第35話『それでも先へ』
主人公、狐火木ノ葉こと私率いる、ウィンディーネとフィノの三人組が旅館で大はしゃぎしているそんな頃、集会所から少し離れた民家の密集する地域の薄暗い裏路地にて、静電気少女のノヴァは、助手のロッドを引き連れて、一人の老婆と密会を果たしていた。空を覆う積乱雲が月光を遮るため、裏路地は一段と暗い。道路沿いに設置された電灯の暖かな光がわずかに差し込む程度で、身を隠すのには最適な光加減である。
「私はノヴァで、こっちはロッド。私たちは観測士として働いているわ。……他の誰でもない、あなたには隠す意味は無いから言うけど、私は元ネイゲル族の一人だった」
「なるほど……捨て子だったのじゃな」
「……凡そ、その通りよ」
「で、元フリューゲル民のこいつをここに連れてきたのが俺って訳だ」
「それは大変だったのお……」
顔に面を付けているので表情は読み取れないが、老婆は悲しげに、共感するようにうんうんと相槌を打っていた。古布で身を包み、肌の露出が一切無い服装をしている。腰が曲がって低姿勢で、身体の負担を一本の杖に助けて貰っている。フリューゲルでは珍しい呪術師という役職の老婆だ。彼女は茶褐色の肌を持つネイゲル族の一人である。それ故に、役職を利用して、自身の外見を呪術師ならではの服装で取り繕っているのだ。
それぞれが自己紹介を軽くして、話は本題へと移った。
「……単刀直入に訊くけど……ガスターは実在するの?」
半信半疑でネイゲル族の老婆へ、ガスターという名の何かについて訊ねるノヴァ。
「存在する、と言えば存在はするが、存在しない、と言えば存在はしない」
「随分と曖昧な回答だな、ばあさん」
「ガスターは人の意識が作り出した怪異。ネイゲル族が風の神を崇め、儀式を行い、その溜まり続けた意識が、ガスターという存在を現世に確立したのじゃ。つまり、ガスターは意識そのものじゃよ」
老婆はガスターについて、そう説明をした。あまりに世界観の違う話に、ノヴァもロッドもイマイチ理解ができていない。
「私は実物を見たわけじゃないわ。ただ、ロッドがそれらしき生物を目にしたらしいのよ。雲を取り巻く翼竜の姿を……まさに伝説にあるガスターの容姿に酷似してるわ。信じたくもないけど、そんな異端な生物を他に聞いたこともない」
「で、そいつを俺たちで討伐してやろうって算段だ。何かガスターの弱点とか知らないか?」
まるでゲームの攻略法でも訊くかのような軽口で老婆にガスターの攻略を訊ねるロッド。一時の間を置いて口を開く老婆から、面に隠れていてどんな顔をしてるかは見れないが、おそらく呆れているのだろう。
「馬鹿な事を。しかし……倒すとするならば、私が力を貸さねばならないなぁ。ガスターに物理も魔法も効きはしない。倒すなら、魔力に頼るだけではなく、同時に呪力を叩き込む必要がある」
「「呪力?」」
老婆の説明によると、ガスターの体は魔力に加えて呪力という意識の力が伴い、その二者が渾然一体となって構成されているらしい。魔力と呪力が固く結びつき、片方が欠損しても片方がそれを補い即座に修復をする。魔力と呪力、二つの要素を同時に破壊しなければ、ガスターは討伐できないとの事。なにか既視感を覚えた人も少なくはないが、狐火木ノ葉は語らない。
「そこで一つ、討伐隊の中に私を連れてみてはどうじゃ? 呪力を祓う役回りをしてやろう」
意外な提案が上がった。ガスターの攻略法が老婆の言うものならば、呪術師である老婆の助けは必須であり、都合の良い展開だった。
「それは願ってもない事だが、願わなきゃならない事だろ」
「はて? どういう意味かな?」
「回りくどいわよ、ロッド。危険伴う、増してや死が付き纏う仕事を、無銭で働いてくれる程、お人好しな狂人は存在しないわ。何を求めているのよ?」
老婆は少し考え込んでから、
「そうじゃなあ……お主の寿命十年で、どうかな?」
などと言うのだから驚きだ。
「おいおい、ばあさん。そんなふざけた交渉に乗る奴がどこにーー」
「決定ね、よろしくお願いするわ」
即決だった。
「お前、馬鹿か?! こんな胡散臭い信憑性のない話に乗るのか?!」
慌ててノヴァを思い留まらせようとするロッド。それでもノヴァの決意は変わらず。
「ガルモーニャの焔液流動、原因はメテオのブレスだったらしいわ。火の鳥メテオは伝説とされて、存在すら疑われていた生き物よ? それが実在し事実、猛威を振るった。……そして今、伝説だと思っていたはずのガスターの存在が確立しようとしてるの。私は信じる事にしたわ、エシラ山に人知れず書き記された伝説をね」
「…………ばあさん、交渉決裂だ」
「ロッド!」
真剣な表情で言い寄るノヴァとその交渉を押し退けるロッド。
「その対価は俺が支払う。よって、依頼人はそこの乳臭いガキじゃなく、この俺様だ」
「だっ、誰が乳臭いガキよ?! ……じゃないわよ、ロッド! アンタには関係ないネイゲル族の話に、口出ししないでよ!」
「なあに、お前が誤った判断を犯した時に止めることも助手の役割の一つだからなあ」
そう言いながら身長差を良い事に、ノヴァの頭をポンポンと叩いて煽るロッド。
「じゃあ助手は助手らしく私の正しい判断に身を委ねれば良いのよ!」
「かっかっかっ! こりゃあ一本取られたわあー」
ノヴァはプンスカ怒りながら、頭をポンポン叩いているロッドの手を払い除けた。
バチッ!
