第38話『渇望』
新年あけましておめでとうございます。相も変わらず下がりつつある語彙力とやる気のなさでお送り致しますは、人生ニートの小説家、星野夜です。
珍しく前書きからのスタートです。新年早々という事で、新鮮さが重要であると、私は考えておりません。でもおせちはやはり新鮮さが重要であると、私は思っておりますが、そんな事はどうでも良い。そもそもおせち食ってない。
さて、ここまで前書きを読んでくれた読者の皆様様には感謝とよろしくを伝えておきます。もちのろん、読んでくれていない方にも感謝を。
今年の抱負は……考えたんですが、結果的に何の抱負も得られませんでしたァっ!!!
さあ、縁もたけなわですが、と意味も知らずにぶち切るんですが、本題にそろそろ入りましょうか!
それでは、新年一発目の投稿です。ガスター討伐戦、第38話をどうぞ!!
(P.S.今回の後書きは休載です)
フリューゲル北部に位置する集会所。冒険者、探索者達がクエストを受注し、外の世界へ駆り出る。日々、様々な依頼が飛び交い、街の物流を担う機関でもある。その一方で料理店や宿泊所も兼任しているため、クエスト受注者の他にも施設を利用する住民で賑わう。
そんな集会所だが、今日に限っては別件で賑わい、押し寄せる人々の波が集会所を満席に、屋外にまで人々が漏れ出していた。その原因は今朝から続くフリューゲル南部の災害にある。昨今から上空を埋め尽くす分厚い積乱雲、その中から突如現れた気体質の翼竜ガスター。その翼竜から放たれたブレスが街を無差別に襲い、そこらかしこで竜巻を発生させていた。現在、南部は壊滅。徐々に北へと被災範囲が広がっていた。ゆくゆくは、フリューゲルの街は風吹く街から瓦礫の街に入れ替わってしまうだろう。住民は、その解決を街長に投げ打っている、その最中だ。街長は基本的に集会所に駐在している、故に住民は集会所に集っていた。
「……こ、困りましたねぇ、街長」
「これはまずい。フリューゲル三銃士を向かわせたは良いが……」
押し寄せる住民の喧騒の中、受付嬢と街長は事の終息について頭を悩ませていた。
「あいつをどうにかしてくれよ!」「何してんだ、お前らは?!」「何とかしろ!」「助けてよ、何とか言ったらどうなの?!」
言葉と負の感情が混濁し、分厚い壁となって街長へと襲いかかる。現状、動く事が可能なほぼ全冒険者たちを被災地の救助に向かわせている。一方で、元凶の討伐は上級者たちに任せるも、空へ向かう魔昇船には数が限られているため、これ以上の力を注ぐ事はできず、上級者たちの健闘を祈る事しかできなかった。
そんな喧騒の中、一人の門兵が人の波を掻き分けながら集会所へと飛び込んできた。焦りと不安の混じった暗い表情で息絶え絶えに、街長へと声を張り上げた。
「街長っ!! 襲撃です!!!」
「……何?!」
門兵の悪報に、先程まで散々吠え散らかしていた住民は一斉にピタリと黙り込んだ。皆、その言葉の真意を知っている。エシラ山の位置する北門、その門兵からの襲撃通告。それはエシラ山に巣食うネイゲル族の襲撃を意味する。これまでにも時折、ネイゲル族の敵襲は幾つかあったものの、単体での敵襲ばかりで門兵二人で対応出来る程度のものだった。その門兵が通告を持ってきたという事は、ネイゲル族が単体ではなく、集団で侵攻してきたという事だ。黙り込む民衆の中の一人が、その現状に堪らず悲鳴を上げ、集会所を飛び出すと、それに釣られるように民衆に恐怖が伝播した。一瞬にして集会所内は集団パニックに陥る。
街長はひしめく集会所の中、住民たちを避けながら、通告を持ってきた門兵の元へと駆け寄る。
「クラルスは?! 一人なのか?!」
「……は、はいっす!」
