第4話『アイテム採集へ』
──ピッ─ピッ─ピッ─ピッ─
耳元で何かが煩わしく囁く。息苦しい感覚とストレスが積もり、私は目を覚ました。青い空の下、鳥のさえずる声。爽やかで澄んだ朝の空気。目線を横に向けると、そこにはウィンディーネが寝息を吐いている。このまま二度寝しておきたい。そんな朝に弱い私ではあるが、今日はやらなくてはならない事がある。その重い腰を上げて第一声。
「っだぁああああああ!!!!?」
決して気合いの雄叫びでも、身体を伸ばして背伸びからの吐き出した声でもない。身体から走る激痛ゆえの悲鳴である。例えるなら、氷漬けにされてから無理やり叩き割られたような、固→柔の流れを無理にした人体からのSOS。それもそのはず。私は石造りの大通りで、シート一枚の上で寝続けたのだから、身体は当然ガチガチであった。そこから無理やり起き上がれば、凝り固まった筋肉は悲鳴を上げる。ビリビリと全身に電気が走るような感覚。とてつもなく、不快極まりない。
それからしばらく、シートの上で痺れが取れるまで悶絶する事、五分ちょっと。疲れが取り切れない身体を動かして、私は集会所へ向かう。
「……じゃ、行ってくるよ、ウィンディーネ」
シートの上で眠りに落ちているウィンディーネをその目に焼き付け、私は闘志に火を焚べる。今できる事を全力で。それだけが私の取り柄なのだから。
負傷者の並ぶシートの間に開かれている通り道を通って、すぐそこの集会所へ。所々に矢が突き刺さったままで、石壁は以前見た時とは違い、汚れや欠けが増えてオンボロになっていた。北部に襲撃があった跡であり、負傷者の数と同じくして、その悲惨さが伺える。
集会所内へと入ると、広々としたホール内に負傷者が敷き詰められているのが目に入った。と言うより、嫌でも目に入る。足元に気をつけながら、カウンターの所へ。カウンター前には巨大な樹木が生えていて、幹に円形の鏡が付いている。理由は知らないが、私のホームである『ガルモーニャ』の集会所でも、幽霊の街と呼ばれていた『ナチャーロ』の集会所にも、似たように一本の木が生えていた。観葉植物だとしたなら、さすがの規格外なサイズである。デスクや窓際に飾るような、小さい植木鉢で管理できるレベルのそれではない。その木は天井近くまで伸び、葉っぱが生い茂っている。室内に緑を取り入れる事が良いとは聞いたものだが、物量で補うようなパワープレイだ。他に観葉植物の影はなし。
その木の幹に埋め込まれている円形の鏡の前で、ギルド嬢は自分の顔を眺めて、その疲れ顔をマッサージしている。私は瞬間移動してギルド嬢のいるカウンター前へ。
「おはよう、麗しき姫君よ」
カウンターに肘をついて、その後ろ背にキザなセリフを与える。ギルド嬢はいつの間にか現れた私に驚いて振り向く。そして、私の予感は的中する。やはり容姿端麗。その顔は昨日のあれこれで疲れ切っているのか、疲労が張り付いているものの、それを含めても素晴らしい。綺麗が二割に可愛い八割。二・八蕎麦もつゆを投げる黄金比率。さしずめ愛している。
「これはこれは英雄さん! おはよっス!」
こちらの唐突なセリフに動揺すること無く、ニッコリ元気に挨拶を返してくれたギルド嬢。現代のコンビニスタッフに欲しい人材である。こんなコンビニスタッフがいたら、毎朝の憂鬱も吹き飛ぶだろう。
「どうも、英雄です。朝から精が出ますねえ、姫君。しかし、君は働き過ぎだ。顔に滲み出ているよ、疲れが。それならば、どうだろう? 良ければこの英雄、貴方の憩いに御一緒したく願う所存」
「いいっスね! 可愛い可愛い英雄さんに招待されてしまうなんて、私は今夜死んでしまうかもね♪」
俄然乗り気だった。本気八割冗談二割のつもりが、ギルド嬢は誘いに乗ってきた。ならばこのまま傷心旅行にでも、と行きたい所だったが、本来の目的を思い出して我に返る。