「ぎぃやあああああっ?!!」
接触の際に、静電気が発生して痛みに奇声を上げるノヴァ。相変わらずの静電気少女だった。
「ああ、ばあさん、気にするな。いつもの事だ」
それから一悶着あるが推敲されて割愛、結局の所、対価の支払いはどちらが払うか決まらず、一応、老婆を討伐隊に引き入れて成功報酬という形で支払う事にし、支払いの問題と物語の添削は先送りとなった。
遥か昔、フリューゲルが風吹く街と呼ばれるようになるよりずっと前、フリューゲルは草木一つない枯れ果てた平地だった。日中は大地に注がれる陽光が地を熱し、夜間は放射冷却で気温は氷点下を下回る、生物にとっては過酷な大陸であった。
その死んだ大地の上にある時、一柱の神が舞い降りた。後に風の神として崇められてゆく存在である。
風の神は、その枯れ果て朽ちた大地に『風』を吹き込ませ、大地に生命を宿した。年を通して、日夜気候の変動を少なくし、生物が過ごしやすい環境を創り上げて、豊かにしていった。
その際に平地の上にエシラ山を創り、風の神の使いであるガスターを守神として、その地に根付かせる事にした。ガスターは気流を司り、その地の気候を安定させる役目を担っている。
ネイゲル族はそんなガスターの存在を認め、年に一度、豊作を祈り、風の神が創り出したとされるエシラ山にて儀式を執り行う事にしている。儀式には、動植物を供物として贄に捧げるとの事。
その動植物の命とネイゲル族の意識が、ガスターをこの現世に留めている。
「ガスターを討伐したとして、存在を消す事にはならない。数年後、数十……どれほど先の話かは想像すらつかないが、また再臨する事じゃろう。ガスターの存在を抹消する事は神にしかでき兼ねる」
「……神頼みでもするかぁー」
呑気に空を見上げながら、ロッドはそう言葉を吐き捨てた。
「冗談は顔だけにしといてよね。どの道、ガスターは討伐するわ。再臨するならその問題はその時よ!」
「俺ってそんなに酷い顔してるか?」
「ええ、吐き気を覚えるくらいにはーーゴホッゴホッ!」
演技らしからぬ迫真の咳き込みをかますノヴァ。
「おい、今の咳は冗談のそれじゃないだろ。まるで本当に俺の顔が酷いみたいになるだろ、それ」
「……失礼。蜜でも吸いすぎたらしいわ」
エシラ山から無事、フリューゲルの街へと生還を果たし、旅館でゆったりまったりと過ごしてから二日目の昼下がり。私、狐火木ノ葉はフィノに無理やり叩き起され、寝癖をそのままに拐われてしまった。何一つ変わらない日常の一ページである。夢と現実も定かでは無い頭を揺さぶられながら、閑散として広々とした演習場へ無事輸送。
ガルモーニャでは、フィノの武具屋に演習場が設置され、良くそこを利用して長筆の取り扱いや技を練磨し、切磋琢磨していた。今回はフリューゲルの演習場を借りての魔力操作の実践との事。寝起きで思考回路がローテンションなローテーションの私は長筆を杖代わりに、ダラりと気も筋肉も抜ききっていた。
フリューゲルの演習場は二十メートル程の四辺形をしていて、天井はなく吹き抜けになっていた。シンプルな、どこにもあるような演習場のテンプレート系である。
「さ! 木ノ葉ちゃん! 起きてー!」
ゆさゆさとフィノに揺さぶられて脳が震えている。吐き気を我慢して、ひとまずフィノに挨拶代わりの不意打ちをかますとした。
「夕景」
「よっと!」
杖代わりだった長筆を蹴り上げ、振り子のような軌道で、私を揺さぶるフィノの足元から攻撃を繰り出す。筆毛には火属性の魔力が伝い、マッチのように淡い火がふわりとフィノを襲うも、簡単に避けられてしまう。
「気が抜けすぎてしょーもない炎しか出てないよー?」
「眠過ぎてネム睡眠、なんつって」
…………読者と作者と私の合間に冷たい風が吹き抜ける音を聞く。
「ボケにキレがないよー」
「キレが必要なのはツッコミ側であって、ボケ側はボケていれば良いんだよ」
眠過ぎて視界も思考もボケる私は、フィノとの模擬戦前に、ふらふらと睡魔と戦闘中。なぜなら今日はたったの十二時間しか眠れていない。そんなのは寝不足過ぎてレム睡眠まっしぐらである。
「めちゃくちゃ寝てるじゃん」
珍しくツッコミ役に回るフィノ。相変わらず平坦で棒読みな、キレのないツッコミノリで顔にビンタを食らって覚醒に至る。酷い! まだ父親母親友人親友親戚その他諸々に殴られた事もないのに!!
