第32.5話『『ミスティアー』』
「……聞こえる? フェリー、アファイア」
真っ暗闇が包み込む森奥。風吹く街フリューゲルより北に位置する高山。エシラ山、その山麓。曇天で月明かりの差さない森林の中で、ノヴァは誰かへと声をかけていた。喉元に手を当て、バチバチと電流を走らせている。
「……?! なぜゆえ、名前を知っているのかな?」
「私はあ漏らしてないよお?」
ノヴァの問いかけに対し、二人組の男女の声が驚きを現す。彼らはノヴァと敵対関係にあり、先程まで命を狙われていた。だが、その存在は目の前にいる訳ではなく、ノヴァが独自の遠感魔法によって、離れた存在と会話をしている。
その数十分前。エシラ山の森林に住み着いている民族、ネイゲル族の少女シルフィーに命を救われた、狐火木ノ葉のダダに付き合わされ、ネイゲル族の柵からシルフィーを連れ出す事になったノヴァ。ノヴァは元々、ネイゲル族として暮らしていた過去があり、ネイゲル族と近街のフリューゲルとでの対立関係を知っている。その為、内心ではその案に否定的だったが、狐火の押しを止める事もできず、他に危害を加えない事を前提にその案に乗る事に。
しかし、下山までの道中でネイゲル族の『キラー』と呼ばれる狩人たちに、その逃走経路が見つかってしまった。キラーの二人組は、自身の波動『追跡』『操作』の能力を掛け合わせ、ノヴァたちへと遠隔で攻撃を仕掛ける。そのコンビネーションに追い詰められる狐火、ノヴァ、シルフィーの三人だったが、突如現れた野生生物の手助けを受け、何とかその場を脱出。山麓を全速力で駆け降り、フリューゲルの街へ。その途中、ノヴァは狐火たちと分かれ一人、街に背を向けて森の奥へ。そして現在に至る。
「いやいや、どこから声をかけているのかな?」
「そおよお! 私たちの能力だったからあ、敵同士でもお、会話できたのにい」
敵の声だけが届く現状に困惑する二人組。この二人組は『追跡』『操作』の波動で、声を敵へと飛ばす事で会話を可能にしていた。通常、遠くの人間に対して会話をする際は遠感魔法を使う。通信魔法とも呼ばれる、それは魔力によって対象の相手と、遠隔での会話を可能にする魔法。前提として、相手が仲間内でなければ不発に終わる。ノヴァが敵である二人組に遠感魔法を使っても通常は不発に終わるのだ。
「声自体を飛ばして会話するなんて、器用な事するわね。遠感魔法じゃできない事だわ。だから、真似してみたのよ。どうかしら?」
「真似え?」
ノヴァは喉元に電気を通し、自身の声を電波に変換、特定の位置に変換した電波を飛ばし、再度変換し直して声を送っている。ネイゲル族の二人組がやっていた事を模倣した、特殊な遠感魔法だ。
ネイゲル族二人組とノヴァとの間にはかなりの距離が空いているが、互いが互いに遠感魔法のような脳に直接会話を送る魔法ではなく、耳に声が届く方法で会話を飛ばしている為、あたかも目の前にいるような錯覚が起きていた。
「ノヴァよ、覚えてるかしら? 昔は良く一緒に遊び回ったものね……二人共、立派に成長してるようで……安心したわ」
「嘘お?! ノヴァ?! そんなあ、ありえなあい?! だってえ、殺したあはずなのにい」
「いやいや、まさかな、あの傷で生き長らえたのか?」
「フェリー、あなたの『優しい一撃』のおかげで、アタシもこんなに立派に成長できたわ。あの頃はアタシもまだ波動が封印されててバカにされてたものよ」
