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成長アプリ  作者: 狂い酒
1/1

寒空の下で

プロローグは短めです


手の中にあるスマートフォンだけが俺の唯一の持ち物だった。


✴︎✴︎✴︎



21時を示す短針が就寝の時刻を知らせる。学生としては少し早いかもしれないが、毎日このぐらいの時間に寝るのが習慣となっていた。

「っし! 寝るか」

いつものように立ち上げていたデスクトップ型のPCの電源を落としてからベットへと移動する。

「あー、明日からまたバイトか。嫌だなー怠いなー休もっかなー」

一人暮らしの大学生は万年金欠である。実家の方針として仕送りはなし、家賃4万円のアパートで暮らしている。当然奨学金は借りているが全ては学費へと消えるので手元にはこない。ほぼ毎日がバイトなのは仕方ないかもしれないが、気が滅入るのは避けられない。

「どっかに働かなくても金が入ってきて尚且つ美人な嫁さんがいて立派な家に住めて何不自由なく生活できる場所はないものか……あるわけないか」

そんな理想を夢見るだけ現状との比較で萎える。さっさと眠って明日の仕事へと備えようと目を瞑る。次第に意識が沈む中でやはり最後まで明日は怠いと考えていた。


✴︎✴︎✴︎


「う、ううん」

寒い。非常に寒い。

被っている布団を抱きしめようと体を丸まろうとして……気付く。

「あれ?」

手を握っては感触がない。手を握っては感触がない。繰り返し同じことをやってもあるべき場所には何もないことに観念して、そこでようやく目を開ける。

「俺そんな寝相悪く寝た……か……なー…………」

闇が広がっていた。

あたり一面が広大な草原に見える。なんとなく空を見上げると、夜の暗闇にポツリと1つ月の明るさが際立っていた。

「月が綺麗だなー」

呟いた言葉は風に流され消える。夜風は冷たく、それが月を眺めていた俺を嫌でも現実に返した。

「どーなってんだこりゃ。俺はいつから1人サバイバルなんて始めたんだよ」

当然ながらそんな覚えはない。身ぐるみ1つでそもそもそんな真似はしない。寒空の下平原の真ん中で堂々と寝るなんて馬鹿にも程があるだろう。

「もしかして拉致? いやいやそりゃないでしょー、ありえないでしょー。俺を拉致して誰得だよ」

言葉にしながらもそれを否定するが、何故だか徐々に不安になってくる。辺りをちらりと見渡すがやはり誰も見当たらない。

「拉致して放置はねーだろ。いや、拉致じゃないな。……じゃあなんなんだよ!!」

あまりの展開に混乱してきてしまった。正直意味がわからない。朝起きたら平原に一人ぼっちでした。これで平常心保つとか無理。

「と、とりあえず寒さをしのげるとこに行きたい」

いい加減体が悲鳴を上げてきた。正直寒かったらエアコンつけて快適に暮らしていた俺からしたらこの仕打ちは辛い。なんでもいいからあったかい場所に行きたい。

とはいえ土地勘なんてあるわけもなく歩くこと30分。

「ぜ、全然なにも見当たらねぇ。どゆこと? なんで洞窟どころか木の一本もないんだ!!」

あるのは草原。見渡してもそれがずっと続いてるだけ。正直そろそろ涙が出そう。男の子にだって限界がある。孤独はやはり誰だって寂しい。

「マジでもう無理。現代っ子なめんなよ。こたつの場所取りで戦争が起きるぐらい寒さには敏感なんだよこっちは」

体を抱きしめつつ寒さを耐えていると、寝間着のパーカーの右ポケットになにやら変な感触がした。

「ん? なんだこれ……ってスマートフォンじゃねーか!!」

未だかつてスマートフォンを見つけて、なんでお前なんだよ! と思ったことはなかっただろう。正直言ってカイロの方が100倍よかった。俺は今、文明の利器なんかより原始的な暖かさを求めているのだ。

「てかなんでポケットに入ってんだよ。昨日は充電してたはずだろうが。コンセントから瞬間移動でもしたのかよ」

俺みたいに。

つまんないボケ。寝床から平原へ瞬間移動とか本当に笑えない。

スマホを手に取ると意識してないのに指紋認証で施錠を解除する。長年使っていた故の一連の動作はやはり癖として染み付いていた。画面が開く、そして気付く。

「ホーム画面じゃない」

なにやら変なアプリケーションが起動していた。画面にはこう書いてある。


成長アプリ


初回インストール中。少々お待ちください。


「なんだこれ……てかここWi-Fi繋がってねーだろ!!」

おかしい。あり得ない。このなにもない草原に電波なんか飛んでるわけ無いしどうゆうことだ?