「さ、木ノ葉ちゃん! 今日ここに来たのは他でもない!」
「……フィノちゃんがついに私に打ち負かされる、ってわけだね! よおし! やる気出てきたおおおおお!!!」
「違うけどそうだねー。まー、まだ無理だろうけどねー、あははは」
長筆を構える。睡魔はフィノが倒した。ならば私はフィノを倒さなければならない、そういう流れ。
「睡魔の敵討ちじゃあああい!!! 幻想色彩・夕景!」
長筆に炎を灯して横に凪ぐ。赤いインクを前方、フィノ目掛けて放出した。宙を舞う赤のインクに籠る火属性の魔力が、小規模の爆発を起こして火を伴う一撃となる。初歩的な技、当然避けられるのは前提だ。単調な攻撃にやられるフィノではないし、この程度にステータスを自在に操る波動すらも使わないだろう。そのフィノの大部分を占める余裕にみせた『油断』が、フィノの攻略に欠かせないのだ。異世界に来てどれほどの間、一緒に行動してきたかは忘れたが、フィノが傷を負う場面には必ず油断が生じている。私の分析がそう答えを出した。それ以来、攻略に向けて私は戦略を練り続けた。ステータスボードによる絶対防御を超えるために。
「何度も見た技だよー? エシラ山から生還してきて成長したと思ったんだけどなー」
フィノは油断を顔に貼り付け、一歩後方へと軽くステップして射程範囲外に避ける。その身体へ目掛けて続けざまに攻撃を繰り出す。
「深海! 暴風! 光熱!」
三度振るう。水属性、風属性、麻痺、三種類のインクで数打ちゃ当たる戦法、の芝居を打つ。渦巻く風に乗せられ、水流は気流に混ざってとぐろを巻き、橙色の光を放つ麻痺のインクが水に滲んで一つに。直線上、一回目の攻撃を避ける動作を取って間もない隙が出来たフィノの元へ。
「おっ、一段進化したねー。まだ余裕だけど」
直線上を狙う一撃は、横にズレるだけで避けられる。だから、地に足つく前の宙に浮く僅かな時間を狙った。だが、フィノはステータスを展開し、本来なら避け動作後の隙の時間を、宙に展開したステータスを蹴って横に飛び避けた。
「あははは! 面白くなってきたねー」
「まだまだあっ! 炎柱長筆!」
長筆の毛にバーナーのような高出力の炎を灯して、フィノへの直線上を炎柱で燃やす。あまりもの出力に、自身も後方へ吹き飛ばされるが、それはそれで距離を開ける事ができて好都合。直線攻撃はするりと避けられるが、問題は無い。転がりながら受身をとってすぐさま立ち上がり、次弾を放つ準備へ。
その私の目前、フィノが放っただろうステータスが、予備動作中の私へ襲いかかろうとしていた。咄嗟に攻撃を中断し、身を翻してそれを交わすと、その回避の勢いを利用して身を捻って体重を長筆に乗せ、一気にフルスイングする。
「幻想色彩・夕景!」
赤く染めたインクを、距離を空けたフィノへと目掛けて放つーーーーと、フィノは射程外の後方へさらに距離を空けた。そのフィノの真下から突然、閃光が走ってフィノの身体を飲み込んだ!
