第26話『無様な死への間際、
「あれ、これ……どーっかで見たような気がする……何だっけ?」
洞窟の壁に刻まれている壁画。一人の人物と巨大な竜の姿が描かれている。
「これはね、風の神様! それとこれが神様の使い! とってもおおきな竜なの! ぶわぁあって、風を吹かせてね、自然を豊かにしてくれるんだって!!」
「へー、それは一目お目にかかりたいもんだねー」
私、狐火木ノ葉は『フリューゲル』に向かう最中、突然の突風に吹き飛ばされてしまい、上空に投げ出されてしまった。
それから、私は魔法でどうにか、森林の中へと不時着して落下死を防ぎ、その森林にて『たまたま』という体の主人公補正でネイゲル族のシルフィーという心優しき少女によって一命を取り留めた。
洞窟の中、シルフィーに傷の処置と食べ物をもらい、ネイゲル族について訊いた。
それから私はシルフィーと共に、この洞窟を出て、仲間の元へと戻る事になった。
「ーーと、その前に、シルフィーちゃん。ちょっと訊きたい事がありまして」
茶褐色の肌と白い髪を持つネイゲル族の少女シルフィーは私に緑色の眼差しを向ける。
「身体強化魔法って分かる? 難しくてさー、全然出来なくてね」
身体強化魔法、それは魔力を攻撃へ変換する通常の魔法とは打って変わって、魔力を自身の身体機能の強化素材として扱う。用途によって使う魔力も変わったりしてくるため、全てを習得するのには膨大な時間がかかってしまうらしい。フィノペディアより。
「身体強化魔法は、私もそんなだよ? 装甲付与魔法の練習中で、今は無理そうだから、こうやってーー」
シルフィーは自身の風の魔力を放出すると、それを纏った。竜巻のように風が身体全体を周回している。
「これで魔法を弾く風の鎧……って言うのはどお?」
名案だった。装甲付与魔法のその字も踏み出せていない私に打って付けの方法かもしれない。もしやこの子は天才なのでは?
「ありだね、その案もらうよ、シルフィー! さぁ、行こうか!」
長筆をいつでも使えるように肩にかけて持つ。殺さず傷付けず、ネイゲル族の奇襲を防ぐ為の防御手段と威嚇用だ。
洞窟入口から垂れ下がる蔦を暖簾のごとく掻き分けて外を覗く。焦げ臭い香りがうっすらと風に流されて鼻についた。時間帯は日が落ちて夕闇が降りた頃。炎の光を確認できない事から消化活動は無事終了しているらしい。洞窟周囲に敵の気配はなし。
闇夜の中、途方もない広大な森林地帯から仲間を探すのは困難を極める。そこで、賭けにも近い諸刃の剣を使う事にした。いや、それでなければ見つけられないという確信がある。これから私はシルフィーに案内してもらって、この山の頂上を目指す。周囲に障害物のない山頂、ネイゲル族も何も無い山頂には用無しで訪れる事もなく、通常は見張りのネイゲル族が一人だけいるとの事。見張りに関しては、シルフィーにどうにかしてもらう。それから、私の大炎柱の狼煙を上げる算段。
問題は、フィノちゃんたちが来るまでの間にネイゲル族が山頂にやってきてしまう事。それと、この狼煙にフィノちゃんたちが気付かないこと。最悪のケースは既に殺られてしまっている事だけど、これに関してはないと信じたい。
「夜になるとキラーが狩りに出るの。とっても隠れるのが上手だから、慎重に動かないとバレちゃう」
「キラー? 大砲弾的な事?」
仮にそれがキラーならば避け難い事、この上ない。
「キラーって言うのは、夜の間に、眠っている動物を狩ってくれたり、侵入して来たフリューゲルの人達を殺したりしてくれる人の事だよ」
ネイゲル族は弓矢を武器として扱っていて、キラーも同様。バレてしまえば、そのドたまに矢が刺さる訳だ。キューピット様々と言う事だ。どういう事だ?
