第28話『リスタート』
凍てつくような風が肌をつんざく。草木が掠れ、ざわめく音が耳につく。風吹く街『フリューゲル』付近、ネイゲル族と呼ばれる民族の暮らす禁地の山中。夜闇に包まれた森林の中で、ネイゲル族のキラーによって供物として屠殺されたはずだった私、狐火木ノ葉。
死の間際に目を瞑るも、異変に気づいて、私は瞑った瞼を開いた。人は死が目前に迫ると、たった数秒をあたかも数分、数時間の長い時が過ぎ去る様な感覚に陥るという。放たれた矢が身体を貫く数秒をスロー再生の様に時間経過を体感しているのだと、私は勘違いをしている。ゆっくり過ぎる時間の中で、耳から入る風音が何よりの証拠だった。視界に映る景色は、鈍色の光を反射させる鋭い石器が眼前数センチ手前、時が止まった様に宙に留まっている。驚愕より先に、現状理解ができずに困惑する私。前述の通り、今しがた私の生命を穿つためにキラーによって放たれた毒矢は寸前の所で停止し、一命を取り留めている。追撃の毒矢は全く放たれる気配はなし。それどころか、ネイゲル族の存在感、声一つもない。寒気をゆっくり吸い込み、身体を震わせながらゆっくりと白い息を吐いた。そして、自分の身体が動かせず、下半身からの痛みに気づいて、目線を下に向ける。
「……氷?」
私の下半身が氷に包まれ、身動きが取れなくなっていた。以前にも経験した事がある。レインズブロウ海底神殿にて、ウィンディーネと迷子の最中、天井が崩落し、覆い被さるように海水が流れ込んできた時に一度、海一帯が瞬間的に凍り付いて一命を取り留めた。目の前の、キラーの放った毒矢は、地面から伸びる氷に掴まれ固められ、その動きを瞬時に止めている。まるで、海底神殿の時と同様、私を守ってくれたかのように。
「幻想色彩・夕景」
背負っていた長筆に火属性のインクを灯す。熱で周りの氷を溶かし、動けるようになった。長筆の炎を灯火代わりに辺りを見回すと、矢を放った格好のまま、時が止まったように固められているネイゲル族民の姿がそこにあった。獲物を見つけ、殺生に身を投じるその刹那、狂喜の笑顔で弓を構え、矢を放った男の姿。表情にも一切の違和感が感じられず、瞬間的に凍らされている。付き添いのネイゲル族民も巻き添いを食らってショーケースのように凍り付いていた。恐らくでもなく確実に、誰が見ても死んでいる事が分かる。
絶体絶命を越して、絶望と歓喜と、理解不能の困惑が入り交じり、変な笑いが内から込み上げてくる。と、シルフィーの事をふと思い出した。他人の私をその身をもって助けてくれようとしていたネイゲル族の少女を、私は裏切って逃げ出した。死にたくなかった、それだけ。まだ戻れば間に合うだろうか、彼女は許してくれるだろうかと、葛藤する。戻るならまた、命を危険に晒す事になる。夜闇を見通し、微かな音をも聞き取る相手に対し、地球でのほほんと呑気にようようと生きてきた私一人が、今更何ができるだろうか。ネイゲル族のシルフィーなら、ルール違反一つで同族に殺される事はないだろう。私が戻る意味なんてないのだろうと、自分の都合良い様に考えが回っていた。
「は、ははは……そうだよ、私に何ができる……何ができた……? 逃げるだけの……少女一人助けられない、助けられてばっかの私に何が……」
《大丈夫、できるよ……》
「……え?」
いよいよ幻聴が聞こえるようになったらしい。
今日だけじゃない……ずっと怖かった。ノリと勢いで、誰かがそばに居てくれて、何とか気を保っていた。見てくれだけは明るく澄まして。異世界に来て、訳が分からないまま、ダンジョンで緑翼竜を倒した時も。魔昇船に乗って、ダンジョン初心者の私がメテオ討伐戦に参加した時も。暴走してしまったウィンディーネを助けに行く道中も。拉致されて異世界転移の犯人に会って、フェンリルを討伐しようとした時だって。ずっとずっと死と隣合わせで、こんな事なんて前はなかったんだ。こんな夜間に森の中、殺されそうになる事だってそうだ。
グルグルと思考が廻り、今までの事がフラッシュバックして吐きそうになる私を、夜風がブワッと吹き出し身体を煽った。冷たい風に背中を押され、不思議と、ない冷静さが戻ってくる。
「……仮に主人公ならどうするかな……。できるかな、私に……」
《できるよ、きっと》
確かにそう聞こえた気がした。頭の中にスっと入ってきたテレパシーの声が誰かは知らないが、今やることは一つだけ。……あぁ、作者の声か、これは。そうしろと、言ってるわけね。とことん、許し難いね、作者。
(作者:でも、ここからが見所なんです)
Shut up!! Get outta here!!!