「……あ、好きです」
覆水盆に返らず。我、我に帰れず。気が付けば口を吐いて出た本音。心を読まれるまでなく心を露出してしまう。
「あはっ! いいよ、付き合ってみるっスか?」
「いいのぉっ?!」
こんな事があっていいのだろうか。昔は良く『モテ期に忘れ去られた存在』だとか言われるくらいには不モテ女子であった私が、今、この場に置いてモテ期到来か。私新聞発行の一面を飾るは『告白成功』の6文字。ありがとう、良い薬です。
その時、私の頭の中にウィンディーネの顔が浮かんだ。目に焼き付けた記憶の中のウィンディーネが、私の帰りを待っている事を思い出す。そう、我返らねば嫁帰れず。心に決めたものを裏切って浮気など許されない。
「……あ、あ、いや、忘れてください。でも好きです」
「ひょっとしてー、クエストっスか?」
「そうそう、クエスト。もう薬草刈り尽くしてくるよ!」
「へへえ、楽しみっス! あ、受注しますっスね!」
ギルド嬢は何やら、紙を取り出してそれに書き込みを入れると、その紙を背後の木の幹に埋め込まれた鏡に突っ込んだ。鏡は割れる事無く、水のように波紋が広がり、突っ込んだ紙を飲み込んだ。
「……それって何なの?」
純粋な疑問。今まではフィノちゃんが受注処理などを頼んでいた為、その様は見ていたが別段何も考えてはなかった。こうして一人になって、改めてその作業を見ると不思議でならない。なぜ木があり、鏡がついているのか。ギルド嬢は私を不思議そうに見つめ、口を開く。
「し、知らないんスか?! これは集会所に必ずある奴っス! ジョブとかクエストとか、色んな処理ができる便利な木なんスよ。でも集会所に一本しか生えてないし、誰が生やしたのかとか、この植物が何なのかは誰も分かんないらしいっスよ」
そう説明をしてくれた。とにかく便利だから利用しているらしい。
そんな閑談も程々に、クエストを受注した私は、ギルド嬢の尊敬するような眼差しに見送られて、いざクエストに向かうのであった。ウィンディーネに会っていなければ、彼女に付き合うのも悪かないとか、罪な事を考えてイッツミーである。意味不明である。でも、フィノちゃんもいるし、結局は二股三股と変わらない。この世界に、私は大切なものを作り過ぎてしまったらしい。その大切なものたちの為に、私はこの身を捧げるのである。フリューゲルのギルド嬢も、また然り。また暇が出来たら食事くらい誘ってみようかと、私は考えていた。
クエストへは、北部地域にある乗り物で向かうとの事。それは、空気中の魔力を動力源に動く、車のような乗り物。魔法車と呼ばれる類である。車と言っても車輪はなく、トラックの荷台が独立して宙に浮いている、そんな見た目をしていた。前側に一人専任のドライバーがいて、後部座席に四人ほど座れるようになっている。探索者たちは皆、この魔法車に乗り、東門からダンジョンの入口付近まで搬送してもらう。
その魔法車の止めてある車庫へと向かう私は、道中である光景を目にした。負傷者たちが並ぶ行列と、臨時的に設置されている調理場、大鍋と、コックの姿である。どうやら炊き出しなるものをやっているらしい。その見覚えのある姿は、前に泊まった旅館の料理人である。何やら慌てふためいて、鍋下の火元をいじっている。見る所、火が付かずに困ってる模様だった。
「おかしいなあ、これか……いや、ここかーー」
「もしかして、火がつかない感じ?」
私はその料理人に話し掛けた。
「……あ、あの時の……。そうなんですよ、肝心な時に、魔法器が故障したらしく。待ってる人がいるのに、どうした事か」
困り果てる料理人の姿に、私は力を貸す事にした。まだ出発までは時間もあるだろうし、ちょっと手伝うくらい何の罰も当たらない。
「火をつければ良いんだよね、任せてよ」
