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洋行19

港に入る前の嵐が嘘の様に波は落ち着いている。

操舵室には、ガーニックとマードだけになっていた。

「船長。漁師が言っていた大鯨というのが気掛かりですね。」

「うん。悪天候を連れてくると思わせる程の大きさなのだ。かなりの大きさだと思われるな。」

二人は、鯨への警戒を確認し合った。


通常の速度で運行しつつも、鯨の姿を見付けようと、左右前方に気を配っていた。


リオデラプラタ港を過ぎ、もう直ぐマンゲイラ海が見えるという辺りで、二人は大きな黒い物体を見付けた。

鯨かと身構えたが、殆ど動きが無く、波に揺れているだけである。

船の速度を落とし、徐々に近付いてみると、横転した船である事が分かってきた。

辺りには積んであったであろう荷物等が波間に浮き沈みしている。


ガーニックは送話管を通じて、乗組員達に、生存者確認と人命救助の指示を出した。

難破した状況から考えると、未だ、それ程時間が経過していないと思われる。

鮫に襲われる前に、生存者が居れば助けてやりたい。

海に生きる者にとっては、当たり前の行動である。


船員達は救命艇を二艘降ろし、難破船に向かって漕いで行った。


ガーニックは停船させた操舵室から望遠鏡で難破船を観察した。

船の長さは30m程で、船尾の舵が折れ曲がっている。その周囲の船底に穴が空いていてて浸水している。

最も丈夫な箇所が、これ程破損しているのは、何か爆発でもしたのではないかと思われる。


救命艇は荷物を避けながら生存者を見て回っている。

甲板からは、ジャックが二隻に対して、右、左と指示を送っている。

だが、いつ沈没が始まるか分からないので、捜索は、時間が限られる。


救命艇の一人が旗を上げた。生存者を見付けた様だ。


ガーニックは、衛生員に指示を出した。

「ガウチョ。生存者を連れてくるぞ。手当の準備をしておけ。」

ガーニックが指示をした直後にも、再び、旗が上がった。生存者発見である。

三人、四人と生存者が見つかり、一旦、二隻の救命艇が戻ってきて、生存者を引き上げる作業が行われた。


生存者を引き上げる作業を行っている最中に、轟音と共に横転している船に浸水が始まった。

渦巻く海水の中では救命作業を行う事はできない。

ガーニックは、沈没に巻き込まれる事を避ける為に、距離を取る指示をした。

救命艇が引き上げられ、錨が取り込まれ、全速力で、その場を離れていった。


救助した4名の1名は片足が失われていて、救命艇の中で息を引き取った。

また、1名は船に収容して間も無く意識が無くなり、そのまま意識を取り戻す事無く息絶えてしまった。

極地では無いのだが、水温は海水浴には程遠い冷たさで、体力がかなり削られてしまっていたのだろう。


2名が生還しただけでも奇跡に近い。

彼等の話によると、モンテビデオ港を出港し、サントス港へ向かう運搬船で、13名の乗員が搭乗していたと言う。

巨大な鯨が見えたと思ったら、強い衝撃を受けて、船尾が持ち上がり、海面に叩き付けられた。甲板に居た者達が海中に投げ出されたり、荷物の山に圧し潰されたりした。

その者達の救助を行っている間に、船は傾き、横倒しになって、海に落ちたということである。


生き残った2名には毛布と温かな汁が与えられ、医務室で眠りに就いた。


「マード。鯨について、どう思う。」

ガーニックは、舵を固定しながら、マードの意見を求めた。


「あれだけも船と衝突したのですから、鯨も無傷ではないでしょう。その後、鯨は、どう行動するかという事ですね。

鮫が放ってはおかないでしょうが、彼等が巨大という程ですから、鮫が鯨に挑むかどうか分からないですね。

鯨が凶暴化して暴れ出したら、もっと多くの被害が出るでしょう。

傷が癒える迄、大人しく海底にでも居てくれたら良いのですが。」

「そうはいかんだろう。サントスに彼等を送る届けたついでに、港湾局の連中に注意を促す事にしよう。」

ガーニックは、マードとの会話の中で、対処方法を決めた。


船は、夕方近くに、サントス港に着いた。

難破した者達と共に港湾事務所に行き、事情と鯨についての情報を伝えた。

事務所の応対者は、露骨に面倒臭そうな顔をして、事務手続きを始めた。

難破船の生き残り2名には、証明書を発行し、ガーニック達には停泊許可証を渡して、もう行けと、手を振った。


「何だ、あの態度は。」

港湾事務所の扉を出て、横で話を聞いていたオウルは、職員の対応に腹を立てた。


「あんた達、モンテビデオから来たのかい。」

宿へ向かおうとした時に、声を掛けられた。

トビアスが、思わず振り返った。話し掛けられた言葉が、スペイン語だったからである。

トビアスが立ち止まって振り返ったので、ガーニックとオウルは、つられて振り返った。

そこには、背広を着て、杖を左手に持ち、右手で葉巻を挟んでいる者が居た。


「いや、USAに戻る途中だ。何か用か。」

トビアスがスペイン語で返した。


「なんだ、どうりで立派な格好をしている筈だ。」

その男は、英語で話し始めた。

「ここの奴等は、スペイン語を喋る奴等を見下しているんだ。

ここは、ポルトガル語の国だろ。急に商売が上手く回る様になったものだから、周りの国々の奴等が、貧乏人として見える様なんだ。」

そう言われれば、港湾事務所の職員の態度に納得がいく。


「私は、ここで鉄鉱石の買い付けをしているカーネルという者だ。君達が寄港した目的は何かね。」

その言葉を聞いて、オウルが前に出て答えた。

「儂は、香港や日本といった東洋との貿易をしておるオウルという者だ。以後、お見知り置き願おう。」

「ほう、東洋貿易とは、遠い所迄行っておるのだな。だがら、大型の商船なのだな。」

カーネルは、既にオウル達の船を知っている様である。


「それで、このサントス港に来たのは、何か目的が有っての事なのかね。消耗品補給ならば、この様な工業用の港では無い方が港湾利用料が安く済むと思うのだがな。」

カーネルは、ここで商売をするのなら、自分が受けると論外に言っている。

「いや。消耗品補給では無い。モンテビデオからの運搬船が難破しておって、その乗務員を救出したので、送り届けたのだよ。」

オウルは、救助した者を港湾事務所に連れていった事を話した。途中から、救出劇の内容となり、マンゲイラ海近くで鯨に衝突した船の話をし始めたので、ガーニックが引き継いだ。

カーネルは真剣な表情となり、ガーニックの話を途中で遮った。

「皆さん。立ち話では失礼なので、私の事務所に来ませんか。詳しく聞かせて頂きたい。」


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