(作者:という事で、作者はクールに去るぜ)
長筆に灯る火の色が赤から緑へと変わる。風が私を中心に包むように吹き荒れる。決意がみなぎった。今ならS〇ns戦も乗り越えられそうな気がしている。長筆をしっかり持ち直し、構える、筆先は背後へ。
「……できる、できるよ……。雪ちゃん、頼むね」
そう言えば、初期設定で長筆に『雪ちゃん』と名前を付けていたのをこの期に及んで思い出す。白くてフワフワした筆毛が雪のようだからという至って単純明解な由来だ。今は、私の意識により、筆毛に雪色など微塵もなく、緑豊かに草生えているわけなのだが。
長筆に魔力を込める、訂正。フィノちゃん曰く、長筆が代わりに魔力を込めてくれている。ならば雪ちゃんのその力にあやかり、ヒモ男改め、ヒモ女として、その力を存分に利用させてもらうことにした。
「幻想色彩……暴風」
その名の通り、緑の筆毛から放たれたるは風の魔力。森に吹き荒れる風は吸い込まれて筆毛に収束し、一気に解放される。瞬間、ジェット噴射のように長筆から暴風が吹き出し、私の身体は前方へ。シルフィーの元へと来た道を一直線に、長筆によって吹き飛ばされる。長筆を中心に周囲を纏う風が、斥力のように障害物を避け、木々を縫っていく。あっという間に、シルフィーの元へと着いて、魔法を解除し不時着。バーナー系の魔法を使った時と同様にいつも通り、有り余る推力を転がることで緩和させて全身ズタボロになった。
「シルフィー!!」
地面に倒れ込むシルフィーの元へ。氷結自体はこの辺りには届いてなかったので凍らされてはいない。ネイゲル族民の仲間に頬を叩かれて赤く腫れているが、別段、命に別状はありません。転がり過ぎて頭がおかしくなったので、急にニュースアナウンサーみたいな口調で生死確認をしてしまうのも仕方ない。
「……痛い……」
「ごめんね、私……怖くなって……」
安堵に加え、罪悪感や後悔、先程までの絶望などが相まって、自然と涙が溢れそうになる。シルフィーはそんな私にニコリと笑顔を見せた。
「大丈夫……無事で良かったです」
なんてホッと一息吐いているシルフィーは、ズタボロな私を見て、怪我の心配をしてくれたが、今回は着地が上手くいったので擦り傷程度で済んでいる。
「……シルフィー、こんな私だけど、また案内をお願いしても良い、かな……?」
「うん、任せて!!」
即決、元気に胸を張っている。無い胸を張っている。あれ、なんかデジャブを感じるんだけど……。
「あっ……来るよ、二人……」
シルフィーが口元に人差し指を立てて、シーっとジェスチャーをする。またしても、キラーが二人、こちらへと向かってきているらしい。緊張が走る。向こうは既にこちらの現在地を把握しているに違いない。山中の夜闇の中で、ピンポイントにこちらへ向かってくるのであれば。
近くに転がっている長筆を拾い、攻撃準備に入る。武器はシルフィーもキラーも同じく弓矢。対して、私は長筆。遠距離武器相手を対処するならば、苦手とする接近戦が全う。けど、あの視覚と聴覚。自然に生きる民族の持ち合わせる生存本能に、ただの女の子が太刀打ちできるだろうか。いっその事、あの氷結みたいに避けられない範囲攻撃が……。
長筆を構える。
「な、なにをするの?」
「一か八かの賭けだよ」
キラーが距離を詰める中、シルフィーの能力についてを聞いておく。そして策を練り出した。昔から小賢しい女として他者からは『触れるなかれ』と汚いもの扱いだった。先生からは『その思考回路を勉強に回せられたなら、こんな馬鹿にはならなかったのにな』なんて言われてしまう始末。PTAに訴えてやる。