私は右手に付けている手袋型魔納具から、武器である長筆を取り出す。そして、火元の位置に長筆の先を突っ込む。料理人は後ろで心配げに見届けていた。
「記念すべき一発目ェっ! 幻想色彩・夕景!!」
火元に突っ込んだ筆毛に、火属性の魔力が込められて、瞬間、猛烈な炎が鍋を襲った! 余りにも巨大な炎に、周囲の一同は驚愕。私も、マッチくらいのノリで放ったつもりが、予想の遥か数十倍の火力が放たれてしまった。
「うわぁああああああああ!!! ちょ、強すぎぃいいい!!!」
我ながら、火力調節の下手さ加減に嫌気が差す。何とか火を緩めようとするも、その炎は一向に落ち着く気配なく、煌々と燃え盛る。そこに──
「インクジェットヴェント・漣打!!!」
何者かの声。その直後、肌にマイナスイオンのような涼しい空気を感じると、同時に鍋下の火元に水飛沫が弾けた。それはまるでワープしたように、唐突に出現した水。燃え上がっていた炎は瞬く間に鎮火され、大惨事は防がれた。
「うぉおおおおおおおおおおおお!!!!」
突として響く雄叫び。その声に私は背後を振り向くと、何者かがこちらへと全力で疾走してくる様が見えた。
カラフルで継ぎ接ぎされたようなシャツ、くるぶし程まで裾の下がった、まるでスカートのようなワイドパンツと呼ばれる類のズボンを履き、絵の具汚れが付いている長めのカーディガンを羽織っていた。頭に画家帽を被っていて、金色の髪がはみ出している。見るからに、洒落ていて独特な感性を持つ人間。陽キャの雰囲気がプンプンしているが、そんな事考える余裕は無い。
その男は私の前へと飛び込んで、スライディング土下座をしてみせた。飛行機の着陸のような鮮やかで整った、完璧なスライディング土下座に、私はポカンとしてしまう。
「俺を、あなたの弟子にしてくれぇえええええええ!!!!!」
爆発的声量とその圧倒的誠意に、私は空いた口が塞がらない。知り合いでもない全くの赤の他人が、自分に全力で頭を下げる光景。心当たりも何も無い、彼は一体なぜ私に対してそのようなお願いをするのか。その唐突でいて真っ直ぐした志は、私のメンタルに入り込んで無理やり空間をこじ開ける。
ひとまず、料理人と住民たちの視線が痛いので、炊き出しの場を逃げるように土下座してる人物を引き連れて車庫へ。余談だが、出力を誤った長筆の一撃により、料理人の使用していた魔法器は故障が治ったという。原理は知らないが、無事に炊き出しを始められたらしいので、一件落着であった。
そんな事は知らない私は、車庫へと逃げ着いた。目的の魔法車に乗車しているドライバー以外、誰もいない閑散とした車庫。一旦落ち着いてから、引っ張ってきた謎の男に質問する。
「……あ、あのぉ〜、どちら様?」
すると、彼はまた土下座し直し、そのまま自己紹介を始めた。
「俺はウセプル・エウジシ! 何の取り柄もないただの画家です! あなたの完璧なまでの戦闘に心を打たれ、同じ職のよしみ、弟子入りしてあなたの志をこの身に受けたい所存です!!」
土下座のまま自己紹介する彼に、頭を上げさせる。彼の話に心当たりがないものの、褒められているのは何か悪い気はしない。彼の熱意と、その空気をぶち壊す勢いに、私の中に潜んでいた厨二病の魂が叫びたがっていた。
「…………目の付け所が違うなあ、若人よ!」
空元気ではあったが、おかげさまでいつもの精神に原点回帰できた。どこか自分に似たオーラのような、同種のような雰囲気をこの男に感じる。
「と、という事は?!」
「ふふふ、私の修行は辛いぞ? えぇ、あー、ウル、ウプセル?」
「ウセプル・エウジシです!」
「……贅沢な名だねえ……今日からお前は、エシだ!」
「ええ?!」
言ってみたかっただけである。贅沢かどうかは知らないが、言いづらそうな名前である事に変わりない。エウジシから側をとって、エシ。なんか画家帽付けてるし、いい名前だ。
