第36話『ガスター討伐戦』
朝のフリューゲル街中。青髪の少女ウィンディーネは一人、フリューゲルの船着場付近にある便利屋に立ち寄って、旅の道具を取り揃えていた。寒気を伴うフリューゲルの街並みは以前として活気を失っている事は言うまでもないが言わなければならない。ウィンディーネは暴風に青髪を乱雑に悪戯されながら、便利屋に足を踏み入れた。
「やぁ、お嬢ちゃん。一人でおつかいかな?」
早朝、人けない便利屋に訪れた小さな女の子の姿を物珍しげに見てた店員が話しかけた。レジに肘をついて悠々自適に、そして不真面目そうな雰囲気の男性店員だ。さっきまで仮眠していた所、ウィンディーネの入店によって鳴ったベルの音で目を覚ました様子。
「おつかいじゃないですっ! 私も立派な大人だもん!」
子供扱いされるとムキになってしまう子供なウィンディーネ。
「へへっ、そうかそうか、悪かったなあ、お嬢ちゃん」
「子供じゃないもん!!」
子供扱いされてプンスカしながら頬を膨らませるウィンディーネを優しげな目で見守りつつ、起床十秒前の眠気に抗っている店員。
「で、何をお探し? オススメの美味しいお菓子ならあるぜ?」
「子供じゃないですっ!!」
「冗談だよ、冗ー談。おかしいだろ?」
男性店員は暇潰しがてら、少女をからかっている。来客の少ない早朝の店内には静けさが屯していた。
「…………」
「まあまあ、怒りなさんなってー」
無言の圧力を押し付けるウィンディーネをなだめる店員。可愛らしいその仏頂面からは圧力の一つも感じられない。
「……あの、暇なんですか?」
「はははっ、見ての通りさ。時間に弄ばれた結果と言えよう。お客さん、ただで時間をくれてやるから、世間話でも付き合ってくれるかね?」
「は、はぁ……」
見ての通りの暇人にからまれて、陳列された商品を眺めながら、ウィンディーネはお望み通りに店員と世間話に花咲かせようとするも、お互い何の話題もなく三分咲きと言った程度だった。花盛らない話が延々と続く最中、流れ流れて話題はとある噂話に至った。
「そう言えば、この前ウチに来た冒険者が言ってた噂があるんだが、聞いた事はあるかい? 永久凍土に化け物が封印されているって噂」
「微塵も聞いたこと無いですね」
特に興味も湧かない話に、相槌程度の反応を返しながら、今後の予定を頭の中で整理しているウィンディーネ。
「そいつはとてつもなく長くて大きく、異様な見た目をしているという。二千年も前、突如現れた化け物が永久凍土を作ったかどうとか。今この瞬間も、永久凍土の中で鋭い眼光を放ち続け、生命を氷漬けにしてしまう、だとか」
嬉々として噂を語る店員。
「……そんなに大きくて危なそうな生物がいたら、すぐ広まってしまいそうな話ですけどね」
「噂はあくまで噂だからな。回り回って誇張され膨れ上がって、現実離れしていくもんだ」
「でもそれが本当だったら、恐ろしいですよねぇ」
「そりゃそうだ。まあ、時に噂は真相を象る事もあるがな」
「……それで、その噂がどうしたんですか?」
「いやいや、特段何かある訳じゃなくてさ、ただ単にそういう根も葉もない都市伝説に興味があるだけなんだよ。永久凍土の怪物、命の宿る隕石、三大霊器、現世の階層とか、エトセトラエトセトラ」
ここからまた話が長引き、語り癖なのか都市伝説のコンテンツになった途端に、口が滑りに滑ってブレーキの効かないトロッコと化した店員の言葉を聞き流しながら、ウィンディーネは商品を物色するのだった。
そんな日常の一コマが次のコマで破られる事となるのだが、それは漫画化する世界線の話。この世界線では、集○社に滅多打ちにされて落選する世界線の予定である閑話休題。
その時は突然に訪れた。曇天下、変わらず強風が荒れる街フリューゲル。朝の穏やかな日常を切り裂くように街に響き渡った破砕音。まるで爆撃を落とされたかのような轟音に、地は震え上がり、人々は飛び上がった。驚天動地とはまさしく読んで字のごとくだ。
