表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ココロの海にて

作者: 桂坂

我を忘れる 心を流される という言葉を自分なりに解釈してみた短編です

隣の芝は青いという言葉がありますように 他人の心を羨む人は多いのではないでしょうか

自分を見つめ直してみることで 新しい生き方というのが芽生えてくるのかもしれないですよ

やぁ君 とても悲しそうな顔をしているね

私かい? 私は君の知り合いさ 覚えてないのかな

・・・・そう 記憶を失ってしまったんだね 無理もない

なら、気分を晴らすために私が話をしてあげよう  大丈夫 きっとこれを聴くと君が何者なのか思い出せるさ・・・・



私はその当時 しがないサラリーマンだった

妻はいたが愛はとうに枯れ果てて 仕事もうまく行かず 上司とはぎこちない関係だった

最悪な状態さ 何も生きる希望が持てなかった


あるとき 私は会社の飲み会で心を落としてしまった 場の流れに揉まれて自分を見失ってしまったんだ

よくある話だろう? 最近の社会では心の落し物が多いと聞くんだ ただ、落とした方はたまったもんじゃない

虚無感に苛まれながら 私はここに来たのさ そう、ココロ落し物センター

増え続ける心の落し物を管理する為に作られたこの建物なら きっと私の心の所在を知っているのではないかと思ってきてみたんだ

中に入るとすぐに職員の人が応対してくれたね そう、年齢はちょうど君くらいだったかな

無表情で 事務的に私を迎え入れてくれた

職員は心を落とした時の状況を細かにメモに取り 落とし物の特徴を聞いてきたあと カウンターの後ろに引っ込んで何やらガサガサ漁りだした

少し待って、一つの心が私の元に渡された それは紛れもなく私の心だった きっと親切な人が落とした心を届けてくれたのだろうと 職員には言われた

ただ、それは少し私の知ってる心とは変わっていた 減ってたんだ 落し物は拾った人が一割もらえるというらしいけど 心の落し物にもそれが反映されるらしくて 私に戻ってきたのが九割

おかしな話だろう? 落としたのは私だ それは認めよう

ただ、私にはどうしても耐えられなかったんだ 目の前にあるのに 減ってしまっていたというのは

自分を持つことはいいことだと思うが 会社はそうはいかない 自分を押し殺してでも 周りの意見に同調しなくてはならない時がしょっちゅうだ

そんな状況にありながら 心を落とさない 自分を見失わない人間は きっと強い人なのだろう 私には到底辿り着けない先にあるのだろう

会社の中でも心を落としてしまった人は大勢いたさ しかし、仕事をする上で重要なのは個性ではないと割り切り その人たちは無表情で作業をしていた

だが、私にはそれができない 妻も仕事も人間関係もうまくいかない私には 頼れるものが自分の内にしかなかったからさ

欠けた心を見つめながら 私は涙を流していることに気づいた それは職員の人にも知られていた

惨めでたまらなかったさ 大の大人が人前で泣くというのは恥ずかしいものさ

ただ、私は涙せずにはいれなかったさ それを感じてか 職員の人が私にある提案をしてきた

自分の心を貸してやろうと

一割だけ貸すので その人には何ら影響がないと そう言ってきた

一瞬信じられなかったが 私はすぐに首を縦に振ってしまった 嬉しかったんだ また心のある生活に戻れることを

心が満たされた状態でうちに帰ると 妻が待っていた 私の帰りを待つ妻 変わらぬ日常だったが今の私にはそれがとても愛おしく感じた


それからまた、しばらくして 私は心を落としてしまった

上司に失敗を咎められ こってりと絞られている時にわからなくなってしまったんだ

私の足は落し物センターに向かっていた そこにはあの職員がいた 少し笑顔で待ってたね

また、ですか? と言われた 私は顔を赤くすることしかできなかったね

お願いします と、言うとまた落とした時の状況を細かにメモして 奥に引っ込んだ

しばらくして また私のもとに心が返された 欠けた状態で

そして 職員からもう一度提案された 心を貸すと

言われるままに心を譲り受けると 私はまた帰路に着いた うちに帰ると妻が笑顔で待っていた

今日はあなたの好きなものを作ってみたの なんて上機嫌にエプロンなんかつけてわたしを待ってくれてたのさ そういえばここ最近よく妻と話をしているような気がする 前までは飯と寝るとき以外顔を合わせなかったのに


そしてまた、月日が流れた 今度も 心を落としてしまった

家に帰って妻の夕食を食べるのと 同僚と飲み屋に行く選択の狭間に心を揺らしているうちに いつの間にか心がここになかった 間抜けな話さ

また、落し物センターに行った また、あの人がいた しばらくぶりですね と、彼はお辞儀をしながら言った

それからはまた同じさ 欠けた心を埋めるためにまた相手の提案に乗ってしまった

帰ると妻が笑顔で待っていた 妻の作った飯を食いながら話をして 一緒に床についた

最近は仕事がうまくいって 妻も機嫌がいい日が続いた 上司とは相変わらずだけど とても幸せに感じていた


そして思ったんだ 心を取り替えるうちに 自分の人生が好転しているのではないかと

今までの流されやすい 心が穏やかではない自分ではない あの職員の心を入れてからは 全てがうまく行く もし、すべての心を手に入れることができたら どんなに幸せになれるだろうか・・・・・ 彼の心が全て欲しい 欲しくて欲しくてたまらなくなってしまった