数分前の北外門前。エシラ山の深い森を前に、いつも通りの暇が漂う日常を過ごす、門兵の二人がそこにいた。武装に槍を持つも、それが振るわれる事はほとんどないため、だいたいは身を支える杖の役割になる事ばかりである。一日中、突っ立ってるだけ。ネイゲル族がいるエシラ山から旅人が来る事は基本的にないため、仕事はネイゲル族を追い払う事、実質それ一本のみだ。だが、それすらも年に一回もなく、立ち尽くす事、これが仕事だった。東西南北、四門のうち、北門に配属される事は門兵にとっての流刑であった。
「……なんか今日うるさくないっすか?」
槍を杖替わりに身を委ねながら、一人の門兵は隣の相方へ話しかける。その背後、巨大な鉄扉の奥から振動と喧騒が伝わっていた。
「祭りの一つでもしてるんだろう」
もう一人の門兵は空気椅子をしながらのんびりと読書に精を出していた。文字通り空気椅子に座っている。
「先輩ぃ〜、自分にも椅子貸してくださいよー」
「何度言えば分かるんだ? 疲れるんだよ、他人に貸すのは。お前の分の重さを抱えるのはこっちなんだからな」
読んでた本を空中に置き、カップに注がれているコーヒーを飲みながらのんびりと、その門兵は言葉を返す。その横で、後輩の門兵は気だるそうに壁に寄りかかって呆れていた。
これが日常だった。いつものやり取りと、平和に流れていく時間。暇にかまけて読書をかます先輩と、立ってでも居眠りをかます後輩の二人。今日もこのまま日が落ちていく、はずだが、本日は計画変更を告げる矢先が向いた。
「先輩? それ」
「ん……ああ、来たか」
本に目が向いていた先輩門兵は、顔を上げて目先数センチに浮く矢を確認する。それは森の中から飛来してきたもの。この門兵の波動によって、突き刺さる寸前の所で矢の動きを止めていた。
「ガスター様の意志の元に!」
ぞろぞろとネイゲル民族たちが弓矢を構えてやって来ていた。キラーと呼ばれる、ネイゲル族の狩人たちだ。その数は見える範囲だけでも数十人を優に越す。
「先輩! 大仕事っすよ!」
後輩は立てかけていた槍を構え、戦闘態勢に入る。隣でのんびりしていた先輩も、空気椅子から立ち上がり、読書してた本とカップをその辺に投げ捨てた。
「……最期の一冊か。はぁーあ……新刊明日発売だったっけ?」
「先輩!! 来ますよ!」
構えられた幾数もの弓から、放物線を描いて一斉に矢が放たれる。主に狩りに使われる、矢尻に即効性の毒を塗布した毒矢だ。一つ刺さればあの世行きである。その矢を打ち落とそうと構えていた後輩の目の前で、矢は一斉に動きをピタリと止めた。いや、止まったのではなく、刺さった。空気中に矢が刺さり、反動で僅かに振動しているのが確認できる。
「街長へ報告が優先。ここは俺一人で間に合う。頼んだ」
先輩は後輩から槍を奪い取ると、その背中をポンと押し、集会所へと向かうよう指示をした。一人で間に合う訳がないのは分かっていた後輩。だが、先輩のその言葉を聞き、後輩は任された仕事を全うする事を選ぶ。
「……新刊楽しみっすね、先輩!」
「馬鹿言えよ、お前本読まねえだろ」
そして現在に至る。
「先輩は一人で……ネイゲル族を、相手してます。破られるのも、時間の問題です」
喉が詰まったように言葉を紡ぐ後輩の門兵。
「守護神と呼ばれたクラルスでも、集団のネイゲル族を全て捌くのは厳しいか……」
時間が無い事をわかっても尚、対応策が捻り続けても出てこない街長。被災者救出、重軽傷者看護、元凶討伐、敵襲迎撃。圧倒的な人員不足だった。逃げる選択肢もあったが、住民を負傷者も抱えて全員を逃がすなんて事は不可能だ。何より、もう既に逃げ場がない。南からは災害、北からの侵攻、西は荒れ狂う海、残された東門は一番遠くに位置していて、逃走中に北上してきた災害に巻き込まれてしまう事は避けられない。完全に詰んでいた。
「そして回ってきたか、私のターンが!」
