して」

「はい、何でしょう?」

「この子の事、つまり獣人族の生き残りの件は、黙っておいて」

 このままいけば、エシはフリューゲルに戻り次第、獣人族の件を報告する。恐らく行われていたのだろう害獣駆逐は、獣人族殲滅は再起する。私はそれを止めたいと思った。私には関係の無い話だ。それでも、怪我をして倒れる獣人を、私は見放せなくなった。あの日救えなかった命を上書きするように。

「え、い、いや、それはまずいですよ!!」

 エシは理解不能な言動に狼狽えていた。ネイゲル族の件を知った私からすれば、その驚愕は当然に思える。これがフリューゲルの中での出来事なら、私も諦めがついたかもしれない。だが、ダンジョン内で二人だけが知っている現状であれば、目の前の獣人を救う事が出来る。

「私のわがままに付き合ってよ、エシ」

 私はエシの手を握り、エシの目を見つめて頼む。普段は絶対にしない色目を使って。いや、もはや色気もクソもないのだが、エシの首を縦に振らせる事ができるのであれば、お色気一つもったいぶらない。

「……あ、は、はい、師匠、分かりました! 分かりましたから!」

 エシは顔を赤くして目線を逸らし、慌てて肯定してくれた。私もまだまだ捨てたものでは無いと実感できた18の昼。二の型『泣き落とし』は今度のために取っておこう、そう思う私だった。

 さて気を取り直した私は、倒れる獣人の前へ。獣人はまだ意識はあるようで、倒れてもまだ動こうと両手の爪で地面を掴んでいる。

「私は君を殺そうなんて思ってない」

「嘘だ! お前たちはみんな、嘘つきだ!!」

「……種族間のいざこざとか、差別とか、そんなのはどうだって良いよ。私は、私のエゴを押し付けて、ただ君を助けたいだけ。犠牲になる命も救える命も、そこに明確な差ってないから。私は手の届く範囲で救える命を救いたいと、そう思うだけだよ」

 嘘偽りは無い、本心からそう思う。その反面、私の身体は恐怖と緊張でカタカタと小さく震えていた。目の前の獣人に襲われてもおかしくは無い。鋭い爪と牙に瞬発力の出る体躯。襲われたら一溜りもないだろう。目の前で負傷し倒れる獣人を見て、そんな事を思う私はつくづく酷い人間だと思った。

「殺す! 殺してやる!」

 獣人は息を荒立て、喉を鳴らしながら叫ぶ。どうすれば良いか、ネイゲル族の時と同様、この壁を越える為にはどうしたら良いのか。私は考える。

 そして一か八かの選択に賭ける事にした。無い頭に考えつく手段はこれくらいしかなかったが、正直怖くてたまらない。覚悟を決める。

 私は倒れる獣人の手を取った。ふわりとした毛並みと隆起する筋肉を感じる。そのまま両手を掴んで一旦しゃがみこみ、倒れる獣人を背負って立ち上がった。じんわりと背中に血液が滲んで暖かくなる。獣人は身体を動かすほど力は残ってないようで、口を開くと私の左肩に噛み付いた。弱っているとはいえ、鋭い牙に噛み付かれるのは激痛だ。