「名付けて、幻想閃光弾」
予め攻撃の体を成して適当に放ったインク。それは壁や地面に散って色鮮やかに染めあげている。被弾する事無く、地を染めたインクを再利用、遠隔で攻撃を放つ技の応用。例えるならば設置型のスイッチ式トラップだ。幻想閃光弾は橙色の麻痺を付与するインク。原理は知らないが、橙色インクの性質上、かなりの光量を放ちながらインクに触れた対象者の身体を麻痺させる。インクは攻撃が外れても、その残留物が後に地雷源へ化ける。唯一、幻想閃光弾のデメリットは私自身もその閃光で一瞬視覚が奪われる事。なので、放つ寸前にある程度、位置情報を取得しておいた。私は目をつぶったまま、感覚を頼りに駆け出し、恐らく視覚と行動を制限されているだろう無防備なフィノの隙を狙う。
「幻想色サわべッ?!」
思い切り激突した。真正面に壁があったらしく、衝突して痛みに涙が滲む。自身の脚力がそのまま顔面へ。痛すぎて身をかがめてしまう。
「あっはははあー! 良い攻撃だったよー! でも、残ったインクから攻撃できるのは以前も見たからねえー」
痛みに堪えながら目を開けると、笑顔で突っ立って、平然とこちらを眺めるフィノの姿が、半透明のステータスボード越しに見える。壁、ではなく、展開されたステータスボードに自ら激突して自爆しに行った訳だ。
「いったあぁ……はははは。やっぱ、まだ無理かあー!」
「おー? 諦めちゃうのー?」
「まさか」
新技は見事に回避されてしまったが、すぐさま気を切り替える。立ち上がって、ステータスボードを迂回。長筆に魔力を込めて、イメージを膨らませる。したい事はあるが、それが実現可能かどうか、一度も試した事のない技を試し打ちだ。魔力が溜められているはずの筆毛にはインクは一切ない状態。その純白な毛並みの長筆を振るう。
「おりゃあ!」
「何をしてるんだい?」
「うりゃあ!」
「あははは、体力切れー?」
「そいやあ!!」
空振りを繰り返す私。フィノとの距離は十メートル程。筆が伸びるわけもないので、当然、そのスイングがフィノを捉える事はなく、インクも充填されていない長筆から魔法が放たれる事も無い。そんな事には関与せず、ただただある目的の為にスイングを続ける。重心が前方、毛先側へ集まっている長筆を振り続けるのは腕に負担がかかって、手が痛くなり始めてきた。
「ああー、木ノ葉ちゃん、それは無理だよ?」
「無理?」
「うん、無理無理」
心を読まれて戦略を見切ったフィノは、一旦模擬戦を中止する。長筆を振り続けた私は一気に身体の力を抜き、地面に大の字で寝転がった。寝起きの運動で疲れきり、熱の篭った身体に冷たい地面が気持ち良い。キンキンに冷えてやがるよぉ!
「さて、木ノ葉ちゃん! 長筆の性質の話、覚えてるかい?」
筆使いのジョブで、バランスタイプに所属する長筆は、込められるインク属性に制限がある。王道十二色インクというインク属性があり、赤・橙・黄・薄緑・緑・翡翠・青・群青・紫・赤紫・白・黒の色を持つインクが使用可能。十二色外のインク属性はバランスタイプの長筆には利用できない。インク統合も可能ではあるが、統合した所で、幅は広がること無く、あくまで十二色インク内の効果しか恩恵はない。
「つまり、木ノ葉ちゃんがやろうとしていた透明なインクなんてものは再現不可能だよ?」
私がやろうとしていたのは、インクの透明化だった。脳内でのイメージはあった。私の技は全て、脳内シミュレーションが現実に反映されたもの。想像ができさえすれば、全て再現ができるものだと思っていた。
「透明にする事は可能だろうけどー、それは長筆の能力とは別の『透明にする魔法』みたいなのを上乗せする必要があるからー、今の木ノ葉ちゃんには無理だろうし、そんな事ができるのは『透明にする波動』がある奴だけで、常人じゃできっこないって、あはは!」
すると、現状で使えるインクは、最も火力の出る火属性の赤、麻痺付与の橙、収束する風属性の緑、発動が一番苦手が故か威力が弱い水属性の青。
「…………赤、橙、緑、青……ん? まだあるじゃん…………」
「あっははは! ちょーどいいね! 今回、木ノ葉ちゃんをここに連れてきたのは、君がまだ使う事の出来ない新たなインクを習得するため、だからね! 突然、戦いを挑んでくるんだからさー、本題にやっと入れそーだよー」
大の字で寝転がる私をスルーして、どこかに行ってしまったフィノはしばらくして、一人の人物を連れてきた。青く艶やかな長髪と深紅の瞳、フィノと逆色模様のその姿は紛れもないウィンディーネそのものだった。
「おまたせーって97文字しか待ってないから、そんな時間経ってないねー」
「フィノちゃん、それは言わない約束だって暗黙の了解だからね」
「……え? 二人とも何の話をしてるんですか?」
恐らく、読者も含めてこの場で唯一話が通じないウィンディーネだけが私の言葉の意味を理解できず、ただただニコニコしているだけだったが、今日もウィンディーネが可愛い。敬具。
「急遽、ウィンディーネに来てもらいましたー! 本当はノヴァを連れてくる予定だったけど、なんか忙しいらしいからねー」
「ウィンディーネがノヴァの代わりって、全然代役できそーにない二人だけど……」
「木ノ葉ちゃんにはウィンと戦ってもらいます、よーいすたーと!」
「は?! は、早いってーーうわあ?!」
フィノの突然の宣言により、寝転がっていた私に向かって、ウィンディーネの水属性魔法が襲いかかった。津波のような激流が寝転がる私を押し流し、演習場の壁に叩きつけた。寝耳に水どころの話じゃない。
私は膝ほどの高さの水流に逆らい、壁伝いに立ち上がった。ウィンディーネは展開した魔法陣から絶えず激流を放出し続けている。ウィンディーネを中心として、水流が演習場に満たされて、例えるとするなら流れるプールと化した。私は壁の溝を全力で掴んで流されるのを耐える。ウィンディーネと、距離にしておよそ八メートル程離された。
「ウィンちゃん! こうして戦うのは初めてだね!」
「そうですね! 例え狐火さん相手でも容赦はしませんよ!」
ビシッと指差して答えるウィンちゃん。やる気満々らしい。ならば、ご期待に答えなければ。
ウィンディーネが別の魔法陣を宙に展開している。次の攻撃が繰り出されるだろう前に、どうにかしてウィンディーネに一撃贈りたい所だが、水流で身動きが取りづらい。
ひとまず長筆をーーひとまず長筆に魔力をーー長筆、長筆にーーーー長筆は?
