ワシントン13
「何を慌てておられるのかね。残りの5名は、二手に分かれて、片方は機械化の進んだ農業を見学に行っておる。企業名は、何と言ったかな、バトルクリークに在る会社だ。」
「ケロッグだよ。」
實小路が、企業名を思い出せない様だったので、佐々が口を挟んだ。
「そうだったな。日本の農業は、未だに牛馬を使っておる。ケロッグ社では、荷の運搬に大きな荷台の車を使っておると聞く。」
「何、ケロッグ社か。・・・今日、大きな荷台の車を作って欲しいと言ってきた者が居ただろう。覚えておるかな。
彼が、ケロッグ社の経営者の一人だ。」
ガーリンが、驚いて大きな声で言った。
「カラルさんと言われましたな。もっと大きな荷台の車で東海岸迄運びたいとか。
既に、鉄道が敷かれておるので、これで運べば良いと思ったのですが、何か意図があるのでしょうかな。」
佐々は、昼間の会話を思い出して、その者の名を言った。
「ふーむ。そうすると、いずれは、その大きな荷台の車を手に入れる事になるのかも知れないな。
ケロッグには、姉尾と五陵が行っておる。」
神崎が、佐々の言葉を引き継いだ。
「だが、それは相当に高額な車となる。東海岸へ荷を届けるのは、既に鉄道が通っておるので、車での輸送の仕事は、多くは無い。
即ち、作られる車の数は、少なく、開発の費用を回収するためには、その価格に反映されるからな。」
フォードは、量を確保する事が必須であることを強調した。
「そうだな。低価格で供給できれば市場に受け入れられ易い。
一方で、車が好きな者は、思うがままに車を操りたいという者が居って、その者は、費用に関しては、あまり頓着しておらん様だ。
実は、藤神の奉公人が無類の車好きでな、その者は、自分で色々な調整をして走らせておる。
私は、詳しくは無いのだが、メルセデスの車を楽しんでおるのだよ。
均一な車の性能には満足しないのかもな。」
實小路は、フォードの方針を肯定しつつも、それ以外の嗜好も有る事を指摘した。
「ほう。そんな者が日本にも居るのか。
確かに、儂も自分の好みに合わせた車を作る事が好きだ。
だが、それを止めてでも、市場に車を提供したい。
私の友人の話をしよう。彼は、私と同年で、学校時代に知り合った。
彼は馬が好きで、牛追いに憧れていた。儂も嫌いでは無いが、原動機に関する教師に付いて学んでいたので、原動機付自転車を主に使っていた。
彼と競争するのだが、なかなか馬には勝てなかった。原動機の出力を上げて、馬と良い勝負になる性能を出せる様になった頃に、それは起きた。
彼の乗った馬が、崖から落ちたのだ。
駆け付けようとしたが、谷底は道も通っておらん所だ。原動機付自転車では行けぬ。
降りられる所を探して、友の所へ着く迄には、随分と時間が掛かった様に思う。
馬は、既に死んでいた。彼は、未だ息が有った。だが、虫の息だ。
彼を担いで崖を登り、自転車の所に必死で戻った。
そこからが課題だ。
彼は意識が無い。タンデムに乗せても、私に抱き着いてはくれぬ。
荷物用の紐で私に彼を縛り付け、町迄の道を急いだ。
一人用の原動機では、馬力も足りぬ。そして、速度を出し過ぎると、彼が落ちてしまいそうだ。
途中、彼は息をしなくなり、彼の体重が重く感じられる様になった。
医者の所へ行った時には、彼は冷たくなっていた。
その時に、車の有難さを知った。車であれば彼を助けられていたかも知れないと。
だが、車は高額で、誰でも買えるものではない。
私は、誓ったのだよ。誰もが買える程の価格の車を作ろうと。
そして、車が増えれば、行政も道を整えざるを得なくなり、危険な道も無くなっていくことが期待できる。
第二の彼を出さない事が目的なのだよ。」
實小路を始めとして、佐々、神崎はフォードの思いを理解した。
ただ、フォードの物語には矛盾が有ったり、考えられない事象も有って、全てを信用する事はできなかった。
それでも、考え方だけは、納得した。
「フォード殿。米国の道路整備は、国が推進しているのかね。それとも、地方自治体が推進しているのかね。」
佐々は、道の整備主体について尋ねた。
「複数の自治体にまたがる道路は、国が主体で、自治体内で完結する道路は自治体が主体で整備している。まあ、当然だな。
それでも、国益に直結する様な事業は、道路整備に限らず、国が主体で動いている事業がある。
ただ、国の予算を地方自治体向けに限定して全額支出すると他の自治体から文句が出る可能性が有るので、応分の負担は有るがな。」
「ほう。具体的には、どの様な事項ですかな。」
フォードの言葉に、佐々は具体的事例の紹介を求めた。
「例えば、国境に繋がる道路は、その事例と言えるな。
