第3話『化膿止め』
日は沈み、夜が世界を覆い始めた頃。フリューゲル北部観測所に、一人の男の子は向かっていた。
茶色の髪に緑の瞳を持つ、背丈は150センチ程の、年頃は見た所小学生高学年辺りだろうか。太ももには左右にホルスターをぶら下げ、二丁の拳銃を収納している。私、狐火木ノ葉が愛して止まないルフちゃんである、以下省略。
ルフは元々、水平線の彼方、隣の大陸にある街『ガルモーニャ』に暮らしていたが、私たち狐火一行、もといフィノ一行に連行されていた為、意図せずフリューゲルにいる。フリューゲルにはルフの妹、もとい姉であるノヴァが暮らしていて、観測士として日々、働いている。ルフは兄、もとい弟の立場を利用して、もといノヴァに頼み込んで、フリューゲルにいる期間は観測所の一室を寝泊まりに使用していい許可を貰っていた。本日も観測所にお世話になりに来たという訳である、敬具。
観測所は営業時間上、夜間は来客用の表口は封鎖され、開かないようになっている。ルフは裏口に回り、スタッフ専用の鉄扉から中へと入り込む。夜間は夜間で、シフトが入れかわり、一日中観測を怠る事は無い。
「……いねぇーな」
スタッフが何かの機材をいじりながら仕事に勤しむ管理スペース。無数の液晶パネルでブルーライトに照らされるセントラル。資材の積まれた山と、各所事で性格がはっきり見て取れる置き方をされた書類の数々。素人には何をしてるかすら分からない。いつもであればこのスペースで、助手のロッドを従えながらブツクサと仕事をするノヴァの姿があるはずだが、今日はその姿が見当たらず。ルフは個室などを巡って、ノヴァの姿を探してみるも見つからなかった。
「いや、この災害時だし……仕事でどこか出掛けてるのか」
許可を貰って観測所内に入っているルフだが、毎度挨拶の一つは交わしてから部屋を借りている。が、今回はノヴァも、助手のロッドもいない。観測所長に話を聞きに行こうと思い至る所へ、ちょうど悩み込んでいるルフを観測所長が見つけた。
「よっ! どーした、ルフ?」
とてもフレンドリーで、気さくな観測所長。高身長で、ルフの背丈だと見上げて会話する形となり、圧がすごいがいつもの事である。
「ああ、ちょうど良かった。ノヴァってどっか行ってんのか?」
「ノヴァね。所用でロッドと出掛けてるぜ? 部屋なら開けてあるから好きに使ってな?」
「お、おぅ……」
観測所長はそう告げると、業務へと戻って行った。ルフは内心、引っかかる所があるも、納得していつもの一室へ。机の上に、武器のホルスターとバッグを置き、そばに置かれているソファーの上へと倒れるように寝転がった。気が完全に抜け、どっと疲労が湧き出る。目をつぶり、一日を頭の中で振り返りながら、いつの間にか眠りに誘われていくルフであった。
「良いのか? 弟だろ?」
観測所内のとある一室で、観測所長とその部下は話し合っていた。その横にはベッドが置かれており、一人の人間が寝かされている。
「この状態を見せるわけにはいかない。弟くんなら尚更、心臓に悪い」
観測所長は、寝かされている人物の様子を見ながら、そう返答した。その人物は悪夢を見てるのか、苦しげな表情で眠りに就いている。
「……そうだな。まあ、すぐ良くなるだろ、こいつは。またいつも通り、停電させに来るんだろうよ」
「それでは、ノヴァが復活するまでには粗方重要案件は終わらせておかないとなあ、はっはっは」
観測所長は冗談交じりにそう言うと、ある書類を手渡した。
「……重要案件?」
「ああ、地点Rにて僅かな変動が見られた。例の焔液流動が影響していると思われる」
「オゾンホールに次ぐ事案じゃないと良いんだが、その様子だと……現地調査かあ」
面倒くさそうに溜息を吐かれているが、仕事柄、これはいつもの事である。
「停電の元は断つに限ると言う事で、君とノヴァの二人に任せたいんだが」