弟子ができた訳だが、私はふと、エシの存在を見て、ある提案を持ち出す。今現在、フリューゲル被災による負傷者が大勢いて、その治療が行き届いていない。人手不足も大きいが何より、回復薬や薬草の不足が一番の要因だ。そこで、ギルドは緊急でクエストを発注している。薬草の採集や食料供給を主としたダンジョン捜索だ。今回、私が受注するクエストがこれである。そこで、
「良し決めた! エシ、クエストに行こう!」
「あ? は、はい、行きましょう!!」
一人でも良いが、正味心配が半数を占めていた。一人でクエストに向かう事なんてなかったし、ほとんどはパーティーを組んで出撃するもの。心細かった所に青天の霹靂で現れた弟子。ならば、二人で行くに限る。人手は多いに越したことはないのだ。
さて、私たち二人は早速、魔法車に乗り込む。それからエシに一言。
「ちょっとしばらく寝るから、また着いたら起こして」
「あ、はい!」
魔法車は私たちを乗せて、東門へと発車していく。車輪がない為、揺れはほぼなし。眠るのに何の障害もない。昨夜は固いベッドであまり良く寝れてなかったのを、この間に補っておく。
「と、その前に……自己紹介がまだだったね! 私は現大学生、狐火木ノ葉。引越しを終えて、のんびりしていた。初の一人暮らしで浮かれていた私は、異世界から近づいてくる魔の手に気が付かなかった。私はその魔の手に引き込まれ、気が付いたら……この世界に君臨していた!! 狐火木ノ葉がこの世界にいる事を黒幕にバレたら、命を狙われ、周りの人間にも危害が及ぶ。ウィンディーネの助言で職業を決めた私は、咄嗟に魔術師を宣言するも、なぜか職業を間違えて申請されてしまった。この世界で生き残る為に、彼女らと生活を共にしている。たった一つの出口を目指す! 見た目は子供、頭脳も子供。その名は、筆使い狐火木ノ葉!!」
決まった。エシには到底理解の及ばない話を押し付けられて、頭が混乱している模様だったが、
「さ、さすが師匠! かっけえー!!」
尊敬の眼差しを向けられた。多分、何を言ってもこんな反応しそうだな、と思った。見た目も頭脳も子供はただのガキではないかと、ツッコミ不在の恐ろしさを再確認する。
そんな奇想天外な二人組を乗せ、魔法車は東を目指す。自己紹介も終えた私は、電池が切れたようにうなだれて睡魔の手に落ちた。世はまさに大睡眠時代。
クエスト『緊急依頼、アイテム採集』
魔法車は二人を乗せ、東門前へ。巨大な鉄門の前へと停車すると、ドライバーは窓から顔を覗かせ、門前の役人に合図を送る。二人組の役人が近づいてくると、運転手と二言三言話を交わす。それからしばらくして、鉄門がゆっくりと開かれると東門外、鬱蒼と生い茂る豊かな森林と、そこに切り開かれた車道の景色が目に入った。いや、この場合、私は寝ているので目に入っては無いが。
そこから森の中を魔法車がゆったりと浮遊しながら進む事、約一時間くらい。山中にぽっかりと空いている大きな洞穴が目の当たりとなった。ダンジョンの入口、その深く暗い奥底へと探索者たちを誘う、悪魔の口。隙間風がやまびこを介して帰ってきたような、高く透き通った風の音が反響している。
そのタイミングで、エシは隣で大いびきをかいて眠る私の肩を、ゆさゆさ揺らして起床させた。
「……ウィンちゃん? あと五分、いや五時間」
「師匠! 日が落ちますよ、それ」
「……んあ? あ、あぁ……着いた?」
寝ぼけ眼で霞む視界と、睡眠足らずの重い足取りで下車。目の前に佇む洞穴の前へ。探索者帰還までの間、魔法車は手前で停車して待つ。ドライバーは一仕事終えたからか、席を倒して、顔にアイマスク代わりの新聞を乗せてゆったりリクライニング中だ。
「わあー、これまたでっかい洞穴だこと」
「師匠、ダンジョン初めてなんですか?」
