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第5話『そんな事をしても意味なんてないのに』

 暗い部屋の中、鳥のさえずりで目を覚ました。早朝、フリューゲル観測所内の一室で、一人の男の子がソファーをベッド替わりに寝転がっていた。茶色の短髪と緑の瞳をした、ルフという名の少年である。観測所長の許可の元、関係者では無いが寝泊まりに一部屋を借りていた。

 ルフは重たい腰を上げて起床すると、寝床に利用していたソファーから立ち上がって、一度背を伸ばす。深呼吸を何度かして、寝起きで回らない頭の準備運動を始める。

 それから、机に置いたホルスターから武器の拳銃を取り出すと、込められた弾丸を一度排出。拳銃を簡易分解、メンテナンスを実施する。二丁分、一通りの清掃をして組み立て直し、排出した弾丸を込め、ホルスターにしまい直した。銃士の忘れてはいけない朝のルーティーンである。

 ホルスターを所定の太ももに取り付けて、外出の準備を整えたルフは観測所を後にした。その足で向かう先は、集会所前の大通りである。昨日の被災により、大通りは一時的に負傷者たちの病床代わりとなっていて、

路上に引かれたシートの上に大勢の重軽傷者が寝かされている。仲間であるウィンディーネもまた、そこに寝かされていた。ルフはその様子見をしに来たわけだ。

 ウィンディーネは眠っていた。砂埃に塗れ、服は所々が擦り切れていて、頭部には血痕が残っている。昨日から治療も、風呂の一つも入ってないその身体は、とても見るに堪えないものだった。物資不足の為、今は何もしてあげられる事はない。見守るだけである。

「……なんだ?」

 ルフはウィンディーネに気を取られて、しばらくその存在が目に付かなかった。ウィンディーネの隣、空いているそのシートの上に、一本の草が生えているのを見つけた。

「地面から、草?」

 ルフはその草をまじまじと見つめる。特段何も変わった所はないその草だが、昨日にはまだ生えてはいなかった。シートは昨日、引かれたばかりであり、伸びるにしてもかなりハイペースな成長である。おまけにシートを貫く程の屈強振り。ついで、石造りの大通りに生える草の生命力。雑草の類かと思っていたルフは、その草が薬草である事に気づく。神の気まぐれか、ウィンディーネの真横に唐突に生えた薬草。物資不足によって、治療もしてあげられなかった最中の奇跡。

 ルフはその薬草を引っこ抜こうとした。すると、薬草はシートと共に持ち上がった。根っこが抜ける感覚もなく、スっと持ち上がる薬草とシート。掴んで初めて、ルフはその異常に気がついた。

「シートから……生えてる?!」

 薬草は地面からではなく、シートそのものから生えてきていた。根っこは存在せず、シートと胚軸がまるで融合したように、断面がなく繋がっている。明らかな異常。前例のない生え方をする薬草に、ルフは戸惑いはするも、茎部分からちぎって薬草を手にした。ちぎると、シートに残った胚軸部分は一瞬にして塵になって消えた。不思議ではあるが、それよりも欲していた薬草を手に入れた事が上回って、薬草の発芽については考える余地はなかった。

 ルフはカバンを漁って小瓶を取り出す。透明な液体の入った小瓶。それは昨日、とある男性に貰ったアイテムである、千変万化の溶解液だ。合成素材によって様々な薬品に変化する液体らしく、突然手に入れた薬草を合わせれば回復薬が完成する。願ってもない好機だが、しかし問題が一つ。

「……合成って、どうすんだよ」

 合成という行為は、魔法だけに頼らずにアイテムの力を借り、より力を持ったアイテムに組み換え直す事ができる、工業に特化した職を持つ者たちが行う事である。武具職人やヒーラー、科学者など様々な分野で扱われる技だが、銃士のルフにとって合成など初心者所では無い。

