洋行7
「文治さんは、魔法使いの様だ。」
船員を始め、ラジムやニーラの下働きの者も、文治が病を退けたと考えてしまっていた。
「そんな事はありません。皆さんの体力が強かったからです。商人の方々は、未だ辛い思いをされています。」
「文治君。我々も、彼等程ではないが、船旅に耐えられる程には、なっているよ。」
奥から商人頭のオウルが現れて言った。
「我々も、当然ながら出航を望んでおる。オウル殿と、話をすればする程、早くワシントンへ行きたくなったのでな。」
實小路がオウルの後から現れ、日本語で喋った。
「一つ残念なのは、船の中では干物も生節も食べられぬという事だがな。」
實小路の後から出てきた佐々が言った。
出航の日程について話をしていた様で、後から関係者が続々と出てきた。
最後に出てきた船長のガーニックが、今日の昼過ぎに出航すると宣言した。
荷の積み込みは終わっていたが、体を休めていた船員達は、出航準備が有るので、急に慌ただしくなった。帆の点検、綱の確認、燃焼室の加圧瓶、灯火、潤滑状況等、何日も陸の無い航海となるので、入念な点検が行われた。
ただ、いつもよりは、力が入らないので、力の要る箇所では、下働きの者の助力を得て整備が行われた。
日本を出る前ならば、下働きの者達の力を借りるなど、誇りが許さなかったが、この1週間で大きく考えが変わっていた。船員達は、改めて、そのことに気付き、文治の働きに感謝の念を抱いた。
下働きの者達の協力も有って、準備は滞り無く終わり、早めの昼食を摂ることができた。
昼食時に、ニーラの元に、現地の者達が集まってきていた。
ニーラは、現地の者達と共に文治の所にやってきて、バナナの葉で包んだ物を渡した。
「文治さん。早速、彼等も余った魚で、燻製を作ったということです。長い時間燻煙をしたので、堅くなってしまったという事ですが、今後、祝い事が有れば、燻製を作って祝いたいという事です。」
昨夜、ニーラと現地の者達が騒いでいた事は、聞こえていたが、生節を作るために集まっていたのだと、分かった。
「ニーラさん、そして、皆さん。大変、有難うございます。皆さんのご努力の結晶は、有難く使わせていただきます。」
昨日の生節は、現地の者には、一人当たり数切れしか行き渡らなかった筈である。それでも、気に入ってくれて、直ぐに真似をしてくれた事が、文治には嬉しかった。
恐らく、ニーラが、色々指導をしたのだろう。ニーラが郷里で指導する機会を得た事で、ニーラが帰郷した暁には、この経験が、彼を指導者のひとりとして、活躍させることになることを文治は祈った。
昼食が終わって、ハワイ迄の船旅が始まった。
1週間少々の航海だったが、途中、嵐に遭い、帆が破れ、そのことで、予定以上の燃料を使うことになった。
また、嵐の影響で、荷崩れが起きて、船員や商人達の楽しみである酒樽が破損して、貯蔵量の半分以上が無くなってしまった。
嵐の時には、貴族院の者達は、船室に篭って嵐が去るのを待つしか無かった。
嵐の後は、帆の補修や荷崩れ品の片付け等、多くの仕事が生じた。文治は、相変わらず、色々な手伝いをして回った。
貴族院の者達は、商人団とカードやチェスをしながら、米国事情のみならず、亜細亜、英仏、露国の情報を引き出していた。
文治を真似て、相手の自尊心をくすぐる様な話し方をして、商人団と接していたので、商人達は、気前良く、色々な情報を提供してくれた。
そういった情報は、夕食が終わってから、貴族院7名と文治とで情報交換が行われた。自分の得た情報を報告してみると、提供された情報の背景や出所が分からなかったりする事が少なくなく、不足する情報を他の者が聞き出すという対応をする事になった。
文治が、前面に出て、船員達との応対をしたので、貴族院の者達は、船員達の印象には残り難い。米国に上陸するに当たって、目立っていなければ、警戒もされ難いという策略であった。
船内に間者が居たとしても、文治一人の印象が殆どで、報告も文治の行動だけとなることが期待できる。
この策略は、那覇を出る前に話し合っていた。
琉球政府と面談した際に、琉球としては、中継地として繁栄する事は、喜ばしい事だが、薩摩の庇護が無ければ、列強国に占拠されてしまっている事は理解していた。
そして、各国の諜報活動が活発となっている事を元に、實小路達に忠告をした。
船員の中にも諜報活動をする者が居る可能性が有るということでだった。
既に、船員、下働きの者達、商人団に信頼を得ている文治が一人、目立つ活動をするという結論となった。
文治としては、目立つ行動をしていたつもりでは無かったが、結果として、その様な展開となっていた。
ただ、姉尾は、グアムでのキニーネ処方ということで、印象に残る行動をしてしまったことにはなった。