いつの間にかエシに師匠と呼称されている事はひとまず。ダンジョン自体は、ガルモーニャの街の時にも何度か行った事はあった。
「フリューゲルでは初めてだね。って言うか、ダンジョンってどこにでもあんの?」
「何言ってるんですか、それはそうですよ、師匠」
なんて冗談に思われているらしいが、私はずぶの素人である。恐らくエシの方がよっぽど詳しい。
「じゃ、行こっか」
「はい!」
私は右手の手袋型魔納具から長筆を展開する。長さ170センチ程の茶褐色の柄に純白の筆毛。太くてハンマーにも応用できそうな重量感である。やはりと言うべきか、エシも展開するは筆であった。画家帽を被って、服も絵の具で汚れてる様から、急にライフルとか持ち出してきたら、度肝を抜かれすぎて砂肝になるとこだった。エシの持つそれは長筆の類だと思われるが、その様は細く軽くて持ちやすそうな見た目をしている、羨ましい。
「……あれ? 大筆使いなんですか?」
私の持つ長筆を見るなり、エシはそんな事を訊ねてきた。
「いやあ? 長筆だよ、ほら」
洞穴探索の為の明かりとして、筆毛に火属性の魔力を込め、灯火のように火を燃やして見せた。大筆はフィノちゃん曰く、黒色液のみ利用できると言う。大筆に火属性は再現できない。エシはそれを見て、長筆である事を納得する。そして私はエシの反応を見て、やはりこの長筆は設計ミスなのだろうか、と思った。本来は大筆に利用される型式を無理やり長筆に転じた、そんな印象がある。だからフィノの奴は無料でくれたという訳だろうか。いや、別に恨みなんてないし、無料は正義だからね。
私は松明代わりの長筆を前へと構えながら洞穴へ。エシは松明代わりか、発光して浮遊する球体を使っている。
ダンジョン地下一階層洞穴入口。湿り気のある空気と鍾乳洞の数々。足場は滑りはしないが、凸凹しているので足をひっかけて転んでしまわないよう気を付けなければならない。これは毎度の事だが、ダンジョン地下一階層から地下三階層までの洞穴内は、ジェマイルと呼ばれる液体状のモンスターがそこかしこに流動している。核は存在せず、その身体は粘性のある酸で構成されているらしい。ダンジョン内で一番簡単に倒せる、最弱モンスターと言われている。基本的に平穏で何をするわけもないので、いちいち相手にはせずに堂々と素通りしてゆく。目的地は洞穴を抜けた先、地下四階層。
「……時に師匠、右目は大丈夫ですか?」
洞穴を探索していると、エシはそんな事を聞いてきた。まるで、右目に何かあったかのような問いかけ。
「何が?」
「右目潰されてませんでした?」
全く心当たりのない話。エシの言うそれは、恐らく私に似た誰かの事だろうなと察する。
「さあ? 見ての通り、右目は無事だよ」
振り返り、後ろのエシにピースしながら右目でウインクでも投げておく。
「……うーん、見間違い……なら良いんですが」
見間違いじゃないと思うが、それはスールするに限る。
比較的平和なダンジョン地下一階層を、エシと世間話でも交わしながら、私たちは一階層を抜ける。下り坂を滑らないように地下二階へ。景色は依然変わらず、暗闇と湿り気のある空間。違いがあるとするなら、地下二階からは活発に動くモンスターが増えてくる事。加え、地下一階層は地上と繋がっているので、わずかに光や地上の空気が差し込むが、地下二階からは光も届かない。地下性の生物が一階層の時よりも増加。安全ではあるが、時折好戦的な生物もいる為、用心しておいた方が良い。
しかし、やはり相も変わらず平和であった。仮に、ここで襲いかかる奴がいてもさほど強くはないだろう。フィノちゃんの方がよっぽど恐ろしい。
ここで一つ、疑問が浮かぶ。さて、この道中を記憶して、四階層から地上まで戻ってこれるのか、という事である。フリューゲルの街並みに飲み込まれていた私には、正直自信はない。地下一階層までしか頭には入らないと思う。
