『Kronos2025』
魔界と呼ばれる世界の外側、まだ人類が未到達の謎の大陸、に最も近い人間国『アポスト』と言う国が北の遥か彼方に存在する。アポストには春に該当する季節がなく、一年の中で開花する花は一輪もなし。魔界から流れる黒い瘴気の影響らしく、空は瘴気による湿気などで常に雲が生成されるために晴れることがないという。
そんな境地、アポスト内では唯一疎外されている地域、ラーヴルという町があった。どういう訳か、黒い瘴気が一切流れること無く、その地域はアポスト内で唯一、春と晴れが存在する場所だった。その景色は全くの別物で、その地域だけが環境的にも疎外されているようだった。故に、アポストからは敵視されている。
「アクアちゃん、アクアちゃん!」
うるさいあの子の声が耳につく。その声のする方向へと目線をやると彼女が笑顔で走ってきて、案の定、顔からスライディングズッコケを見せてくれた。一日一回、毎度恒例のやつ。
「いててててて……」
「まったくー、全力疾走しなきゃいいのにさあ。ほら、立って」
私は彼女に手を差し伸べ、彼女を起こさせる。これも毎度恒例になっている。
彼女は私の幼なじみの女の子、メリッサ。くせ毛な茶色のロングヘアーと、真紅の瞳が特徴の天然少女。ドジっ子で一日一回は先程のように派手にぶっ飛ぶ様をご覧いただける。
昼下がりの町中、二人はいつものように森林へと遊びに行こうとしていた。人々の間を縫って、私と彼女は町中をかけてった。
「お前ら、相変わらず元気だなー! 気をつけて行けよー!」
男性の一人が笑顔で手を振っている。私と彼女はラーヴルでは有名だった。良い意味でも悪い意味でも。
「そして……くそっ! やっぱりか、アクア! 財布返せぇ!!」
無邪気な笑顔で町を駆ける私の右手には男の財布が握られていた。私の技は洗礼されたプロの領域だったが、根本的に盗人のプロってそれはプロって言葉で表していいものだろうか。こうして生活費を集めている私。町の人々は私の家庭事情などを知ってて、それすらも許して愛してくれていた、らしい。ありがたく使わせてもらってました。
幼少期の私には家族というものがなく、一人暮らし。別に浮かれることは無かったけど。一人でどうにかやってきた(盗み)。って、一人じゃなくて、二人で、だった。いつでも私の傍には煩わしい彼女が立ってた。
「ねーねー! 明日は待ってたあの日だねー!」
私にはあまりにも輝かしい笑顔で彼女は私へと微笑む。逃避中の今にその純粋な笑顔が出るものなのかと思ったけど、それも仕方ないのかな。なぜなら、明日はーー
ラーヴルの領土内の過半数は森林が取り囲んでいる。アポスト内にて、それは至って普通の光景だが、黒い瘴気の漂わないラーヴルの森林はアポスト内で最も美しい景色として有名だった。瘴気によって居場所を絶たれた動物たちは、このラーヴルの森林に屯っていて、アポスト内では、このラーヴルの森林以外で動物は確認されていない。
確かに綺麗こそある森林だけど、この場に足を踏み入る人はいない。そもそも、入る必要性がないから。業者が木材や飲料水などを採集する際にしか訪れず、一般はまず立ち入らない。だけど、好奇心旺盛な私は良く、森林に入って探索などをしてた。森林が庭とまでは言わないけど、ラーヴルの業者ほどは詳しいと自信だけは持っているつもりの立ち振る舞いはできる。
「アクアちゃん、アクアちゃん!」
名前を二度呼ぶのは大切だからかな、と良い方向性で考えつつ、キラキラな眼差しを突き刺しにかかる彼女の方を向く。明日の事で頭いっぱいなんだ、彼女は。
「はいはい、分かってるから。まあ、明日の事だけど、一応、ね?」
「そうと決まれば善は急げ!」
「バカ! 急ぐと君はすぐーー」
案の定、地面から飛び出ていた木の根に足を引っかけ、勢いに乗って宙に舞うあの子の姿をお目にかけることができた。彼女はその勢いのままに、森林の急斜面に落下していった。
「うわあ! 何してんのさ?!」
焦りつつ崖下を覗くと、擦り傷だらけの身体で笑っている彼女が崖下にいた。高めの崖じゃなくて良かったと安堵する。その束の間、私は彼女の真下に誰かが潰されているのに気がついてしまった。ボロ雑巾のような布切れに身を包んでいて、一瞬、人だと認識できなかったが。多分、彼女が軽傷で済んでるのは真下に潰されている人間のおかげか。潰されてしまった人の安否確認をするために、私も崖下に降りた。落差約五メートル。
「あれ?! 何か踏んじゃってるぅ?! うわあ!」
私が駆けつけてようやくそれに気づいた彼女は大慌てで飛び退き、ボロ雑巾のようなものを確認する。それは私たちと変わらない年頃の女の子だった。青紫のくしゃくしゃな長髪が、どこか自分とキャラ被り……ではなく、似ていて親近感が湧いてたけど、今はそれどころじゃない。女の子は呼吸こそしているが、意識はない。こんな森林の中で何のためにいたのか不思議でしょうがないけど、まずはこの子を安全圏へと背負って連れ帰ることにした。
「で、この子は何なんだろうね、アクアちゃん?」
ベッドに寝かせた女の子の顔を近距離でマジマジと見つめる彼女の頭にチョップをかまし、私はこの後どうしようか考えていた。
「その子はとりあえず私の家で匿ってるから、いつもの練習でもしようかー」
私と彼女は将来武具職人になるのが夢だった。お互いが良きライバルで成長し合って、技術を高め合ってた。ラーヴルに一つだけある広場で、私と彼女はいつも修行に励んでいた。今日は女の子が一人寝てるので仕方なく、この寝室にて行うことに。
今日は武具職人には必須の技を練習する予定だった。一塊の鉄を手のひらで加工し、一つのものを作り出す、基本中の基本である技『シュードファーナス』を。
「アクアちゃんはー、もうほぼ習得済みでしょー? 私はちっとも上手くいかないんだけどー」
彼女は確かに魔法関連に対しては下手くそ。魔力総合テストの点数はワーストクラスらしい。才能はない彼女だけど、私的には彼女は誰よりもーー
ボシュゥッ!!!
