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ワシントン23

文治は、藤神、白井と顔を見合わせた。

「我々は、大した事はしておらんよ。」

藤神が、3人を代表して言った。

「少しばかり、やり難そうな作業を指摘はしたが、その解決策は誰でも思い付くものだ。かえって仕事の邪魔をしてしまって、クリスから時間を掛け過ぎだと叱られた。」


クリスは、自分の名前が出て、前菜が喉に詰まって、目を白黒させた。グラスの酒で流し込み、少し咳込んでから、クリスは言った。

「いや、叱ったりしてません。空港へ出発する時間を決めていたので、その時間に合わせてもらう様に、お願いしただけです。」


文治は、いつもの様に微笑し、口を開いた。

「私達の指摘に対して、組み立ての下働きに、マヒンドラさんという人が居て、この方が身軽に動いて、自費で工程の改善を始められました。

それが刺激になって、監督者の方々を動かしたのだと思いますよ。」

文治の言葉に、ルートもオーフラも、グラスを持つ手を止めた。


「そんな馬鹿な。」

オーフラは、吐き捨てる様に言った。

オーフラが、文治の言葉の、どの部分を指して言ったのかは分らないが、信じられないという」意味であることは分かった。


「文治さんだったな。それは、どういう意味かね。」

ルートは、否定する事無く訊いた。

「それは、私から報告します。」

クリスは、文治を制して言った。

車の中で、自腹となる話をしていたのだが、その事は確認した訳では無いので、会社の手続きを分かっている自分が説明すべきと判断したのである。


クリスは、工程の不良状況を先ず報告し、文治が不良原因の一つとして、弾倉の落下部品によることを指摘したという前段の説明をした。

ルートは、不良品の発生率は、他の工場よりも僅かに多い程度であるとしながらも、その原因の一つを初見の文治が指摘した事に驚いた。

そこから、文治が解決案を示し、不良品回収役のマヒンドラが偶然立ち寄り、文治の案を具体化する為に直ぐに動き、弾倉の落下を防ぐ為の道具が、僅か2時間程で出来上がった事を報告した。

この直ぐに動いたマヒンドラが、道具の入手に当たって、会社のルールに依らずに動いてしまったと思われ、場合によると、その責任を取らされるか、自費で道具の費用を負う事を考えているのかも知れないと推測を追加して、報告した。


「ふーむ。そう言う事か。その直ぐに動いて、作業をやり易くした事が引き金になって、定時後から、あのマーチンが工程改善作業を始める事になったのだな。大半の作業者も残って、作業の改善をしているらしい。

ユージンからの報告では、今日の日本人見学者達が、色々な案を示唆してくれた結果だという事だ。」

「そうですか。あのマーチンが、自ら動き始めたというのは、確かに驚きですね。」

クリスも、組立責任者のマーチンの士気の低さを思い浮かべ、ルートに同意した。


「社長。マーチンとは、マーチン・ガブリエルの事ですか。言う事だけは調子の良い男の。」

オーフラは、聞き直した。

「そうだ。課長として雇ったマーチンだよ。」

ルートとオーフラは、顔を見合わせた後、文治を見た。

「文治さん。済まぬが、どんな魔法を使ったのか、教えてもらえないか。」

ルートは、文治を真っ直ぐ見て言った。


「えっ、」

文治はジュースの酸っぱさに咳払いをした。

「特に何もしていません。先程、クリスさんが説明された通りです。

マヒンドラさんに説明させて頂いた時に、どうして弾倉用の受け台が必要なのかという事を説明させていただきまして、どの様な状況が良いのかという事をしておきました。

納得して頂いたた上で、提案させてもらっただけです。」

「そうか。それだけか。それだけでは、マーチンが動き出す訳が無い。何故だろう。」

ルートは、首を傾げた。


「ああ、それなら。」と、藤神が口を開いた。

「この白井が、マーチンと話をしていたな。」

白井は、運ばれてきた牛肉を口に入れた所だったので、目を見開いて、手のひらを前に向け、待ての合図をした。

白井は、数秒噛んで飲み込んでから、話を始めた。

「マーチンとの話かい。話したよ。文治君がマヒンドラと話をしている間にな。」

そう言ってから、口直しに酒を一口飲んだ。

「俺は、工場の責任者という仕事は分からん。だが、警察隊の指揮については或る程度は話せる。

そこで、、隊員が成果を上げるために必要な話をしたのだ。」

白井は、短い時間で話した内容を披露した。

指揮官は、先ず自分の性質を理解すべきである事。その上で、隊員の個性を知り、それに合わせた指揮方法を採るべきである事、隊員が動き易く軍備を配置し、その上で、隊員自らに使い易い状況に改善させ、褒めてやる事が必要であると。


「それだけの事で、マーチンが動き始めたという事か。」

オーフラは、白井の話が、管理者として当然の事だったので、驚きを隠せなかった。

「いや。検査室での改善でが、即効だったので、他の者が黙ってはいなかったのではないかな。」

ルートは、検査室の者達が定時退社できた事を目にした作業者が、日本人の助言を実行すれば、自分達も同じ恩恵を得られると判断したと考えて述べた。

「示唆を与え、結果が直ぐに見えれば、示唆の妥当性が実感できるという事か。それに加えて、白井殿が与えたマーチンへの助言。部下の士気も上がり、上司も、それを評価すれば、螺旋状に良くなっていくという訳だな。」

ルートは、人を扱う時に必要と言われる手法を日本人が半日という短い時間で、当たり前にやってのけた事に舌を巻いた。


「いやいや、そんなつもりは無かった。今日は、銃器の工程を見せてもらって、非常に興味深いものであった。改めて礼を言う。」

白井は、謙遜では無く、そう答えた。

「いや、我が社が受けた恩恵の方が大きい。

実は、パターソン工場は手狭で、他に大きな工場を運営しておる。手狭な工場では効率が宜しくない。

まあ、ワシントンやニューヨークからは近いので、そちら向けに出荷するために生産はしておるがな。

それと、元々の開発拠点としては、継続して主拠点である。そう、クリスの様な者達が所属しておる。

そんな訳で、生産の効率が、あまり追及されないので、管理者も能力に問題の有ると考える者を配しておるのだ。

その一人が、マーチンなのだよ。ところが、今日の突然変異が起きておる。

マーチンでさえも、士気を上げる事ができる方法を教えてもらったのだ。

我々も、考えを変える機会になるかも知れない。その事に感謝しておるのだよ。」

ルートは、思いを吐き出した。


「作業者が、監督者に具申するという事は、そんなに珍しい事なのかね。」

ルートの思いを聞いて、藤神が訊いた。

「藤神殿。作業者は、指示された事を指示通りに行う。指示を受けていない事は行ってはならない。という規定になっておって、その規定に基づいて雇用契約がされています。

作業者は、契約に縛られていますので、自分の担当範囲以外に口出し無用という事なのですよ。」

オーフラが、藤神の質問に答えた。


「そうなのか。言われた事しか行わないという事だな。そうすると、誰が生産部署へ作業内容を指示する事になるのかね。」

藤神は、オーフラを見て訊いた。

「それは、技術者です。」

クリスが答えた。

「ほう。そうすると技術者が全ての道具を揃える事になるな。そんな事が可能なのかね。」

「いや。設備は考えますが、道具までは・・・」

クリスは口を濁した。

ルートは当然ながら、オーフラも答える事はできなかった。


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