「師匠!!」

 エシは私の背から獣人を叩き落とそうとするが、それを静止させる。

「いったいなあ、あははは……。それじゃあ、行こっか。君の仲間がいるとこに」

 噛む力が少し強くなり、左肩から血が伝う。とても辛い。例えるならば、無数の針が突き刺さる感覚が左肩に走っていた。

「師匠、そのままでは肩が……」

「エシ、私はこの子を仲間の所に送り届ける事にしたからさ、ついてきてよ」

 エシは私を怪訝な目で見るも、一旦は飲み込んでくれた。

「下ろせ!! 下ろせよ!!」

 反抗する程の力は残っていないらしく、背中に背負われたまま喚いている。肩を噛まれるよりはよっぽど良い。

「下ろさないよ。だって君、このままだとどのみち出血で死ぬんだよ?」

「そうやって仲間の場所を知ろうとしてるんだろ?! 騙されないぞ!!」

「じゃあ、ここで死ぬつもり? 私は死ぬのが怖いよ。仲間とも二度と会う事なく、一人死んでいく。そんなの嫌じゃん? 君は違うの?」

 そう訊ねると、獣人は黙った。肩に噛み付く事もしない所、もう反抗する気はなくなったか、反抗するほど力が残ってないか。彼を救うには彼の言葉が必要だ。彼の運命は彼に握られていて、皮肉な事に、その命を私たち敵側も握っていると言える。彼にある選択肢は二つ。


・自分の命を犠牲に仲間を守る。

・我々を信じ、仲間の元へと戻って治療を受ける。


 彼視点で言えばこの二択だ。これを押し付けるのは酷だが、選んでもらうしかない。

「いい、お前達の手は……借りない」

 しばらくの間の後、獣人はくぐもった声でそう呟いた。自分の身よりも仲間の安全を優先し、かつ自分の力で帰ろうとするつもりだろうか。

 私はその答えを聞いて、獣人をその背から下ろす。地に足をつけた途端、獣人は崩れるように膝から落ちた。胸部にできた傷からはまだ血が滲み、身体を伝って地面にポタリポタリと落ちている。意識的に空気を吸っては吐く行動を繰り返していた。第三者目線で見て分かるくらいに衰弱している。

「エシ、包帯とか持ってたりする?」

「先程捌いたガイプノッツの表皮が、包帯の代用として使えますね」

 私はエシに頼んで、ガイプノッツの表皮を持ってきてもらう事に。エシはナイフで表皮を帯状に切断し、包帯を拵える。

「師匠、微量ではありますが、薬草が生えてましたので、これもどうぞ」

 エシはその場に生える草の中から薬草を見繕い、表皮の包帯と一緒に渡してくれた。私はその薬草と包帯を持って獣人の前へ。

「……なんだよ」

 目線だけを私へ向ける獣人。弱っているからか、威嚇もする事なく、ただその場で留まっている。

「傷の処置ぐらいは良いでしょ。ほら、傷を見せて」

「いやだ」

「君は、仲間に及ぶ危機を防ごうとしたから、さっきは断ったんでしょ? じゃあ、処置の一つは良いじゃん」

「どっかいけよ」

「頑固だねぇ、君って奴はー。ほら、遠慮しなくていいんだから、お姉さんに任せなさいよ!」

「や、やめ、やめろ、ちょ、何する気だ──」

 もはや問答無用で処置してやる事にした。反抗する力はもうないと踏んで。薬草を傷口に抑え、包帯をグルグル巻いてくっつける。消毒と止血程度にしかならない処置だが、ないよりよほど良い。獣人は口だけうるさかったが、結局処置されてまう。ぐったり疲れた様子で地面に寝転がっていた。

「ふぅーぃ、よしよし、いい子だね! 育ちが良かったんだろうね、うんうん!」

「師匠、こいつめちゃくちゃ口悪かったですよね?」

 エシの見る目は冷徹で、何だかんだ手伝いはするも、内心では軽蔑している感じだった。獣人に関して、一体何があったかはまた今度聞くことにしよう。

「じゃ、私たちは用事があるから、もう行くね。そこに、焼いた肉とかあるから食べとくと良いよ。血が足りないでしょ?」

「師匠ぉー……」

「良いじゃん、余ってるし! じゃ、そういう事だから、じゃあね」

 必要最低限の手助けにはなっただろうか。余計な世話? 偽善者? 上等。やらない善よりやる偽善、とは良く聞いた言葉だ。綺麗事抜きで言えば、獣人の子供を見た時、なんて言うか、その、下品なんですが、フフ…………勃──

