第18話『ファンブル』
「それで、どうでしたか、と聞くのも愚問でしょう、ゼロ」
「そうだ、結果から言えば失敗で終わってしまった。あの場で神気纏に邪魔をされるなど誰が想定できた?」
「それがその右頬の一撃ですか。あなたに傷を付けられる人間なんて居るものなんですね」
旧都市『コンキロス』にて高難易度クエストの魔物掃討に励む私、狐火木ノ葉とルフ、そしてギルド嬢の三人。
日が落ちて辺りは夜の静けさが包み込む。荒廃しきった旧都市は東口へと近づくにつれて徐々に木々が生い茂り、あたかも森林の中にいるような錯覚に陥る。お陰様で辺り一帯は月明かりを防いでお陰様々って感じだ。そしてあまり上手い言い回しではない事をここに記述しておく。
急速回復用軽食で魔力供給を終えた私たちは大路地だった場所を沿って街の東口へと向かっていた。舗装されていただろう地面はひび割れて車が走ったらアトラクションと化しそうな荒廃具合だが、舗装されていたおかげで大路地の左右端までにしか草木が侵攻していないので、比較的開けている。この大通りならば多少なり魔物の出現に対応できるはずだ。
ちなみに真っ暗闇の中、足がもつれそうになるその中で、進むべき道を指し示してくれる光はルフが担っている。火属性に優性なルフは火属性の魔力を手から放つ事で灯火の役割を果たしてくれている、なんと便利な機能なのだろうか。私も手から炎が出せるならマジシャンとして一躍買われ、億万長者も夢では無いのだろう。それかルフちゃんを私の手でプロデュースしてーー
「来るぞ、気をつけろ!!」
妄想癖拗らせ中の私に一喝が入り、夢は儚く散ってしまったが、代わりとして魔物の唸り声をそのお耳に収める事が出来た。
「うぉおお?! ついに来ちゃったあ!」
「狐火ちゃん、少し下がって」
ギルド嬢が私の前に立ち、その手で私を守ってくれるらしい。嬉しさの極みに至っていたーーあれ?
「い……いま、なんて言ったの?」
私の動揺の声を聞く耳を持たないらしく、魔物の低くて荒々しい唸り声の方が耳持ち良いとの事。いやいや、ちょっと心の声を勝手に読んで魔法陣こっちに向けてこないで?!
「敵がどっちなのか定かじゃありません」
「少なくとも私はあなたの味方よ?! あんな低いイケボ魔獣なんかに誑かされないで、とっとと葬って私とランデブーしましょう!」
「では、狐火木ノ葉はあの化物に魅了されてないで被弾しないように下がっていてください。もし被弾しても私は悪くない、一切の責任を負わない」
とてつもない無責任ヒーローだ?! あと被弾しそうなんで、こちらに向けている魔法陣を一旦お仕舞い願います。
そんな茶番に付き合う義理もない魔物がヨダレを垂らしながらこちらへと突っ込んできた。四足歩行の狼型の魔物で、痩せこけた身体に灰黒いモフモフの体毛。石鹸で洗ってしつけをしたらとても懐いてきそうだが、そんな悠長な事は言ってられそうもない。その狼型魔物はギルド嬢を無視してルフへと飛び掛った!
「死ね!」
ルフの拳が飛び掛った魔物の顔にヒットして爆発を起こし、その身体を吹き飛ばした。灯火役だったルフは常に火属性の魔力を手から放出していたため、その拳の一撃には火属性の魔法が付与され、狼型魔物は火だるまになって死に至らしめる。
「よぉーし、いこーぜ!」
とてつもなくアッサリだった。アサリのスープよりアッサリだったわけなのだが、そんなわけはなかった。
その牙は標的の右腕に猛威を振るった。火だるまになって燃え尽きたはずの魔物が再び立ち上がってルフにその牙を剥いたのだった。なぜか火傷も傷も何も無い。不意打ちを食らったルフは、右腕に牙が突き刺さって出血し、苦痛に顔を歪めた。その腕が食いちぎられる前に、ギルド嬢が風の魔法で狼型魔物の身体を真っ二つに引き裂いてその身を爆ぜさせる。
「いってぇええ!!! あいつ、何で生きてんだよ?!」
ボタボタと血が流れ出す右腕をもう片手で抑え、火属性の魔力を手から放ち、傷口を焼いて止血処理をする。
その背後でグチャグチャと音を立てながら、魔物の爆ぜたはずの肉片が一箇所に固まり始めていた。それは修復しようとしているらしい。
「……こいつ、再生しようとしてんのか? 脳みそもぶっ飛んだのに死なねぇとか、どーなってんだよ?」
「……いえ、それだけではありません。あの狼型魔物はーー」
そのギルド嬢が睨む先、地面で蠢く肉塊の量が増えているように思える。先程の図体とは比になっていない。
「ーー増殖している」
肉塊はその質量を増して二つに分裂して、魔物の形に形成を始めていた。その時間にして三十秒程だろうか、あっという間に元の原型を取り戻し、再び襲いかかろうと構えていた。唸り声が二つ、耳に聞こえる。