毎朝の日課でフリューゲル北部にある演習場にて、フィノに鍛錬を受けていた私は、突然の異音と振動にすぐさま屋外へと飛び出した。演習場のスタッフたちも、その異常事態に不安げな様子で私たちの後を追って共に外へ。道路に出ると、その目に映ったのは砂煙だった。フリューゲル南側の遠景に巻き上がる砂塵。さながら火災による黒煙のように。目をしかめながら、その異様な光景を凝視すると、小さな何か粒のようなものが空から散り散りに落ちているのが見えた。良く見るとそれは、木や石の破片、かつては街を彩る建造物だった様々な建材。何かが爆発した影響で空に打ち上げられたのだろう。
その様に呆気に取られてると、二度目の爆発音が響き、南側で砂煙が打ち上がった。その際、私はしっかりとその原因をこの目に納めた。上空、積乱雲の中から伸びてきた雲を纏う竜巻が、街に猛威を振るったのだった。自然発生した竜巻とは異なる、明らかに意図のある攻撃だ。
攻撃の射線上を見上げるとそこに、一つの雲が浮いているのが見えた。積乱雲とは違う、独立した違和感のあるそれは、蠢き、翼竜の形を成している。恐らく、この異常事態の原因だ。どこかで見た覚えがあるものの、思い出せそうにはない。
それはフィノとの演習三日目の朝の出来事だった。私はここ数日、演習場での身体強化魔法の練習に勤しんでいた。低頻度ではあるが、何となく身体強化魔法が使える所まで来てはいたが、それどころじゃなくなってしまった。
「木ノ葉ちゃん、予定変更だねー」
「も、もしかして……あれ、倒す気?」
「あっははは! お釣りを渡し損ねてるしねー」
その発言から、あの上空に浮いている雲に酷似する翼竜が、フィノの体に負傷を負わせた張本人、いや張本竜なのだろう。遠目でその全容を把握するには至らずとも、街への影響を鑑みて、相当の強敵だと推察する。
と、再び雲のような翼竜が蠢き始め、その口部分に当たる箇所からブレスを吐いた。渦巻く雲が一直線に街へ落ちていき、着弾して広範囲をその竜巻で吹き飛ばした。圧縮された風の爆弾と言った感じだ。現在地のフリューゲル北側からだいぶ遠いので現状は見えないが、惨状は予想できる。広範囲攻撃に巻き込まれてしまった人も恐らく一定数いるだろう。街中は一気にパニックに陥る。そのうち、私たちのいる北側まで被害が及んで、フリューゲルは翼竜の攻撃で瓦礫まみれの更地にされてしまうのも、時間の問題だ。
北部住民も、その轟音に様子を見に外へと出てきて、いつもは閑散としている道路に人集りができていた。皆、遠方の惨状を目の当たりにし、慌てふためいている。荷物を纏めて家を飛び出す一家や、好奇心に煽られて南側へと向かう野次馬たちもいた。
「実戦演習だねー、あははは!」
「え? 私も連行される感じ?」
と、答えが帰って来る間もなく、展開されたステータスボードに無理やり乗り込まされる始末。
「え? 何この急展開? 朝っぱらから準備運動もまともにできてないのに?!」
有無言わずフィノはステータスを移動させて、南側上空に浮遊する原因の元へ。積乱雲から吹き付ける強風に振り落とされそうになりながらも、フィノをジェットコースターの安全バー代わりに抱きしめて風圧に耐え抜いていた。エシラ山遭難の時のように、またステータスから振り落とされて不時着したくはない。そうこうしている間にも、翼竜は淡々とブレスを吐き続け、街の破壊行動に勤しんでいる。
ステータスボードで悪天の空へ上昇していくにつれ、街の悲惨な状況が一望できるようになってきた。以前は家屋だっただろうものが崩落し、石ブロックの瓦礫が飛散して周辺を連鎖的に破壊している。パニックに陥り、逃げ惑うフリューゲルの人々と、空からでも耳に入ってしまう悲鳴。あちらこちらでは攻撃の二次災害で火災が発生して黒煙を吐いている。瓦礫に押し潰されて、身動きが取れない者、命を落としてしまった者もいる。想定よりも酷いその被害状況に苦い顔になった。
「……フィノちゃん、なんか強そうじゃない、あれ?」
「うん、強いねー、あはは」
「策があるんだね、じゃあ! そりゃあそうかー、私みたいに策なしに突っ込むほど野蛮じゃないもんね! ね?!」
「ないよー」
「うわああああああああああああああ!!! 終わりだぁああああああああああっ!!!!!」