観測所長は、渋そうな顔をする男の肩をポンポンと軽く叩き、男にわざと期待と圧力をプレゼントする。いつもの事である。
「へいへい、我ら二人、観測所長の座を奪いし者ですからね」
「頼もしい限りだよ、ロッドくん」
臨時観測地点。それは近況の、重要ではないが今後、何かしらの要因で災害の発生が危惧される地点に付けられる。観測、調査の結果、安全性が認められると解除される。
そして今回、観測所長がロッドに押し付けた、もとい担当させた地点Rは、大陸を越えた先にある水の都市。フリューゲルからはかなりの遠方に位置する為、その遠征の期間は一ヶ月程取られている。ロッドが面倒くさがっているのは、その移動距離故だ。
「行きは、ロークのワープホールを使うと良いさ」
「帰りは自力なんだろう?」
西の海を越えた先、隣の大陸のクルィーロ国首都ローク。その街は、唯一無二であるワープホールの技術が発展し、交通手段として様々な国や民衆が、その技術を利用している。唯一無二とある様に、ワープホール自体はローク以外には存在せず、行きでワープホールを利用しても帰りは己の足のみ。それでも、片道分の大幅な時短となる為、遠出にワープホールは必須である。
「いやあ、頼もしい限りだよ、ロッドくん」
「帰ってきた暁には、手土産に書類整理を渡してやるよ」
これからの仕事について一括りがついた所、タイミングを測ったように観測所の呼び鈴が鳴り響いた。観測所の営業時間外、非常時や緊急を要する場合以外の要件は基本的に受け付けていない。夜間の呼び鈴はとどのつまり、重要案件が舞い込んできた事の意。
「かっかっかっ! ほら見ろ、仕事だぜ? 我々は既に重要案件を手にしている、つまり! 貴方様宛の案件ってわけですねえ! 対応、行ってきますわあ!」
ロッドは観測所長に煽りを入れると、逃げるように部屋を飛び出して観測所表口へ。待機中の来客者の対応へと向かった。
表口は消灯されて鍵が掛けられている為、裏口から外に出て、表へと回る。すると呼び鈴の前に、一人の少女が立っているのを発見した。今朝の被災に巻き込まれたのか、所々擦り切れた服に血が染み付き、片腕はぶらりと力なく垂らしている。茶色の長髪は砂塵に巻き込まれて跳ねに跳ね、かなり傷んでしまっていた。夜間に子供一人が訪ねてくるのも大概だが、それ以前に負傷が目立って心配になる。ロッドはその少女に駆け寄ると、言葉に困りながらも、ひとまずは要件より安否確認を優先する。と、少女から見当違いな言葉が返ってきた。
「あれ〜? いきてたんだぁ〜? よわよわおにいさん♡」
恍惚な表情でロッドを煽る少女。まさか他人に煽られる日が来るとは思わなかったロッドは、意表を突かれて複雑な気持ちになった。怪我人が嬉々として気に障る発言をする様に、脳の処理が間に合わない感覚を覚える。
「……いたずらか? 良い子はお家に──」
少女の態度から、子供のいたずらと決め付けて塩対応のロッドは言葉を詰まらせた。目の前の少女を日常の対応で、突っ撥ねる事は間違いと気づいたからだ。冗談交じりに『お家へ』などと言うのはお門違い。その怪我から、被災に巻き込まれた事を察するに、少女の自宅は瓦礫に帰した可能性が示唆できる。最悪は、両親に当たる人物の生死も危ういと思われる。不用意に少女を帰宅させてはならない。たとえ、少女の態度に哀傷が感じられなくても。
「──いや、何か用事があるんだな? 話を聞こう」
「ええ〜? 子供一人に翻弄されちゃう情けなあ〜ぃおにいさんに、できっこないでしょ、ざぁこ♡」
ロッドは考えを撤回する。もはや失礼上等だった。
「用事がないなら帰りな。ここは遊園地じゃないぜ? 暇なら集会所のお嬢に構ってもらえ」
少し冷たいかとも思えたが、年端も行かない少女に馬鹿にされた事が癪に障ってか、少し発言のトゲが鋭くなった。それを聞いた少女は、突然自分の顔をビンタした。突然の奇行に困惑するロッド。叩いて頬が赤くなった少女は、まるで人が変わったように口を開く。
