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背中合わせ

作者: 田村まめ

友達には似たもの同士、恋愛には反対同士がぴったりだってあれは本当なんでしょうか…

 わたしと彼は正反対だった。性格も趣味も何もかもが、いっそ皮肉なくらいに正反対だった。



 「そういえば、模試の結果どうだった?英語!」

 放課後になった。わたしと彼は買ってきたばかりの飲み物をそれぞれ、彼の机に置く。自動販売機から教室まで走って競争して、ふたりとも息を切らしていた。馬鹿みたいだけど、青春ぽいなー、って。

 「うるせえ、聞くな!お前こそどうなんだよ、数学」

 「うぐ…き、聞かないで…」

 どうせ今回も彼は数学が良くて英語は悪かったのだろう。わたしの結果とは逆に。どうせ数学出来ないんだろ、と言っているような雰囲気に腹が立った。


 「ちくしょおー」

 言いつつ彼の左耳のイヤフォンを抜いて自分の右耳に入れる。きみがすきだー、という甘い文言が耳に入ってきた。

 「ひゃあ、【ポピュラーヒューマン】か」

 「おう」


 ポピュラーヒューマン、とは彼が最も好きな現在人気の三人組バンドだ。バラード調の曲が多い。

 「きみのイヤフォンを奪うと、いつも聴かないバラードが聴けるから新鮮だなあ」

 「俺はお前のハードロック好きが意外だわ…」

 「ライブとかわたしすごく跳ねるから。叫ぶし」

 「いや知ってるわ…俺オールスタンディング苦手なんだけど…」

 「えー、あの押しつぶされる感じがいいのにー」

 言いつつプルタブを開けた、コーヒーのにおいが通り過ぎる。


 「座って見てる方が落ち着くじゃん」

 隣でプルタブを開ける音が聞こえて、瞬間、泡が吹き出した。


 「あーあ、炭酸なのに走ったから…」

 「うっせ!お前もなんでこんなクソ暑い日にホットなんだよ」

 「何言ってんの、まだ四月になったばっかじゃん」

 「あ、そうか四月…」


 しまった、と思ったけどもう遅かった。

 「どうすっかな…」

 「あげればいいんじゃない、なに、まだ付き合ってないの?」


 四月は彼女の誕生日だから。わたしの誕生日も四月なんだけど、彼の中からわたしは抜け落ちている。

 「余計なお世話だ、バーカ」

 「モタモタしてると取り返しつかなくなっちゃいますけどね…」

 ぼそっと呟いたこれは、いちばん自分に言いたいのだけど。



 「あーあ、ちょっとしにたい気持ち」

 「あ?」

 自殺するならどうするのが楽だろうって、これは小さい頃から考えていて、結局最後に思い至るのは頸動脈を切ることだ。

 「頸動脈ってこのへんなんだよね…」

 「お前な…」

 親指で首の横を探っていると彼が呆れたようにこちらを見た。


 「死んだらなんにもなんねーじゃんかよ」

 「生きててもなんにもなんねーかもだよ?」

 「なんかあるかもしんねーじゃん」

 「死ぬことにも、なんかあるかもしんねーけどね」


 しぬ、というふた文字を軽々しく口に出すといつも彼は渋い顔をする。わたしは、死ぬだとか、死にたいだとか、そういうことをよく言うのだけどそのたびに彼は同じ顔をする。そういうところが好きで。

 でも言えないのだ。わたしと彼は正反対だから。わたしがこの気持ちを伝えてしまえば彼は彼女に自分の気持ちを伝えられないだろうから。彼はやさしいひとなのだ。好きだなあ、と思いながら、ぐび、コーヒーを飲み干す。


 「ん」

 わたしが飲み終わるよりずっと前に飲み終わったアルミ缶をべこっと潰して彼が立ち上がる。左手に自分の缶を持って、空いている右手を差し出してくる。これはあれかな。自分の右手を彼の右手と絡ませて、シェイクハンド。

 「お前…ふざけてんじゃねぇぞ」

 「うえへへ」

 「気持ち悪い笑い方すんなアホ」

 「ひどっ!」

 「おら、捨ててくるからさっさと寄越せ」


 わたしの横に置いておいたコーヒーの缶を彼が攫ってゴミ箱に捨てにいく。ががここん、ふたつ分の音がした。

 「ありがとーしょこら」

 「おう、あー…お前さ」

 渾身のネタをするりと受け流した彼が続けた。

 こうやって言いづらそうに始める話は決まって彼女に関係することだ。

 「誕生日プレゼントなにがいいかってこと?」

 「げ、お前怖っ」

 図星だなあって、彼のことを理解できているようで嬉しくもあるけれど、やっぱりショックだなあって。

 「直球で当てちゃった方が楽でしょ?」

 「いや…そこはこう…わかっててもぼかせよ…」

 うるさいなあ、ノロケなんてききたくないのに。

 「うーん、まあ大抵の女子はお菓子とか…あ、アクセサリーとかどうよ」

 「お前な…男子からアクセサリーなんて引かねぇ?」


 そりゃあ、好きでもない人からアクセサリーなんてもらったらそうかもしれないけれど、彼女が彼を好きなのは一目瞭然だから。だから、大丈夫。

 「とりま、ちょーまじで、たんぷれ渡すと同時にこくればいいよ。ちょーぜつ、ちょべりぐ」

 「口語訳して?」

 「告白しろお」

 「うぜ」


 机の上に座ってぶらぶらさせていた足を止めて、彼の目を見る。彼もわたしを見る。ふたりとも何も言わない。

 「なんか言ってよ」

 「なんかってなんだよ…」

 言いつつ彼がリュックサックを漁り出したのでわたしも自分のを漁る。なにを探すわけでもないけれど、ごそごそって、とりあえず。あ、そういえば、あれの締切が迫っていた。


 「お前も食う?」

 差し出された焼きチョコレートにいらっとして、わたしチョコレートは嫌いだってば色気づいちゃってさあ、とひと息に詰る。あの子と間違ってんじゃないの、とは言えなかった。


 「お、お前なっ」

 口ではそう言っているくせにわたしが彼女の話を出せば嬉しそうなのは見え見えで、どんだけ大好きなんだよー、と思う。

 「はいはい、わたし彼女に詳しくないからさ、そんな嬉しそうにしなくても彼女は逃げてかないしさ、」

 「してねーし、彼女じゃねーし」

 「三人称として使っただけなのに。じゃあ彼氏?」

 「違うわ」

 じゃあ彼女でしょうって自分の声を掻き消すように、かちかち、ノックの音を二回響かせてシャープペンシルの芯を出す。


 「なぁ、お前それ何書いてんの」

 彼がノートを覗きこもうとしているのを全力で阻止する。シャープペンシルで軽く腕を刺された彼が、いてっ、と声を上げた。ざまみろ。

 「…なろう」

 「ナロー?」

 「そう」


 なにそれ?と不思議そうな彼を横目に、小説家になろうってサイトですう、と心の中で教えてやる。

 こうして文字にしてやることでしか気持ちを消化できないのだ、どうせ彼は小説を読まないのだからネットでくらい自由にしてもいいだろう。


 もう一度かちかち芯を出してから、「わたしと彼は正反対だった」、と書き始めた。携帯に打ち込む前の、下書きだ。

好きなバンドの曲に、「余計なお世話だよバーカ」っていう歌詞があって、それをいれたいがために書いた小説(?)でした。いちばんすきなのは、「最後の4小節…」のやつです。

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