逃げようにも逃げられない。物語中盤でラスボスに遭遇し、ボコられるシーンと今の状況は酷似している。だが、これはゲームではない。仮にゲームだとするならば、こんなにも映像が綺麗で鮮明なVRゲーム、即完売するし名作となるだろうし、そんな事はどうでもいい。ボコられるだけで済むならばそれでいいが、最悪死ぬ事も想定して置かなければならない。チートキャラのフィノと一緒と言えども、そのチートキャラに傷を負わせる程の実力を持つ強敵。つまりは実力が拮抗しているか、それ以上。
「あっはははは! そーだねー、負ける可能性はあるかもねー」
そこで、フィノはあの敵を分析して討伐法を独自に見つけ出すと、笑顔でそう話すのだった。フィノ曰く、雲の翼竜は物理も魔法も効かず、ステータスの絶対防御も容易く割られてしまうらしい。香ばしい負けの香りが漂う。
「おーいっ!! お前らあ!!」
私なりに脳内シミュレーションを続けていたその中、風音を割いて男の声が下の方から聞こえた。見ると、眼下から一隻の魔昇船が近づいてきていた。三人組のパーティーが乗船している。
ピンク色の髪をした腰に刀を差す男、茶色の長髪をなびかせる眼鏡をかけた男、鮮やかな赤の混じった緑髪の女。
「二人だけであいつを倒すなんて無謀だろ。
俺らも手伝うぜ!」
ピンク髪の男が抜き身の刀をブンブン振り回しながら言い放った。見るからに野蛮人そのもので不審である。
「そ、それはありがとうなんだけど、どこの誰ですか?」
「ふはははは! 聞かれてしまえば答えなければな! どんな奴でも一撃必殺、致死毒のアミグダルス・パーディア!!」
「蒼穹の覇者、コロル・ヴェルシー!!」
「……あ、えぇ…………代替のフロン・グロウン……」
「「三人合わせてフリューゲル三銃士!!」」
唐突な自己紹介に、私と読者は呆気に取られてしまった。恐らく読者も呆気に取られてしまったのだろうと仮定しているが、今これを読む君は一体どんな顔をしているのか、また今度教えてくれ。
三名のうち一名、眼鏡をかけた男だけやる気の無さが滲み出ているし、ほぼ声が聞こえなかった。何だったら無言だった気がする。尚、ポージングを取って三人が戦隊モノのようにポジショニングしている、その背後で爆発エフェクトがかかっているのは言うまでもないが、魔昇船を一隻堕とすくらいには爆発している。
と、その場が凍り付く程、静まり返り、時間が止まった。
「………………あ、はい、分かりました、はい」
この私が熱量で気圧されている。
「さ、行くよ、木ノ葉ちゃん」
「どこの誰か知りませんが、頑張ってくださーい、じゃあね」
フィノがステータスボードを操作して、空へ上昇していくが、その間にも身動き一つ取らずにポージングしたまま固まっている三人組。少しずつ離れていくその様にどこか哀愁が漂っていた。しかし、私はその三人を馬鹿にして嘲るだけの権利などはない。なぜなら、あの三人組のあの姿に心のどこかでシンパシーを覚えていたからである。ひょっとすると異世界での私の素行は、人々の目には、このように映っていたのかもしれない。今更、共感性羞恥を感じて消えてしまいたくなったが、私は私自身であり、それ以外の何者でもない。これこそが私本人だ。あの三人組カッコ一人だけ不満そうであったカッコ閉じ、のように自分を遮らずに、私らしく後悔ない生き方をしよう。改めてそう思うのであった。
「……もう良い、やめだ……アミグダルス、コロル」
咄嗟に取った適当なポーズを止め、ドッと疲労の溜まったような老けた顔で、眼鏡をかけた男、フロンは吐き捨てた。まるで幾数回繰り返してきたかのような発言だが、その通りである。
「俺、なんか間違えたか?!」
「私は失敗してないもん!」
「いや、君達が間違えたかどうかはどうでもいい。というか、関係ない。あと、いつもポーズも言葉も決まりなんてないじゃないか」
フリューゲル三銃士は、くだらない登場シーンについての会議を開いている。魔昇船の甲板で、どうでもいい話を言い合い、目前に広がる大問題を放棄して、答えのない問題を解き続けるのだった。
「ーーじゃあ、都合が合う時に旅行でも行こうぜ!」
「はあ……まあ良いけどさ」
「やったあー! とっとと、あんなの倒して旅行の準備しなきゃ!!」
話が脱線して飛躍して異世界転移して、結果的に纏まった三人組。本来の目的に戻り、魔昇船を上昇させ始めた。
