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第34話『湯けむり殺人事件』

 時刻は深夜帯、エシラ山遭難者と魔昇船墜落被災者たちは一日の疲れを癒すべく、フリューゲルの旅館を訪れていた。格式高そうな門を括り、庭園を縦断する石造りの道を歩いていくと、薄暗い中にぼんやりと、提灯の柔和な明かりに照らされて来客を待つ、旅館の入口がそこに佇んでいた。

「旅館なんて久しぶりだよお! なんか興奮するね! ね?!」

 茶色の髪を靡かせ、背中に一本の長筆を背負う、年の端は十八歳くらいの少女は久々に訪れる旅館に疲れも吹き飛んで気を高くしていた。全身傷に塗れ、服はズタズタに裂かれてしまっている。一体何事か詳細事細かに尋ねたいそんな私は、狐火木ノ葉。地球から異世界転移してしまい、元の世界への帰還を目指して異世界生活を送る女の子だ。

「興奮の強要はやめてください。確かに楽しみですけど」

 淡々と答えるも、自身のワクワクを隠しきれずにソワソワしている青髪の女の子。腰まで届く長くて艶のある青髪、対照的に瞳は綺麗な真紅色をしている。不釣り合いな何サイズか上のブカブカなパーカーを着込み、下はスカートを履いている。不思議な印象のある小さな少女は、ヒーラー役のウィンディーネ。癒し枠確定申告提出不可避。

「あははは、元気がいいねー、木ノ葉ちゃん」

 一人はしゃいでいる私を見て半ば馬鹿にしている彼女は、フィノ。ウィンディーネと同身長で小さく、長い髪は真紅色、瞳は蒼と、ウィンディーネとは正反対のカラーリングをしている。服はなぜかバッサリ切られ、血の滲んだ痕が服に染み付いていた。傷自体はヒーラーであるウィンディーネによって治してもらっているので問題はないが、その格好は問題があった。

 この悪天候の中、来客は乏しく旅人を待ち侘びた旅館の扉を開いて中へと足を踏み入れる。ようやく本日一回目の役目を果たした扉くんは満々満足だろう。

 それはそうと玄関口に入ると、ちょうど料理を運び終えたのだろう、何も載せていない運搬台車を運んでいる料理人が目に入った。料理人の方はというと、悪天候で来客がなかったのだろうか、咄嗟に気を引き締めて接客に当たってくれた。

「いらっしゃいませ、お客様。四名様ですね。ただいま女将を呼びますので少々お待ちください」

 やや焦り気味な料理人は早歩きで運搬台車を運びながら右側へとフェードアウトしていった。

「……あれ、ウィンちゃん?」

「な、なな、なんで、すか?」

「旅館来た事ない感じ?」

 キョロキョロと多動が止まらないウィンディーネ。緊張か戸惑いか何かは知らないが、その様子がとても愛くるしいので眼福です。え? ちょっと待って? こんなに尊い事ある?! うわ、何コレ、心臓痛い?! 死んじゃうかもしれない、ウィンディーネ摂取量越えて死んじゃうかもしれない!

「心の声……ダダ漏れですよ」

 あまりにもウザ味が濃ゆくて読者が離れていくのを肌にヒシヒシと感じながら待っていると、一人の女将がやって来た。丁寧に正座で礼をすると、四人分の室内履きを用意してくれて、そのまま旅館の一室へと案内された。玄関口から右側の通路を真っ直ぐ行った一番最初の部屋へと。

「長旅、お疲れ様でした。夕食の用意は如何なさいますか?」

 もちのろんで用意してもらう事にした。今の今更だが、金銭はどうしているのかと当然の疑問だろう。ナチャーロの街にて引き受けた高難易度クエスト『コンキロスの魔物討伐』の達成報酬によって、かなりの収入が入ったので、そこから拝借して旅館に泊まりに来ている。以前、疑問にしていた話題に『金の単位が何か』と言う話が上がったのだが、この異世界での金の単位は『オズ』というらしい。

