第20話『幻想クリアリング』
「あれー? 木ノ葉ちゃんにあげたはずの長筆がなぜここにー?」
旧都市『コンキロス』からウィンディーネを救出して無事に『ナチャーロ』に帰還したフィノ。私、狐火木ノ葉が眠っていたソファーにウィンディーネを寝かせ、閑散とした部屋の中を眺めた。集会所奥の休憩室、誰かが刃交えたような酷い有様で、所構わず壁や天井が崩壊している。その中に一本の長筆が放置されていた。白銀の毛並みが光を美しく反射させる長さ170センチ程の長筆。
それを拾い上げると、フィノは自身の能力で職業を強制変更し、長筆をまるで槍のように構えて天井の大穴から外へと投げ飛ばしてしまった!
「やれやれー、世話のかかる木ノ葉ちゃんだねー。せっかくあげたんだからさ、大切にしてよー?」
旧都市『コンキロス』の夜闇の中、私は絶望に駆られてその場に座していた。右腕にはフェンリルに噛まれてついた歯型の傷があり、血を吹き出していた。その背後で何も出来ずにただ、幻想壁によって守られるルフとギルド嬢の姿があった。増殖したフェンリルたちは一斉に為す術を失くした私へと目掛けてヨダレを垂らしながら駆け寄ってくる。暗転する視界の中、一匹のフェンリルの大口が私の頭に噛み付くその瞬間、私の視界は闇に飲まれてしまった。
死ぬ時なんて一瞬だ。何も見えず聞こえない、静寂の世界へとその身を投げ出されて消えていく。ただ絶望の中で疑問が頭に過ぎった。なぜ死んでも意識があるのか。死んだはずの身体に未だ、右腕の痛みが健在していることもおかしな話だ。ただそれは簡単な一つの言葉で解決する。
「……死んで、ない……」
霞む視界の中、重い瞼を何とかして開くと、そこには獣の姿なんて一つすらない闇夜が広がっていた。確かにそこに、風の魔法で削がれてしまった地面や真っ黒に焦げて炭となってしまった樹木、獣の足跡など、そこにいた形跡だけが取り残されて、フェンリルの群れだけが消えていた。背後の二人も唖然としている。誰も状況理解ができてはなかったが、一つ言えることは私たちは生き残ったという事だけだった。
死線を越えて安堵してしまった私はそのまま背中から仰向けに倒れた。呼吸が上手くできず、意識が遠のいていく中、ルフとギルド嬢が私を呼ぶ声が微かに聞こえていたが、その声に応じる程の力は持ってない。だから、ゆったりと眠らせて欲しい。瞼が落ちていく。揺らぐ視界の中、横に落ちている長筆が目に入る。その筆毛は雪のような純白からは程遠い真っ黒に染まっていた。それが最後、私は深い眠りに落ちていく。
ルフとギルド嬢は私をパーティーから引き下げて、二人で再び魔物掃討へと狩り出ていた。フェンリルという怪物が突如失踪してしまった現場を目の当たりにした二人は、先程起きたその事象の謎について話し合いをしていた。
「ーーということは、やっぱりあれは狐火の仕業ということで間違いないのか?」
「断定はできませんが」
私、狐火木ノ葉が負傷を負い、動けなくなって一同ピンチに陥った時の事だ。襲いかかってくるフェンリルに為す術なく地に座す狐火の真下から、黒い影のようなものが突如広がり、それは周囲を飲み込みながら広がっていくと、その空間を真っ暗闇に取り込んでしまった。一瞬で視界全てが暗闇に包み込まれ、まるで洞窟の中に放り出されたように真っ暗闇に。はっきりと二人は理解してはなかったが、確かに狐火木ノ葉の真下から、その影は現れた。
その闇が突然消え去り、視界が開けるとそこには力尽き、倒れている狐火木ノ葉の姿だけになっていた。フェンリルの群れが一瞬にして跡形なく失踪していたのだった。それを理解しているものは誰一人もいない。
「……そもそも論なんだが、狐火の奴は一体どこから魔力を捻り出しているんだ? 仮にあれが狐火の仕業だとしても、物体を、しかも群れ一つを一瞬で消し去るなんて、どれ程の魔力があれば出来る芸当なんだ? それを魔力のないあいつが……」
真相に近付こうとすればする程に謎が溢れてやまない。ルフもギルド嬢も頭を悩ませて結論に辿り着くことはなかった。
その前に、東口へと辿り着く。魔物の気配と絶叫が東口から響いてきていた。一帯の地面が赤く染まっている。膨大な量の血液が飛散して赤一色に変えているのだった。とても悲惨な光景にルフは吐き気を催していた。対して顔色を変えないギルド嬢。その目線の先、一箇所に大量に集まっているフェンリルの群れ。群衆が黒い塊のように一点へと駆け寄っていく。そして、その群れの中心からは噴水のように吹き上がる血液が遠くから見て取れる。恐らく、誰かが襲われて無残な最期を遂げているのだろう。