フリューゲル観測所。その一室のソファーの上で眠りに落ちている男の子は、突然の振動と爆破音に驚き、電気を走らせたようにビクリと脊髄反射で飛び起きた。茶色の髪に緑の瞳を持ち、季節関係なく首に解れかけている赤のマフラーを巻いている。冷や汗と驚愕を浮かべる彼の名はルフ。現在は旅行の体でフリューゲルを訪れ、フリューゲルの観測士である姉のノヴァに頼み込んで、観測所内の一室を借り、そこで寝泊まりをしていた。
焦った様子で堪らず部屋を飛び出し、仕事中のノヴァの元へ。機械やパネルがズラリと並んだ仕事スペース、そこで観測士としての仕事に勤しむノヴァと助手のロッドも、急な地揺れに大慌ての様子だった。
「何事だよ、ノヴァ?!」
「分からないわ……」
金髪で金色の瞳、ルフとお揃いなのか赤いマフラーを首に巻く少女、ノヴァも突然の異常事態に仕事を中断していた。
「そーんなお二人様に悲報が一件。何と何と、ガスター様々がフリューゲルにカチコミしに来たらしいなぁ」
ノヴァの助手、ロッドが機械をいじり、フリューゲル上空を映し出した映像をパネルに出力した。曇天の空に小さくポツリと浮く雲塊が映し出されている。その小さな雲塊は時折、竜巻のようなものを吐き出し、その直後に地揺れと爆発音が響く。現在進行形で街に被害を及ぼしている模様。その被害状況を別のパネルに出力する。街南部の建造物が跡形なく粉々に砕かれ、瓦礫の山が連なっていた。巻き込まれた人々の姿もちらほらと確認が出来る。類を見ない、酷い惨状だ。
「ノヴァ、仕事だ」
「ええ、そうね……。ルフ、一人で大丈夫?」
「ああ?! 子供扱いすんな、ばーか」
「何よ?! 心配してるんだからね?!」
「余計なお世話ーーっあ」
「何よ?」
何か思い出したように口を詰まらせたルフは、いきなり観測所を飛び出し、外へと出ていってしまった。止めようとしたノヴァを見向きもせず。
「……まあ、いいわ。無事逃げてくれるはずよ」
フリューゲル上空、雲を取り巻きながら浮遊する一体の翼竜が地に天災を落とす最中、ステータスボードに乗って、フィノと私、狐火木ノ葉はその翼竜の目前まで迫っていた。近付く程に風圧が強くなり、押し流されそうになるもフィノのその柔肌に……その身体に引っ付く事で事なきを得ている。
翼竜の間近に迫り、目視でその全容が確認できた。その様は渦巻く風の塊と言うのがしっくりとくる、灰色の雲が風に巻き込まれて、その身体が視認出来るようになっている。実体がなく、空気のような存在だ。
「良いかい、木ノ葉ちゃん? ステータスで見るに、あれは……ガスターは魔力で構成されてる」
「ガスター?」
「近いので言うと、ジェマイルという糞雑魚モンスターがいるでしょ?」
「酷い言い様だね?!」
そんな酷い言われをする雑魚モンスターに一時は殺られかけた雑魚主人公は雑魚モンスターを擁護する。
「身体を酸で構成するモンスター、それがジェマイル。だけど、あのガスターとかいう存在は風の魔力で構成されているようだね」
フィノ曰く、ガスターと言う実体のない翼竜を倒す為には、構成されている魔力を分散、消費させる必要がある。その為、風の弱点属性である火属性、その魔法攻撃をぶつける事でガスターを討伐できるらしい。
「ふっふっふっ……つまり、我の力を見せつける時が来たと、そういう事だな、相棒」
「あははははっ! そーだよ、木ノ葉ちゃん! 主人公の力、存分に見せつけちゃってよ!!」
その時、翼竜は脇から近付いてくる邪魔者たちに気がついたのか、ブレスを中断し、標的を地上から私たちに変更した。身体を捻り、真正面に浮く私たち目掛けて翼竜は口を開き、ブレスの予備動作を始める。
私は武器を構える。と、本来背負っているはずの長筆はそこにはなかった。
「さあ、早速使わせてもらうよぉお! 武装展開!」
私は右手を突き上げる。その手には黒い手袋がはめられている。所々に緑の線が規則的に入ったデザイン。その線から突然光を放たれたかと思うと、私の手には既に長筆が握られていた。
「……便利過ぎるねえ! もぉおおおーっと早く欲しかったああ」
私が右手にはめている黒手袋は、魔納具と呼ばれる道具だ。魔納具とは武器やアイテムなどを収納しておく道具。風の性質を利用し、内蔵している魔納石に魔力を伝達させると、光を放ち、収納していたものが取り出せるようになる仕組み。フリューゲルの特産品の一つである。