ノヴァがネイゲル族として暮らしていた幼少期。当時、親友関係だった二人が、会話している相手。フェリーとアファイアである。三人でキラーの役職を目指して、日々切磋琢磨していた良きライバルでもあった。弓技の下手なノヴァは二人にコツを教えてもらい、得意であった刀技の方を二人に指南したりもしていた。だが、操作の波動を持つアファイアに関しては能力で矢を直接動かせるし、フェリーは追跡の波動があるので、獲物に追従する矢が放てる。それ故、ノヴァは純粋な弓技じゃないと不服を申し立て、その話で良くアファイアと言い合いになり、フェリーがその間を取り持つのがお決まりみたくなっていた。
「ずるいずるいずるいぃ〜ッ!!! 二人とも、ずるいよぉおお!!!」
昼下がりのエシラ山、森深くのとある場所。一人の少女が、目の前にいる幼馴染の二人組に抗議の真っ只中であった。茶褐色の肌と金に光る髪をしたその少女は、ジタバタしながら弓をぶんぶん振り回していた。
「ノヴァがあ、下っ手あくそなのがあ、悪いんだよお!」
同じく、手に持つ弓を振り回し、ノヴァと呼ぶ少女に応戦する少女は、幼馴染であるアファイア。茶褐色の肌に、ボサボサして手入れされてない緑のショートカット。草木を用いて作られたヘアピンでその前髪を止め、植物で編まれた服を着ている。
本日も本日とて、弓技の練習の最中であり、毎度の事ながら喧嘩になっていた。木の幹に泥で描いた的を狙い定め、中心に矢を刺せたものが勝ちというルールで行われている。
当時十二歳のノヴァはまだ、波動が封印状態で、何の力もなしに純粋な技術のみで弓を放っていた。一方のアファイアは波動『操作』の力が発現。自在に物体や力の動きを操る事が可能になり、放った矢を重力や風の抵抗を無視して的に突き刺す事が出来る。ノヴァは、その能力によるハンデを強いられていると異議申し立て中。
「操作しないでふつーにやったら勝てるもん!!」
「いやあ、無理だよお、それはあ? だってえ、ノヴァはあ、単純に下手くそじゃあん?」
ノヴァを煽るアファイアにプンスカするノヴァ。その言葉は残念ながら正しかった。ノヴァは同年代の中で一、弓技が下手くそである。初心者設定の5メートルですらまともに的に刺さらない。だいたいは周囲の別の幹が犠牲となってしまう始末。これには親泣かせである。
「まあまあ、落ち着きな? どっちもどっちだからな、うんうん」
二人の間に割って入る少年。いつもノヴァとアファイアが喧嘩になると、こうして二人の仲介に入るのが、フェリーの役目であった。茶褐色の肌に、目が隠れる長さの黒髪。その隙間から弱々しくてオドオドした感じの赤い瞳がこちらを覗いている。背中も曲がって猫背になっている為、見た目から貧弱感が否めない。加えて、毛皮の外套を羽織って寒さ対策している事が起因して、尚更インドア感を強めてしまっていた。
「フェリーもフェリーだよ! 木の幹に直接追跡かけて当てるのも卑怯だよ、卑怯ぉーっ!!」
「いやいや、証拠がないからな。そうそう、証拠がないもんな? 僕が波動を使っている証拠がないからな、残念残念。でもでも、ノヴァはな、刀術は優れてるんだからな、いいよな? な?」
さりげなくはなくフォローを入れるフェリー。ノヴァは弓技のステータスが全て刀術に振られているのかというほど、刀術に秀でていた。ネイゲル族随一の才能と技術を備え、フェリーとアファイアも、ノヴァに刀の指南をしてもらっている。
「そ、それは……それはそうだけど。ま、まあ、でも確かに、才能だもんね、操作も追跡も」
こうしてノヴァの怒りを収めるのがフェリーの仕事である。喧嘩、仲直り、後デレる。ノヴァがツンデレ気質になる因子が垣間見えていた。
弓技練習も終わり、程よい運動で汗をかいた一行は、その汗を流しに川へ行く事になった。
「ノヴァあ? 来ないのお?」
川へと向かおうとするアファイアは、木の幹に腰をかけて休憩中のノヴァへと声をかけた。ノヴァは川を嫌い、いつも川への誘いは断っている……体をしていた。フェリーとアファイアの二人は大して気には止めていなかったが、ノヴァには川へと行かない理由がある。