私は、心を自ら捨てた 落としたふりをして ココロ落し物センターに行った 馬鹿なことをしたさ

彼はいつもどおり待っていた 心を無くしましたね?と 私に話しかけてきた

落とした詳細を聞かれたので デタラメを答えてやった どうせここに来るのは初めてではないんだ 私の心はすぐに見つかる そんなことを考えていると やはりあった 欠けた状態の心

昔はそれを見るだけで切なくなったが 今の私にはその状態の心が必要なのだ 新しい自分になれる その心が

心を受け取り 相手の提案に乗るいつもの動作を終えたあと 彼が不思議なことを私に言ってきた

心、落としすぎです 次で五割なので どうなるかわかりませんよ? と

知ったことではない 私はそう思った 自分にとって自分が一番嫌いだった 彼の心を手に入れるためならなんだって構わない どうなるかわからない? それを求めているのだ 私は

帰宅すると 妻が待っていた そろそろ病院へ入れたほうがいいだろう 家事は妊婦にとってはかなりの負担だ

膨らんだお腹をさすると 妻が優しい顔をしながら あなた変わったわね と言ってきた

そうだ、私は変わるんだ 人生を生きるために どんなことがあろうとも


それからは 上司とも折が合うようになってきた

仕事も波に乗り 妻との間にはもうすぐ新しい生命が生まれる 充実した環境 夢にまで見た幸せ

その時の私は もう自分をコントロールできなくなっていたのだろう 心を捨てることにもためらいがなくなっていた 愚かしいことだとも思わなかったさ

落し物センターに走っていくと やはり彼がいた

私は彼に 落し物はあるかと 聞いた しかしそれは建前で 実際にはあるだろうとタカをくくっていたわけだが

しかし、彼は首を横に振った 今日は届いてません と 悲しそうな表情で私に告げた


その時私は激しい後悔に包まれた 自分の愚かさが 自分の醜さが 私の空虚な胸の中を痛いほど叩いた

しかし、涙は出ない 心を完全になくしてしまった私には 感情というものがことごとくなくなっていたからね

呆然と立ち尽くす私に 彼は最後の提案をしてきた

なんと、自分の心をそっくりそのままくれる、というのだ

なぜ、そんな事を言うのか わからなかった 心を失えばどんなに辛い生活が待っているのか 理解できないことでもないだろう

しかし、彼は手を差し伸べて 貴方が望むなら、どうぞ と

私はその手を掴んでしまった 悪魔の手を 何も疑わず 何も恐れず



落し物センターを出た私は その足で妻の待つ病院へ向かった

最近ではそれが日課だ だが、いつもと違って顔を見るのが楽しみだとか そんな感情はなかった

病室へ向かうと 何やら声がしていた 妻と男性の声 医者と話でもしているのだろうか・・・・?


病室を覗くと そこにはよく見知った顔があった

ココロ落し物センターの彼だった 妻と話をしている なぜ?どうして? 私の頭は疑問でいっぱいだった

病室に入ると 妻に怪訝そうな顔をされた どなた?と言われた

彼は、知らない人だ ちょっと話をしてくるといい 私を外に連れ出した

理解ができなかった なぜ私を覚えていないのか なぜ彼がいるのか なぜ妻と彼が知り合いなのか


しかし私には 疑問はあれど 怒りや憎しみはわかなかった

そんな私に 彼は一つの心を見せた 最近では全く見ることがなくなってしまっていた 私の心を

どこもかけてない 私の心を 彼が持っていた

彼は静かに告げた あなたの心、確かにいただきました と

その時、私は気づいた 自分の心の一割がずっとどこに行っていたのか 彼に騙されていたのだ

全てを失って 呆然としている私を見ながら彼は続けた

あなたは私の心を欲しがっていた 望み通りになったんだから もっと喜ばなきゃ と

彼の心を改めて覗いてみると 全くの空虚なことに気がついた 怒りも 喜びもない ただの人形のような心を私はずっと渇望していたのだ

自我が強い私の心は 彼の心によって薄められ うまくいっていたに過ぎなかったのだ

そして、入れ替わった ココロ落し物センターの彼と 私の人生 すべてがひっくり返ってしまった


と、どうだい?これで私の話は終わりさ

・・・・泣いているのかい? 許して? ハハハ 何を今更

君はやっと思い出したようだね そうさ これは君の記憶 私にしてくれたことの全てさ

まさか心を入れ替えると記憶も入れ替わるとは思ってもいなかったけど それが逆に助けになってくれるとはね

私はそんなミスはしない 君には三つの感情をおいてきた 後悔と 悲しみと 自らに対する怒り

その三つを大事に これから生きていけばいいんじゃないかな・・・?

っと そろそろ帰らなくては 妻と娘が待っているのでね

もう八歳にもなるのか・・・・・ パパの顔 もう一度覚えさせなくちゃなぁ

上司にもしばらくぶりに会ってみるとするよ 君はここでまた 私が心を落とすのを待っているといいさ

私は八年待った すべてを取り返すのにね 君もまつがいいさ


また心を落としたら来ると思うさ それではね 


読んでいただいてありがとうございます

たまに私も心がどこにあるのかわからなくなってしまうので 落し物センターは欲しかったり欲しくなかったり

自分の意思をしっかりもっていれば 流されることもないのでは?と思っています

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