先日の演習が終わった際に、フィノが私に渡してくれたのがこの道具だった。話を聞くに、ノヴァの助手、ロッドの持ち物だったらしいが、交渉して貰ってきたらしい。なぜ、ロッドから貰ってきたのか、特に詳しい事は聞かなかったけど、この道具のおかげでいつでも自在に長さ170センチもの長筆を出し入れが可能になった。
その長筆を構えて立ち上がる。ひとまず、火属性の魔力を長筆に込めていく。攻撃を私が、移動をフィノが担当し、ガスターのブレスと共に、討伐戦が始まりを告げた。
ガスターの放ったブレスが雲を取り巻いて私たちへ襲いかかる。フィノはステータスボードをブレスの射線上から逸れるようにスライド移動しつつ、ブレス放出後の隙を狙ってガスターへと接近していく。
「さあ、行くよぉおお! 幻想色彩・夕景!」
射程圏内に入り、長筆に火属性の赤いインクを込めて、火属性インクをガスターへと放出する。曇天に色鮮やかな赤インクが飛翔する、その一撃はガスターを取り巻いている強風に煽られて散った。
「ありゃりゃ?」
「威力が足りないよ? どうしちゃったのさ?」
ガスターは常に風を纏っている、というか存在そのものが風。エシラ山で出会ったネイゲル族の少女シルフィーが、身体に風を取り巻いてバリアを張っていたように、ガスターにも同様の、風による風圧のバリアが存在するようだ。ただのスイングの威力では本体までインクは届かない。
そこで、別策を試す事にした。フィノちゃんに私の下半身を掴んで固定してもらい、ステータスボードで背後に壁を立ててもらう。言わば、シートベルトの役割。そして、長筆をロケットランチャーを構える容量で肩に乗せて、柄部分をフィノの展開したステータスボードの壁に接地する。
「実践本番だ! 覚悟してね、ガスター!」
私は長筆に再度火属性の魔力を込める、込め続けていく。その間にも、ガスターは次弾のブレスを私たちへ放ち、フィノはステータスを操作してその攻撃を避ける。
「この一撃で決める!!」
「決めちゃえ〜っ!!」
長筆に溜め込んだ火属性魔力を解放し、極大なバーナーの炎を撃ち込んだ。演習でフィノから学んだ魔力強化で、手のひらに魔装を施している為、高出力の炎による火傷を気にせず、全身全霊の一撃を放つ事ができる。今まで使っていた炎柱の強化技である大炎柱。それの更に一段上の火力を持ってガスターを制する。
「生きとし生ける生命を根絶やす噴火の一撃を! 名付けて、噴火炎柱!!」
上空を裂くように、赤く輝く線が描かれる。バーナーの炎は、放出から数メートルで直径が十数倍に膨れ上がり、暴風に揺さぶられる事無く真っ直ぐと標的のガスターを捉える。渦風のブレスを放った直後の隙ができたガスターに、狙い撃った噴火炎柱が命中して瞬間、赤い閃光と共に大爆発を起こした。その様は名の通り、まさしく噴火のように。フィノに手伝ってもらってなければ今頃、反動でステータスボードから投げ出されてメテオ討伐戦のデジャブを噛み締めることとなっていただろう。
「うわあー! やったね、木ノ葉ちゃん! 演習しといて正解だったよー」
「ふふん♪ まあ、こんなもんよ!」
「じゃあ、引き続き、よろしくねー」
「え?」
決めるに決められなかったらしい。噴火炎柱によって起きた爆発の黒煙が、急に一点に吸い込まれて収束し始めた。先の一撃でガスターの体は分散したものの、完全消滅とまではいかず、分散した魔力を収束させて形を戻そうとしているようだった。
「一応だけどー、今さっきの奴よりも強いの撃てたりするかい?」
「今さっきのが奴が全身全霊の一撃だったよ」
どちらにせよ、ガスターが復活する前に、次の攻撃の準備をするに限る。原型に戻る速度を上回る速度で攻撃を叩き込み、構成する魔力を分散しきる事。これこそが討伐の要だ。そして、原型を戻そうとしている今この瞬間こそ、最大のチャンスだろう。なぜならーー
「幻想色彩・夕景!」
放つは、先程風のバリアで弾かれたスイングによるインク放出。だが、今回の一撃は風に弾かれる事はなく、ガスターの元へ。原型を戻そうとするガスターは周囲に散った魔力を収束している。爆発による黒煙を宙に散った魔力と共に吸い込んでいる事が何よりの証拠だ。原型を戻すこの瞬間だけは命中しない攻撃も吸い込まれて必中する!