「死なねぇ上に分裂するとか厄介にも程があるぞ! じゃあ、こいつらはーー」
その言葉を言い切る前に、魔物二匹はノイズがかった声で叫ぶと、それぞれルフとギルド嬢に飛びかかってきた。咄嗟にルフは拳銃を、ギルド嬢は魔法陣を構える。
「魔弾、ルベライト・フォーカス!」
「夜ノ葉空風」
仕方なく風の魔法陣で一匹の狼型魔物を切り刻んだ。黒い旋風が飛び散る肉片と血飛沫ごと吹き飛ばし、細切れにした。その一方で、ルフの拳銃は不発。
「おい、嘘だrーー」
飛び掛った魔物のその鋭い牙の餌食となり、首を噛みちぎられる、その寸前で負傷していない左腕を犠牲にして首への攻撃をガードする。その狼型魔物の顎に噛み砕かれて左腕の骨が折れる音が響いた。ルフは突き刺さる牙と骨折の激痛に苦しみながら、左腕を噛みちぎられる前に狼型魔物の腹に一発蹴りを入れて引き剥がした。
「っだぁあああくそが!!! いってぇ……」
怯むルフを背にギルド嬢が、蹴り飛ばされた狼型魔物へと再び魔法を放ち、木っ端微塵に切り刻んだ。
「何をしているのですか、あなたは?」
「うっせぇな……拳銃が不発しやがった。それだけじゃねぇ、ほら」
ルフは左腕を見せる。狼型魔物の牙の跡と引き剥がした際に噛み付いていた牙が作り出した直線型の傷口。骨の折れた部分は肌が青く染まっている。傷口からドロドロと血が流れ出して止まっていなかった。
「早く止血をしないと死んじゃうよ、ルフちゃん?!」
「できねぇんだよ……止血。火が出せない」
先程、急速回復用軽食で魔力補給が済んだにも関わらず、ルフは一切魔力放出ができていなかった。
ルフが止血できないその代わりに、ギルド嬢が手持ちの包帯を取り出す。そこら辺に落ちていた木片を風の魔法で平らにして当て木を作り、包帯で左腕と共に巻き付けて固定をした。
「あくまで一時的な応急処置です。その出血を遅くすることはできますが、抑えることはできません。いち早く帰還をおすすめしたいところですが、今はあの魔物を倒さなければ逃げようもありません」
風の魔法で吹き飛ばしたはずの魔物はまたしても肉塊となって集結し、身体を再形成し始めていた。
「私は読書が趣味で、昔は良く図書館に訪れて本を借りては読み漁る日々でした」
ギルド嬢が突然過去話を展開し始めた。
「……今でも休日は図書館に寄ったりもしますが……その読み漁った本の中であるおとぎ話があります。題名は『貪り食うもの』と言うおとぎ話が記載された本で、当然ですが図書館に行けば借りることが出来ます。昔読んだ本とは違って」
妙な話し方だった。その意味は全く理解できないが、とにかくギルド嬢が本好きと言うのが良く分かる話だ。
「その本の中にとあるキャラクターがいます」
一人話を続ける最中、グチャグチャと再生を続ける狼型魔物。分裂し始めて四つの肉塊が蠢いていた。ギルド嬢は魔法陣を展開したまま、話を続ける。
「そのキャラクターは巨大な体躯に長毛を携えた四足歩行の動物を模しています。獰猛な性格で、鋭い牙を武器に世界を飲み込もうとします。誰も止めることは出来ず、その動物によって人類は滅ぼされかけました。如何なる攻撃も効かず、殺そうとしてもすぐに立ち上がり、仲間を増やして生命に襲い掛かります。まるでーー」
魔法陣が緑色に光って風の魔法が放たれ、修復を終えようとしていた肉塊を爆散させる。
「この獣のように」
「じゃあ、そのおとぎ話の中の空想の生物が現実に干渉したとでも言うのか?」
「類似点が多すぎる。あくまでイフの話ですが、空想上の生物を何かしらの能力で生み出せるのならば話は変わります。あの生物は、本の中では『フェンリル』と呼ばれています」
ギルド嬢が爆散させた肉塊は再び身体を作り上げる。先程より倍の八つの塊が蠢き、元の形へと戻っていく。攻撃しても修復されるだけで、数が増して一方的に不利になっていた。
「クエストは失敗。泣きべそかいておめおめと逃げ帰ることが今できる最善の策です。逃げ帰られるのであればですが」
八匹に分裂したフェンリルは、三人の周囲を取り囲むように動く。まるで弱っていく獲物に食らいつく機会を待つハイエナのように。
「……私たちはサバンナで言う所のヌーと言ったとこでしょうか」
「いや、そのサバンナやらヌーやらが何かは知らねぇけど、とにかくヤバいのは良く伝わるぜ……」
なぜギルド嬢がサバンナやヌーの事を発言しているのかなんてメタい事はさておき、今の状況でギルド嬢だけしか戦闘に関われない事と、囲まれてしまった事が非常に不利だった。高難易度であり、生還者をゼロへと追いやった元凶はこのフェンリルだろう。絶対駆除不可能という恐るべき勲章、死をも超越した存在、それはまさしく神と同義。私たちが今、やろうとしている事は、神殺しとでも言える。そんな大それた事をただの一人の人間に完遂など、それこそ不可能に等しかった。