 広々とした一室の角、武具保管庫が用意されているので、そこに自身の長筆を置いておく。フィノとウィンディーネは特に武器を所持していないので、道具やバックなどを保管庫に入れていた。私は、ようやく肩の荷が降りて、グッと背伸びをして息を吐いた。旅館の一室、そこにウィンディーネとフィノと、そしてもう一人。

「いや、誰かいるんだけどぉお?!!」

 道具の確認をするウィンディーネと、ステータスをいじっているフィノ。そして窓際で謎の女が椅子に座ってのんびりと煙管を吸っている。全く見ず知らずの無関係な他人が部屋に侵入していた。

「あははは、誰だい、君は?」

 フィノの知り合いでもない様子。ウィンディーネはそれに気づいて、すぐさまフィノちゃんの陰に隠れてしまった。

「困った事になった……。旅の方々よ、申し訳ない。私の名前はルプス・ハーストーン。休養がてら、旅館に泊まろうと思っていた。君たちがちょうど玄関口で待っている時だ。私も君たちの後ろで待機していたのだが、まさか……女将さんが勘違いで同じ組に入れられてしまうとは……」

 椅子から立ち上がり、ペコリと頭を下げて、そう説明をした。スラッとしたスタイル、高身長で長い足が、服装の黒スーツをより映えさせている。その上からインバネスコートを羽織り、頭には鹿撃ち帽を被っている。黒く艶やかな長髪は、ヘアゴムで一束に纏め、後ろに垂らしていた。

 その容姿端麗なモデル体型の女性に、私はつい固まってしまった。というか見惚れていた。

「あ、え、えーっと、災難ですねえ」

 身長は180センチ強、見上げないと視線が合わない。

「あぁ、困った事だ。君たちに迷惑をかけてしまう。旅の疲れを癒しに来たのに、こんなお荷物が一緒では癒えるものも癒えないだろう」

「一向に構わん!! むしろ、ご一緒に温泉でも行きませんか?!」

 歳上のお姉さんにアプローチをかけてしまった。ち、違うんだ、身体が、勝手に?!

 と、そんな私の手を引っ張って、ウィンディーネが私を引っ込めた。我に返る、私にはウィンディーネちゃんという女神の加護があるのに、浮気しかけた。それほどにまで、美しく秀麗な女性だった。

 ルプスはというと、異世界にて物珍しい暴走少女にドン引きする始末。異世界人に引かれるっていよいよですね。

「あっははは! ごめんねー、ウチの狐火ちゃんがさー。こちらも休養で旅館に来てたんですよー。別にこちらは気にしないんで、狐火ちゃんが気にならなければ、ルプスさんも、同じ部屋で構いませんよー」

 平坦な話口調は相変わらずだが、珍しく相手を敬うようにフィノはそう言った。

「感謝します」

 丁寧にフィノちゃんへと一礼するが、身長差のせいで、一礼しても上からになってしまう。

「作者並びに木ノ葉ちゃんには後で仕置をしておくからね、あはは」

「今の私関係なくなくない?!」


 作者の発言が私に被弾した所で、私たち一行はルプスと共に、温泉へと向かう事にした。木張りの廊下を真っ直ぐ歩いて、玄関を通過し、突き当たりを右に曲がった所に温泉のある脱衣所がある。赤の暖簾を腕押しして入ると、広々とした清潔な雰囲気の明るい脱衣所が目に入った。しっかり清掃が行き届いて、角の角までホコリなし。魔法錠のロッカーが設置されて防犯も完璧だった。

「あぁあー、ようやく泥だらけの体を清められるわあー! ここまで長かった……やっとここまで……」

 あたかも最終回一歩手前の勇者のようなリアクションだったが、女の子にとってお風呂に入れない事はかなりのストレスだ。ネイゲル族との戦闘でかすり傷だらけだから、シャワーは染みそうで嫌だな、なんて呑気な事を考えていた。ウィンディーネは初めての温泉に子供らしくワクワクしていて、服を脱がすのを手伝ってあげようかと思った。なんなら、お背中流します。