赤い火属性インクは風に導かれるように浮遊して収束点へ。小爆発を起こし、復帰中のガスターの魔力を再び分散させた。続け様に幻想色彩・夕景を放つ。負担が少なく数打てる上、風が収束しているおかげで命中精度100パーセント。分散して身体を保てないガスターはブレスを放つ事もできず、収束し続けて原型を戻す事しかできない。
「もはや作業だよ、これ? いいの? こんなんでいいの?」
「あはははっ! 大手柄だね!」
長筆に火属性インクを込めてスイング、風に流されてガスターへ命中する。繰り返し繰り返し、バッティングセンターにいるような感覚だった。さすがに何度も長筆を振り続けるのは疲労が溜まる。
かれこれ数十本のバッティングを終えた時だった。急に風向きに変化が生じた。強烈な上昇気流と共に、収束していたガスターの体が、ぶつりと真っ二つに裂けた。気体質である身体が真っ直ぐと物理的に切断され、収束が一時的に止まった。
ステータスボードから顔を出して真下を覗くと、一隻の魔昇船の甲板にいるピンクの髪の男、アミグダルスが刃を剥き出しにしているのが目に入った。ガスターを分断したのは他でもない彼の一撃だろう。その強烈な一撃はガスターを越え、その延長線上の積乱雲すらも分断し、雲の隙間から微かに青空が覗いていた。
「待たせたなあ、お前ら! 俺らも加勢するぜ! 斬風!」
アミグダルスは構えた刃を振り上げる。と、振り上げた刃から上昇気流が起き、再びガスターを捉えて分断する。その凄まじい威力に付随する風圧に煽られ、ステータスボードから振り落とされかけて焦る。火力と命中精度が良いのが幸いだが、頼むからフレンドリーファイアだけはしないでくれと心からそう思うのだった。
「……失礼するよ」
上空でかけられるはずのない誰かの声に心臓が止まりかけた。振り向くと、ステータスボードの上に、魔昇船に乗船しているはずの三人組の一人、フロンの姿がそこにあった。
「あははは、勝手に乗ってきて、どーしたんだい?」
「それは悪かった。ちょっと、君らに聞きたいことがあった。あの正体不明の生物について」
フロンは、正体不明の生物について、分かる限りで情報を共有して欲しいと懇願する。その情報を元に、効率化を図って討伐戦に挑むとの事。
フィノはフロンへとガスターの性質を分かる限りで説明する。風属性の魔力で身体が構成されている事。原型は翼竜の形をしている事。討伐方法は推測の範囲内だが、身体を構成する魔力を分散・消費させる為に、火属性魔法が有効だという事を。
「アミグダルスがやたら滅多ら斬風を放ってるが、全部意味は無い、と……言うことな。ありがとう、どうにかなりそうだよ」
フロンは一礼して話を切り終えると、その場から跡形なく姿を消した。一瞬にして目の前からいなくなってしまったのだ。その姿は真下の魔昇船の甲板の上に。
「へえー、ワープするんだー、いいなあー」
興味がガスターからフロンの能力に偏るフィノ。確かに、ワープ能力は誰でも手にしたい力だろう。かく言う私もワープ能力に憧れていたものだ。朝に弱い私は良く遅刻しがちのダメ学生だったが、ワープ能力を手にしたならば、授業開始一秒前まで眠り老けてやろうと夢に見ていたし、寝室で夢を見ていた。
「フィノちゃんの能力なら、ステータスいじってワープ能力を真似するくらい造作でもないんじゃ?」
「あはははー、それがねえー、世の中そんなに都合良くいかないのさー。能力が複雑になるほど、ステータス改変は負担が大きいんだよー。それに、ワープなんて強大な能力、扱い間違えたら人体が四散しちゃうよ? だから、ワープホールが作られてるんだからさ」
「ワープホール?」
ワープホールとは、クルィーロ国の首都ロークの技術により作り出された、自在に空間を飛ばして目的地へ移動する事が出来る装置の事である。通常、ワープは移動距離に応じて膨大な魔力を消費する。人一人では魔力不足で一ミリ足りとも移動できない。だが、ワープホールならば、使用者の魔力を消費せずに好きな地点へ移動できるとの事。ただし、ワープホールは世界中どこを見てもロークにしか存在しないため、現状は一方通行となっている。と、フィノはそう説明してくれた。
一方のフロンは魔昇船に戻るやいなや、パーティーに情報を共有しているようだった。作戦会議が始まった事で、アミグダルスの斬撃が止み、ガスターは再び収束を開始する。その間、バトンを渡された私は、再び長筆に火属性インクを込めてスイングし、ガスターに休息を与えない。後は魔昇船の三人組がどうにかしてくれる。今はこの場を繋ぐのが最優先。早くも疲労が蓄積しつつある私が長筆を振るうその横で、フィノは腑に落ちないのか何か考え込んでいた。