「失敬。話をしよう、ロッドくん」
落ち着きのある声色と口調は、先程までの幼少な様とはまるで違う。その異様な変貌ぶりに戸惑いを隠せないロッド。
「……何者なんだ、お前は?」
そうして少女から告げられた名前に、ロッドは驚かされた。
「お、お前が……あの、呪術師の老婆だと?! いや冗談が過ぎるぞ、お前! そんな訳ないだろ!」
フリューゲル被災の件。ロッドは被災の元凶である翼竜の討伐へ、相棒のノヴァと共に上空へと向かう事になった。その際、討伐戦の援護に呪術師のとある老婆を同伴していた。その様は、奇抜な衣服で全身を覆い、不気味な面で顔を隠して、皮膚の露出を遮っていた。その老婆が、ロッドの目の前にいる少女らしい。明らかに歳下、そもそも背丈も声も、何もかもが違う。信じろと言う方が無理な話である。
「おにいさんの小さい脳みそじゃあ、分からないよねぇ♡ ざぁこ♡ ざぁこ♡」
再び頬を叩く音が響いた。
「すまないが、詳しい話は中でさせてもらえないだろうか。君の上司さんも交えて」
頬を赤く腫らした少女は、落ち着いた声でそう言う。ロッドは八割方信じてはなかったが、一旦事態を飲み込んで、その少女を観測所内へと案内した。それから、先程まで観測所長と話し合いをしていたその一室へ。所長は仕事に戻ったか、いなくなっていた。部屋の照明が落とされていた為、ロッドは低照度に調整して部屋を灯す。老婆らしき少女は部屋へ入るなり、備え付けられているベッドに寝かされている人物へと歩み寄り、その姿を確認した。
「御二方共、無事に生還できたのじゃな」
「無事とは言えないがな」
ロッドは、少女を呪術師の老婆と同一人物という体で話を聞く事にした。
「申し訳ない。こちらの落ち度で御二方の身を危険に晒してしもうた」
少女はロッドへと頭を下げる。この時には、ロッドの中での不信は解かれ、老婆である事は確信になっていた。
「婆さん、報酬の件は無しで良いよな?」
呪術師の老婆の同伴。元凶であるガスターの討伐に老婆の力が必須らしく、その力添えの対価として、寿命十年の譲渡を締結していた。しかし、結果的に討伐戦は失敗に終わる。条件は満たされていない為、老婆への報酬は無し。その確認を取るロッド。少女は肯定する。
「あの時、私たちの攻撃は失敗してはなかったんじゃ、攻撃は。私の見立てが甘かった……」
「見立て?」
「そうじゃ。呪力と魔力の発散は成功していた。問題は、ガスターが本体ではなかった事じゃよ。あれはガスター本体から放たれた複製体、ないしは化身であった。もっと早くに気付くべきじゃった、申し訳ない」
少女はその幼げな声に似つかわしくない口調で、今朝の失敗について説明をした。呪術や呪力に精通していないロッドには判別のつかない話。現在となっては、元凶自体は姿を消して解決した話で、今更ぶり返すことでは無いので詳しくは詰めはしなかったロッド。それよりも興味は老婆の変貌にあった。
「そんでよ、婆さん。その姿は?」
「ふぅ〜ん、知りたいの?」
またもニヤニヤといやらしい表情を浮かべる少女。再び自らにビンタをかますと、その表情は落ち着きを取り戻した。
「端的に話すと、身体を乗り換えたのじゃよ」
少女は毅然たる態度でそう答えた。常識外れな回答が乱立し、ロッドはもはや自分の耳を疑い始める。
老婆が説明するには、ガスター討伐戦に失敗した際、上空に投げ出された老婆は飛行能力などはなく墜死待ったなしであった。呪術師として長年生きてきた老婆は、自身の魂を肉体から分離させ、フリューゲル被災によって死亡した住民の身体に魂を移す事で、墜落から生き長らえたと言う。信じられる話では無いが、目の前の少女が証明そのものとなっている。
「入り立てで、気を抜くと元の人格が表に出てしまうんじゃ」
「それで突然クソガキムーブになる訳か」