「ーーって事さ。シルフィーの風があれば、手っ取り早くあの山頂に迎えるし、キラーからも逃げ切れるはず」
「わぁあ、すごい! 任せて任せて!」
小声ではしゃぐシルフィーが、うっすらとウィンディーネと重なる。あぁ、そうだよ。生きて帰ろう……。それから、ウィンちゃんをもふもふする! そう決めたからーー
「ここで死ぬ訳にはいかないよね。さぁ、いくよ!!」
長筆の筆毛を緑色に。何となくイメージは掴めた。冷静さ、落ち着き、加えて切なさや懐かしさに身を委ねる。ゲームの魔力によってインドア勢に引き込まれてしまう前は、こんな山奥でキャンプファイヤーなんかしたりもしたなと。キャンプファイヤーから連想で火属性に誘導されそうになるのを抑えて、風の魔力を長筆に込め、周囲の風を長筆に収束していく。キラーも風向きの変化に気づいているだろうが構わない。風を収束し続ける。木々をざわめかせ、落ち葉が流れに乗って周囲をグルグルと回っている。そのうち、収束した風がキィーンっと高音を響かせ、緑色の光を放ち始めた。
「えっとおー…………名付けて……幻想色彩・鎌鼬! 食らって吹き飛んじゃえ!!!」
私は構えた長筆を大きく薙ぎ払った。闇夜に一筋の緑色の線が残像として浮き上がると、扇状に巨大な風の刃が広がった。長筆の波動『波打』が暴風を刃状に収束して形作られた、飛翔する斬撃。それは風の性質を帯びて膨張し、遠くへ行くほど巨大化していく。木々をすり抜けて、幻想色彩・鎌鼬はこちらへと向かってくるキラーのみを巻き込んでその身を吹き飛ばした。
「さぁ、逃げるよ! 掴まって!」
シルフィーはワクワクしながら私の背中に乗っかる。まだ小さい女の子。その身は心配になるほど軽かったが、暖かい。
ホッコリしつつ、私は長筆を再び構えて風の魔力を放つ。放たれた暴風は二人をまとめて上方へと吹き飛ばした。木々を抜けて大空へ。
「風の恩恵!」
シルフィーの能力で、私ごと風の装甲を纏う。私は長筆に跨るように乗った。シルフィーは手のひらから風の魔法を放ち、長筆の方向を変える。その姿はまるで、魔女が箒に跨っているように。出力は全て私が賄い、方向転換をシルフィーが担う。
空から眼下を眺めると、幻想色彩・鎌鼬が扇状に広がって膨れ上がっているのが目に入った。別の位置で、広範囲が真っ白に染まって凍り付いているのも見える。キラーたちが空へと矢を放っているのも見えたが、シルフィーの能力による風の装甲が突き刺さるはずの矢を全ていなしてくれている。そうして、魔女見習い達は山頂へと真っ直ぐ空を行くのだった。
私を救いにエシラ山へと向かっている静電気人間ことノヴァの、その助手であるロッドに引率されて、フィノ、ウィンディーネ、ルフの三人は魔昇船が停泊している停船場を訪れていた。鉄と石材で頑丈に作られた舟屋の中へ入ると、その舟屋のサイズに見合わない大空間がそこには広がっていた。風属性の性質を生かし、小さい舟屋の空間を広げているらしい。その閑散とした大広間には、巨大な魔昇船が幾艘も停まっている。現在は暴風警報が発令中で、魔昇船は全船欠航しているため、停船場は魔昇船が規律正しく停泊中だ。
「積乱雲を分散すると言ったが、正確には積乱雲中心点で魔力を暴発させる。今、上空にはフリューゲルから吸い込んだ魔力が収束している。それが暴発すれば、その威力で積乱雲は一気に分散、事は解決、皆笑顔、だな」
快活にそう説明を終え、にこやかな作り笑いを浮かべるロッド。
「似合わねぇ笑顔だな、ロッド」
「かっかっかっ! お前の姉にも同じ事言われたな」