そう言う私は狐火木ノ葉。長さ170センチもの長筆を駆使して異世界に君臨する主人公。今日も茶色の毛並みが輝いていた。とか言っていられる状態では無い。
上空、翼竜ガスターへ今世最期の一撃を決め込んだ私。その際に発生した爆風によって吹き飛ばされ、今は重力の成すままにスカイダイブの最中だった。同じく吹き飛ばされた長筆は、フィノから貰った魔納具である手袋に自動的に収納されたらしく、手元にあるものの、もう何かできる程余力は残っていない。やる事はやった。後は墜落までの余生を噛み締めるだけだった。
ふと、本当に仕留められたのだろうか。私は最期の最後で疑問が浮かんだ。悔いがない訳じゃない。それでも、できる限りの全てを尽くして悔いの無い人生を、その意志の為にも、ガスターには先の一撃で沈んでくれているとありがたい。
私は宙で身を翻し、空を仰ぐ。その目に、信じ難い光景が映りこんだ。口を開き、こちらへとブレスを打ち込む直前のガスターの姿が上空に見えた。だが、問題は仕留められなかった事ではない。その攻撃予備動作を取るガスター、その他に、数十もの似た物体を目にする。それは一つ一つが翼竜の形を成していた。ガスターが分裂、増殖したのだ!
「ふっっっっっっっっざけろし!」
私を横目に、増えたガスターは一斉に街へと攻撃を再開する。落下する私の横を、風切り音を立てながら竜巻が通過していった。その牙は街だけでなく、私へも降り注ぐ。
私を狙っていた一体のブレスが放たれた。まっすぐに私を捉える。墜落死よりも先に、ブレスの餌食になってズタズタに切り裂かれる運命らしい。死ぬなら痛いのは一瞬が良かったなと絶望するしか無かった。
その刹那、私は誰かとすれちがった。墜落しながらすれ違うなどという有り得ない事態だったが、もはや何でもありな異世界だった。一瞬、視界端にローブのようなものが入る。
「シルフィーは任せて。フィノを頼んだよ」
落下の風音の中に微かに聴こえた声。どこか聞き馴染みのある声と、その言葉に、私は思考が止まる。
「え?」
直後、襟首を掴まれたかと思うと、とんでもない怪力で無理やり上方向へとぶん投げられた。一瞬、助けてくれたのかと思うも、その投げられた軌道は、ブレスと真正面で直撃は避けられない。むしろ投げられた事でより、直撃が早まった。誰なのか、なぜ投げられたのか、そんな事考えるよりも眼前の危機が優先だった。
瞬間、空間がズバリと裂けた。宙に裂け目が走り、パックリと眼のような形に開かれた闇。宇宙に似て非なるその開かれた真っ暗な何かへ、私は投げられた推進力のままに吸い込まれると裂け目は閉じ、空間ごとこの世界から消え去ってしまった。
「……懐かしいなあ〜」
私を投げた、ローブを被った誰かはポツリと独り言を呟くと、私と入れ替わりでそのまま地上へと落下していった。
その頃、フリューゲル南部被災地。砂煙舞う中で、青髪の少女ウィンディーネとショタ銃士ルフの二人は、ガスターの放った災害に巻き込まれてしまった負傷者の応急処置を目的に、瓦礫の山を駆け回っていた。空から降る竜巻の衝突をルフが魔弾で相殺し、ウィンディーネが負傷者の回復を担当する。災害の初撃でほとんどの住民は北部へ避難、初撃に巻き込まれた人々の八割は即死に至り、残り二割の命が埋もれている。二割とは言えども、たった一人の力で全員を救うのには限界があるだろう。
ヒーラー、回復や補助を得意とする役職だが、その職を持つ者は希少だと言われている。それは回復という行為に対する代償が大きく、一般的には一度の回復魔法で自身の魔力が尽きる事が主な原因だ。回復という行為には尋常じゃないエネルギーが必要という事である。それが故に、ヒーラーは難度5に位置する高難易度職であった。