少女の負傷した身体にも納得いく。老婆の対応も、墜落から身を守る為に魂の転移を余儀なくされていたので仕方は無い。倫理的問題点に目を瞑れば。少女の両親は何を思うか。我が子が蘇ったと考えるならば良い事に思えるが、その本質は全くの赤の他人。呪術師の老婆は、両親に変化を気づかせないよう仕向けると思われるが、やはり気の良いものではない。
「黙っちゃってどうしたの? おにいさん?」
四度目のビンタが咲いた。
「……首を突っ込むつもりはないんだが、その身体の両親にはなんて言うつもりだ?」
少女の関係者でも何でもないが、モヤモヤを晴らしたいが為の質問を投げかける。その質問を聞いた途端、少女の両目からはボロボロと涙が流れ始めた。表情は真顔のまま、声も出さずに泣いているその歪な様には、生命を感じとれなく無機質で、とても不気味に見えて血の気が引く。可哀想という感想が一辺も浮かぶこと無く、気持ちの悪い空気に愛撫されるような感覚がした。
「この子の両親は、災害に巻き込まれて死んでおる。両親は崩れゆく建物から我が子だけでも助けようと、二階から子供を投げ出した。その数秒後には建物は潰れ、外へ投げ出されて巻き込まれずに済んだ少女は後に、竜巻に巻き込まれ、命を絶った」
とても淡々と事を説明する少女の中の老婆。
「思い出したくもない事を思い出させてしまって悪かった」
ロッドは老婆ではなく、少女へと一礼を入れる。魂が入り立ての身体には人格が残ってしまう、老婆の発言や度々見られる別人のような言動。その身体から流されている涙にも、少女の意思が宿っている。だからこそ、意味の無い行為であれど、心の傷を開いた事には謝罪の意を示すのが、人としての当然の行いだ。
老婆は、少女の身体で涙を拭うと、話を切り替える。
「話を変えるが、そちらの少女は、生きているのか?」
少女は部屋の中、ベッドの上で眠る少女へと目線を向ける。ロッドの上司、観測士のノヴァの姿。負傷につき、眠りについている。
「こいつはすぐに復活するさ」
老婆はまじまじとノヴァを見つめる。それから何を思ったか、眠りについているノヴァの頭上へと手をかざした。
「手をかざすには筋違いだぞ?」
「分かっておるわい。今日、ここに訪れたのは詫びの一つを渡すのが目的じゃからなぁ」
そう言うと、老婆がかざす手がほんのり赤く光ると、その光がノヴァの身体を包み込んだ。ほんのり赤く発光するノヴァ。十秒ほど経つと光は薄くなって消えた。
「回復魔法か?」
「いや、呪術師に回復魔法などない。これは、寿命の贈与じゃ。25年を渡した、大切に使うと良い」
目的を終えた幼体の老婆は、その身体で観測所から出ていく。なぜ、寿命を25年贈与したのか、その意図は計り知れない。
「所で婆さん、俺には何かないのか?」
「おにいさんにはなぁーんにもないよ♡」
少女は振り向き、ロッドにウィンクを飛ばした。
「おい、それはわざとだろ」
「じゃあまたね、おにいさん♡」
少女は悪戯っぽく微笑むと、足早に観測所から出ていった。別に何か欲しい訳じゃなかったが、自分一人無視されたような気がして、それはそれで虚しくなるロッドであった。
どうも、夏場はエアコンをガンガンにして毛布にくるまり隊所属、星野夜です。
休日は部屋にこもってアニメ見ながらダラダラするに限る、腐った生活最高。これが、ヒキニートに許された特権だろう。私は、そう思うのだよ。
そんな事はどうでも良かった。
さて、今夜は色々ありましたね。観測所内での一幕でした。これから仕事三昧の一行と、老婆が合法ロリ化するとか言う謎展開でお送りされる今回。
そして次回は、頭のおかしな主人公にカメラを映します。それはそれはとても頭がおかしい女の子です。なぜ、正常な僕の脳内から彼女が生まれてしまったのか、そんな事を考えると頭がおかしくなりそうなのでここらでやめておきましょう。
以上、頭のおかしな星野夜からでした。




