ワシントン8
デトロイトでは、姉尾の予感が当たっていた。
「ここは、米国で広大な土地が広がっている。100トン運べる車が良い。
燃料だって、東海岸までの燃料を積んで走れたら、途中で燃料切れの心配をしなくて済むだろう。
飛行機にできて、車にできないなんて事はおかしい。」
フォードが實小路、佐々、神崎と共に、車の生産工場を見て回っている時に、工場の騒音よりも大きな声で話す者が居た。
作業着を着ていないので、恐らく客なのだろう。
その男を相手しているのは、背広を着ていて、髭を蓄えた者で、何かを話している。
だが、工場の騒音には及ばない声なので、何を言っているのかは分からない。
「4トン程度では足りないんだ。」
大声の男は、そう言って、こちらの方にやってきた。
フォードは、一歩前に出て、その男に声を掛けた。
「カラルさん。何か、お困りですか。」
男は、フォードに声を掛けられ、立ち止まった。
「フォードさん。この前、作ってもらった4トンは、調子良く動いているんだが、貨物の量をもっと増やしたいんだ。
それで、あいつ、ガーリンに、もっと大きい奴を作ってくれと言ったら、フォードさんに止められているってさ。」
「カラルさん。ご要望は分かります。
先の4トンについては、比較的多くの受注が見込めますので、対応しましたが、10トン以上のものについては、発動機から設計しなくてはなりません。
恐らく、使い物になる迄に5年は掛かるでしょう。5年後の為に工場を空けられないのですよ。
御覧の通り、大忙しなのですから。」
カラルは、ため息をついて、工場の出口へ向かっていった。
確かに、工場には、所狭しと生産中の車が置かれ、1台に数人の作業者が忙しそうに組み立て作業を行っている。
この工場に、大きな貨車を置いて、組み立てる事は難しそうである。
「本当は、ご要望に応えるべきなのですが、今のところは手一杯です。
隣に工場を建てているのですが、この先、3年は注文をこなすだけで、他に余力が無いのですよ。」
フォードも、顧客の信頼に応えられない自分に、じくじくたる思いであることを滲ませていた。
そこへ、工夫が駆け寄ってきた。だが、工夫は、近く迄来て、接客中である事が分かって、立ち止まった。
それに気づいたフォードは、頷いて、工夫に来る様に促した。
工夫は、フォードの耳元で何かを囁いた。
フォードは、實小路達に「ちょっと失礼します。」と言って、事務所に向かって駆けていった。
代わりにと、先程、カラルと話をしていたガーリンが対応をする事になった。
「ガーリン。先程は、何を話していたのかね。」
神崎は、興味津々で訊いた。
「顧客のカラルさんは、東海岸へ大量の荷物を運びたいと言われます。
私個人としては、その様な大型の車を作るに興味が有るのですが、ヘンリーが許してくれません。
仕方無く、断ったのですよ。」
「このデトロイト近郊には、多くの部品工場や板金工場が有ると聞いてる。どこかの自動車を作っている会社が対応するのだろうね。」
神崎は、カラルの事を心配する必要は無いという意味で、慰めの言葉として話した。
ガーリンは、神崎の言葉に、何も答えなかった。
ガーリンは、實小路、神崎、佐々を連れて工場を案内して回った。
「ガーリン。あの工員は何もしていない様だな。」
佐々が、車の横で工具を手に立っている男を見て言った。
「あー、彼は昨日入社したばかりで、ネジを締める作業しか教えられていません。ですので、自分の仕事の順番が来る迄、待っているのです。
でも、変だな。先程、5番で作業をしていた筈なのに。・・・」
ガーリンは、3人を待たせて、その男の所へ行った。
ガーリンは、男と話し、そのまま、別の車の所へ行って、車の下や周りを回った。
その後、ガーリンは、男に頷いた。