さて、草の暖簾を掻き分けて洞窟から一歩外へ。普段ならこの暗闇に対して、長筆を灯らせる所だけど、今回はシルフィーの野生の視野に任せる事に。やはり、普段から闇の中で生活をしている分、視覚が闇夜に特化しているらしい。
シルフィーに手を握られて、森の中を二人で歩く。小さくて、でも弓矢を頑張って練習してたのだろう、カサついてる手のひらから温もりを感じる。こんな小さい女の子ですら、こんな過酷な世界を生きているのに、私は呑気にテレビの電波がジャックされたのどーのでエセパニックになるくらいに能天気なのが馬鹿馬鹿しくて頭の中で笑っていた。
夜行性の動物や虫の鳴き声と、強風が吹き荒れているため、草木が掠れあってざわめいていた。女の子は強い風を嫌う傾向がある。乾燥は美肌の敵とも言うからね。でも、私は強風に煽られているのが好きだった。因みに煽り運転は嫌いだ。風に吹かれていると、心地良くて落ち着いていられる。友人には『お前は落ち着いたら死ぬんだろうな、マグロ女』とか暴言を吐かれたりするくらいには暴れまくっていたが、そんな毎日毎秒熱くなれるほど松〇修造チックではない。そんな太陽神でもマグロでもない。いや、松〇修造だっていつも暑苦しいわけじゃないのと同じだ。あと、マグロ言うな。
それは友人なのか、などという疑問は風に流された。シルフィーの足が止まる。私は長筆を手に警戒態勢に入る。
シルフィーが小声で耳元に囁いた。
「……前に、数人……こっちに来てる」
森林の闇の中、見える影もない。風が強すぎて足音も耳に入りもしない。その中でシルフィーはいち早くネイゲル族を確認した。恐ろしく凄い感覚、俺でなくても見逃しちゃうね。
瞬間、シルフィーが私の身体に触れて吹き飛ばした! 私の体はまるで重力を失ったように、浮遊して大木の幹に身体をぶつけた。と、同時に、私のいた場所を一本の矢が通過する。風を割く音がして、木の幹に矢が刺さった。
私は咄嗟に長筆を手にして戦闘態勢へ。ただ、常人の私にはまだ、敵の姿は把握出来ない。大木の幹に身体を重ねる。
「風の恩恵」
先程、見せてくれた風の鎧を身に纏うシルフィー。前方から二人の男が弓に矢を番えてやって来た。その姿は歩く草藪のようで、地球で言うとこのギリースーツと呼ばれるものだ。自然に同化出来るよう、草や木をまとめて服として着る事で、カモフラージュとなる。まさしく狩りに打って付けのキラーに相応しい服装、という訳だ。
「シルフィー、こんな時間に、部外者を連れて何をしている?」
男の一人がそう尋ねる。低くて渋い声に、シルフィーは少し強ばっている。
「言わない!」
「……ちょうどいい。ガスター様への供物が足りないところだった。その女を殺せ、シルフィー」
「いや!」
首をブンブンと横に振りながら涙を浮かべるシルフィー。男の一人がシルフィーへと近付いていく。
まずい、どうする? シルフィーも裏切り者として殺されるかもしれない、どうする?! どうしよう?!
長筆を握る手が強まる。本当は分かっている、やらなきゃならない事。それに反して、身体は言う事を訊かない。震えるだけでただ眺めるだけだった。飛び出して、男に一撃食らわせるだけで良い。戦意喪失させるだけ。それだけができない現状。脳裏にトラウマが蘇る。痛みと恐怖に支配されたこの身体はもう、戦いに身を投じる事ができない。
パシンッ!!!
風音を貫いて音が響く。ハッとして顔を覗かせると、男がシルフィーの顔を叩き飛ばしている姿が目に入った。風の鎧が意図も容易く崩され、身体のバランスを失ったシルフィーはふらついて地面に倒れた。
「シルフィー、お前は後で話を訊かせろ。まずはーー」
トンッ!
「お前だ、女」
矢が刺さる音が背後の幹からした。場所はバレている。緊張と恐怖で、私の体は勝手にその場から逃げ出した。大木と敵とを直線に矢に貫かれないよう、走り去る。暗闇の中、蔦に足を引っ掛けて転げ回り、全身傷だらけになりながら、目的の反対方向へ。血と汗と涙が滲むなどと青春時代のあの表現なんかはクソ喰らえだった。走れば走るほどに、恐怖に加えて自己嫌悪が増していく。逃げ出した。逃げ出すしかなかった。どこの誰とも知らない私を助けて、裏切り者になってまでも救おうとした小さな女の子一人を裏切って、私は最低のゴミクズ野郎だった。死にたくないけど死んでしまいたい、そんな気持ちで胸が張り裂けてしまいそうだった。いや、張り裂けるのも時間の問題か。今にも背後から飛翔してきた矢に貫かれてもおかしくない。
その瞬間、顔の真横を一本の矢が劈く音がした。……前方から飛んできた。目の前に、別のキラーの姿。背後からも二人が迫ってくる。逃げ道がなくなってしまった。
「へへへへ! 女だあ! なあにしてんだよお、おまええ?!」
不気味な笑みを浮かべながら、キラーの男が前方から歩み寄ってくる。背中の矢筒から矢を取って弓に番える。
「……た、たすけて、ください」
命乞い。
「あはははああぁ!! それはぁむぅりなはなしだぁ!!」
「この森に足を踏み入れた時点で、お前は死ぬ運命だ」
先程の二人組も合流し、三人に囲まれる。そして、矢を番えたキラーは私へと矢をーーーー