 適当に沢山設置されたロッカーの一つの扉を開ける。魔法錠の付いたロッカーは鍵となるものは存在せず、魔力をロッカーが記憶し、開閉者を特定して鍵の開け閉めができる仕組み。ズタズタに引き裂かれ、台無しになった服を脱いで、ひとまずロッカーへ。

「フィノちゃん、着替えとか持ってきてるっけ?」

「前に買った予備の服ならあるよー」

 そう言って、風の性質を利用して内部拡張を施したポケットから、着替えの服を出して投げ渡してくれた。それをロッカーの中にしまう。

「って……フィノちゃん?! そ、それーー」

「あ……忘れてたー」

 服を脱ぎ、裸になっていたフィノちゃん。温泉に入るのだから裸になるのは当然だったが、問題はそこではない。フィノから伸びるそれが問題だった。読者が何を勘違いしているのか知らないが、私はそれを見て驚愕を覚える。前にも似たような人を見たことがあった。

「え? フィノちゃんってもしかして」

「あ、あはははは……バレちゃったら仕方ないなあー」

 様子がおかしいフィノ。私はフィノちゃんの背後に回ると、それに触ってみる事にした。

「うわ?! な、何してるのさ、木ノ葉ちゃん?!」

 何か恥ずかしそうに咄嗟に背を逸らすフィノ。

「いや、それどうなってんのかなってね♪」

「ダメですよ、狐火さん。フィノちゃんはそこが弱点なんですからあー。あ、これは言っちゃダメだったかなあ」

 と、ウィンちゃんが微笑ましいものを見るような目で、わざとらしく口から言葉を漏らした。そんな事よりウィンディーネの裸体は刺激が強いから放送時はしっかり対策取ってよね!

 裸の付き合いとはまさに。裸になって初めて本当の自分を曝け出せる。別に露出癖がある訳では無いが、こうして恥ずかしそうにするフィノを見ると、普段の姿は強がってるだけで本当は結構純粋なんだろうなと、改めて一人しみじみと浸るのだったが、そんな事より早く温泉に浸ってしまえ。

「仲が良いな、姉妹か?」

 ルプスがクスクスと笑いながら、その様を見ていた。先程までの固まった態度とは違い、人間性が少しだけ見えてきて、ようやく緊張が解けた気がした。ふと、そんなルプスを見ると、後光が差していた。私にはそう見えている。神か仏かヴィーナスか、そうか、ユートピアとはここにあるのだと、私は涙が出そうになる。ウィンディーネとフィノ、そしてルプスの三人に囲まれ、一緒に温泉に入れるこの時間が永遠に続けば良いなと思うが、別に私の中身が転生したオジサンとかではない。心はオジサンかもしれないが。

 と、脱線した話は排水口から流して、ついでに私たちも汚れを流しに行く。

 半透明の扉を開き、温泉のある風呂場へ。露天風呂もあるが、今回は悪天につき利用は控えておく。

 独特な香り漂う温泉の湯は緑がかっている。この旅館の温泉は美肌効果があると評判らしい。ルプスがそう説明をしてくれた。

「へえー、そんであれが美肌効果の実態?」

 風呂場に入って湯気に視界が曇る中、フィノがルプスに確認を取るように、湯の奥を指差す。私も目を細めてそこを凝視してみると、その湯の中、二本の足が湯から突き出ているのが見えて、瞬時に鳥肌が立った。

「え? 嘘? そんな事ある? あんなの沼以外で見る事あるの?!」

 犬〇家様々だったが、異世界で出会う事となるとは思わなかったが、それどころじゃない。あれはーー

「……遺体だ。こんなもの、この旅館にはない」

 険しい顔でフィノに応答する。エシラ山で遭難するは襲われるは、しまいには旅館の温泉死体入り。今日一日、類を見ない散々な一日だ。

 ウィンディーネは青い顔で今にも倒れかけていて、フィノがその背を支えていた。

 一方、ルプスは迂回をして湯の奥へと回ると、その遺体の様を視認していた。その遺体は、血の気の引いた青い肌、湯から出ている部分は足のみで、上半身に関しては湯の中で様子は確認できない。引き上げれば良い話だが、死に様を鑑みて事件性があると判断したルプスは、遺体に触れずにそのままにしておいた。