「失敗は失敗だけどさ、まだ諦めてなんかないよね?! 生きてここから脱出して、ウィンちゃんをもふもふする……のは、置いといて……生きて帰ろう、二人共!!」
胸高々と宣言をする何もする事のできない人間様々。
「人任せで相変わらず何の進歩もしてませんね、狐火木ノ葉」
「相変わらず?」
「そりゃあー、こいつは死んでも変わらねぇよな、うんうん」
「来世も変化なしの人生ですね、可哀想に」
「辛辣すぎて草」
二人からの猛攻で既に死にそうなんですが、どうも主人公です。
「……仕方ないので、狐火木ノ葉の死の機会を先送りにして、更生してくれると言う儚い期待にかけて、この場は任されました」
辛辣すぎて草。
ギルド嬢は魔法陣を頭上に展開し、一匹の翼竜を召喚する。ギルド嬢のペットで、トルネと呼ばれている。風竜クリアと言う種族の緑の翼竜だ。広翼と長尾が特徴なのだが、前回出した時は二十センチ程度の小さい竜だったのに、今回は二メートル程の大きさに変化していた。
「トルネ、よろしくね」
トルネはその応答に答えるように小さく鳴くと、口から風の魔法を吐き出し、私たちの周囲に再び風のバリアを展開する。周囲にのみ影響があり、中心点は台風の目のように影響を受けない。攻撃範囲にいた魔物たちは全身を風の刃でズタズタに切り裂かれて肉片を散らした。魔法が続く限りは魔物がいくらいようとも侵入は許さない。
しかし、その風の魔法に異変が起きた。風のバリアから火が巻き起こり、風に乗せられて火災旋風と化した。
「な、ななんか! 燃えたんですけどぉおお?!!」
「予想はしていましたが、最悪の展開となりました。フェンリルの能力、属性吸収です」
それは、フェンリルが噛み付いた相手の魔力を封じて、自身がその魔力をコピーする能力。先程噛まれてしまったルフは火属性の魔力を吸収されてしまった。その火属性の魔力をフェンリルが利用し、発火させたのだった。
「だから、さっきは拳銃が不発しちまったのか?! 魔力供給したのに使えないのもフェンリルの能力だって訳か?!」
「呪いとも言えます。よりによって、火属性のルフが噛まれてしまった。風と火は相性が悪い」
そう口をつくギルド嬢は突然ふらついて地に膝をつけた。周囲の気温が火災旋風の影響で上昇し始めていた。その上に浮遊していたトルネは火災旋風の熱にやられて叫び声をあげながら火災旋風の外へと落下してしまった。トルネの負傷で風の魔法は解け、火災旋風が消え去る。
「まずいぞ?! このままだとーー」
再び増殖して十数体になったフェンリルたちに囲まれて安全圏を失った三人。墜落したトルネはフェンリルの餌食となり、翼に喰らい付かれて暴れていた。やむなく、ギルド嬢はトルネが死んでしまう前に召喚獣のトルネを帰還させた。
「……トルネが噛まれてしまった。トルネは私の一部と同じ、魔法で作りあげた私の身体。噛まれてしまった……」
「「ま、まさか……」」
ギルド嬢の言葉で事態の重大さが察せられる。属性吸収の能力がギルド嬢に牙を剥いたのだ。それは戦闘不能の宣告。身一つの私と、魔力を封じられたルフとギルド嬢。周囲を取り囲むフェンリルの群れ。ヨダレを垂らしながらジワジワと歩み寄ってくる。
「ど、どう、しよう……なにか策は……」
押し黙るルフとギルド嬢。嫌でも未来が見える気がする。けれど、こんな所で諦められるほどつまらない人生なんて送ってこなかった。まだまだやらなきゃいけないことだってたくさんある。ウィンちゃんをモフモフするのだって未完だ! そんなので死ぬのなんてーー
「絶対に嫌だ!!!」
その瞬間だった。
どうも、星野夜です!
今宵もやってきた全く見にならないトークなんですが『ご飯』『麺類』『パン』の三種の炭水化物に相性がいいのは鯖缶だと思っております、アイラブ鯖缶。休日は鯖缶が描かれた服を着て過ごしております。
さて、その最中なんですが第18話を更新させてもらいました。フェンリルとか言う謎の生命体VSを描いておりますが、噛んだ相手の魔力を封じて我がモノとするチート魔獣の登場です。実は、実際のフェンリルとは性能などが違ったりなんだりとありますが、これは世界線の違いや物語上の色付け的な違いだとこんな所で説明しておきます。ヒドラのようにぶった切っても分裂して厄介度も倍に膨れ上がる、恐ろしい魔物です。
さて、次話では誰一人戦闘に参加できない状況からのスタートです! さて、三人の運命は如何に?!