そんな回復魔法をただ一人の少女が連続して使用し続けていた。明らかに消耗し、疲労困憊でフラフラとした足取りをしている。おまけに、災害に巻き込まれたのか、頭部の負傷で出血していた。
「ウィンディーネ、限界だ」
「……まだ、まだです」
「…………」
何度目かの同じ問い掛けをするルフに、何度目かの同じ答えを返すウィンディーネ。その虚ろな目は、開けない視界の向こう砂塵の一点を見つめるだけで、何を映す訳もない。ウィンディーネはただ負傷者たちを治癒する、それ一つの目的の為に惰性で歩き続けていた。その足は溝に掴まれて、ウィンディーネは意図も簡単に転けてしまう。
「ほら見ろ! 救う救うって、自分一人も救えない奴が良く言うぜ! なあ! ウィンディーネ、逃げよう!」
空から落ちてきた竜巻を装填した火属性の魔弾で相殺しながら、ルフは騒音の中で聞こえるように声を張り上げて叫んだ。
ウィンディーネはガクガクと手を震わせながら、立ち上がろうとしている。
「私、は……」
「あぁ?! 何だって?!」
「私は人に嫌われて、蔑まされて、生きてきました」
「何の話だよ、それは?」
ルフのその疑問は流されて、独り言のようにウィンディーネは枯れた喉から声を零した。
「命だって狙われる事もありました。そんな『人間』が大嫌いです。復讐しようとも考えた事もありました。でも、それじゃダメなんです。私が私であるために……私は人を救わなきゃいけない。みんなと一緒に、胸を張って生きていけるように……」
決意表明、その裏腹に、あたかも自身に言い聞かせるような、そうでなければならないと思い込ませているような、その言葉その様が不自由を象徴するように見えて、ルフは生き埋めにされたような感覚だった。
「…………そんなの良いだろ……自分らしく生きろよ。やりたい事をやれよ。ウィンディーネに、何があって、どんなふうに生きてきたか知らないし、分かったようなこと言うつもりないけど……苦しいんだよ、傍から見てて。他人なんて気にしてないで、自由に生きていて欲しい。人に言えた身じゃねぇが」
心からの本音、普段は無口な方だったルフの秘めていた言葉。照れ隠しか、背を向けて言い放った。
「……ふふ、優しいんだね、ルフ。それじゃあ、まだまだ救える命はあるよ」
ここまでしても、ウィンディーネの意思は一貫していた。歩くのさえ困難で地に伏し、ボロ雑巾のようにズタズタになっても尚、その虚ろな目の奥には炎が灯っている。
「……その命にお前は含まれてるよな?」
「大丈夫、ルフと一緒だもん」
「根拠のねぇー大丈夫だな」
「自由に生きるためだよ、ルフ。もう、私は動けそうにないけど、ルフが私の足になってくれるなら、どこへだって行けるもん」
「……狐火、あいつもバカだがお前も大概馬鹿だよな」
「私を救うつもりでさ、お願い」
「……はなから断る気はねぇ。命に代えられるものはないもんな、ウィンディーネ」
ルフは疲弊して立ち上がるのに必死なウィンディーネを引っ張り上げると、背中に乗せた。
「あ、あの……大丈夫、ですか?」
「あぁ? 今更何だ?」
「その……」
背中に乗るウィンディーネ、その表情はルフからは見て取れない為に、ウィンディーネがどう言った意図で発言しているかを測れずに、ハテナが浮かんでいた。お前の方が余程大丈夫か、と豪速球を投げ飛ばしてやりたい所だっだらしいが、そんな事はこの惨事の最中じゃ、どうでもよかった。
「……行くぞ、話は後で聞くわ。人助けしに行くんだろ」
「そ、そうですね。お願いしますね、ルフ」
捜索が再開する。ルフは、素っ気ない態度を取る事で照れ隠しを行っているが、ウィンディーネにその事がバレているのではないか、そう思う度に恥ずかしさに熱が籠っていた。一方のウィンディーネは、背負われている自分が重くないか、ルフに自分の体重を感じさせている事、それが恥ずかしくて顔を赤くしているが、互いが互いにそれを知ることはないのだった。