「混ぜる感じでいいのか? いや、失敗して使い物にならなくなるかもしれねぇし……」

 ここに来て八方塞がりである。素材があるのに、合成できない。目の前に負傷者がいるのに、使用できない。薬草と共に皮肉がサービスで付いてきた訳だ。

「貸してみな」

 薬草と溶解液を持ったままのルフを見かけたある男性が声をかけた。声の方に目をやると、そこには昨日、負傷者たちの看病を手伝っていた、とある便利屋の男性の姿があった。

「仕事柄、合成の心得はある。完成品を売るより、素材から合成した完成品を売る方が利益が出るからな」

 ルフはその男性に素材を渡す。男性は溶解液の入った小瓶を開けると、薬草を小瓶に詰め込んだ。薬草は溶解液によって溶かされて煙が立ち始める。

「合成は素材同士の調和だ。魔力を通して、素材の情報を解き、組み替え直す。積み木みたいなもんさ」

 そう言うと、溶解液は一瞬だけ緑の光を放ち、薬草は完全に液体へと入れ替わる。瞬く間に、溶解液は見覚えのある薬品へと生まれ変わった。紛れもない、どこにでも売っているようなごく普通の回復薬である。

「ま、銃士の坊やにはまだ早い話だったわ」

 そう言って、ルフに小瓶を返した。

「……ど、どうも、助かったよ」

 バカにされてるのか茶化されてるのか、気に触るような発言。しかし事実、合成の方法も理屈も知らない銃士には反論も食い下がる事もできないので、その発言は飲み込んでおくことにした。

「あとはこれを渡しとくよ。貸しな? 貸し」

 男性はルフへと道具を一つ渡す。一見するとガスマスクに似ている道具。それは、回復薬などの液薬を気化させ、呼吸器から投与できるようにする魔法器である。意識がない者、眠っている者など、液体物を飲むことのできない病人に対して、呼吸からの吸収を促す事ができる。

 溶解液もそうだが、魔法器といい、色々とこの男性には世話をかけてしまい、何だかんだで頭が上がらないルフだった。

「……うん、ありがとう、本当に」

 ポツリと口から零れた感謝の言葉に、ハッと我に返るルフ。ブンブン頭を振り回して気持ちを切り替える。その様を、男性は訝しげに見つめていた。

「合成素材が薬草だったから、溶解液は回復薬になったんだが……解熱効果はないから、熱自体には作用しない。が、気休めにはなるさ。何もしないより良い。何より、魔力不足には持ってこいだ。解熱剤は、臨時で受け付けているクエストで収集してくると良いさ」

「そうだな、物資不足だろうし、狐火にも誘われてるしな」

「あぁ、そう言えばだが、付き添いの……狐火とやらは先にダンジョンに向かってたぜ」

「はぁ……あいつもバカなんだよ。ウィンディーネの事になった途端に理性が消えちまうんだ」




「バカとはなんだ、バカとは?! バカって言った方がバカなんだぞ?!」

 ダンジョン地下四階層荒地。晴れ渡る空と、草も生えない岩肌と私は狐火木ノ葉。

「師匠、どうしたんですか?」

 私の隣で弟子のエシがキョトンとした顔をしていた。

 今回引き受けた臨時クエストは、被災による物資不足を補うためのアイテム採集。しかし、ダンジョン地下四階層の荒地は植生が枯渇。薬草類は見当たらない。エリアを変えて、草原や森林と言った、植生のある地域へと移動を検討している最中だった。

「……エシ」

「何でしょうか?」

「今更なんだけど、何を集めたらいいんだろうね?」

「師匠、採集とかしないのですか?」

 全くしない。まず採集できる植物についてを知らない。私が知らないのだから、読者も当然知り得ない。聡明で賢能である貴方はご存知かと思いますが、野草は無知が採取するものではないと。その植物に毒性があるかないか、それは知識や経験がものを言う。

「まあ、師匠ほどの力があれば、薬草なんて無縁でしたね」

「煽りか? 煽りなのかあ?! 熱々なフライパンで煽っちゃうのかあ?!」

「ち、違いますよ! そんなつもりじゃないですよ、師匠!!」

 煽られているかいないか、そこに明確な差はなくてどちらでも良かった。いつも通りのお茶沸かし臍に至り。私を知らないエシにとっては、その発言が本気のものでは無い事は知る由もない。そして私は、エシが煽り発言をするようなキャラクターではない事を理解している。私とベクトル違いの馬鹿である事を察している。

「ん……今、馬鹿って言ったでしょ?」

「言ってません! 断じて!」

 さて、私たちは武器を片手に荒地をのうのうと闊歩している。洞窟内と比較して歩きやすいが、岩肌は大小ゴツゴツとした凹凸が続き、能天気な奴は足をひっかけてしまって擦り傷不可避と言ったところ。遠方に薄らと煙立つ活火山が目に見えるので、恐らくこの荒地は火砕流が冷え固まってできた環境だと思われる。