しかし、良く良く見ると、その群れの中心には一人の人間が太刀を振るい続けているその様があった! 自身のか魔物なのか分からない鮮血に全身を赤く染め上げ、一本の太刀で周囲のフェンリルの群れを全ていなし、斬り殺していた。血の噴水のように見えたそれは、一人の人間によるフェンリルの大量殺戮による飛び散る血液だったのだ。禍々しいその狂気の沙汰に、ルフは気圧される。
「ああ、御二方、西口付近の魔物掃討の方は終わったみたいですね」
フェンリルの声に紛れ、女性の落ち着いた声が中心から聞こえた。そこで太刀を振るっていたのはこのクエストを受注した、綺麗な白髪にゆるふわ系な雰囲気を纏わせていた一人の旅人、ラーヴァだった。その白髪も返り血で赤く染まっておぞましい姿をしている。そのくせに、雰囲気だけはなぜかゆるふわなとこが変わらず、独特の恐怖を思わせる姿だった。魔物を切り伏せたり、避けたりしながらラーヴァは二人へと声をかける。
「その傷、負傷してるみたいですね。フェンリルに噛まれましたか?」
その声は全く緊張を忘れるようなゆったりとした口調だった。一泊遅れてルフは肯定をする。
「もう少しでフェンリルが全て片付くので、そこで待っていてください」
片付くと発言をするラーヴァ。しかし、その斬り殺しているフェンリルたちは一向に減らず、切断した分だけ分裂を繰り返し、まるで細胞のように増殖を続けていた。それに加えて。ラーヴァ自身もフェンリルからの攻撃によって負傷している。つまり、ラーヴァも今、魔力を封じられた、ただの生身でフェンリルの群れに相対しているのだった。
だが次の瞬間、ラーヴァの振り払った太刀から斬撃が飛び、全包囲のフェンリルたちを真っ二つにして、全てのフェンリルを爆死させた。爆音と共に暴風が吹き荒れ、周辺の木々を押し倒し、待機してたルフとギルド嬢の二人もまとめて遠くへとぶっ飛ばす。フェンリルの血肉を全て焼却し、分裂するはずの細胞たちは炭化して塵と化した。それはどう見ても魔法の類。魔力を封じられているラーヴァに出せるものじゃなかった。
砂埃にむせながら、ルフは折れた腕の苦痛に顔を歪めながら立ち上がる。不快そうな顔でギルド嬢も壁によりかかっていた。
「お待たせしました。無事ですか、御二方?」
砂煙の中、血に染った女がこちらへと歩み寄ってきた。その表情はまるでカフェでリラックスしながらティータイムでも取っているような緊張感のない顔をしている。先程まで魔物討伐をしていたのが嘘かのように。そして先程まで振るっていた太刀がなくなっていた。
「フェンリルは、どうなったんだ?」
「掃討しました」
「でも、あいつは無限に増殖を繰り返すはずじゃーー」
「細胞分裂の回数は知ってます? 60回程と言われています。フェンリルの分裂にも回数が決まってると考えてましてね。分裂限界まで切り刻んでみましたが、やはり限界がありました」
その言葉に、二人は訝しげな顔をする。ラーヴァの言葉が本当なのであれば、彼女が今、目の前で終わらせた事は、フェンリルを1,152,921,504,606,846,976体(計算式、2の60乗)倒したと言う事だ。一秒に一体倒せたとしても、36558901084年はかかる計算だ。そんな事はどう考えてもありえない。
「予定より遅くなってしまいました。魔物掃討はこれにて終了です。さぁ、帰りましょうか」
気楽そうにそう告げるのだった。
どうも、こんにちは!
最近は五月病、六月病を患い、加えてニートに成り果ててしまい、さらには作曲に入り浸る生活をしてしまった挙句の果て、気づけば前回から約2ヶ月もの月日が経ち、僕は今まで何をして来たのだろうかなんて自暴自棄になっているそんな日々ですが、くそ蒸し暑いだけの夏がやってくるので期待と不安と妄想を胸に、いざ小説執筆に取り組もうと意気込んでいる小説家の星野夜です、以下略。
さて、今回はちょーっと短めだった気もしますが、クエストクリアまでを書かせてもらいました。パーティー全滅を救世主ラーヴァが全てのフェンリルを引き受けてクリアするという話でしたが、ラーヴァについての力などはまた後日のお話です。
それでは、また会いましょう。僕はモンストでもやってきます。