男は待機していた所に戻り、ガーリンは3人の所に戻ってきた。
「お待たせしました。彼の仕事が速過ぎて、与えた仕事が出来ているのか見てきました。
彼は、作業を覚えるのが早くて、予定よりも、かなり早く作業を済ませてしまったのです。
前の作業での車のネジ締めは、問題無く出来ていたので、次の車の所で待たせる様にしました。」
ガーリンは、状況を説明した。
「そうですか。工具を選んで持ち替える必要が無いので、仕事が早いのかも知れませんな。」
佐々は、ガーリンの報告に感想を述べた。
ガーリンは、佐々の言葉に黙り込んだ。車を組み立てている者を見たままである。
實小路も、神崎も、そして、佐々も、ガーリンが黙り込んだ姿を見て、文治に似ていると思った。
その注意深く観察する姿が、何かを見出そうととしている時の文治に雰囲気が似ているのである。
文治の場合には、こんな時には、話し掛けても応える事は無い。
神崎は、試しにガーリンに話し掛けてみた。
「ガーリン。何か見えるかね。」
ガーリンは、作業者を見たままで答えた。
「ええ、そうですね。」
それだけ言って、再び黙った。
そして、5分以上経って、気付いた様に3人に向かい、そして、言った。
「済みません。有難うございました。」
ようやく口を開いたガーリンは、笑顔になっている。
「佐々さんの言葉が、私の悩みを解決してくれました。」
そこへ、フォードが戻ってきた。
「あれえ、未だ、こんなところに居たのか。何か興味深い事でも有ったのかね。」
フォードの問い掛けに、ガーリンが答えた。
「ヘンリー。今、凄い忠告を貰ったんだ。」
ガーリンは、少々興奮気味に言った。
「何だ、ガーリン。この日本人達は、車作りに詳しいのか。」
「いや、そうじゃない。いいか、今、1台生産するのに2日は掛かっているよな。」
「そうだ。慣れた者が組み立てをすれば、2日でできる。普通は、3日だがな。」
「何で、そんなに掛かっているんだ。」
「何言ってるんだ。発動機組立、調整、車体組立、車輪、外装と工程が多いからに決まっているじゃないか。
何年、車作りをしてるんだよ。分かっているだろう。」
「まあ、発動機の組立は別にして、それ以降は、完成迄、同じ者が組立ているから、色々な工程の準備や、工具の準備が要るよな。」
「だから、何なんだ。」
「工程を分けて、工具の段取りや準備作業を無くしたら、その時間は省ける。
今、8番の車軸組立を見ていたんだが、準備だけで10分程、掛かっている。6回準備したら、1時間だ。」
「工具交換を省くのは良いが、大きな工具を持って歩き回るという事になる。更に、部品を運んでこなくてはならん。
それでは、工場の中で、渋滞が起きてしまう。」
「それならは、車体を動かすのでは、どうだ。」
「車輪を取り付ける迄の移動は難しいな。まあ、それ以降なら、可能だな。」
「発動機は、台車に吊り下げて運んでいる。大きな吊り下げ台車を使えば、最初から可能だ。」
「組み立てた後は、誰が台車を押すのだね。随分と重いぞ。」
「その為に、工場動力が有る。どうだ。」
「成程。宜しい。ガーリン、お前に任せる。」
ガーリンは、興奮を隠せず駆けていった。
「佐々殿、貴重なご意見を頂いて、有難うございました。
何だか、目が覚めた様な気がします。」
フォードは、佐々が、かなり突っ込んだ意見をしたと思い込んでいる様だった。
「いや、儂は一言言っただけなんだ。大した話はしておらん。」
佐々は、フォードの勘違いを正そうとした。
「いやいや、そんな事は無い。流石に明菜の紹介だ。
まあ、こんな所での立ち話も失礼だ。食堂で、お茶でも飲みながら話をしよう。」
結局、フォードの勘違いを訂正する事もできず、3人は連れられてしまう。