ガスター討伐に乗り出した観測士の静電気少女ノヴァ、その助手ロッド、フリューゲルの隠れネイゲル族の呪術師の老婆。その三人組はガスター討伐に失敗し、復活したガスターの反撃を受けてしまう。乗っていた魔昇船は壊れ、暴風で吹き飛び、空中へと投げ出された三人。
ロッドは吹き飛ばされながらも、直前まで近くにいたノヴァの身体を掴んで寄せていた為、空中ではぐれずには済んでいるが、落下までは時間の問題だった。呪術師の老婆も、暴風で同様にどこかへ飛ばされてしまっただろう。一方、上空では復活したガスターが大量に増殖、一斉に街へとブレスを放ち始めていた。
「ノヴァ! 電流体転送だ、お前のそれなら墜落死を間逃れる! 早く行け!」
電流体転送、それはノヴァが使う技の一つで、自身の肉体を電流に変換し、電気という情報として肉体を高速移動させる。もちろん、電気そのものなので重力加速の影響を受けず、地上に無事に着地ができる、なんなら空をも飛ぶ事ができる。
「ばっ、馬鹿じゃないの?! それならアンタはどうするのよ?!」
電流体転送はノヴァ本人の特技であり、物は移動出来ても、自分以外の生物を電流化させる事はできない。ロッドは別の手段を用いて地上へ着地しなければならない。
「何? 俺の心配してくれるなんて、これはこれは女神様様だなあ!」
「こんな時にふざけてるんじゃないわよ!」
上空ですら、いつも通りのやり取りを交わすロッド。その顔には余裕が溢れている。
「かっかっか! 俺は俺で策があるんでなあ! 先にいって、お前のアホ面拝んでやる算段だ」
「ロッド……」
「どうしたんだ、ん? 俺とはぐれるのがそんなに寂しいか?」
「そんなんじゃないわよ、馬鹿!」
「それは良かった良かった! そんなら、譲ってやるからお先にとっとと逝ってくれ、よっ!!」
ロッドはノヴァの掴む手を握って、無理やり引き剥がすとそのまま下へとぶん投げた。
「はぁあああああっ?! 何すんのよ、この人でなしぃいいいいっーーーー」
互いの距離が遠くなり、プンスカとしたノヴァの罵声がフェードアウトして耳に入る。
それからロッドは地上ではなく、身体を翻して空を見上げる。空には再び身体を修復し、増殖したガスターの姿。幾重ものガスターが暴風を巻き起こすブレスを街へと落としていく。
「……逃げるが勝ち、なのか……?」
ガスター討伐は不可能。フリューゲルは諦め、災害の範囲外へと避難する事が最善、そう結論をつける。通り過ぎる竜巻を横目に、ロッドは自分の人生を振り返る時間に入った。つまりは、ロッド自体、この墜落を避ける手段がなかったのだった。飛行能力もなければ、落下を減速する事ができるような魔法もない。残った数分の余生を堪能するしか能がなかった。
そんな時、ロッドの脳内に走馬灯ではなく、ある会話がフラッシュバックした。それは一度目、まだガスターの存在が明確になる前に、上空の積乱雲を観測する為に魔昇船に乗った時、一緒に乗船していたフィノとのやりとりだった。
「それ魔納具だよねー、お兄さん」
船内、魔昇船の舵取りをしているロッドと、その横で突っ立って黙ったまま、その様を観察するフィノとの気まずい空気が流れている中だった。突然、詰まる空気を割いてフィノがロッドへ話しかけた。その話題はロッドの嵌めている手袋の事。所々に緑の線が規則的に入ったデザインの、ゴツゴツとした黒い手袋。
「ああ、魔納具だが……」
それは魔納具と呼ばれる、アイテムや武器を収納出来る手袋だった。魔納具には様々な種類があり、手袋以外にも用途によって色々な形で作り出されている。魔納石と呼ばれる材料が使われ、風属性の性質により、サイズに関係なく一定量の物を収納する事が可能だ。フィノはその手袋型の魔納具に興味があるらしい。