「あれ? 長筆、あっ?!」
水流に押し流されてしまい、長筆は手の届かぬ演習場の端に。
「行きますよ、狐火さん!!」
「ちょ、ちょっと、ちょ待ーー」
「インベル・クウェルム!!」
展開された青い魔法陣から、容赦なく私へと激流が放出される。消防車のホースによる放水の十数倍もの体積の水流が一直線で身動きの取れない私へ。感覚的に川の氾濫に近い感じだった。その激流に飲み込まれ、なされるままに演習場を壁伝いにぐるぐると、まさに流れるプールみたく、なすがままに流されてしまう。演習場は出入口にバリアが張られ、外部に魔法攻撃などが漏れないように工夫されているため、ウィンディーネの放つ水流は捌け口がなく、延々と演習場を覆い尽くしている。あまりの激流に、水面に顔を出せず溺れかけていた。このままでは負けるどころか溺死だ。やる気満々というか殺る気満々なウィンディーネだ。容赦していただきたい。
激流にもがき、溺れて、水をがぶ飲みしてむせる。呼吸もままならず、思考は息苦しさに支配されて何の策も考えられない。そのまま少しずつ意識が薄れていくのを感じながら、壁にガンガンと身体を打ち付けられる。もはや痛みを感じる余地がない。
ーーーー操作暴発
「……っがはッ?!」
腹部に強烈な一撃が入る。無意識下、生存本能なのだろうか、どこにあるかも知れない長筆へと遠隔で魔力を込め、掴まれる事の無い長筆は自由を得て、暴発を起こした。長筆は水中の中でも燃え尽きない程の高出力の炎を放ち、推進力に任せて、まるで吸い込まれるように私のお腹へと突き刺さったらしい。溺死寸前の私はその推進力に押されて、浮上。長筆に持ち上げられ、ロケットのように宙へ飛び上がり、演習場の吹き抜けから大空へと打ち上げられた。腹に受けた長筆の一撃で呼吸を吹き返した私は水を吐き出し、むせながらも、推進力で暴発し続ける長筆の魔力を切った。水しぶきをあげながら空を舞う私の眼下、水没する演習場と、そこにいるウィンディーネを捉える。ウィンディーネは突如水中から飛び上がった私に意表を突かれている様子だった。その横で、ステータスボードを展開し、それに乗って浮遊してるフィノは楽しげに模擬戦を高みの見物中。
長筆の推進力を失った私は、そのまま重力によって垂直落下を始めた。
『ーーーー君がまだ使う事の出来ない新たなインクを習得するため、だからね!』
十二色……新たなインクの習得、水属性のウィンディーネが雷属性の静電気少女の代役って……雷属性……のインク?