「じゃあ行こうか、エシ!」

「はい!!」

 昼食そこそこに、私とエシは再び採集へと向けて歩き始める。その姿を、獣人は黙って見届け、そして眠りについた。


 岩肌の露出する草原を、薬草集めをしながら進み続ける私とエシ。進む事に植生が少しづつ増え始める草原、そして森林にぶつかった。ダンジョン地下四階層森林、その入口前。薬草がある程度詰まったバックを手に、私たちは立っていた。

「師匠、一旦帰った方が良いかもしれません」

「確かに」

 私たちの目の前には数十を越す大木が、散髪されたように綺麗な断面を残して切り落とされていた。その全てが同じ高さの切り株で、まるで巨大な刃か何かで一度に伐採されてしまったようだった。広範囲を一気に攻撃できるようなモンスターが出現したのだろうか。さすがにエンカウントは避けたい。

「薬草はそれなりに集まったし、これはちょっと足を踏み入れる気はしないから……帰ろうかー」

「少し、確認したい事があります」

 エシはそう言うと、切り落とされて乱雑に転がる幹を踏み越え、周辺を確認した。何か見つけたのか、こちらへと手を振っているのでエシの元へ駆け付ける。

「師匠」

「……血痕?」

 切り株と倒木の中、乾いて黒く変色した血痕が残っていた。頭の中では、真っ先に獣人の姿が直結した。あの獣人は、何者かによってこの場で攻撃を受け、傷を負ったのではないかと。単に別の生物の血痕の可能性もある。

「良く見てください、血痕と、その近くに散っている獣毛を」

 エシにそう言われて気づく。茶色い動物の毛が僅かに残っている。やはりか、あの獣人の毛ではないだろうか。可能性は高いだろう。あの大怪我で長距離を移動してきたとも思えない。怪我をしたとしたなら、この場が最適解だ。それならば、この周辺にはそれ相応の力を持った生物が闊歩している事になる。

「地下四階層で、これほどの力を持ったモンスターはそうそう居ません。ダンジョン生還率低下に何か関連がありそうですね」

 辺り一面の切り株を見渡しながら、エシはそう推察する。その中で、私はここまでの道中を振り返り、地平線の荒地を凝視していた。荒地から草原を渡って森林のある山中まで、開けた土地で障害物は特になく、道中は淡々と真っ直ぐ進んできただけ。

 ふと頭に過ぎった最悪のシナリオを私は飲み込む。それは可能性の一つで、イフ世界の話。ここで取り上げる必要も無いと、自己都合の解釈で事を忘れる。こういう所が社会不適合者と呼ばれる所以だろうか。いや、呼ばれた事はないんですが。

「いやいやいやいや、まさか、そのまさかだよ、冗談じゃない! じゃ、帰ろうか、エシ!!」

「え? あ、はい!」

 踵を返して帰路へ着く。これ以上の探索は日を越し兼ねない、加えて猛獣の陰がちらついている為、避けておいた方が良い。クエストの採集に関しても、目的は達成済みである。後は無事に帰るだけなのだが、やはり気になって離れない存在を、帰路の道中で確認しに行く。ついでに、あくまでついでに。


 さて、日は傾いて空が少し赤みを増す頃。昼休憩に留まっていた地点まで返ってきた。火の消えた焚火痕と黒く焼けついた岩のコンロ。こびり付いた肉片を残して骨になったガイプノッツ。そして、その近くに丸くなって転がっている獣人の子に、複数匹の鳥が屯していた。それを見て一気に血の気が引き、呼吸が止まった。