突如現れた未知の生物。実体がなく、その身体は風を従えて雲を取り巻き、存在そのものが雲のように見える翼竜、ガスター。フィノから情報を貰い、魔昇船に戻ったフロンはアミグダルスとコロルの二人にその情報を共有する。
「ーーという事だ。コロル、火属性と言えば君の出番だろう? 任せた」
「そんな無責任な! 任されましたあ!」
「どっちだよ?」
フリューゲル三銃士で唯一の火属性使用者、コロルはビシッと敬礼の姿勢を取っている。彼女が今回の討伐戦の要になるだろうと、フロンはそう考える。その脇でアミグダルスがソワソワしているのが目についた。
「なあなあ! 俺は俺は?! 俺は何すんの?!」
「落ち着け、戦闘狂。君にはコロルの放つフェザーを誘導する役割がある」
白刃をブンブン振り回す危なっかしいアミグダルスを鎮めさせるフロン。毎回の事なのだろうか、熟れた一連の流れで、アミグダルスの腰から鞘を奪い取ると、その刃を鞘で受けきって無理やり納刀させた。
「おーけー! 任された!」
鞘に納刀した刀を腰に差し直し、一旦落ち着いたアミグダルスにやれやれとフロンはため息をついた。
「……じゃあ、以上! 始めようか、コロル、アミグダルス。終演を届けよう」
「ああ! ガスターの奴に一泡吹かせてやろう!」
「おーっ!!」
作戦会議が終わる。上空では二人組のパーティーが浮遊する板のような物に乗って、ガスターを制圧し続けてくれていた。収束するガスターに炎を焚べている。
「先手、コロル・ヴェルシー、参る! 波動『鳥設』」
波動を放つコロル。腕からザワザワと緑の羽根が生え揃い、両腕が鳥の翼のように変化を遂げた! コロルの波動は、自身に鳥類の力を付与する能力。
「プラスフェザー・ファイアシュート!」
コロルは両腕の翼を振り煽いで生え揃った羽根を宙に射出した。数十枚の羽根は魔力操作で飛翔し、火属性魔力が込められて発火した。その射出した羽根は一斉に上空のガスターの元へ。しかし、暴風が吹き荒れる空の中、羽根たちは風に煽られて届きそうにない。そこに、
「次鋒、アミグダルス、参る! 流線切!」
フロンに無理やり鞘に収納させられた刀を引き抜いて構え、一気に上へと切り上げる。その刀から上昇気流が発生し、周囲の風を捻れさせ、風向きを無理やりガスターへと向ける。コロルの放った燃える羽根を全て絡め取り、風の流れで一斉にガスターの元へと火力と速度を増して飛翔していった。
「「合わせて、流線鳥火!!」」
一体誰に向けたパフォーマンスなのか、決めポーズを取っているアミグダルスとコロル。そんな二人を冷えきった瞳で見つめながら、自分が何をしに来たのか分からなくなったフロンだった。
「……おいおいおいおい、一体何なんだ、これ……」
唖然と立ち尽くしてしまうルフ。観測所を飛び出してやって来たは、フリューゲル南部地域。ガスターの放つブレスの影響で建物は崩壊し、その瓦礫の積もる更地となっていた。被害は広範囲に至り、逃げ遅れて何十、何百もの人々がそのブレスに巻き込まれ、そこにはかつてあったはずの日常は微塵もなく、変わって惨憺な光景が広がっていた。今も尚、ブレスは落ち続け、少しずつ被害範囲は北上しつつある。
「……だ、大丈夫だ、心配すんな。無事だろ、きっと」
自分に言い聞かせるように口から零れる言葉。人々の悲鳴と轟く破壊音が耳について焦燥感に駆られる。
ルフは瓦礫に足を取られないように被災地を駆け出した。砂煙で視界は優れない中、上空から落ちてくる竜巻に巻き込まれないよう、障壁を縫うように回る。目の端には時折、血痕や人の肉片がちらつき、少しずつ気分が悪くなっていく。それでも、足を止めはしない。
「……た、助けて……くれ……」
誰かの声がして足を止める。家だった瓦礫に潰されて身動きが取れなくなっていた男の姿が目に入った。両足が太ももの辺りまで瓦礫に掴まれてしまっている。
「お、おい、だだっだ、大丈夫か?!」
「……足が、足が……」
「まっ、待ってろ! 今どうにかする!」
ルフは男の傍に寄ると、その足にのしかかる瓦礫を退かそうと手をかけるも、人一人の力で持ち上げられる程軽い訳もなく、ビクともしなかった。そこで、瓦礫の中から細長い棒状の鉄を拾い、テコの原理で瓦礫を上げようと試みるルフ。しかし、結果として動く事はなかった。