「師匠!」
「ん?」
元気に声をかけるエシ。振り向くと、背後で指を己に向けて、クイックイッとアピールをしている。何が言いたいか分からないが、なんか鼻につく動きである。
「そんな事で師匠の手を煩わせる訳にはいきませんから! こういう時は弟子の自分に任せてくださいよ!」
…………心読まれてんだけどぉおおお?! エシにすら心の内を見透かされている。いや、もはや見透かすを通り越して、私の存在自体が思考そのものであるという事なのだろうか。
「道中は自分のマーキングをかけてありますから、帰りはそれを探知していけば楽々ですよ! って、師匠には常識問題でしたよね」
なにそれ、知らないんですが。このエシ、師匠を慕ってか私を吊り上げているが、むしろ無知無知の実の能力者である私からすると煽りに聞こえてしまう。いや、古き昔の記憶で、フィノが説明していた気もする。
「……でかしたぞ、エシ!」
「ふへへへ、んなあ、照れますね、へへへ」
なんか良い奴そうではあるが、チョロくて使いやすい奴だ。なんてゲスい事を考えてから脳のタンスに収納しておく。また心を読まれでもしたら気まずいから。
そんなエシの足元には、既に青色のインクがマーキングされている。戻ってみれば、他にもマーキングが施されているのだろう。それを探知して地上へと戻れるらしい。私も今度、試行してみよう。
そんな時、突然モンスターがこちらへと突撃してきた。地面が盛り上がり、そこから飛び出してきたはモグラのような生物。全長はトランクケースほどか、目は存在せず、全体的に毛で覆われて灰色のマリモのように見える、乃至ホコリである。唯一のシンボルとしては、球体から伸びる二本の鋭い爪だ。その爪を駆使して地面を掘り進める、という推測の域は出ない。
「うわ、なんか来た……キモっ!」
顔部分だろう毛並みがパックリと横に裂けると、大きい口とギザ歯が目の当たりになる。蝉の鳴き声のような甲高い声で威嚇して来た。
「誰か知らないが、師匠をやるなら俺を先にやってみろ!! 喰らえ!」
エシが飛び出し、手に持つ長筆をそのモグラへと振り下ろした。てっきり、長筆だからインク攻撃が出ると期待するも、まさかの物理攻撃。モグラは反撃する間もなく、エシにボコボコに滅多打ちにされ、討伐された。
「……雑魚が、前世に来やがれ」
モグラ型モンスターの死体を冷たい眼差しで見下し、エシはペッと唾を吐き捨てた。先程まで師匠ッ師匠ッ言ってた男とは思えない変貌っぷり。むしろ、これがエシという男の本質なのだ。私はその光景を唖然として見ていた。
「師匠、お時間かけさせてしまい申し訳ありません!」
「あ、あはは、良いよ、行こうか」
ダンジョン地下三階層到達。景色は言うまでもない。気持ち、湿度気温共に下がっている気はする。
「そう言えばですが、最近のダンジョン生還率をご存知ですか?」
「藪からスティック、知らないよ」
ダンジョン生還率。文字通り、ダンジョンから生きて帰ってきた人間の割合の事である。もちろん、100%が一番なのだが、ダンジョンは地下十階層まで。道中で戻れずに迷子の挙句、餓死したり、強敵に殺されるケースもある。
「フリューゲルのダンジョン生還率は八割。おかしいですよね」
「何が?」
「二割も失踪してるんですよ、師匠。異例も異例、ダンジョン内で問題が発生したと考えられますね」
「裏ボスが出たんじゃ? つまり、この私、狐火木ノ葉の出番、キタコレでありますなあ!」
ここぞとばかりにテンション上げていく陰キャの鑑。陽キャは羨望の瞳を向けてくる。この場にツッコミ役を任されてくれるものはいないのだろうか、いないか。