「ああー、いいよ、私はー。ちょっと風でも浴びていたいから〜」
暑そうに服をパタパタしながら、ノヴァはそう答えた。
「そうかそうか、まあまあ、また明日って事な」
「じゃあ、またねえ、ノヴァあ……ああ?」
「ん? 何?」
アファイアがポカンとした顔でノヴァを見つめ、固まっていた。ノヴァは不思議そうにその様を見つめる。と、アファイアは顔をブンブン振って我に返った。
「あ、あああ、なあんでもなあいよお? じゃあ、行こおかあ、フェリーい」
「……」
二人はノヴァと別れて川へ。ノヴァは木の幹に座ってゆったりする。しかし、この時、ノヴァは自分に起きていたミスに気がついていなかったのだった。運動後の流れる汗を無意識に拭ってしまったことに。
川へ向かうフェリーとアファイア。その顔はいつもみたく楽しげではない、曇った表情に変わっていた。足取りも、一刻も早く距離を取りたいのか、やや足早となっている。
「フェリーい? わたしい、おかしくなっちゃったのかなあ?」
「……いやいや、馬鹿な……でもな、あれは確かに……」
理想と現実は必ずしも一致しない。当然の話だが、いざ目の前で信じていたものに裏切られてしまうと、人は愕然としてしまうものである。そうであると、そうではないと、勝手に思い込んで決定付けをする。学習と言える。間違いを間違いのまま、それが正しいと学んだものに、突如正される真実。それがいかに受け入れ難いものか。1+1=2が正解ではなかったと言われるようなものだろうか。呆気に取られるのも必然。
「……ノヴァが、外敵だったのかな?」
毒草を摘んだように険しい表情で、フェリーは言葉を零した。アファイアも同様で、頭では理解しているが、それを信じられない様子だ。
ノヴァがネイゲル族民ではない。その証拠を二人は見てしまったのだ。木の幹に座って休憩するノヴァが汗を拭った際に、その茶褐色の肌から微かに露出した白い肌。ノヴァはその白い肌をカモフラージュする為に、上から土化粧をして肌色を茶褐色にしていたのだ。その真実を目の当たりにしてしまった。
「……ノヴァがあ、敵い? そんなのお、うそ、だよお……」
「いやいや、分かっているよな?」
ネイゲル族に他族が侵入した際は、その危機的要因は速やかに排除しなければならない。例えそれが、幼馴染で、ずっと競い合ってきたライバルで、約束を交わした親友同士であっても。そこに例外はなく、ネイゲル族以外の何者でもない彼女もまた、排除対象の一人になる。白い肌を持つ悪魔。
「……僕はお断りだな……ノヴァを……」
「フェリー?」
フェリーがボソリと呟く言葉。ちょうど川に差し掛かり、流水の音でその言葉はアファイアの耳には入り切らなかったが、凡そ理解ができた。
「やっぱりい、黙ってーー」
「ダメだな。うんうん、ダメなんだよな。アファイア、僕らにはできないな、うんうん」
流れる川面を見つめながら、アファイアの提案を聞くまでなく否定し、あたかも自分に言い聞かせるように言葉を呟いていた。
川の前で、二人はしばらく無言で留まっていた。川のせせらぎだけが辺りを包む中で、二人は決意を固める。
ノヴァを殺す事を。
「あの日、私を殺しに来たキラー……。フェリーのお父さんだったわね」
闇夜の森の中で、忘れもしない十二年の一夜を思い出し、悲しみを紛らわそうとしたのか空気のような笑いを零すノヴァ。
「……魔獣で完全に息の根を止めておくんだったな、アファイア……。おいおい、何を笑う事があるのかな?」
フェリーがアファイアの笑顔に不信を感じているらしいが、遠隔で会話している以上、その様はノヴァからは見ては取れない。その笑顔の真意も推し量るに至らない。