「……溺死にしては不可解だ。何者かによってここへと設置されたとしか思えない」

「災難だねー、ルプスさん。何か分かったー?」

 好奇心旺盛なフィノはルプスの横で遺体の様を見つめていた。好奇心云々前にサイコパスの可能性が浮上しそうだ。

「少なくとも、死因は溺死じゃない事くらいか……」

「殺人事件ってことだねー」

「だろうな……」

 こうして開けるは湯けむり殺人事件の開幕してしまう。

「ひとまずは、波動『情報記録』」

 ルプスの周囲から風圧が生じ、湯けむりの熱波の壁が肌に当たって暖かいが、心は冷えきっていた。殺人犯がいるかもしれない旅館なんて寝泊まりできるわけがない。幸いにも、来客は他にないので騒ぎにはなっていないが、一刻も早く警察か治安維持部隊か何か秩序を守ってくれる人物の応援をしたい。

「…………終わった。キッチンに一人、居間に一人、そして男風呂に二人……か」

「今、この旅館にいる容疑者たちかい?」

「ああ、私たち四人はそれぞれ互いにアリバイはあるから除外する」

 現在、容疑をかけられた人物は四人。料理人、女将、そして清掃員二人。

「だが分からない。なぜ、こんなにもガサツに遺体を放棄したのか」


 その頃、私とウィンディーネは一旦、風呂場を出て露天風呂へと仕方なく移動していた。雨は降っていないが、暴風に煽られて寒いので、シャワーをとっとと浴びて風呂の湯に浸かりたい。

「私たちには手に負えないし、ウィンちゃん。一緒にお風呂入ろっか」

「う、うん……ひゃっ?! ちょっ、ちょっと?! 急にお湯かけないでくださいよぉ」

「元気ないから、私がお背中洗ってあげちゃうよお?! ほら、そこ座って?」

「いや大丈夫です、結構です、離れてください」

「ああ、私の心が冷えてゆく……おかしいなあ、温泉に来てるのに、寒くなってーー」

「わ、分かりましたよ……分かりましたから」

 シャワーの前に椅子を置いて座るウィンディーネ。小さな背中と、腰まで伸びた青くて長い髪の毛。ウィンちゃんの年齢は聞いたことも無いが、その姿に、まるで妹ができたような気がして少し和んだ。こうしてウィンディーネと一緒にお風呂に入るのは初めての経験だ。なぜか私の方がドキドキしている。

「さてと……おおっと読者の皆々様とはここら辺でお別れですね」

「何の話ですか?」


 湯気で髪や肌が湿気始めた頃、室内温泉にて遺体の安置に困り果てるルプスと、その状況下を楽しんでいるフィノの二人。

「殺人犯が潜んでいる以上、旅館内の人物にこの事を提示するのはマズイか」

「その遺体はずっと湯に入れっぱなしにするのはどーかなー?」

「……あまり現場を荒らすのも悪いが、遺体もこのまま放置しておくのも可哀想ではある。引き上げるとしようか」

 ルプスはそう決断をすると、自身の手に魔力を纏わせて魔装を施す。遺体に対して傷や指紋などを付けてしまわないよう、手袋の役割を果たしている。透明で極薄なバリアに近いものだ。両手に魔装を纏わせて、湯から突き出る二本の足を引っ張り、風呂場のタイル上に引き上げる。

「これは……」

「あははー、異様だね、ルプスさん」

 タイルに引き上げた遺体は上半身がなく、腰からズバッと切断されていた。切断面からは出血一つない。既に湯に全て溶けだしてしまったのだろうか。

 その様に、咄嗟に切断面を壁側へと向けて寝かせるルプス。

「ますます謎が深くなってきたが、一つ手がかりができた」

「ルプスさん、何か分かったんですか?!」

 なぜかノリノリで助手役の演技をかますフィノ。ルプスは気にせず続ける。

「ああ、見ての通りだが、十中八九、殺害に刃を利用している。これが分かっただけでもかなり大きい」

 ルプスはその遺体の足に手のひらを乗せ、何かの確認を取る。既に死後硬直で固まってしまった青白い肌。そこに残る魔力痕を読み取っている。魔法を発動する際、必ずどの魔法にも、魔力痕と呼ばれる魔力の残留が生じる。魔力痕があるのは即ち、魔法、もしくは波動の利用を証明する事になるのだ。しかしーー