つまるところ、私たち二人もその二割に含まれないように警戒が必要だと言うこと。エシの知りうる情報では、失踪に関しては四階層以降へ到達しているパーティーが主らしい。
そうこうしていると、再びモンスターにエンカウントした一行。ダンジョン地下三階層に生息するコウモリタイプの生物。バタバタ羽音が洞窟内に反響して、どこにいるか見当がつかない。それも単体ではなく、複数体が飛翔している。個々では顔ほどのサイズの小さい生物だが、群体となると脅威である。暗い洞穴内では尚更。
「鬱陶しいわ、ボケが!!」
私が長筆で攻撃を仕掛けようとするよりも先に、エシは壁を蹴って跳躍。飛行しているだろう生物を長筆で叩き落とした。身体能力の高さが見て取れるが、恐らく魔力で強化したのか、凄まじい跳躍力。3メートルは軽く越している。
ものの数分。またしても、私の出番はなし。暗闇というのに、的確に小さくて高速で飛んでいる生物群の過半数をワンパンで叩き落とし、さすがの残存勢力もその脅威に逃げていってしまった。死体が桜の花びらのように無数に転がる。
「弱い雑魚程良く群れるな」
まるでゴミか何かを見るような冷酷な目線で、死体の中をズカズカ進むエシ。もはや避ける事無く、屍を踏み抜けていく。あまりに凄まじい戦闘とその残虐性に、極めてなにか生命に対する侮辱を感じます。すると、エシは振り返ってこちらへと笑顔で手を振るのだから、その寒暖差でアレルギってしまいそうだ。
「師匠! お待たせ致しましたぁー!」
「エシって、モンスターに母親でも殺されたん?」
「母は俺が物心つく前にはいませんでした」
ボケが地雷を踏み抜いてしまった。
「あ、悪い事聞いちゃったね、ごめん」
「いいんですよ! 顔も名前も知らない母に、情なんて湧きませんから!」
なんて笑い話みたく茶化してくれた。その心の内は知らない。私みたいな心を読まれる事に定評のある人物だったら、もしくは心を読める力があれば、ここで一つフォローしてあげれるんだろうなと思いました。
私とエシは再び歩き出し、目的地への迷路を探索する。その間、警戒は怠らない。またいつ何時、モンスターの奇襲が来ても良いように。
そうして、闇を長筆の灯火と光球で照らしながら進む私たちは、立ち止まった。
「……ジェマイル?」
「まずった……」
小さいトンネル程の洞穴を進んでいる最中、目の前にジェマイルが立ちはだかる。しかし、ジェマイル自体は敵意もなく、ただ居座るだけ。特段、強敵でもない。が、そのジェマイルは膨張して、洞穴を壁のように塞いでいた。なぜ、そうしているのか。そこを塞ぐ理由。それらを感情のないジェマイルに聞けた所で意味もない。
またしても、エシのパワープレイが見られるのかなと、私は待機していると、エシは気まずい顔をこちらへと見せた。
「……師匠、申し訳ありません。この雑魚、自分の力じゃ、倒せません」
「え?」
地下三階層までの道中、あれだけの戦闘をこなしておきながら、地下一階層の初期モンスターと言われてるジェマイルを倒せない、なんて訳があるはずない。初心者の私ですら……まあ一時期は苦戦してましたが、苦戦する様な敵ではないはずだ。
「……自分、水属性の魔力しか出せません」
「じゃあ、それで倒せるじゃん」
「師匠、ジェマイルに水属性は効かないんですよ」
「そーなの?」
無知ここに極まれり。言われてみれば、私自身、水属性が苦手であまり使用もしない。ジェマイルを倒すとしても火属性。水属性で倒す事はまずないだろう。とはいえ、ジェマイルは雑魚である。通常なら足で磨り潰して分裂させ続けて、消滅させる事も可能。そもそも論、ただ流動するだけの存在をいちいち相手する事もない。今回は違う。足で踏み潰せる程、小さくない。流動する存在に、エシお得意の物理攻撃も無意味だ。つまり、この巨大ジェマイルを倒すには、物理攻撃ではなく魔法攻撃が必要という事。しかし、エシが言う『ジェマイルに水属性は無効』が本当なら、水属性しか使えないエシは補欠入りだ。