「……良い……足は、もうどうにも、ならない……」
苦痛に歪む顔で男は何とか言葉を綴る。
「な、何とかなるって……どうにか……」
「頼む……足は、どうなってもいい」
「は…………何、言ってんだ……?」
再び空から落ちてきた竜巻が地上に爆発をもたらし、轟音と地響きが立つ。砂塵が吹き付けてルフは視界を腕で遮った。ビシビシと砂粒が当たる。
「……手遅れになる前に……足を切ってでも良い、頼む……」
限界が近いのか、弱々しい声でそう告げる男。男の言葉の意味が一瞬理解出来ずに固まるルフ。男の必死の懇願、断る事なんてできなかったが、一方でそんな要望に答えられる程、ルフには相応の勇気は持ち合わせてなかった。焦燥と困惑が心を容赦なく締め付けていく。
「……あ、あ……あぁ、わかった……わかったよ」
ルフは頭を抱えながら、詰まりそうな喉から声を放つ。答えなど最初から決まっていた。選択の余地は無い、ただ一択の問題を選ぶだけの単純明快な問題だ。
しかしながら、職業柄それに対応出来る刃物なんて持ってはいない。出来ることと言えば、
「瓦礫を壊す……」
足に付けたホルスターから拳銃を引き抜く。ポーチから一発の魔弾を装填して、狙いを定める。装填した魔弾は水平方向に火属性の旋風を放つ、魔弾ルベライト・フォーカス。直線上を燃やし尽くすその魔弾は、下手に撃ち込めば男を巻き込んでしまう事が予測できるため、射撃は男の足元ゼロ距離からのしかかる瓦礫へ。普通に乗っかっている瓦礫を撃って飛ばした所で、吹き飛ぶ瓦礫によって男が押し潰されて圧死してしまう事は避け難い。最悪、男を焼死させるケースも考えられる。でも、ゼロ距離射撃なら、魔弾が展開仕切る寸前の半端な炎で済む。男の足を焼却しながら、瓦礫を吹き飛ばして退かす算段。押し潰さている両足は犠牲になってしまうが、必要最低限のダメージで済む上、切断面を焼灼止血する事ができる。熱傷は間逃れないが、今ここから逃げなければゆくゆくはブレスの餌食に。
「我慢してくれ……ごめんな」
男の足元に銃口を突き付け、トリガーに指を乗せる。本来ならば敵やモンスターに対して合わせるはずの照準を、ただの住民の一人に向けている。鼓動が早まり、息遣いが荒くなっていく。銃を握る手は罪悪感に苛まれ、カタカタと震え始めた。
「……やれ、やるんだ! やらなきゃ……僕が、やらなきゃ……」
「ありがとう、頼んだよ……」
「っ…………!」
自身の不甲斐なさを噛み砕き、握る手に力を込めた。カチリと引き金は音を立て、撃鉄が落ちる。火薬が破裂して魔弾が銃口から放たれた。直後、渦を巻いて炎が煌々と燃え上がり、男の足を巻き込みながら直線上、瓦礫の山を吹き飛ばした。男の足は魔弾の一撃を受け、太ももの辺りまで業火に燃やされてちぎれ飛び、そのあまりもの激痛に、男は気を失ってしまった。
拳銃をホルスターに戻すと、ルフは慌てて、男の身体を引っ張り出したが、両足は算段通りに焼き切れてしまっていた。出血はほぼ止まっているが、早く熱傷の処置をしなければどのみち、この男は死ぬ。
涙で視界が揺らぐ中、ルフは自分に鞭打って動き出した。ひとまず、首に巻いていた赤いマフラーを外し、男の両足の傷に巻き付けて保護する。その場に落ちてたガラス片でマフラーをちぎると、残ったマフラーを使って男の身体を背負い、自身の体に固定させた。
「ごめん……もう少し、我慢してくれ……ウィンディーネの所まで」
ルフは負傷した男を担ぎながら、再び瓦礫の街を徘徊し始めた。買い出しに出かけているはずのウィンディーネの元へと。
地獄から舞い戻ってきたぜ、星野夜だ。趣味で小説を書いている者だ。
さてさて、第二章最終幕、ガスター討伐戦が始まりました。ネイゲル族の儀式により顕現した気体質の翼竜ガスター。vs狐火木ノ葉&フィノ、フリューゲル三銃士。さあ、終焉を始めようか!
と、話は変わりますが、フリューゲル三銃士という新キャラが登場しましたね。僕はフリューゲル三銃士のキャラクターが意外と気に入っていたりしたりしています。暴れん坊な剣士アミグダルス、三銃士のリーダー役フロン、紅一点の鳥女コロル。良くある三人組学生のイメージを転写した三人です。別視点では主人公でも違和感のない三人組となってますが、そのうち外伝みたいなのを出そうかどうかと考えていたりなんだり。
さあ、んな事ァどーでもいい! 次回はガスター討伐戦、その続き。さあ、執筆を始めようか。