「今となっては正直、二人に対して怒りなんて微塵もないわ。ネイゲル族として、当然の行動だったわよ。でも、元親友として、しっかり感謝は伝えたかった。昔は良くバカにされてた狙撃技術も、今は完璧に狙い撃ちができるようになったのよ?」
思わず声に明るさが混じってしまう。久々に再会を果たした親友同士、のような会話。聞こえてはいるはずだが、その応答はなかった。
「……ありがとうね、二人共」
ノヴァは首に巻いていた赤いマフラーを外すと、そのマフラーに電気を流し始めた。バチバチと赤い光を放つ電流はマフラーを変形させ、まるで弓のような弧を描く。その両先端から真っ直ぐ、赤い電流が伸びて繋がり、弦の形を成した。
その電流とマフラーで形成した弓を空へ向け、右手で弦の役割を果たす電流を引っ張って張り詰めた。弦を張る右手から弓側へと水平に電流は伸び、今度は矢の形を模す。その姿は弓に矢を番え、狙いを定める弓使いの様である。
「……ノヴァあ」
弓を弾こうとした瞬間、アファイアの声が届き、ノヴァはその手を一旦止める。
「ごめんねえ、ごめんねえ……」
震えて上擦る声がノヴァの耳に入る。決意していたノヴァの心に、ほんの少しの躊躇が入り交じった。ノヴァは、二人が自分の事を裏切り者としてキラーへと密告をし、粛清をかける程に嫌われてしまったと、今の今までそう思い込んで生きていた。それが間違いで、二人なりの葛藤があったのだとアファイアの声で気付かされた。思考が曇り、漏れ出しそうな感情を抑え、ぐっと唇を噛む。
「ダメだ、ノヴァ……忘れろ。忘れるんだな、うんうん」
フェリーがノヴァへと助言のような言葉を投げる。むしろ、その優しさがノヴァの胸を締め付けていた。フェリーは自分の意思を否定してでも『ネイゲル族』を演じてくれている。ノヴァが彼らにとっての敵である事を、それでも幼馴染である事。フェリーのたった数言でそれを分からされた。
ノヴァはブンブン頭を振り回し、理性を保つ。呼吸を整えて、唾を飲み込んだ。
「……ありがと、フェリー、アファイア。二人になら、この半生を掛ける価値があるわ」
その言葉は遠く離れた二人に送りはしなかった。自分の中で思い出と一緒に呑み込んで、なかった事に。深く深呼吸を入れてから、ノヴァは右手で掴んでいる弦を離した。
ーーーー波動『ミスティアー・赤色電栲弓』
雷鳴、闇夜に走るは赤い稲光。思い出を別つ神の気まぐれはエシラ山の頂に、落ちた。
休みはなぜ、こんなにも早く、1年もなぜ、こんなにも早いのか? 星野夜です。小説家を自称する小説執筆オタクです。
気づけば早一ヶ月、過ぎ行くは四半期。我々は時間に命を握られている。
んな事はどうでも良かった。
さあ、本日お送り致しましたは第32.5話! 静電気少女ノヴァの過去回でした。ついに解放されるノヴァの波動。具体的な能力に関しては不明ですが。それについてはまた今度にしましょう。
次回予告!
第40話『再会』ーーーーネイゲル族の因縁に終止符を。
え? なに? いつもより後書きが簡素的? 後書きを真面目に読んでる奴いたのかよ……ありがとう。君に感謝を。あれですよ、あれ。めちゃくちゃ疲れてんですわ。休日ってなんか息抜きの度を越して180°回って疲れが溜まるんですよ、分かりませんか? これを俺は休日弛緩疲労と呼びはしませんが、何か名称でもあるんでしょうか? それとも日曜の憂鬱然り、サザエさん症候群の近縁症でしょうか? そして僕はなぜ小説を書くのでしょうか? そんな事、考えるだけでバカバカしくなってきました。今はただ、馬鹿みたいに馬鹿をやっていたい、そんな能天気馬鹿でありたい。馬鹿な私は、そう思うのでした。
ナンソレ?!