『完了しました』


声が聞こえて思わず驚く。そのまま意識をアプリへと移すとタップと書かれていた。

しばらくの間手元のスマホ相手に警戒していたが、無駄なことだ。手元にはこれしか無いのだ。やってダメならそれまでということにやっと気づいた。

タップするとそこにはどこにでもありそうなゲーム画面が広がっていた。

『こんにちは!! 初めまして!』

定番のようにチュートリアル案内キャラが最初に挨拶してくる。この広い平原でなにをこんなことやってんだと思うが仕方ない。さっさと終わらせようとタップして、進まない。てかそもそもタップできない。

「どゆこと?」

『こんにちは!! 初めまして!!』

タップタップタップタップタップタップタップタップ。

「おい! いい加減進めやこら!!」

『こんにちは!!! 初めまして!!!』

「うるせぇ!! こっちは寒さ我慢して最後の希望に縋ってんだよ! 悠長に挨拶してられるかっ! ってあれ?」

なんかテンプレートのチュートリある娘の声がだんだん大きくなってたような、それも心なしか怒ってるような。

『なっ、なんなんですかその態度は! 人がせっかく挨拶してるのにそんな返し方ってないです! 人としての常識が欠如してます。最低です。不能です』

「不能じゃねーよ?!」

思わず言い返してしまったのは仕方ないだろう。不能じゃないからね。本当だからね?!

「え? てかなに今の誰?」

辺りを見回すが誰もいない。ていうかさっきまで誰もいなかったのに突然人が現れても怖い。やばいちびりそう。

『こっちです! いい加減現実を受け止めてください。いつまで現実逃避してるんですか、死にますよ?』

「死ぬの?!」

やだなにそれ怖い。考えてみる。草原に一人ぼっち、食べ物もない。誰もいない。孤独。死んでも誰も気づいてくれない。あれ、おかしいな。涙が止まらないや。

『ちょ、ちょっと泣かないでっ。泣かないでくださいよ! あ、あ〜もう私が悪かったですから! 大丈夫ですって死にませんから! 死にませんって!』

「べ、別に泣いてないし? ちょっと目にゴミが入っただけだし? 全然寂しくなんてねーし!」

『め、めんどくさい。私この人に力を貸すの辞めよーかな…』

目をこすって改めてスマホを見る。そして目が合う。

「はいおかしい! スマホと目が合うとかはいおかしい!!

普通じゃないねっ!」

あまりの寒さで気でもおかしくなったのかと思い、1度深呼吸をする。深く閉じた瞳をゆっくりと開けて、そしてスマホを見る。

目が合う。

「ぎゃあああああ!!! なんかこっち見てるんですけどぉお!!」

『だから私はっ! ……はぁ、ほんとに怠い』



「すまん取り乱した」

十分ほどしてようやく理性を取り戻したが、やはりおかしいのに変わりはない。

「お前、自我があるのか?」

『当然です』

画面の中の2次元美少女が話し出しました。あなたならどうしますか?

「あー、俺ももうダメかな」

そっと画面を閉じた。

勝手に開いた。

『いい加減話を聞いてください! ていうかこれ貴方の為なんですからね!? いいの!? 聞かなくていいの!?』

「っふー。わかった聞く、もう大丈夫だ。すまない、俺も混乱してたんだ」

いきなり知らない場所にいて辺り一面真っ暗だし。歩いても歩いてもなにもないし。寒いし、スマホしか持ってないし。挙げ句の果てにそのスマホは勝手に喋り出すし。こんなの気が狂ってもしょうがないと思う。

『ようやくですか。いざという時に平常心を保てない人は器が小さい証拠ですよ?』

「あれ、おかしいな。なんで俺自分の所持品に説教されてんだろ」


『まぁ、いいです。さて! それでは改めまして! ようこそ異世界へ!! 私はナビゲーターのナビです! 貴方のお名前はなんですか?』


これが俺、望月冬夜の騒がしい異世界生活の始まりだった。

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