 今回引き受けたクエスト、被災につき不足するアイテムの補填。薬草関係が必要であるのは明確だが、そもそも金輪際薬草を使用した事などない。強いて言えば、どこぞの青髪の少女に無理やり服用させられた一度のみだろう。道中の傷は全て、ヒール魔法が使える悪魔のような少女に全て任せていた。つまる頼りはエシの知識のみ。

「そこで、私は薬草学に通じている、とある画家に話を聞く事にした。彼の名はエシ。薬草について彼の横に出るものはいないと、フリューゲルでは名の轟きが止まない」

「めちゃくちゃハードル上げるじゃないですか?!」

 エシは満更でもない様子だったが、物語の都合上、薬草について学があるらしかった。でなければ、所構わず草を根絶やしにしなくてはならないところだった。今思えば、何も考え無しに一人、ダンジョンに乗り込もうとしていた私はやはり、馬鹿であると言える。

 遠くの緑豊かな山が見える場所を目指して歩く最中、エシは今回のクエストで求められているアイテムについて話してくれた。その間、警戒は怠らない。開けた土地とはいえ、地下四階層。階層が下がる事に倍数で難度が上がるダンジョンの仕組み上、初階の約八倍程の難度。いつでも戦闘態勢を取れるように、武器は肩にかけておく。

「薬草に詳しくわけじゃないですが、知ってる限りでは────」

 エシは荷物から一冊のスケッチブックを取り出した。さすがは絵師である。エシはスケッチブックを開いて空白のページを見つけると、歩きながらペンでスラスラとイラストを描いて見せた。荒地の岩肌の上、ガタガタとした足場に全く左右されず、ものの数十秒で描きあげられたスケッチは写生したようにリアルかつ細かい描写であった。

 滑らかな曲線を繰り返し、グネグネと空へ伸びる草。平べったいフォルムで風に揺られそうな形、細長い中芯の茎、地表に接する部位だろう所には芽株のような膨らみがある。それは例えるなら、ワカメそのものだった。

「なんかネバネバしてそーな見た目だね」

「これが主流の薬草で、簡単に採集できるし、そのまま食べる事もできるのでダンジョンでは良く採られてます。味は苦いので、できれば食べたくはないんですが、痛み止めや回復機能向上の作用があるので便利です」

 馬鹿と言った事は訂正しよう。エシ、お前がナンバーワンだ。

 ひとまず、エシの言うその地上ワカメを狙いにする。他にも、活火山で取れるマグマっぽい見た目の水とか、ノコギリのような形状をした薬草とか、如何にもなアイテムの説明を受けたが、採集難度的に諦めた。

 そうこうして岩肌を歩いていく一行の前に、敵が出現した。地下四階層での初エンカウントである。目の前、腰ほどの高さのゴツゴツした岩が突然動き出した。亀裂が入り、岩から四足が伸びて立ち上がる。岩に擬態していたのだろうその生物は、顔面部分も岩と見間違える程だが、良く観察すると豚鼻が見える。岩を模した豚というのが的確だ。

「わぁあああああ、初めましてー!! ドッカイッテクダサーイ!!」

 距離を取りつつ、肩にかけてた長筆を構えた。エシも同様に、長筆を剣道のように前へと構える。

「エシ、あれは?」

「あれはガイプノッツです。見ての通り、岩に擬態する豚野郎で雑魚です。物理は一切効きません」

「雑魚とちゃうくて?!」

「岩肌は岩漿の熱を遮断する程で、火属性魔法も効きません」

「雑魚じゃないじゃん!!」

「でも、ギルドが言うには魔法耐性は低いから、火属性魔法以外の魔法は基本通るらしいです」

「ほな、雑魚やん」

 既視感のあるやり取りがこんな所でできるとは思わなかった私は、感慨深くなったがどうでもよかった奴。

 そんな私たち目掛けて、ガイプノッツは鼻息を荒立てて突っ込んできた。身体が重いのか、その突進に速度は出ていないが巻き込まれたら骨の一つはやられそうな威力がある。ガンガンと岩同士をぶつけ合う音と共に近づいてくるガイプノッツ。