 慌てて私は鳥たちを払い除けると、獣人の子が寝息を立てている事を確認してホッと一息ついた。残しておいた昼食も手をつけてくれたらしく、何本か近くに骨が転がっている。

「そんな奴をなぜ、気にかけるんですか?」

 じとりとした細目で怪訝そうに私へ訊ねる。その声は、隠しきれない怒りのようなものが滲む。エシは、私の行動が理解出来ずに戸惑っていた。

「質問を質問で返すけどさ、エシは獣人に対して何か恨みでもあるの?」

「獣人は人間を脅かす存在だった。害獣駆除を実施して、人々はその危機を脱しました。その生き残りが今、目の前にいる。摘み取れる危険はすかさず摘み取るに限りますから」

 建前か怨恨か、詳細まで聞く気にはなれないが、エシの言い分では他種族間で争いがあったと考えられる。果たして、その真相は分からないが、人種差別があったのは確実か。

「私は……ネイゲル族に一度、命を救われた事があってさ。自分の命に危険が及ぶと分かっても尚、他種族に救いの手を差し伸べる。そんな子を私は一度、自分の保身で裏切った。そりゃそうだよ、みんながみんな、自分が可愛くて仕方ないんだもん。そんな自分が惨めで悔しくて、死にたくなった。自分よりも小さな子が、自分よりも勇敢で優しかった。人種がどうこうじゃない。その志に、私は敬意を表するよ。私は、そんな強い人間になりたいから『救えるもの』は救っていく。後悔のない人生を歩みたいからね」

 ニコリと笑顔で自論をぶつけてみる。エシに押し付けるのは違うが、弟子と師匠の関係柄(仮)、互いの意見に相違があるのなら、解消なりしなければならない。分かり合えなければそれまで。その壁こそが差別の形であり、個人が無理に捻じ曲げられるものではない。

 エシは私の発言を受けて、気難しそうに眉をひそめた。口元に手をやってしばらく長考が続く。

「ははは、なーんて言ってみたりね! まあ、私の勝手な意見だし、別に理解とかしなくてもね! 人それぞれだしね!」

 気まず過ぎて愛想笑いなんてしてしまう。言い訳とか保険とか入れてしまう。コミュ症ならではの空気ブレイクである。オススメはしません。この後に相手側が納得してくれる確率は低い為、この行動によって張り詰めた空気が湿気るからである。しかし、こうでもしないとコミュ症の心臓が持たないのである。悲しい生命体、それがコミュ症。ああ、虚しくなっちまうよ。ああ、取り繕っていたいな。

「師匠、この事は二人の秘密にしましょう」

 エシはそう言った。そこには、曇りひとつ無い晴れた表情のエシがいた。自分なりに飲み込んでくれたのだろうか。

「やっぱり師匠は師匠ですね師匠」

 もはやそれは師匠である。

「…………何しに戻ってきたんだよ、人間」

 私たちの話し声で起きたのか、ゆっくりと腰を上げる獣人。むすッとした顔を見せるも、以前のように喉奥を鳴らして威嚇する事はなく、少しだけ落ち着いている。

「いや、ちょうど帰る所でさー! 薬草集めに来てたんだけどね、ほら」

 私はバッグに詰まっている薬草の数本を取り出して、獣人に手渡した。

「大丈夫? 一人で帰れる? お姉さんが引率してあげようか?」

 キラキラした眼差しを獣人に向けて返答を待つ私の姿に、獣人は顔を逸らして断った。子供ならではの素振りの一つ一つがこれまた可愛いんですよね、分かりますか? それに加えて小動物感の、守ってあげたいという母性を刺激してくる。さしずめ愛おしい。その荒っぽくも繊細なモフっとした毛並みに顔を埋めて猫吸いしたい。多分、犬だと思われるので犬吸いになるが、それもまた乙というもの。触れたい撫でたい触りたい、そうしたい。

「師匠、全部口から漏れてますよ、本心」

「はぅっ?! 私とした事が!!」

 エシによって妄想から引き戻された私が、ノンフィルターで見つめると、獣人は苦虫を噛み潰したような顔で引き攣っていた。心做しか、少し身を引いているようにも見える。世間ではこれをドン引きとか言うらしい。