「それ、貰ってもいい?」
「いや、駄目だろ、普通に。高いんだぞ?」
「分かってる分かってるー、ただとは言わないさー。物々交換でどう?」
抑揚のない平坦な口調のフィノはヘラヘラしながら、背を向けて何やらガサゴソとやっていたが、ロッドは舵取り中だったので何をしてるかは確認できなかった。
しばらくしてから、フィノは何かを終えると、ロッドへとその何かを見せつけた。
「じゃーん! これはちょー貴重なアイテムだよー! これと交換しよー?」
その手に握られているのは拳大の丸い形をした何かだった。半透明の青くて薄い板のようなものがぎっしりと固まって球を成した、見たことの無い物体だ。
「冗談きついねぇ。一体それのどこに価値があるんだ?」
「ふふーん、そんな事言ってられるのは今のうちだよ? これはね、ステータ・ボムって言ってねー、全てのステータスをゼロにできるスグレモノだよー!」
鼻高々に自信満々に、フィノはその道具を説明する。
「馬鹿言えよ、そんなもの聞いた事ない」
「それはそうさー。今作り出したんだからー。今この瞬間、この道具は世界に一つだけだよ?」
フィノの熱い眼差しから目を背けるロッド。今作り出したのなら作り出し放題で結果的に貴重でも世界に一つでもないだろ、と反論は飲み込む事にした。金銭面がどうであれ、そのアイテムはフィノ本人が作るものであり、ロッドは当の本人から貰い受けなければ手にする事のない、そういった意味では貴重なアイテムには変わりないのだから。
「……で、ステータスゼロにしてどうするんだ? 何か実用性があるのか?」
「うーん、そーだねー、実用的に考えるならー……例えばー、今からお兄さんを船から突き落とすとするでしょー?」
ニッコリと無邪気に、さも当たり前のように醜悪な例を上げるフィノ。
「物騒だな」
「その時に、この道具一つあれば墜落死だって避けれるんだよ? 物は使い道次第! ステータスを下げるのは敵だけじゃない!」
「もう少し具体的に聞かせてくれ」
そんな会話のやりとりを魔昇船内でしていたのだった。その際、ロッドはフィノと物々交換をしてステータ・ボムを手に入れていた。フィノの話が本当なのであれば、ステータ・ボムには墜落を避ける術がある事になる。だが、肝心の墜落を避ける為の使用法は尋ねていなかった。
「ステータスをゼロにする爆弾と墜落死に何の関係がある? ステータスをゼロにした所で墜落する運命は変わらないだろ?」
自問自答。その最中にもう一つ、フィノとのやりとりを思い出す。
上空を観察する為に魔昇船の甲板へと出た時の事である。暴風荒れる上空、風を遮るものがない甲板の上で、何事なく悠々と歩くフィノの姿。風圧に揺さぶられる事もなく、地上と同様に歩くその様に対して、ロッドが疑問をぶつけた時の事。フィノはロッドのステータスをいじって一時的に『空気抵抗』を緩和させてくれた。
そんなやりとりを思い出し、そこでロッドは考えた。ステータスをゼロにする、それは攻撃や防御などの体力的数値のみならず、様々な物理法則など、つまりはベクトルをもゼロにする。という事ではないのだろうかと。墜落を避ける事ができる、これは着地への衝撃をゼロにする事なのではないのだろうか。
「……交換しておいて正解だった……いや、地に足つけるまでは安心はお預けか」
ロッドは手持ちのステータ・ボムを手に、地上着地に向けて気を張った。保証もない、たとえ可能だとしても、墜落するのが末恐ろしいのに変わりない。手に汗が滲む。墜落までおよそ一分。
その最中、ふと眼下に浮遊する鳥のようなものを目にする。両腕に翼を生やし、足は鳥の鉤爪がついた女性が、二人の男性をその鉤爪で掴んで、全体重を抱えながら全力でバサバサと、空をゆったり落ちている。