「任せてください、師匠ッ!」

 相変わらず心強い弟子、エシは一歩前へと出ると長筆を構える。長筆には既に青いインクが込められ、水飛沫が立ち始めていた。

「インクジェットヴェント・漣打(さざなみうち)!」

 エシは構えた長筆を横薙ぎし、突進してくるガイプノッツにインクを放つ。長筆から放たれたインクは飛沫を上げ、ガイプノッツを捉えるより先にスっと空気に溶けて消えてしまった。

「あ……あれ? エシ?」

 ガイプノッツは依然変わらず、むしろ歩速を増している。私は、寸前まで迫っているガイプノッツの突進を避けるために身構えた、その瞬間。ガイプノッツの頭部が爆発し、鞭打つような破裂音と水飛沫が上がった。その一撃でガイプノッツはダウンし、身体をビクビク痙攣させると動かなくなった。

「一生岩に擬態して死んでろや、豚野郎が」

 物理は効かないのを分かっているだろうに、エシは倒れたガイプノッツに一発、二発蹴りを入れていた。モンスターに対して容赦がない。

「今の攻撃、透明化しなかった?!」

 私はエシの放つインク攻撃に興味が湧いた。初めて見るエシの技。放つインクが消え、被弾の瞬間に猛威を振るう。それは、私が前に一度、試そうとしていたインクの透明化に近いものがあった。長筆にできる事なら、つまり私にもできるはずだ。

「漣打ですよ?」

「なんそれ?!」

 漣打(さざなみうち)。それは長筆の波動の一つ。波打(なみうち)と呼ばれる波動の応用らしい。インクを限りなく極小に分解、霧状化させた一撃。被弾のタイミングで霧状のインクが作用し、周囲を舞っていた霧状インクが収束する。傍目には攻撃が透明になったように見えるが、空気中を気体になって漂っているとの事。

「なにそれ、全く知らないんですが?!」

 フィノちゃんの説明では、一言も漣打については言及されてなかった。そもそも、職業一つにつき、一つの波動が指定されているものだと勝手に思っていた。波打、それが長筆の波動であると。しかし、エシが使った漣打で、その法則は壊れる。

 逆を言えば、可能性が広がったとも言える。フィノちゃんが説明しなかったのではなく、知らなかったのではないかと。つまり、長筆はまだ先があるのではないか。フィノちゃんに一矢報いてやれるではないかと。いや、一矢報いる必要はないが、フィノちゃんに一泡吹かせてやりたい。そして、愛でたい。そうしたい。

「師匠、一つ質問なのですが……」

「ん?」

「ひょっとしなくても師匠、長筆初心者だったりします?」

「な、なななな、何を言うか! これでも数々の強敵をこの長筆でひれ伏させて来た実績がある! さあ、見てなさい、エシ! 幻想波打(フィクションソード)暴風(ウィンディ)!」

 目に物言わしたると慌てて長筆に魔力を込めて、適当に波打の波動を放つ私。純白の筆毛は緑に変化し、風を纏った一撃は岩肌をギャリギャリ削りながら、どこか遠くへと飛んでいった。こうして適当ながらも、広々とした環境で魔法を放つのは何だかんだ言って心地良い。器物破損に恐れる必要はない。そうか、これがゴルフなのか。

「さすがだぁあーーッ師匠ーーッ!!」

 目に物言わせられたのか、感激してついには号泣しながら絶叫し出したエシ。訂正しよう、途方もない馬鹿だった。

 どうも、後書き大好き星野夜です。好き好き大好き。僕の好きな惣菜はからあげァアアアアアアアアアアーッ!!!

 この度は後書きで後書きらしからぬ後書きを書いた事に関して、謝罪致します。誠に申し訳はありません。申し訳がなさすぎて皆無です。


 そして土下座謝罪をしているその横で私を嘲笑うかのように、清掃の行き届いていない空調が不規則的に息を吐く音を聞く。昼夜を通して容赦のない、じめりとした熱を帯びる日常を、ただ成すままに吐息を吐き続けるそれは、引きこもりのボッチにとって唯一の親身に寄り添ってくれる存在であった。こうして振り返ってみると、自分の存在意義なんて答えの出ない問いを自身に出題し続けてしまう。人は刺激のない日々を続けると、梅雨に晒されたナマモノ同様に腐ってしまうらしい。今日も今日とて、私は自分の命を秤にかける。そんな事をしても意味なんてないのに。

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