長筆に魔力を込める。ウィンディーネが水属性を使うならばこの演習の目的は、
「地に落とす雷鳴を! 名付けまして、幻想色彩・雷霆!!」
雷属性、ノヴァが放つ電流のように。あの時、ノヴァが墜つ魔昇船に放った一撃を再現して。雷属性の魔力を筆毛に、自身も落下しながらも込められた魔力を電撃へ。
しかし、その一撃を放とうと長筆を振ったその時だったーーーー
「おはー、木ノ葉ちゃん」
上からフィノが顔を覗かせている。その横で心配そうにウィンディーネもひょっこりと顔を出していた。状況を把握する前に、ボーッとした意識を目覚めさせてゆく。
「……お、おはよう、おやすみ」
「起きてください、狐火さん!」
目を瞑る。涙目のウィンディーネがゆさゆさと身体を揺さぶってくるのをゆりかご代わりに眠ろうとするも、衣服がびしょ濡れで寝心地悪いので再び目を開ける。そして、頭にあるその感触に気がついた。
「……あれ? この柔らかい感触、温もりは、フィノちゃんの膝枕かなあッ?!」
「そーだよー、気分はどうだい?」
「ありよりのあり過ぎてアリスになっちゃうぞ♪」
我ながら、意味不明過ぎる発言に共感性羞恥を煽って死にたくなった。それでも私は生きていく。
そんな事はさて置かさせていただいて、重い腰を上げることにした。いや、上げるのは腰ではなく頭なのだが。せっかくの膝枕を堪能しつつ、ぺろぺろしたかったが、フィノが自力で私の身体を起こしたので、それは断念する。と、自分の服に血が滲んでいる事に気がついた。中学生時代、ドギマギしながら本屋で端金叩いて買った同人誌を寝室で読み老けていた夜更けの光景だった。想像も共感もクソもない。
「で、これって私の血?」
「そーだよー、気分はどうだい?」
「膝枕で回復しました、このご恩は一億光年と二千年忘れません」
「だとさ、ウィンディーネ」
ウィンディーネはプンプンしてそっぽを向いてしまったが、その様もまた可愛げがあって可愛い。決して重複表現ではない。可愛いの重ねがけは重ねれば重ねるほどに可愛らしさが増すのだから。
「ありがとね、ウィンちゃん」
「……わ、私は、自分のできる事をした、だけです! ヒーラーは、回復させるのが役目、ですから!」
そっぽを向いたままだったが、内心の嬉しさが滲み出ているのを私の目は見逃さない。
「木ノ葉ちゃん、いいかい? 君は火属性、水属性、風属性、それに加えて雷属性を使う事ができたね。けど、雷属性は、その性質に身体が追いつかなかったみたいだねー」
そう言ってフィノが、血塗れになった私の経緯を教えてくれた。空から落下に任せたまま、演習場にいるウィンディーネを狙って放とうとした雷属性の攻撃。雷属性には性質として『加速』がある。属性にはそれぞれ性質があり、
火属性:熱量、エネルギー
水属性:形態変化、状態変化
風属性:質量変化、膨張、収縮
地(氷)属性:停止
雷属性:加速、伝達
闇属性:吸収、消滅
光属性:時間、浄化
と、定められている。この性質を利用し、道具の収納袋やデータの保存、料理、掃除、移動手段などなど、様々な場面で『魔法器』という形で人々の日常生活を潤してくれている。
演習場での戦闘の際、ウィンディーネへと放とうとした雷属性の攻撃は、その属性に含まれる性質『加速』により、普段の攻撃から一段階速度を増した。その負担に耐えられなかった手からすっぽ抜けた長筆の柄部分に、自らの頭部をぶん殴られて意識を飛ばされたとの事。気絶し、落下してきた私をフィノが回収、ウィンディーネが即座に回復させて、無事一命を取り留めた。あまりの速度に痛みも感じる暇なく、長筆さんにテクニカルノックアウトを決め込まれたという訳だ。
「恐ろしく早い長筆……私じゃなかったら死んじゃうね」
「ので! 今後の課題はー、恐ろしく早い手刀が見えるだけの人みたいにならないように、身体強化魔法を使えるようにしないとねー」
以前にも何度か試したものの、全く成功しなかった身体強化魔法。上級クエスト受注者たちは皆、当然のように使う事ができる。逆を言えば、身体強化魔法が使えない者はそこまで、という事である。
それから、演習の方針が変わったため、ゲストのウィンディーネはご帰宅なされ、私はフィノちゃんに引き続き、稽古してもらう事になった。
昼下がりの街中広場。曇天で薄暗い広場にはぽつりぽつりと人がいる程度。普段なら子供たちがはしゃぎ回ったり、魔法見習い生たちの練習場になってたりと、様々な用途で訪れる人々で賑やかな広場には、閑散として物静かな雰囲気が漂っていた。
演習の役目を終えて、暇になったウィンディーネは街中広場に置かれたベンチに座り、風に煽られながら休息を取っていた。