「いい? 気をつけて帰るんだよ? 何やら向こうでは、危険なモンスターが潜めているみたいだしね。無事に家まで帰るんだよ? お姉さんとの約束だ」

 顔を背けているのをいい事に、ポンッと頭を一回だけ撫でてしまう。考えるより先に身体が勝手に動いた。触れた瞬間に理性を取り戻した私は、また噛み付かれてしまうのではないかとドキッとしたが、獣人は目を丸くしているだけで特に反撃はなかった。その驚いている表情もまた可愛いのであった。食べてしまいたい。

「師匠、そろそろ行きましょう。暗くなってしまいます」

 エシにそう言われ、私は決心する。名残惜しいが、いつまでもいる訳にもいかない。

「じゃあ、元気でね」

 一声入れると、私はエシと共に再び歩き始める。時刻的に、地上に着く頃には薄暗くなっているだろう。あくまで何事なくたどり着ければ、の話だった。四階層出口のある洞穴へと歩き始めた私たちを目掛け、急接近してくる存在に気がつく。

「師匠!」

「おっけー、分かってるよ!」

 私とエシは二人、長筆を展開して構える。砂煙を上げながら接近する存在は瞬く間に距離を詰めると、そのまま私たちを巻き込もうと突撃してきた。私とエシは互いに左右へ別れて飛び退く。二者間を突き抜けた存在の起こす砂煙と風圧で、私とエシは身体を持ち上げられて数メートル飛ばされた。

 本体には当たらなかったが風圧だけで軽く吹き飛ばされた私は、巻き上がった砂煙の中をゴロゴロと転がって無事不時着。それは無事では無いのではないかなどは今はどうでもいい。吹き飛ぶ事に慣れていた私は、転がる事で慣性を殺す事ができる。散々、自身の技の反動を受け続け、吹き飛ばされ続けてきた主人公に備わった技術だ。

 回転の勢いを利用しながら立ち上がり、長筆を構え直す。砂煙の中でうっすらと何者かの影が見えると、その影がこちらへ接近してきた。その接近スピードに対応すべく、緊急回避と砂煙を取り払う事も兼ねて、長筆から火属性の炎柱(バーナー)を放つ。幸い、ステージは鬱蒼とした草原では無く、植生がうっすら生える活火山下の草原。火の燃え移りに心配いらない。炎柱の勢いによって更に後方へ転がりつつ砂煙を風圧で払い除けると、砂煙は薄れていき、その正体が明確になった。

「よぉ、お仲間が世話になったなあ!」

 しゃがれた声が心にもない言葉を吐き捨てる。今日中に帰れるどころか、殺され兼ねない雰囲気だ。

「う、うわあ! どちら様か知らないんだけどオユルシクダサーイ!」

 どうも、人生詰んだもん事、星野夜。見た目は大人、中身は子供、真実はいつも知らぬ。

 カフェオレ消費量が相変わらず激しい。カフェイン摂取量で競ったら中盤くらいには位置しそうなぐらいは摂取していると思われるが、中盤という曖昧な位置が誇れるものではない上、お前はカフェイン摂取を自重しろ。


 さてさて、獣人が登場しました第6話。狐火お姉さんは可愛いものに目がない。ウィンディーネをほっておいて、ギルド嬢に目移り、獣人に目移り、浮気性が疑われますが、別に誰も狐火さんと付き合っている訳では無いのでかろうじてセーフです。本人の志のヤワさについては触れませんが、本人が幸せそうなんでOKです。気持ち悪いとか気色悪いとか吐き気がするとか臭いとか恥ずかしいとか見ていられないとかエトセトラエトセトラ。皆様思う所があるとは思いますが、それは飲み込んで頂いて、次に進んでいただければなと、わたくしは思うのです。




狐火「えーっと、星野くん、だっけか? まあ、後書きなんていいから、座りなよ。お茶でも飲んで、話をしようや」


 次回、星野夜、死す!

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