「……忘れていた。この温泉、美肌効果に加え、魔力供給に優れているのを……。これでは、魔力痕があったのかどうかは定かじゃない」

「わざわざ湯に突っ込んだのって、その魔力痕を塗り潰すため、ってことじゃない?」

「その線が一番有力だな」


 では、整理しよう。

・遺体は下半身のみ。

・切断面からは出血なし。

・死後ある程度時間か過ぎている。

・殺害に刃物を使用。

・魔力痕を隠蔽している事から、殺害に波動を利用している。


「ーーそして、血が抜かれている」

 と、その時だった。隣の露天風呂から悲鳴が上がった。それはウィンディーネの声。

 真っ先にそれを耳にしたフィノは、すぐさま脱衣所へ出て、露天風呂の扉を思い切り開いた。積乱雲の影響で暴風が吹き込み、倒れそうになる身体を抑えて露天風呂へと足を踏み入れた。

「狐火さん、いきなり何するんですかあ!」

 大慌てで露天風呂の湯から飛び出てきたウィンディーネの姿がそこにあった。

「うわ、冷たっ?! 何これ?!」

 湯の温度を確認する私、狐火木ノ葉。その私をペシペシとダメージにすらならない攻撃をするウィンディーネ。その様を見て、ホッと安堵してしまうフィノ。

「なーにしてんのー、二人とも?」

「フィノちゃん! 狐火さんが急に押してきて!」

「ごめんごめん! まさか冷たいなんて思わなかったよ!」

「暖かくてもダメなんですよ、もぉ〜!」

 フィノの後に続き、様子を見に来たルプス。

「何かあったのか?」

「あっははは! 烏の行水さ、気にしなくていいよー」

「せっかくの温泉があー……」

 室内温泉は遺体と入浴。露天風呂は常温。せっかく旅館に来て、シャワーのみって。とことん災難だよ、私たちは。

「ふふん♪ 私に任せてください!」

 落胆する私の前に、堂々とない胸を張って自信満々のウィンディーネ。でも、私は胸のサイズは特に気にしないよ? むしろ貧乳はステータスだからね。

 そしてなぜか自信を失うウィンディーネは、

「ヴァポレース」

 温泉へと魔法を放った。人に使うと人体が爆発するらしい危険な熱魔法が、瞬間的に冷えきった温泉を沸かした。

「設定温度は50度程です!」

「さすがウィンちゃん、愛してる、結婚しよう」

 つい本音が漏れてしまったが、排水口に流されてしまう。

「多分、今日は使われないと思って、温泉の供給を止めてたんでしょうね。入りましょう、狐火さん」

 ニコッと微笑むウィンディーネに、私の心は既に火照ってしまった。このまま温泉なんて入ってしまったら茹で上がって何を仕出かすか分かったものじゃないけど、存分にウィンディーネと温泉を楽しむ事にした。

「……使われてなかった、か」

 何か引っかかっているのか、一向に温泉には浸らず思考に浸るルプス。

「そりゃー、悪天候に露天風呂入るなんて、誰も思わないよねー、あはは」

「……繋げてみようか」

 ルプスは一度脱衣所に戻ると、服を着ずに裸のままで椅子に腰を落とし、悩み込むように右手で片目を押さえて、思考に意識を向けていく。フィノが何をしてるか尋ねるもその声が耳に入らないくらいに集中していた。