国防に直結するのだから、国の主体となる。国境警備は国の仕事だが、その整備には地元の者が雇われるので、雇用創出という点では地方自治体にも税収が発生するので、応分の負担を求めるといった考え方だ。
道路補修業者に仕事が回るとか、それらへの食事や宿泊での経済効果も有る。
そういう点での負担要求だと言われている。」
佐々は、フォードが車を作って売るだけの事業主ではない事に驚いた。
「フォード殿。驚いたな。貴殿が、そこ迄考えて、事業をしているとは思っていなかった。
日本は、陸続きの国境は無いが、海では隣国に接している。最近は、露国が露骨に我が国を狙ってきている態度を示している。そうした国への対応も考えねばならんのだろうな。
米国のアラスカも場合によると、その中の一つかも知れん。」
フォードは、褒められて悪い気はしなかった。
横では、ガーリンが黙々と肉を口に運んでいる。会話に興味が無いといった様子である。
マイケルが、フォードの所に来て、耳打ちをして部屋を出ていった。
給仕は、マリアが居るので、それで十分である。
「フォード殿。貴殿が車の開発に着手した切っ掛けの話は聞いたが、その後、どの様にして資金を集め、開発をしていったのかを話して貰えないかな。」
神崎は、気になっている事を尋ねた。
フォードは、自慢話ができるといった顔で、ワインを片手に語り始めた。
蒸気式の原動機と内燃機関の検討から始まり、他社の分解調査、馬車に代わる為に必要な特性、車体の耐久性等を研究し、何度も試作と改良を行ってきた事、苦労した所と成功迄の道のり等を語った。
途中から、ガーリンの技術が大いに役立った事も加えて、話は30分以上も続いた。
「フォード殿。開発には多額の資金が必要だと思う。どの様にして、確保したのかね。」
神崎は、最も気に掛かる事を訊いた。
フォードは含み笑いの顔で、自慢するように答えた。
「大統領に協力してもらったのだよ。」
日本人3人に加えてガーリンも驚いた顔をした。
「フォード殿は、大統領と知り合いなのかね。」
實小路は手にしたフォークから肉が落ちても気付かない程、真っ直ぐにフォードを見て確認をした。
「ああ、今なら知り合いと言って良いだろう。
初めは、大統領などは、商売の役に立たないと思っていたので、知り合いになるとは思っていなかった。
・・・諸君は、トーマス エジソンを知っているかね。」
唐突に、フォードが皆に訊いた。
日本人3人は、名前は聞いた事はある。ガーリンはエジソン社の商品を使っているので、大きく頷いた。
「私は、エジソン社で働いておった。技術者をしておってな、飛ぶ鳥を落とす勢いの会社なのだから、給料は結構な額であった。
その蓄えと銀行からの借り入れで、この会社を作った。
エジソン社の技術者をやりながら、自宅で原動機を組み立てておったのだよ。
エジソン社長は、私の車社会発展への支援をしてくれた事も、この会社を興す為の手助けとなった。
いや、むしろ、彼が居たから、この会社を興せたと言って良いのかも知れぬ。」
フォードは、一度、話を区切って、ワインを一口飲んだ。
「当時、エジソンが主催する宴会があってな、そこで大統領と会ったのだよ。
エジソンが大統領に私を紹介してくれて、今後の車社会について簡単に話をしたんだ。大統領は、その話が痛く気に入った様子でな、これからの米国経済を回すための原動力になると言ってくれた。
次の日には、官邸に呼ばれて、色々な話をした。儂は車を作る。国は車を使って経済を回すという話が出来上がったのだよ。
閉塞した経済を回す一つの方法だとか言っていたな。米国を車社会にすると。」
神崎は大きく頷いた。
「そう言う事か。国がどんな産業を基幹にするかを見定め、注力する事が、国策としての一つの方法という訳か。」
フォードは、神崎の言葉に頷いてみせた。
「先の国境に繋がる道路の話は、その時の受け売りだよ。」
「国の施策が企業を動かし、企業の動向が国を動かす。国益を効率良く確保するために、何に重点を置くべきなのか、先見の明が求められるのだな。」
神崎は、悩んでいた方向を見つけたといった顔になった。
「貴君等とは違って、儂は国策については考えておらんが、国策が儂の事業を支えてくれている事は確かだ。」
フォードは、神崎の言葉に反応した。
「神崎。我が国が、何を国策としてしていくのかという事を考えねばならんな。
今は、生糸や瀬戸物を主力にしておるが、米国は車という利益の大きい産業と違って、利幅が小さい。
大量に売るという方法も考えられるが、それも限界が有る。悩ましいのう。」
實小路が神崎の発言に施策を問い掛けた。
「国内向けならば、鉄道網の更なる拡張という事が一つの方法だな。」
佐々は、實小路に一つの答えを返した。
「今、結論を出す必要も無い。皆で考える事にしよう。」
實小路は、神崎、佐々に言った。