「妹、な!」
と、たわいない会話も程々に、ロッドは舟屋の受付で借用書にサインをし、一隻の魔昇船を借りた。受付は暴風警報中の珍しいお客に驚きを隠せない様子だったが、事情を訊いて快く魔昇船を貸し出してくれた。本来であれば、暴風警報中はレンタル中止だ。ロッドが借りた魔昇船は通常のものと比較して小型の、全長10メートル程のもの。
「耐雷装置はついてないけどー、これで良いのかい?」
フィノはロッドの借りた魔昇船を眺めながら答える。魔昇船には上空環境への対策として、様々な魔法補助装置が付いているが、その中に耐雷装置というものがある。魔昇船に雷が落ちた際に、それを吸収してくれる、言わば避雷針のようなもの。
「普通は必要だが、今回は急用だと言うことと、この俺がいる」
「君の波動『コンデンサー』に任せとけってことねー、なるほどなるほどー」
フィノの言葉に、説明を続けようとしたロッドの口が次の言葉を吐く手前で固まる。もうこの件を何度見せられてきただろうか。と、読者は思っている。お決まりのステータス盗視だ。
「……ま、まあ、色々訊きたいとこだが、俺の波動が落雷を吸収するからいらないというこった。ついでに魔昇船のエネルギーに変換してやるから一石二鳥だしな」
四人は魔昇船に乗り込み、ロッドは自身の魔力を魔昇船に通して浮上させる。
「メテオ討伐以来だな、魔昇船なんてよお」
しみじみと、内心はwktkしながらそう呟くルフ。浮上する魔昇船を、甲板から見下ろしてソワソワしているのが証拠だ。あぁ、ルフの子供っぽい珍しいシーンなのに、私は寒空の下、エシラ山を彷徨っているなんて、もったいないな。などと主人公の私はそう思うのだろう。
「そういやあ、ウィンディーネは何でメテオ討伐に参加しなかったんだよ? ヒーラーって言ってたけどよお、お前の力があればメテオ討伐も大分楽だったんじゃねぇの?」
素朴な疑問。隣で同じくしてwktkしているウィンディーネはルフの質問に答える。
「狐火さんのお師匠さんに言われたんです。お前は休んでろって。だから、後輩と一緒に買い物でも行ってました」
「お前、その歳で後輩とか居るのかよ? あ、それは俺が言うことじゃねぇか」
魔昇船は舟屋の出口から街の外へ。暴風に揺らされつつもゆっくりと浮上していく。夜間なので、魔昇船は光属性を帯びた照明具が光を放っている。フリューゲルの街が少しずつ小さくなっていった。魔昇船が向かう先は、巨大で分厚い積乱雲中心部へ。真っ暗闇を裂きながら。
「あははは、そんなに楽しいかい、魔昇船はー?」
茶化しにやってきたフィノ。ウィンディーネとルフは唐突に大人っぽく冷静さを装い出して、
「「別に普通だけど!」」
「はいはい、楽しいよねー、あははー」
操縦桿を握るロッドは、三人が甲板で楽しげに会話するのを窓ガラス越しに眺めながら『こんな暴風圏の中で良く振り落とされずに立っていられるよな』と改めて感心したりするのだった。
新年明けましておめでとうございます、新年早々投稿頻度低下の星野夜です。新年の挨拶もこの有り様です。
さて、物語凍結を危惧している読者はご安心ください。第30話までは書き終えております。推敲してから順々に投稿するつもりです。
今回は第28話、凍結されたところですね。
そして、この小説が凍結させられてしまうのは時間の問題だろう。
最近は昔より語彙力が低下して、過去作品の自身の語彙力に恐れを抱いてしまって挫折しかけています。いや、昔も今も大した語彙力してませんが。
次回は第29話! 夜闇を切り裂いて、魔女は行く。