 その体勢で固まって数分が経過して、フィノが服を着替え直して暇潰しにステータスいじりしてる頃。

「因果は繋がった……。それでは答え合わせといきますか」

「おー、分かった感じー?」

 ルプスはクシャミ一つすると、それから服を着直して温泉を後にした。フィノも推理の答え合わせに興味があるのか、ルプスの後をつけていった。

「休養に来たのに旅館に来てまでも、まさか仕事に追われてしまうなんて、探偵の性か」

「ルプスさん、やっぱり探偵なんだー」

「あぁ、普段はフリューゲルでひっそりとやってる。君も何か調べて欲しい事があれば言ってくれ。今回の一礼もある、一度だけ無料で調査してあげよう」

「そりゃーありがとねー。じゃあ、ガルモーニャの件で一つーー」

 それから世間話も程々に、二人は廊下を進んで休憩中の料理人を尋ねにキッチンへと足を進めた。深夜帯でその上、悪天候による旅館利用者数の少なさ故に、本日の料理人スタッフは一人のみだった。一冊の料理本で磨きをかけている最中のようだ。白いコック帽と白エプロンに身を包んでいる。玄関口で一番最初に出会った人物だ。

 キッチンに足を踏み入れる二人に、料理人は慌てて本を閉じて机に置いた。

「何か御用ですか?」

「物事にはーー」

「はい?」

「物事には因果が決まっている。見つけましたよ、あなたの因果」

 ビシッと煙管を料理人へと突き立て言い放つルプス。料理人は訳分からずといった困惑の表情をしていた。

「あっはは! とりあえず、一緒に来てよー、風呂場へ」

「……今は手が空いてるので、良いですが……何かありましたか?」

「ああ、今に分かる」

 料理人を先頭に、廊下を歩いて再び風呂場へと向かう。狐火とウィンディーネの二人が入浴を終えている事を確認し、無人の女湯へと、料理人を連れて室内温泉へ。

「……え? ちょ、ちょっと、これ?!」

 風呂場の扉を開けてすぐさま、寝転がされている遺体に気づいて困惑から驚愕の表情に変わる料理人。

「ああ、遺体だ」

「あ、ぁあ……あ」

 言葉を失う料理人。ルプスは配慮せず説明を始める。

「犯人は遺体を半分に切断し、血を抜いてからわざわざ、湯の中に下半身を浸した。この温泉は美容効果で評判のキリーの湯。遺体を長時間浸しておけば、キリーの効果で分解し、湯に溶ける。加えて、殺害に利用した波動の魔力痕を魔力含有の温泉で上書きもできる。犯人からしたら最適な死体処理だった。私たちがこの旅館に来ることがなければ」

「何が……言いたいんですか?」

 疑心暗鬼の曇った表情で料理人はルプスへと訊く。

「あなた、料理人でしたね。肉や魚を捌く際、波動を用いりますよね?」

「そうですね。我々は鮮度を保つために、切断面を真空にする波動を使います。そうする事で、切断面からの酸化や腐食を防止できます」

「この遺体、切断面がとても綺麗なんですよ。加えて、血抜きが施されている。その証拠に、遺体は湯に浸けられていても湯に血液が滲み出てはいない。こんな事ができるのは料理人であるあなただけです」

「何言ってるんですか?! 私は人殺しなんてしない!!」

 当然の反応だった。

「犯人は彼をなぜ真っ二つにしたのか……。それは、運搬用のカートに入らないからです。運搬用台車、普段は料理を上に乗せるとは思いますが、下の段は白布を被せているので目視では中に何があるか見えない。そこに切り分けた下半身を入れ、廊下を横断、安全に温泉のある風呂場へと遺体を移送した。私たちが玄関口であなたと出会った時、あなたは空の運搬台車を運んでいましたが、風呂場側には客室は設けられていません。つまり、玄関口で運搬台車を見かける事はまずありませんよね?」

「そ、それは……」

「予想外は私たちの存在だった。まさか、来客があるとは思わなかっただろう。男湯は既に清掃が開始している。なのに、なぜか女湯は湯が沸かされていた。私たちが来なければ、遺体を確実に隠蔽できたのでしょうが……そんな事は許されない」