「よっ! なーに湿気た面してんだよ、ウィンディーネ」
ベンチに座るウィンディーネへと一人の男の子が声をかけた。茶色の髪と緑の瞳をした、齢は10歳くらいの幼い男の子だ。首には解れかけた赤色のマフラーを巻いている。
「ルフ?」
「いやー、暇、だなって、思ってな……暇潰しに、散歩してたら、たまたま、お前が、たまたま、そこに座って、なんか浮かばない顔してるからよお……いや、本っ当にたまたまだからな、な!」
何の前置きなのだろうか、強く念押ししながら、目線を右往左往して挙動不審にそう説明をすると、ウィンディーネの横に座った。……しばし、無言が続く。
「ルフ」
「お、おぉ、どした?」
急に名前を呼ばれたルフは、大振りに身を乗り出して耳を傾ける。
「私、以前はもっと別の事してた気がするんです」
「はあ?」
漠然とした、釈然としない、そんな言葉にリアクションに困るルフ。
「……なんかね、私が私らしくないと言うのかなぁ……もっと嫌われ者で皆に疎まれるような、そんな人だった気がするんですよ」
「気がするって何だよ? お前はお前だろ? それとも何か? 魂でも入れ替えちまったか?」
「そうかもしれませんね」
「冗談だって」
…………沈黙が耳についている。ウィンディーネの意味深な発言が頭から離れないルフは黙ったまま、言葉の真意を掴もうと頭を捻るも、一向にその言葉の意味が掴めないでいた。一方のウィンディーネは俯いたまま、地面に行列を成す小さな虫の行進を眺めていた。
「あながち間違いじゃねぇかもな」
「え?」
「本当はもっと野蛮だったりしてな、ひひひっ」
「何ですか、それ? バカにしてるんですか?」
「いやいや、そんなんじゃねぇよ」
「むぅー……」
訝しげに頬を膨らませるウィンディーネ。
「昔はそうだったって事にしてよお、今は今のお前がお前なんだよ。天然でお人好しなバカっぽい感じの」
「バカにしてるぅうう!!」
「大丈夫だ、狐火よりマシさ」
「狐火さんと比較されるのが心外です!」
「……これをアイツが聞いてたら今頃大雨警報だろうな」
聞いていないどうこうではない。今すぐにでも大雨降らせたろうか、狐火木ノ葉はそう思います。
「なあ、ウィンディーネ。バカらしくなっただろ、あやふやで答えのない問題ばっか考えてんのがさ。狐火だったら、んな問題はさて置いて、今どうするかに脳を使うだろうよ。昔がどうとかどーでも良いんだよ。今のまんま、このまんまでさ。どの道、それがウィンディーネなんだろ」
「…………根本的問題があやふやですよ、もー」
結論、考えても分からない事を考える事はバカバカしい。そういう着地だったが、当の作者は宇宙について小三時間くらいは話し続けられるほどに答えのない途方もない話が好きだったりするという誰得な自分語りをしてしまう程には、答えの出ない話が好きだが、そんな事もどうでもいい。
それから無言がまた語りかける。矛盾した表現を指摘する奴もいない、この現状。風音だけが唯一の頼りだった。お互い、暇を持て余しているのに話題なんて毛の一本も持ってないらしい。ただベンチに座り続け、広場の景色を眺めるだけの、まるで縁側でお茶をしている老夫婦の日常でも見ているような様だった。
「そうですね……私は私ですね!」
沈黙を割いて、思い詰めていたウィンディーネは突然、ベンチから飛び出した。
「……お……おぅ! そうだな」
「ルフ! ありがとうね!」
ニッコリと笑顔でルフへ振り向き、礼を言うウィンディーネ。ルフはその姿に数秒見蕩れて固まってしまうが、すぐに頭を振って平静を取り戻す。
「…………ぉお、礼には及ばねぇぜ」
と言うより、礼になるような事はしていないルフ。
「ルフは私の事、しっかり覚えていてくださいね!」
「ああ……んあ? それはどういうーー」
疑問が浮かぶルフの応答を聞かずに、ウィンディーネは飛び出してしまうと、街中広場を出て、どこかへ走り去ってしまった。何か吹っ切れたような、スッキリした表情のウィンディーネを見て、解決したならそれでいいかと、ルフはベンチに座りながら、今日も何一つ変わらない曇天下のフリューゲルを眺め、あくびを吐くのだった。
灼熱の業火燃え盛る活火山。噴煙は空を覆い、地には焔液が流れる。猛烈な暑さに植生物は生えることなく、剥き出しのなだらかな岩場が広がる無機質な外観だ。
その地表に、赤褐色の甲殻を纏う巨大な龍の姿があった。火山地帯に生息する地を這う巨龍『ヴォル種』の地龍だ。翼は退化し、前脚に刃状に変形した龍種族で、四足歩行で地を這うように移動する。その勇ましい巨躯には、至る所に刀傷や銃痕が刻まれ、血が流れていた。