「……あれは先に撃ち落とされた三人組、か?」
そこに浮遊するは、フリューゲル三銃士の姿であった。パーティー内、唯一飛行能力を持つコロルの鳥の力で二人を持ち上げ、必死にその羽をばたつかせている。一瞬、助けて貰おうか考えるも、見る様から限界が伺えたので、その案は払拭した。
「また一人落ちてきたぜ……」
ピンク髪の剣士、アミグダルスは落下するロッドを見届ける。飛行能力のない以上、空では為す術なく、できる事はコロルの鉤爪に掴まれながらぐったりとするだけ。
「致し方ない。コロル一人では、僕達二人を持ち上げるのが限界だ」
アミグダルスの隣で、同じく鉤爪で持ち上げられているフロンも、落下していくロッドを見届けるだけだった。
「ぅぐぐぐぐ……疲れたよぉおお!」
「頑張れ、コロル! 20メートルまでの辛抱だぜ!!」
「他人事じゃないよ、アミグダルス! 後で晩飯奢ってよ!!」
「だとさ。頼んだよ、アミグダルス」
「おい、他人事か、フロン! お前と俺で半々だろ」
「奢る奢らない以前の問題だぞ。まだ討伐戦は終わってないんだ。僕達の晩飯はガスターに握られている」
「ったく、ホントにそれだよ。どーするよ、あれ。勝てる見込みがないぜ」
「ぅううう、明日は筋肉痛だよぉ……しくしく」
フリューゲル三銃士は、実質ガスター討伐戦敗退だった。上空戦として利用される魔昇船は底を尽き、ガスターへ攻撃を加える手段は絶たれた。もはや、現状のフリューゲルにガスターを討伐できる者はいない。
時刻は遡り、フィノ率いる総勢二名の、たった二名の狐火部隊がステータスボードで決死のフライトをかましている頃。これから空に浮かぶ魔昇船を全て失い、経営破綻に陥る事となる北部の船着場では、管理人が一人、受付の窓口を締め切ってコーヒーで一杯やっていた。己が選んだろうコーヒーを呑んで渋そうな顔をしながら、振動と喧騒を音楽に新聞紙面に目をやっていた。
「商売あがったり所じゃなくなってきたな。これは移転かあ〜……」
舟屋内では沢山の漁業船が停泊中。昨今の暴風による波浪で全船欠航であった。どのみち、被災が北部にまで及べば、そんな事は関係のない話だったが。
これからの計画を立てながら新聞を読むだけの営業を続ける管理人。その最中、突然受付窓をコンコンと叩く音が響き、集中を切られた管理人がビクリと飛び上がった。
目線をやると、窓口に一人の女性の姿。やたら疲れているのか、気だるそうに窓口の台に寄りかかって肘をついている。
「……もっ、もももも、もう帰ってきたのか?!」
小窓を開き上げ、管理人は驚嘆を上げる。
「予定より遅れてしまいましたが……」
そう答える声には覇気はなく、どこか虚ろを眺めるような顔には疲労が滲み出ていた。服もズタボロになっていて、一体何があったのか推測もできない。
「ところで……これは一体何の騒ぎですか?」
そう管理人に訊ねる女性。彼女は、現在発生している災害の起こる以前に、海の向こう隣国の『クルィーロ』へと出港していた。現状を知る由はない。
「話すと長くなりそうだから端的に言うとだなあ……被災だ」
フリューゲル南部、気体質の翼竜ガスターによる竜巻を伴う風のブレスが街、人々を襲っている惨禍の最中である。が、現状はまだ、その原因が何かまでは断定されていない為、被災という言葉を返す管理人。腑に落ちない女性ではあったが、その疲労困憊な身体を動かしてどこかへ歩き出し始めた。
「……もしや、南部に向かうつもりじゃああるめえな?」
「やり残した事がありますので」
女性は背を向けたまま、そう言葉を残すと足早に船着場を出ていった。汚れて破れているインバネスコートが風に煽られてバサバサとなびいていた。