「ち、違います! その、台車で運んだのは……まかないです。清掃員の二人に届けるまかないを、運んでいたんですよ!」

 料理人はおどおどしつつも、必死にそう訴える。

「それに、私がその人を殺す動機がないじゃないですか!」

 と、その時だった。ザバァッと湯から何かが飛び出てきた! ルプスとフィノは警戒態勢を取り、料理人は慌てふためいて濡れたタイルで足を滑らせ転倒した。

「ふぅー、充填完了ーっとお! うわあ、服を着たまんまで、どうしたんですかー、皆さん?」

 そこには手を足のように使って立つ上半身のみの人物がいた。青白い肌と緑色の髪の毛が特徴的な、まるで死体のような女性だ。

「え?」

「え?」

「え?」

 全員同時に同じリアクションだった。

「……どういう事だ? その、君……その姿は……生きているのか?」

 ルプスは上半身の女性に話しかける。女性はにこやかに、

「えーっとー、どっちかと言うと、生きてる? かな? 動く死体アイドル、フィリシードでーす! フィリシーちゃんって呼んでね? よろしく♪」

 そう答えると、タイル上に寝かせていた下半身の遺体の元へ向かい、なんと身体を接続したのだった! そして何事もなくスっと立ち上がる青白い女性。

「あははは、これはまた興味深いのが出てきたねー」

「私はとんだ勘違いをしていたみたいだ……」

 気が抜けてしまい、変な笑いが込み上げるルプス。ひとまず勘違いで犯人扱いしてしまった料理人に謝罪をした。料理人は少し不機嫌ではあったが、自身にかけられた疑いが晴れてホッとしていた。その後は元の持ち場へと帰っていくのだった。

「ねーねー? その切断面、どーなってんのー?!」

 好奇心が止まらないフィノは、青白い肌の女性に話しかけていた。

「繋がってるよ。温泉が暖かくて眠ってたら勝手に分離しちゃってさー、いつもの事だけどねー」

 狐火木ノ葉一行とルプスの他にもう一人、別の客が来ていたらしい。死体のような人間に、フィノは好奇心のブレーキがかからないらしく、質問攻めにしていた。ルプスは唖然としたまま、事件性が消えた事で気が抜け、服を脱いで風呂へ入る事にしたのだった。

 こうして、湯けむり殺人事件は未遂どころか発生すらなく、平和に旅館での休養に至るのだった。その後、寝室にて恋バナに花を咲かせて夜更かしムードであれやこれやがあったとかなかったとか。

 どうも、こんばんは。肌寒くなり始めてもなお、エアコンキンキンに効かせて凍える部屋の中で毛布にくるまって寝るのに幸せを感じる引きこもり小説作家、星野夜です。

 と、肌寒くなり始めて温泉に行きたいなあとか思っても、一緒に温泉行ってくれる人もいないので、お風呂を沸かしてYouTubeみながら浸かるそんな寂しい人生を歩んでおりますが、狐火たちはコロナも気にせず旅館に行っております。羨ましい限りです。


 さてさて、今回はエセ湯けむり殺人事件でした。エシラ山での遭難を越え、ようやく休養する事ができた主人公、狐火木ノ葉。と、本当に癒えたかどうかは分からないが、良い気休めにはなったのだろう。作者だけど、その心情とかは知り得ない。

 寝室での恋バナに花を咲かせる最中、ルプスは本来、夜更かしなんてものをするキャラではなく、まぶたにくっきりクマができてぐったりしていました。けど、もう早朝には旅館を出ていったので、結局休養に来たのに一切眠れず、むしろ疲労が溜まっている様子でした。

「あははは、大変だねー、ルプスさんは」

「……そうだな、大変だ。だが、仕事に手を抜くつもりはない」

「ノスタルさんにもよろしくねー」

「……あぁ……いや待て。私はノスタルについて君に話をしてはいないぞ」

「あはははは、読者もさっぱりって感じだろうから、そろそろ終わろうかー」

 と、読者をおいて話だけが勝手に歩き出す後書きでした。


 僕はそろそろ眠ろうと思います。もう深夜三時ですからね。いや、眠れそうにないです。こいつら、一向に恋バナを終わらせるつもりがないんだから。僕も寝不足でクマができるかもしれません。いや、クマは元からあるので変わらないのだろうか。


 それでは皆様、良い夢を。

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