地龍はけたたましく咆哮し、鋭い眼光で目前のパーティーを睨みつけている。四人組のパーティーで、前線に刀使い一人と大槌使いが一人、援護射撃で銃士が一人、一番後方にサポート役のヒーラーというバランスの整った布陣だ。
「頑固な奴」
「とっとと終わらせてガルモーニャに帰んぞ、お前ら」
近距離戦の刀使いと大槌使いは、地龍の動きを見切り、その攻撃を避けながら間合いにするりと入り込むと、その体に一撃を決める。銃士は地龍の攻撃に合わせ、仲間撃ちを避けるように射程位置に移動、その前脚に銃撃を食らわせて攻撃を阻害。サポート役のヒーラーは回復だけでなく、遠隔で仲間を魔力強化させる。魔力強化によって、その堅牢な皮膚にも刃や弾丸が弾かれずに炸裂する。完璧なチームワークだった。
彼らは上級冒険者のパーティーで、今まで数え切れない程のクエストを完遂してきた。今回は地龍の素材回収の高難易度クエスト。それでも、苦戦する事はなく、淡々とこなしていく。
『立ち去れ!』
それは声ではなく、脳に直接送られてくる地龍からの意思だった。
「黙って弾丸でもしゃぶっていろ」
銃士の一撃が地龍の下顎を貫き、地龍は断末魔を上げる。順調に討伐を進めるその最中、地龍の巨体のその背後には、心臓を一突きされて血を吐き続ける一人の悪魔族の姿と、それを抱えて泣き崩れる小さな子供の姿があった。地龍はその二人を庇うように、立ちはだかっている。
「お母さん、死んじゃダメだよ! お願い!」
茶色の髪の幼子は、致命傷を負って声も出せなくなった悪魔族の女性に叫んだ。しかし返答はない。目は開いているが、その虚ろな眼には少年の姿は写っていなかった。
『どこの馬の骨だか知らないが、その命、生かしては返さんぞ!』
血を吐き、傷だらけになってもなお、地龍はその巨体を震わせて、目前に迫る一団に立ちはだかる。
「じゃあ、餞に教えてやるよ! 俺らはガルモーニャの英雄様御一行だ! あぁ、暑さ嫌いで、一人いねぇけど。お前相手にゃ四人で十分! その屍を俺らによこせ!」
自信満々に地龍へと刀を突きつけ、そう叫んだ刀使い。
『その減らず口、黙らせてやる』
地龍が四肢で身体を持ち上げて天を仰いだ。そのモーションに勘づいた近距離型二人は地龍から一旦距離を取って後方、ヒーラーの元へ。地龍はその瞬間、四人へ向けて火属性のブレスを吐いた。灼熱の焔液が広範囲を燃やし尽くす。その一撃は、ヒーラーの魔法で展開されたバリアにガードされてしまう。
『いいか、今のうちに逃げるんだ』
地龍は背後の少年に話しかける。その間もブレスを吐き続けてパーティーの動きを止めていた。
「嫌だ! お父さんも一緒にーー」
「っしゃらくせぇっ! 飛脚!」
刀使いが魔力強化された脚で跳躍、バリアを飛び越え、ブレスを吐く地龍の頭上へ。
「悪いお口はチャックだぜ? 刃穿!」
その刀使いは、刃を下に構えて重力のままに地龍へ。凶刃は上顎から下顎へと真っ直ぐ突き刺さり、その開く口を無理やりに閉じさせて地に伏せさせた。
『……もう時間が無い。私はもうじき死ぬだろう』
じたばた暴れながらも、少年へと必死に語りかける地龍。
「嫌だよ、そんなの嫌だ!」
『父さんも母さんも、お前のそばには居てやれない』
「そんなのヤダ!!!」
「トドメだっ!」
『私たちを許してくれ。そして、私たちの分まで……幸せなるんだ。たとえ、そこにいなくても………父さんと、母さんは、お前をいつまでも愛しているよ、ルフ』
「お父さーーーー
ーーーー父さん!!」
悪夢から目が覚め、飛び起きる。相変わらず変わらない街並み、昼下がりの広場のベンチに座っていた。気が付かない間に眠ってしまったルフ。冷や汗が暴風に煽られて冷や汗だった。
「……クソっ」
最悪の気分だった。
星野夜……です。
狐火「久しぶりだねー。こちとら暇が祟って小説一つ消してやろうかと思ってましたよー!」
非常に申し訳が足りません。気がついたら年が明け、花粉が明け、夏が明けました。そして僕は未だに2022年から抜け出せていません。2023年が半分経過したらしいですが、そんなこと知りません。僕に時間の概念はありません。時間が勝手に逃げていくんだ。
ルフ「それが時間の概念だろ」
狐火「こいつには何言っても馬の耳に何とかって事だよ。言葉の概念なさそうだし」
ルフ「そうだな」
小説書いてる時点で言葉の概念あるだろと言いたいところですが、次回いよいよ第二章終盤戦に突入!
狐火「で、投稿予定日は?」
未定です。
ルフ「そう言えば、新しい魔弾を作ったんだけどよ、試し撃ちしたかったんだよな」
狐火「いいね、私も新技の試し撃ちがしたかったよ」
星野夜 2015-2023