「つまり、私の出番か!」
「師匠! あんな雑魚モン、ぶっ飛ばしちゃってくださいよ!」
そういう雑魚に足止めを食らってんのはどこの誰だろうか。
私は灯火にしている長筆を構え、火力を上げていく。
「ちょっと離れててね、エシ」
「はい!」
エシに下がってもらい、私は全力を尽くす。お得意の火属性。筆毛に火属性魔力を込め続けると、火は轟々と唸りを上げて赤色から白に近づき、金色の光を辺りに放ち始めた。暗闇はその光で照らされて、全貌が明らかになる程に。
「汚物は消毒だあ! 幻想色彩・禁忌!!」
構えた長筆を全力フルスイング。込められたインクは光を放ちながらジェマイルの身体を覆い、その灼熱によって一瞬にして蒸発。サウナのような暑い蒸気がぶわりと押し寄せて、風圧に一瞬倒されかけた。
「……す、凄いですね、師匠!! さすがは師匠! こんなの朝飯前の就寝前ですね!!」
日を跨がないでくれますか? どこかで聞いたようなフレーズだが、それはどうでも良い。
「さ、行こう!」
「ちょっと待ってください!」
突如、エシは私を引き止める。エシはジェマイルが先程までいた位置へと移動すると、しゃがみこんで何かを拾った。半透明の青い球体だ。
「師匠、ジェムですよ、ジェム! 初めて見た!」
「ジェム?」
どうやら、ジェマイルを倒した際に残ったものらしい。つまるところ、ドロップアイテムだ。ジェムと呼ばれるそれは、ジェマイルからドロップする希少性の高い鉱石である。磨き上げられた宝石のように艶やかで、濁りなく透明度の高い球状を成している。ジェマイルから極低確率で排出されるものらしいが、その入手確率の低さから高値で売買されているとの事。例え、百体倒したとしてもドロップはされない程である。いくら高値で取り扱いされても、その討伐作業に見合う事がないので誰も進んで入手はしないらしい。
エシはそのジェムを私へと渡した。サイズは手のひらに収まる程、落下する水滴を時間停止させたように美しい。
「え、貰っていいやつ?」
「それはそうですよ! 師匠が倒さなかったら出てないですから!」
「……じゃ、じゃあ、あとで換金して山分けしようか」
「……?! し、ししょーーっ!!」
勢いでエシに抱きつかれそうになったので、その頭を手で押さえて静止させる。あれ、いつから私は猪突猛進される側に?!
そうこうして開けた道の先、うっすらと光が差し込むのが見えた。十中八九、外の世界、地下四階層へ繋がっている。
「ではお先に失礼!!」
全力ダッシュで開けた道を走る。突然の逃走で一呼吸遅れたエシは、慌てて私を追いかけ始めた。ようやく目的地のある地下四階層へ。
どうも、星野夜です。生と死を右往左往し続ける万年ボッチのクソニート作家です。
さてさて、気力が梅雨入りしました今日この頃。皆様はどうお過ごしかなんてどうでも良いですが、私は相も変わらずカフェオレ片手に創作活動です。
いや、その話もどうでも良すぎて閑古鳥が腐る所でした。
さて、話をしよう。今回の第4話、唐突にエンカウントするフリューゲルの画家、エシ登場。何やかんやでダンジョン探索に同行する。
多分、地頭悪い系だと勝手に思ってます。勉強はできるけど頭が固いタイプで、芸術が好きだけど才能はそこそこという感じですね。でも自分よりは絶対に絵は上手そうで嫉妬。
さあ〜て、来週のサザエさんは!
『マスオ、空気読め』
『全自動頭割り機』
『サザエのサザエ要素はどこなのか』
以上、三本です!
じゃんけんターイム!
最初はブンブン、ジャンケンポン!!
中指を立てたそこの貴方、性格が終わってますので今週の運勢最悪、恋人来ず、探し物見つからず、友人関係に地割れが発生するでしょう! うふふふふ〜。