「うわあっ、やば!」
彼女の持っていた鉄塊が爆発し、吹き飛んでしまった。シュードファーナスと呼ばれる技は、魔力を手のひらに熱に変化させ、鉄塊を歪めてく魔法だけど、彼女の起こす熱量は常人の幾千倍。瞬間的に熱された鉄塊は手の中で小爆発を起こして吹き飛んでしまった、ということだろう。
吹き飛んでしまった鉄塊はそのまま弧を描き、不運な事に寝ている女の子の顔に直撃してしまった。その熱量により、鉄塊は女の子の顔を溶かし、大穴を空けてしまった! 私も彼女も、その瞬間にシュードファーナスの熱すらなくなって全身凍りついてしまった。
青ざめた彼女が口を開こうとしていたが、語る声は空虚。お互いが一分は黙りこくってしまっていた。
「……アクア、ちゃん……」
「……あ、え、え、え、な、何?」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「お、落ち着いて!」
人を殺してしまった、その現実か信じきれず錯乱状態に陥ってしまったみたい。私も半ば、意識を失いかけていた。そんな時ーー
「っるせぇえなあっ!!!」
暴言と共に突如、寝室内で爆風が巻き起こり、屋根に女の子同様、大きな風穴が空いてしまった。私と彼女は爆風に体勢を崩して地面に倒される。羽根布団が引き裂かれて羽が舞い散る部屋の中、ボロボロのベッド上に、顔に穴の空いた女の子が立っていた。しかし、顔からは流血が一切ない。
「あわわわわわわ、い、生きてる゛ぅう゛?!」
グチャグチャと音を立てながら顔の穴が塞がり、外傷のない女の子がそこに。かなり禍々しいく恐ろしいその様に私は震えていた。紫色のオーラを放ち、私達に確実に殺意を剥き出しにしている。
「死ね」
女の子は、錯乱状態の彼女に指を差した。私の友達が殺されてしまう。どうにか策を講じようとしたが、その間もなく、私は血飛沫に塗れた。
手を伸ばせば届く距離が果てしなく遠く感じる。まだ手遅れじゃないと、私は震える手を伸ばす。その一寸先、欠けた彼女が無表情で冷酷な雰囲気を漂わせて、私の事を待ってくれている。その時の私には、輝かしい笑顔を振りまく彼女の顔が、数秒前の陥没させてしまった女の子と同様にあるはずのものがない事に、 気づいてはいなかった。本当は気づいていたが、現実から目を背こうと必死なんだろう。私の目には、何ら変わらない笑顔の彼女がそこにいた。
「あ、あれ? アクアちゃん、一体何が……」
「黙ってろよ、お前……」
その声は攻撃を加えてきた女の子ではなく、私が無意識に発した声。無意識に殺意を剥き出しにしていた。その直後、私の腕が自我を持つように、青紫の髪の女の子に魔法を一撃を与えた。腹部に衝突した水属性の魔法は、寝室の壁を突き破って屋外へと女の子をぶっ飛ばす。人生で初めて、魔法を攻撃手段として誰かに向けて使った瞬間だった。路上に吹き飛んできた女の子の姿に、町人たちが野次馬として集まってくる。ボロ雑巾のような女の子が一人倒れていて、吹っ飛んだその軌道上に私の姿。一方的に攻撃をしたように見えなくもない。
「……お前らか……? こんなことしたのは?!」
町人たちは倒れる女の子を抱え、私を怪物を睨むような目で見つめていた。
「ち、違う! アクアちゃんは私をーー」
「気が狂ったか?! 誰かあいつらをーー」
まるで話を聞かない人々。いつも親切で優しくしてくれてた人達が一転して、まるで裏切られたような感覚を……いや、最初から私は、彼らの仲間なんかじゃなかったんだ。
「アクアちゃん……」
「……逃げよう……」
私は唯一の友達である彼女の手を引き、家を飛び出した。街を駆け抜け、人々の波を切り裂きながら、後ろから追ってくる輩から全力で逃走を図った。追っ手を撒き、気づいた頃には二人して夕暮れの森の中に倒れ込んでいた。お互いに息を整える。
「……あ、あの……」
「あははは……どうしよう?」
どうもしようもない。帰る家を追いやられ、街から追い出され、森の中。今頃、あの女の子はどうしているだろうか、なんて敵の事を考え、私は一つ、策を練っていた。
「…さーて、どう出るかな、向こうは……」
続きます。失踪してはいません、星野夜です。
15話はいずこへ?




